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大人の演じ方  作者: 白雄防衛
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1話 『大人資格』

稚拙極まりない文章で、投稿頻度も低いですが、温かい目でお読みください。

僕は目を開けた。そこに僕の住んでいるマンションが建っているのが、僕の視界から得た情報に基づく認識なのか、それがそこにあるべきものだという前提からなのか今の僕に判断させるのは愚行だ。ともかく僕はマンションだかビルだかなにか建物を見上げている。とてもとても高くそびえていて、たった五階建てであるはずの建物なのに、てっぺんは空に飲み込まれているように果てしない。どこかもの寂しく、何か、何か大切なものが欠けているように思える。違和感は正体を現すことなく、僕に微量の不安を覚えさせたままマンションを包み込んでいる。僕は振り返る。平坦な道がある。ほんの十メートル先に曲がり角があり、なぜかその先は見えない。僕はそれを本能的に容認し、また振り返る。さっき確かに存在していた建築物はそこにはない。僕が消したのか、あるいは消されたのか。それすら推し量ることもできない。もう何がそこにあったのかも忘れている。ただ、先ほどの不安は完璧に払拭され、ある種の勇気すら感じた。

僕の家は向こうだったっけ。 そう呟くと、僕は先の見えない道を歩き始める。瞬きの一刹那、僕の意識は途絶えた。



まただ。起きた瞬間に姉貴の唸るようないびきが聞こえるのに慣れたとは言え、気にならないわけではない。壁を挟んで向こう側の部屋から、よくもこんなに大きく聞こえてくるものだ。

おっと、時間がない。僕の人生が他人に干渉されることは決してあってはならない。そう決めたのは僕自身だ。

さっと身支度を済ませ、姉貴に一言声をかけ家を出る。返事はなかった。

僕はいま、五階建てのマンションの4階、角部屋に住んでいる。姉貴と二人暮らしだ。家族は姉だけではないのだが、家に残っているのはもう、僕と姉貴だけしかいない。

階段を降りて、マンションを出る。気付けば、まるで何かに指示されたかのように後ろを振り返っていた。当然だが、目の前にはたったいま出てきたマンションがある。僕は首をかしげて、学校までの道を歩き始めた。



家からの最寄駅から学校までの約20分間、電車に揺られているこの時間が大好きだった。誰にも邪魔されず、自分のしたいことをできた。読書だったり、テストのための勉強だったり、音楽を聴いたり。だが今日は、車内がどこかよそよそしい。ふと、前の女子高校生と目があった。僕をその目力で圧倒しながら、隣にいる友達に何やら耳打ちをしている。あまり気分の良いものではないな。いけない、思わずしかめっ面になってしまった。どうにも僕は女性が苦手だ。原因はわかりきっている。あの女のせいだ。思い出したくもないのに頭に浮かんでくるあいつを消しているその時だった。

「はーくん!はーくんだ!偶然だねえ!ちょうどいまはーくん家に行こうとしてたんだよお!はーくん!」

声質は大人びているのに喋り方はまるで子供のような声が僕の耳に割り込んできた。聴覚はきちんと働いているようだが、僕の脳は声主の認識を拒んでいるように作動しない。きっと知らない人だ。あるいは人違いか。それとも別のはーくんに向けての発言だ。そうに違いない。

「はーあーくーん!いっつもそうやって無視するう!気付いてることわたしは気付いてるし傷ついてるよお!?」

もう僕はここで終わりだ。お母さん、お兄ちゃん、姉貴…。お世話になりました。お父さん、おばあちゃん、今からそっちに行くよ。

「つ・か・ま・え・た」

目の前が真っ暗になった。


もうすぐ朝だろうか。僕の部屋の天井が見える。だけど、‪今朝‬はあの喚き声が聞こえないな…。いや。代わりに2人の人間の話し声が聞こえる。

「ほんとに、ズズとあいつは血が繋がってるのになんでこうなっちゃうんだろうね」

「わたしが聞きたいよお。りむちゃん、ナニかしてるんじゃないのお?」

「バカ言わないで。で、今日は何しに来たの?」

そうか。僕は電車の中で気絶して、家に運ばれたんだ。運んでくれたのはズズだろうか。借りを作ってしまったな。僕は布団から起き上がって2人の話しているリビングへと向かった。

「それがねえ、本人に自覚があるかどうかはわからないけど、はーくんはもう一躍有名人というか、わたしたちの手の届かないところに行っちゃった感じがするでしょう?だから、はーくんに会いたくて。後はりむちゃんも元気かなって」

「私は元気だよ。相変わらず男運は悪いけどね。で、何て?白桃が有名人?なにそれ?」

「姉貴、おはよう」

2人はテーブルを挟んで座っていた。ズズはコーヒーを飲んでいて、姉貴はまだ眠そうで、パジャマ姿で目をこすっていた。

「はーくん!おはよお!駅からここまではーくんを運ぶのは結構大変だったんだよお!まずタクシーを」

ズズの猫なで声を遮るように姉貴が言う。

「ああ白桃、起きたのね。学校には私から電話しといたから」

学校?ああ、僕は学校を休んでいるのか。まあ、いいか。行かなくていいのならば、僕が無理して行く必要はないのだから。

「それにしてもはーくん、女性嫌い悪化してない?わたし、かなり傷付いたんだよお」

チラチラと上目遣いで僕の表情を伺いながらズズが言う。

「ズズ」

「な、なあに、はーくん」

「一応、ありがとう。ズズのせいとは言え、運んでくれたのはズズだ」

「いいんだよはーくん!本当に、昔なら、あれぐらいで気絶なんかしなかったのにねえ」

「僕にもわからないんだけど、多分さっきは咄嗟だったから、じゃないかな…。会話するだけなら全然何も感じないし、いきなりズズのでかいおっぱいを顔に当てられたからだと思う」

