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喫茶オルクスには鬼が潜む  作者: 奏多
片羽だけの恋
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喫茶店オルクスにて

 片側の壁一面が書架になっていて、好きな本を読んでいい。

 しかも紅茶一杯300円で、一冊読み切るまで居座っていてもかまわない。

 それが喫茶店『オルクス』だ。


 大きな本を読んでいるふりさえすれば、その陰に教科書をしのばせて読んでも怒られない。メモをとっているふりをしながら暗記のために書き写したりしても、目こぼししてくれる。

 最近は、高校の宿題のプリントも本で隠して済ませていた。


 そんなことが可能なのは、注文する時以外には全くお客に目を向けないからだ。

 窓から見えない席に陣取った私に、店員の青年は水とおしぼり、メニューをそっと卓上に置いて、短く言うだけ。


「ご注文が決まりましたら、お声がけ下さい」と。


 注文があって話す用事がある以外は、彼はさっさとカウンターに引っ込んでグラスを拭いたりする作業を始める。

 その店員も、喫茶店の決まり事以上に不思議だった。


 彼を見た瞬間に連想したのは、月下美人。

真っ暗な夜空を背景に咲く、月の光に透けそうな白い花を思い出すくらいに、ちょっと現実味がない感じがする人だ。

 柔らかそうな茶色がかった髪が、繊細そうな作りの顔にかかる様子とか。目の色素も薄そうだったので、コンタクトをしていないのなら、あれが地毛なのかもしれない。


 私以外には、たった一人しかいない店内は静かだ。

 ページをめくるかさりという音しかしない。あとは店員が食器を動かして立てる音と、ささやかな音楽が流れるだけ。

 それがとても安心できた。

 いつも通り、頼んだミルクティーを冷ましながら飲む。

 三口ほど口をつけてから、教科書を隠せそうな本を探そうと、席から立ち上がった時だ。


 喫茶店の窓の外を、見知った女の子が通りがかった。

 おとなしげに見える一本結びの髪型。だけど最近、少しねじったり、ゴムを隠してピンで止めるような、ささやかな変化をつけたせいか、前よりも華やかだ。

 陽の光にピンク色に塗った唇が映える……幼なじみの亜紀だ。


 まっすぐに前を向いて歩く姿に、羨ましいと感じる。

 私が『彼』と話す時は、どうしてもうつむきがちになって、顔を上げる努力も思いつかなかった。そんな自分がバカみたいだったと思えて。

 そんなところでも差があったんだと、ため息をつきたくなる。


 でもこれは私の勝手な気持ちだ。別に亜紀が悪いわけじゃない。

 ただ悟られたくない。そう考えるようになってから、幼なじみの亜紀と別のクラスになって良かったと、初めて思ったものだった。

 ぼんやりしかけた私は、カシャンという食器の音に我に返った。


 隠れなきゃ。

 亜紀は自分を見つけたら、絶対に喫茶店に入ってきてしまう。向かいの席に自然に座って「一人なの? 私もちょっとここで休憩しようかな」と言い出すはず。

 普通の話ならいい。でも話し始めたら、間違いなくあの話題が出るはずだ。


「そういえば、槙野くんがね……」と。

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