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喫茶オルクスには鬼が潜む  作者: 奏多
片羽だけの恋
3/41

不可思議な店員の言葉に

 それから私は、喫茶店通いを始めた。

 亜紀には、お父さんに成績のことで注意されたから、クラスの友達と一緒に勉強するんだ、と嘘をついている。

 だから、こんな場所に一人でいるところを見られたくない。私はせめて顔が見えないように、後ろを向いた。


 すると、誰かが私を隠すような位置に立ってくれる。振り返るとそこにいたのは、あの店員だった。

 彼は私と目が合うと、ささやくように言った。


「大丈夫。あなたの姿は見えないようになっていますから」


 驚いて、私は思わず窓を見てしまう。

 一瞬だけ亜紀と目が合った気がしたけど、彼女はそのまま喫茶店を通り過ぎて行った。 きっと、店員が隠してくれたおかげだ。

 私はお礼を言おうとしたけれど、先に彼がささやき声で言った。


「お礼は、普通に一冊本を読んで頂くだけでいいですよ」


「う……」


 言葉に詰まる。

 この人は、自分が本を隠れ蓑にしてただけで、読んでないことに気づいてたみたい。慌てて謝ろうとした時には、彼はカウンターの中に戻ってしまっていた。

 お礼もお詫びも言いそびれて、私はその場で立ち尽くしてしまう。

 今まで何も言わなかったのに、あんなことを言い出したのは、もしかすると結構怒ってるからかもしれない。そう考えたので、私は大人しく本を探すことにした。


 書架には、いろんな本が置いてある。

 海外の作品を翻訳したミステリー、剣と魔法で敵をやっつけるお話。

 歴史をベースにした一代記、絵本などなど。どこかでタイトルだけは見かけたような有名作も並んでいる。

 その他には、タイトルもない本が沢山。


「選べないなぁ……」


 私は小声で呟いてしまう。あまり沢山小説を読むタチじゃないため、タイトルに引かれてなんとなく……と読む気にもなれない。

 できればあらすじがあると良いのだけど、無い本も多い。それなら、写真集でも眺めようかと思ったその時、右背後から誰かの手が伸びる。


「これをオススメしますよ」


 驚いてビクついた私に、静かな声で勧めた人。それは店員の青年だった。

 いつの間に近寄っていたんだろう。ちょっと怖さを感じた私だったけれど、薄っすらと笑みを浮かべて本を差し出されると、拒否もしにくくて受けとってしまう。


「ありがとう……ございます」


「いいえ。おせっかいだとは思いましたが、迷っていらっしゃったので」


 初めて、彼が長くしゃべっているところを聞いたな。それに気づいたところで、彼が付け加えた言葉に、肩が震えた。


「これは、失恋した女性のお話です」


 え、と声を上げてしまうところだった。寸前でおさえたけれど。

 このお店で、失恋したなんて言ったことはない。勉強の途中でひとりごととして漏らしてもいないはず。

 なのに、どうして心を見通したようなことを言ったんだろう。


 私が呆然としている間に、店員は「それでは」とカウンターに戻ってしまった。

 取り残された私は、ここに立っていても仕方ないので、すごすごと自分の席に戻った。


 それでも頭の中をグルグルとするのは「まさかわかってて、これを勧められたの?」という考えだ。

 でも心が読めない限りは、そんなことありえない。

 私ぐらいの年齢なら、恋愛物の方が読みやすいだろうと考えたんじゃないかな。もしくは勧めようとした時に、彼が読んだことのあるものが、たまたま失恋の話だけだったせいだろう。


 そう自分を納得させて、表紙のない本を不思議に思いながらも、とりあえずページをめくることにした。

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