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第十四話 皇宮殿の怪



 寝台&テーブル破壊事件で、「母体が双子の出産に耐えられるか」問題より、「出産まで母体を守れるか」問題が注目され、残念ながら過保護度がさらにアップした。


 嬰児が母親の近くにある物を壊してしまうのは、この世界で魔術師の子を身ごもった女性の周りで稀に起きる現象らしいのだが、どうもその力が桁違いだというのだ。

 さすが皇帝陛下の御子、とゴマすりのチャンスを逃さない誰かが声高(こわだか)に言っていた。


 でも確かにすごいね、皇帝の血。

 とくにゴマをすろうとするわけでもなく、周りの人たちも驚きつつ感心していた。


 それでもまあ、稀にとはいえ前例のあることなので、その対策はもう一通り組まれているのだそうだ。

 なので、後はそれを私たち母子用にカスタマイズしてもらって、竜胆の宮に処置を施してもらうだけ。


 だからそれを待つ間だけ、私は本宮にある皇帝陛下の部屋に滞在することになった。

 けれどそのためには寝台の天蓋を取り外したり、他にも危なそうなものを片付けないといけなかったりして、その用意の間はいろんな人が部屋に出入りすることになるので、私をそこに放置しておくことはできないわけで。


 急遽(きゅうきょ)、皇帝の執務室にお邪魔することになってしまった。

 お腹の子が父親のそばでなら落ち着くらしいから、という理由もあって。


 くぅ……! 私、母親なのに……!

 ああ、我が子よ、お母さんのお腹の中にいるだけじゃダメなんです……?


 と、最初は何とも言えない敗北感を噛みしめていたけれど、彼の執務室に来るのは初めてだ。

 それは彼が仕事をしている姿を見るのも初めて、ということで。


 私が敗北感を噛みしめていたのは最初の数分だけのことで、後はもうただニコニコしながらカイルを眺めていた。

 彼はいつもより三割増しくらい眉間のしわを深くして、机に向かって書き物をしたり、側近の人たちや事務官たちといろんな話をしたりしていたけれど。


 真剣な顔して働く人ってカッコいいよね!

 それが惚れてる相手ならもう、十割増しくらいでカッコいい!

 文句なしに素敵だ!


「竜胆の姫様、楽しそうでいらっしゃいますねぇ」

「うん。すっごく楽しいよ!」


 なんだかなまぬるい笑みでマイラに言われたけど、今は何も気にならない私は素直に返事をする。

 こんな機会、二度と無いかもしれないんだから、たっぷり堪能させてもらいます!


 が、それからしばらくして、マイラを通して側近の人からやんわりと「陛下の集中が乱れますので何か他のことをなさってください」と言われ、残念ながらカイル鑑賞会は終了となった。

 集中が乱れているようには見えなかったけど、いつも傍で一緒に仕事をしている人たちには分かるらしい。

 それがなんとなく、悔しかった。


「姫様、ちょうど先日注文した雫型のビーズが届いておりますので、こちらに運んでまいります。針やハサミは持ち込めませんが、リボンや糸は大丈夫ですから、どんな色を合わせてみるのが良いか、見てみませんか?」


 ちょっと落ち込んだ私の気分を盛り立てようと、マイラが声をかけてくれる。

 そうね、お願い、と応じて、奇麗なビーズやリボンを眺めて気分転換することにした。

 騒いだりしてはいけない場所だから、紙とガラスペンとインク壷も持ってきてもらって、筆談するみたいに絵を描いてどんな物を作るか静かに相談する。


 皇帝の執務室に置かれた応接セットにちょこんと座って、ひっそりそんなやりとりをしている寵姫と侍女を、部屋を訪れる人々が驚いたように見つめ、それに気が付いた皇帝に鋭い視線で睨まれて肝を冷やしていることなどまるで知らず。


 けれどその人の出入りの多さに、ふと後宮のことを思ってぽろりと言葉がこぼれた。


「竜胆の宮が落ち着くまで、側妃さんたちにも迷惑かけちゃうね」

「まあ、姫様はお優しくていらっしゃいますねぇ。ですが、その心配はご無用にございます」


 なぜだかマイラの言葉に嫌な予感がして、「な、なんで、かな……?」とおそるおそる聞くと、平然とした答えが返った。


「皇帝陛下の妃たる後宮の姫は、竜胆の宮の姫様ただお一人でいらっしゃいますから」



 ………………はい?



 エッ、一人? 前に聞いた時はまだ七人いなかったっけ?

 っていうか最初は十七人だったよね?

 私が後宮に入ってから、まだ一年も経ってないよね??

 マイラさん、なんで当たり前みたいに「最初からそうでしたよ?」な顔して言えるんです??


