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第十一話 白髭おじいちゃんと晩餐会



 寝オチ系悪阻が落ち着いて、だいぶ体調が安定してきたある日、皇帝から本宮での晩餐会に出席するようお達しがあった。

 私に会わせたい人がいるらしい。


 旅の一座の人たち以外、知り合いと呼べるような人は居ないので、たぶん私の知らない人だろう。

 どんな人かな? とマイラたちと首を傾げながら、支度を整えてもらって本宮へ移動する。


 後宮から出ると女騎士から近衛騎士に護衛が代わり、ぴりりと緊張感のある空気を感じた。

 舞踏会に行く時にも感じるけれど、さすがに超大国の中枢なだけあって、本宮の空気はいつも独特の緊張をはらんでいる。


 けれど晩餐室で陛下を見つけたとたん、私の緊張は霧散し、久しぶりに奇麗に整えてもらったドレス姿で彼の前に立てたことが嬉しくて、それだけで胸がいっぱいになってしまった。

 彼はニコニコしている私の手を引いて、一緒にいた老人に紹介してくれる。


 サンタクロースみたいな真っ白でふわふわした髪とおひげのおじいちゃんは、何か懐かしいものを見るようにすうっと目を細めて私を眺め、穏やかな笑顔で挨拶した。


「ご機嫌麗しゅう、竜胆の姫様。わたくしのことはレンドックとお呼びください。しがない隠居老人にございますゆえ」


 ずいぶんとくだけた雰囲気だ。

 いいのかな、とカイルの様子を伺えば、舞踏会の席などでは見られないリラックスした顔をしていたので、今日はそういう場なのだろうと理解して応じる。


「はじめまして、レンドックさま。竜胆の宮のセンリと申します」


 皇帝以外の人が後宮に居を与えられた姫を名前で呼ぶことはないけれど、礼儀として名乗ることになっている。

 と、家庭教師の先生に言われたので、そのように挨拶した。


 そうして紹介が済むと食事になったのだけれど、なんだかやたらと事故や給仕の人たちのミスが相次ぐ晩餐会だった。


「も、申し訳ございませんっ!」


 私のところに置かれる途中でパリンと割れたお皿からソースがこぼれ、ドレスにかかりそうになったのをマイラがさっと大きなふきんで防いでくれる。

 マイラすごい。

 そして給仕係の男性は顔面蒼白になって、手を震わせながら慌ててその場を片付けて下がっていった。


 この世界の食器、よく割れるなぁ。

 今日はもう、これで三回目だ。

 二回目のは途中で給仕の人が転んでアウトだったけど。

 顔面から豪快にすっころんだあの人、大丈夫かな。


「姫様、お飲み物をお注ぎいたしましょうか?」

「ええ、お願い」


 そして次の料理が来るまで、マイラの注いでくれた果実水を飲んで待つ。


「これは、興味深いですなぁ。陛下は毎回ご覧になっておいでで?」

「いや、報告は受けていたが、直接目にするのは今日が初めてだ。ここまで見事に釣れると喜劇でも見ているような気分になってくるが、老公はどう思う?」


 ようやく無事に届けられた料理を食べていると、陛下とレンドック老が何やらよくわからない話をしていた。


「先にお聞きしていた話も合わせて考えますと、そうである可能性は高いですな。久方ぶりの精霊神殿の巫女姫の誕生も、おそらくはこの余波なのでしょう。……しかし、なるほど。権威付けのために脚色を加えたのであろうと思っておりましたが、我が祖先の残した記録は、どうやらありのままの事実であったようです」

「末裔から見ても脚色と思われるほどのことが己の身の回りで起こっているにもかかわらず、以前の者らも本人にその自覚は無かったのか?」


「自覚を促すことにさほど意味はない、という記述を読んだ記憶がございます。おそらく彼女らの興味は、そういったところには向かないのでしょう。あるいは本人が自覚しないよう、何らかの認識阻害がなされているのではないか、という考察をしている記述もございましたな。何にせよ、彼女らは自らの特異性を知らず、ゆえに発見が遅れて市井の者と婚姻を結んでしまったこともあったようで、当時の王家は彼女らが住む村ごと囲ったと」

「そうか。では『祝福の乙女』は、必ず王族と結ばれたわけではなかったのだな」


「はい。彼女らは血筋で相手を選ぶのではなく、心の赴くままその生涯にただ一人の男を選ぶのだそうです。王家はそれを伏せておきたかったようで、おそらくそれが記録を門外不出のものとさせたのでしょう。いやはや、そう、門外不出であったはずなのですが。陛下がその名をご存知であったこと、まこと驚きましたぞ」

「我が配下には優秀な者が多いゆえな。それより西大老、門外不出の秘録を、そうも簡単に話してしまってよかったのか? 呼んだのはこちらとはいえ、勝手を知られれば今代が腹を立てよう」


「かまいませぬ。かの王家はもはや幻のごとく。細く血を継ぐ我らはすでに帝国の一貴族となって久しいのです。陛下の御為とあらば、この老骨、いくらでもお話いたしましょう。今代もここにおればそう申すはず」

殊勝(しゅしょう)なふりはやめよ、老公。引き換えに何を要求されることか、背筋が寒くなるではないか」


 はっはっは、と唐突に響いた朗らかな笑い声にびくっとする。


 言葉や言い回しが難しい上、流れるように進んでいく会話はさっぱり理解できなかったけれど、何やら陛下が面白いことを言って、レンドック老が笑ったらしい。

 しかし陛下は面白いことを言ったつもりはないのか、いつもより眉間のしわが深くなっている。

 いや、でも目は穏やかだから、意外とこの言い合いを楽しんでいる、のかな?


 よく分からないまま二人を眺めていると、難しい話はそれで終わりだったのか、レンドック老が「お体の具合はいかがですかな」とこちらに声をかけてきてくれたので、悪阻が落ち着いてだいぶ過ごしやすくなりました、と答える。

 そしてしばらく宮での過ごし方などの話をしているうちに食事は終わり、別室に移って二人はお酒を飲み始めた。


 もちろん妊婦の私はお酒なんて飲めないから、代わりに体に良いというお茶をいただいたけど、寝オチ系悪阻が落ち着いていてもまだまだ睡眠時間は多めに必要なようで。


「センリ。センリ? 少し起きられるか?」


 いつの間にかカイルの膝に乗せられてうとうとしていたのを、軽く揺さぶられて起こされた。

 んん、何? ともごもご聞くのに、「ここにサインしてくれ。二枚だけだ。すぐに済む」と強引にガラスペンを持たされる。


 家庭教師の先生のおかげで、こっちの世界の文字で名前を書けるようになったのは、つい最近のことだ。

 何度も練習したから、名前だけなら半分寝てても書ける。


 カイルの大きな手に支えられて、落ちそうになる瞼をどうにか押しとどめながら二枚の紙に名前を書いた。

 半分寝ているせいでだいぶヨレた字だったけれど、無事に終わると「いい子だ」と武骨な指が頬を撫でてくれる。


 それですっかりいい気分になって、くふ、と変な笑い声がこぼれた。

 そのまま腕の中に身を預けて、ゆらゆらと心地良い眠りに沈む。


 初めての晩餐会は、そうして私が寝ている間に終わった。






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