「あんたら電車の中でなにやってんの?」

心底呆れたような姉に対し、ズズが反論する。

「だってはーくんの方が身長低いんだもん!頭ばっかり成長して身体は全然だねえ」

ズズは席を立って、扉の前にいた僕の方へ近づき、僕の頭を撫でた。

「やめて、寒気がする。ごめん」

「ああ、ごめんね。まあ、仕方ないよ。わたしの、せい、なんでしょ?」

ズズがハッとしたように僕の頭から手を離す。気まずい沈黙が流れたが、それを破ったのは姉貴だった。

「で、ズズ、さっきの話。白桃が有名人ってどういうこと?」

「嘘でしょりむちゃん、テレビ見てないのお…?ていうか待って、この家、テレビないね…」

「テレビなんてないよ。今の時代携帯で十分でしょ」

「りむちゃん携帯でなにしてるのお?SNSでもなんでもはーくんを見ない日はないと思うよお!」

「まさか、あれ?特別な試験かなんかに受かった人しかもらえない、なんだっけ?なんとか資格」

「『成熟認定資格』だよお!通称『大人資格』!りむちゃん、本当になにも知らないんだねえ」

なんだ、それか。合格発表の時に大量のマスコミが来ていたから何かと思ったらネットニュースだけじゃなくてテレビでもやってるんだ。良くも悪くも平和な世の中だ。

「そのなんとか資格、そんなすごいの?3年前から導入されたからギリギリ私も高校で習ったけど」

「すごいなんてもんじゃないよお!大人資格は超一流大学卒業よりも遥かにレベルが高いし、それだけ就職にも有利なんだよお!有利どころか、はーくんに就けない職業はないよ!」

「 へー、そんにすごかったんだ。白桃はあんまり自分の話しないからわかんないや。ちょっと前から必死に勉強してると思ったらそれだったんだ」

「りむちゃんまさか、はーくんが最年少資格保持者だってことも知らないわけじゃないよねえ?!」

「え、そうなんだ。全然知らなかった」

さすがの姉貴もこれにはびっくりしていた。ただ暇だし、学校に行かなくて良くなるなら、と思って取っただけなんだけどな。

「はーくん、相当難しかったでしょ?試験。相談してくれたらよかったのにい。心と頭の究極試験ってわたしたちは呼んでるけど、まだ高1なのによく受かったねえ」

「そうでもなかったよ。筆記なんてただの大学受験と変わらないからちょっと勉強すれば取れるし、面接はもっと簡単。思ったことをそのまま言うだけだったよ」

「…そう。取るべくして取った、って感じだねえ」

「まあね。ズズはどう、仕事の方は。息をつく暇もないぐらい忙しいって聞いたけど」

「今は、お休みを貰ってるから大丈夫だよお。けどやっぱり、大人省は3年前に新しくできたばっかりだし、人数も少ないしやることは多いよお」

ズズは大人省と呼ばれる、国内に約100人しかいない大人資格保持者でしか就くことのできない行政機関で、その活動内容や実態は一般人にはほぼ公開されていない。ズズは大人資格第1期保持者のうちの1人で、日常の言動からは想像すらできないが、大人省でも第一線で活躍しているらしい。資格のために勉強しているとズズに言うのは何だか悔しかったから、相談はしなかった。

「法律的には、はーくんはもう大人省に就職することが出来るんだよお。親戚がいると色々やりやすいと思うよお」

ズズが悪戯っぽく言うが、僕にその気はない。めんどくさいし、そこで働くズズを見ているとあまり良い環境とは思えなかった。

「考えとくよ」

「うん、前向きにねえ。」

プルルルル、プルルルル…。鳴っているのは、ズズの携帯だった。

「はい、上原です。はい、はい…。」

相手は、仕事の上司ようだった。

「なに、もう帰るの」

ズズが電話を切ると、今までの話に興味がなかった姉貴が口を開いた。

「ごめんねえ。もうちょっとここにいたかったんだけど、呼ばれちゃった」

そう言うやいなやコーヒーを飲み干し、慌ててカバンを持って玄関へ向かう。

「じゃあねえ、2人とも。元気そうでよかった」

「はいよ、じゃまたね、ズズ」

姉貴がズズを見送り、僕を残して尻をぽりぽり掻きながらリビングへ戻っていく。

「じゃあね、ズズ。応援してるよ」

「ありがとう、はーくん。それを聞けただけでも来た甲斐があったよお」

僕が手を振ってズズが家の扉を開けかけたその時、ズズの手が止まった。

「またすぐに会うことになると思うよ、はーくん」

そう意味深に言い残し、ズズは忙しなく帰っていった。その発言の真意を汲み取ることは、全国で100番目の頭脳と精神を持つ僕にもできなかった。


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