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スサノオノミコト、ヤマタノオロチを退治する話⑤

 あとは、ヤマタノオロチを退治するばかりである。女装したスサノオは平伏し、ヤマタノオロチの到着を今か今かと待ち構えた。

 やがてヤマタノオロチが、これまで攫った七人の娘を伴って現れたわけであるが、そのヤマタノオロチの実際の姿形は如何なるものであったか。まあぁ、常識的に考えると人間で八人の豪族を表したものだったり、砂鉄を産出する山や、荒れ狂う川の暗喩だと考えるほうが無難ではあるが、龍殺しの物語として話を始めてしまった以上、化物でなくては困ってしまう。いや、実際のところ化物だったのだ。

 身の丈は七尺ほどで、さすがに頭は八つではなく一つきりではあったが鰐に似ていた。馬の鬣をもち、首から腰にかけての姿形は鹿にそっくりだし、両腕は狒狒、腰から下はカモシカときている。

 平伏した体制からそっと覗き見た英雄スサノオも、思わず悲鳴を上げそうになったのだから、その恐ろしさがわかる。しかし、何より驚いたのは、連れ去られた七人の娘たちが、誰一人恐怖におびえる様子も無く、それどころかウットリとした目でヤマタノオロチを見つめていることである。ヤマタノオロチもヤマタノオロチで時おり優しげに娘たちの髪をなでている。スサノオはその光景を見た瞬間、頭に血が上り眩暈がした。

 そりゃあ化物界隈じゃ、奴だって美男かもしれないが、人間の目から見ればただの化物だ。それが、ああも女にモテるたぁ、どういう了見だ。うらやまs・・・いや、けしからぬ。きっと女どもは皆、ナニさえ生えてりゃ構いやしないアバズレ共に違いない。ええい、ころしてやる。ころしてやる。

 ヤマタノオロチが美男であれば、スサノオもこうまで怒りはしなかっただろう。

 そんなスサノオの怒りも知らず、目の前にいるクシナダ姫が、まさか女装したスサノオとは夢にも思わないヤマタノオロチは目の前の酒や肴に大いに胸を打たれていた。川下の稲作集落が、真の和解を求めているに違いないと受け取ったのである。瘤取り爺さんに登場する鬼然り、源頼光に誅される酒天童子然り昔ばなしに登場する化物は、一寸、妙な所で人がよく、間が抜けているものだが、ヤマタノオロチとて例外ではなかった。ぎこちなく照れ笑いを浮かべながら、クシナダ姫に化けたスサノオに向かって

「まぁ、そう畏まらずに、顔をあげて一緒にお酒を飲みましょう」

スサノオ、ここでしくじる訳にはいかない。顔を伏せたままイヤイヤと小さく首を振る。

「そうですか、下戸ですか。いや、結構、結構。わたくしは勝手に自分のペースで飲んでおりますので」

 ヤマタノオロチは、考えるのである。思えば己にも非があった。先に住んでいたのは稲作を行う集落の人々であった。製鉄を今更やめるわけにもいかないが、支流を引くなり自他共栄の道を探すべきではなかったか。いや、今からでも遅くは無い。我からも歩み寄り、共に手を携えて生きていこう。しかしながら、戦までしかけた手前、なかなか素直に謝罪の言葉が出てこない。まずは飲もう。飲んでちっぽけな面子など洗い流してしまおう。

 ヤマタノオロチは怪物ながら優しい男だったのだ。そうでなければたたら集落の人々も彼を長と頼まなければ、七人の姫も彼を慕いはしない。

 スサノオには、その優しさは伝わらなかった。ヤマタノオロチが鯨飲する様を見て、奴は白痴に違いないと考えた。その鯨飲が和解の言葉を中々言い出せずにいる、恥じらいゆえの行動だとは夢にも及ばなかった。とはいえヤマタノオロチの心を汲み取ったのしても物語の結末は変わらなかっただろう。何せ、ヤマタノオロチは、スサノオと違い、女にもてる。スサノオがヤマタノオロチを生かしておくはずがなかった。

 この後の話は、余り詳しく語らない。闘いというよりも虐殺というべきものであって、千鳥足でふらつくヤマタノオロチを斬り殺し、七人の姫君を「化物に靡く阿婆擦れめ!!」と罵りながら拳でもって殴打し残らず殺してしまった。事の顛末を知った、川上のたたら集落の人々と川下の稲作集落の人々は、それぞれ大切な首領と、娘たちを失った悲しみから、すっかり意気消沈しスサノオの号令のもとに一つに統合されてしまった。

 こうしてスサノオはクシナダ姫を妻に娶り、国の名を出雲と称し、国主の称号を大国主と定め、各地の豪族を攻め滅ぼしながら、勢力を拡大しつつ幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。




スサノオの建てた出雲の国は、のちに大和の国に攻め滅ぼされる。きっと、その過程は阿鼻叫喚の様相を呈していただろうが、国譲りという美しい物語として伝えられている。物語は綺麗なほうが良い。つまらないお話でした。このスサノオの冒険の事は、きれいさっぱり忘れてください。

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