 という、この疑問に誰ならば答えてくれるだろう。

 ふと視線を流すと、たまたまこちらを見ていたらしいカイルがそれをとらえて、珍しく小さな笑みを浮かべた。


 カッコいい、カッコいいけど今はタイミング的にちょっと、いやだいぶ怖い。



 ―――――― そして誰もいなくなった



 映画だったか小説だったか、何かの話のタイトルが脳裏に浮かぶ。

 あれミステリだっけ? ホラーだっけ?

 いや、後宮にはまだ私がいるというか、私だけが残されたらしいけど。


 ニコッと、たぶんちょっと引きつっていたであろう笑顔を返して、カイルから視線をそらす。


 後宮こわい~。

 というか、皇宮殿がこわい~。


 子どもがお腹にいる間は無事でも、産んだ後には私も消えるんだろうか。

 できれば子どものそばにいて一緒に育てさせてもらえると嬉しいんだけど。

 でも消されるくらいなら、静かに去るから歌姫に戻らせてもらえないかなぁ。


 働くカイルのカッコよさに上機嫌になっていたのが一転、私は小さくため息をついて、新しく作るチョーカーの図案を描いた紙に視線を戻した。

 あまり落ち込むとどうかしたのかと気にされるから、できるだけ周りにそうと知られないように、また別のチョーカーの案を出すのに夢中になるふりをする。



 どうして忘れていたんだろう。





 ご褒美の飴は、いつかとけるものなのに。






側近その1「うおっ?! なんだ、この死屍累々? 皆なんでこんなぶっ倒れてんの?」

側近その2「おー、お前、今から勤務か? 今日の陛下の執務室は腹筋が試されるぞー。心して逝け」

その1「なんか今の“いけ”、ニュアンスがいつもと違う気が……。つか、陛下の執務室で腹筋が試される?? 何だそれ?」

その2「一言でいうと、“執務室に竜胆の姫様が来てる”っつー、それだけなんだけどな? 陛下がな? あの冷血冷徹な皇帝陛下がな? めっちゃ面白いことになってる。表面的にはいつも通りの鉄面皮だけど、陛下が手に取った書類を後から見れば一発で分かるから。まあ、執務室では頑張れ。そしてここに戻ってきたら好きなだけ腹筋崩壊させていいぞ。今ぶっ倒れてる連中は皆それだからな」

その1「エッ、マジで? こいつら笑い死んでるだけなの?? 陛下の書類見て???」

その2「あとうっかり姫様の方を見過ぎると、陛下から射殺されそうな視線を頂戴してそのまま死にそうになるから、気を付けろよ」

その1「わー、それどんな即死効果付きの視線なの。行きたくねぇなぁ。めっちゃ行きたくねぇけど、最近ぜんぜん出てこない竜胆の姫様に参拝できるチャンスだし、陛下が執務室で動揺してるところとかレア過ぎて絶対見逃せねぇ」

その2「お前のその野次馬根性、嫌いじゃないぜ。さあ、逝ってこい!」

その1「おうよ! 行ってくるぜ!」


側近その3「……犠牲者一名、追加だな」

その2「平和でいいんじゃね? 動揺っつっても、いつも陛下の字見てる側近くらいしか気付かんだろうし」

その3「……ぶふっ。……くくっ、お、お前、思い出させんな……っ」

その2「いや、お前が勝手に思い出しただけだろ。……しかしホント、竜胆の姫様のおかげで色々とはかどったし、平和になったよなぁ。こんなところで笑い死んでる余裕ができるなんて、去年の今頃のオレに言っても、絶対信じねぇと思う。あの冷徹皇帝が、姫様が来てから、初めて人間に見えるようになったし」

その3「はぁー、笑った笑った……。まあ、そりゃあここにいる全員、お前と同じだと思うぞ。陛下のことも、あの厄介な害虫どものこともな。……あいつらがこうもアッサリ釣れまくるとは、こっちは考えもしなかったからなぁ。それなのに寵姫に入れ込んで陛下が腑抜けたと思った野心家の狸オヤジどもは勝手にポンポン尻尾出してくれるし、竜胆の姫様が溺愛されてんの見て焦った後宮の女狐たちもざっくざっくボロ出してくれるし。おかげで国内も皇宮も、しばらく平和でいられそうだ。あとで姫様、もう一回拝んどこ」

その2「なんだお前も信者かよ。さっきのあいつも姫様に“参拝”するとか言ってたし、陛下の側近に姫様の信者、どんどん増えてくなぁ」

その3「えっ、他にも信者いるのか?! マジかよヨッシャァ! 探し出して信者の会作って飲み会するぜ!」

その2「それ明らかに飲み会が目当てだろ。信仰心どこいったよ。というか、陛下にバレたら減俸とか食らいそうなんだが……。わぁ、もう信者仲間探しに行った……、行動早ぇなオイ……。地獄の事務処理も終わってようやく平和になったっつーのに、人間、ヒマができるとろくなことしねぇなぁ……」

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