スサノオノミコト、ヤマタノオロチを退治する話④
そのアルコール大作戦とは以下のようなものであった。
スサノオ女装しクシナダ姫に変装、酒と共にたたら集落へ
→ヤマタノオロチ、酔っ払う
→殺す
これは、なかなか、がさつな作戦といわざる得ない。まずヤマタノオロチがアルコールを大いに愛することは下調べでわかっていたにせよ、まぁ酌でもしろよと女装したスサノオを抱き寄せようものならば、すぐに正体はばれ、この作戦は御破算となってしまう。しかし、この点に関して言えばスサノオを愚鈍と決め付けるのは酷である。そもそも、彼は女の肌の柔らかさを知らないし、神話の世界で上手く事が運ぶ姦計というものは、後世の目から見ればずいぶんと馬鹿馬鹿しいものが多いものなのである。(ギリシア連合軍がトロイアを最終的に滅ぼすに至ったトロイの木馬を思い出してほしい。あんな馬鹿馬鹿しい作戦を思いついたオデュッセウスは知将と呼ばれている)
女装というものは、実際にやってみると中々大変な作業であった。まず全身の体毛を剃るところから始まる。ところがスサノオは体毛が濃く、脛毛、腕毛はもちろんのこと、胸からへそ、尻、背中と全身を縦に一周する様に毛が生えているのである。もちろん自分ひとりでは背中の毛まで剃ることは出来ないのだから数人がかりで、この作業に臨むことになった。
次に被服である。この時代の服というと麻袋を被り、頭と手の部分を切り抜いたような単純なものなのであるが裁縫が平面的であるかために股間部の膨らみが意外と目立つ。当時は下着が存在しなかったため、スサノオの立派な一物を隠すには、中々の知恵が必要だった。当初は股に挟み歩いて見たものの(子供のころ少年が風呂場で披露する「女!!」の一発ギャグの要領である)一物が太いため、酷いガニ股歩きになってしまい遠目にも不自然であった。様々な創意工夫の結果、後の世にいう褌が発明されるに至ったのである。
化粧は、青々とした髭の剃り跡を隠すために一層、念入りに行われた。スサノオの彫りの深い顔立ちが、のっぺりと平面的になるまでに白粉を塗りたり、紅をさし、いかんせん元が男らしい精悍な面構えをしているばかりに、あーでもない、こーでもないと延々と作業は続けられた。結局、化粧を担当した女が自分の仕事に納得できた頃には、スサノオはグッタリと疲れ切ってしまい、死んだ魚のような虚ろな目で、虚空を見つめていた。
これらの光景はかなり間が抜けていたが、笑ってはいけない。諸君、ヘラクレスを思い出して見よ!トロイア戦争で活躍したアキレウスを見よ!!日本武尊を見よ!!!みんな女装した過去を持っているではないか。英雄児というものは一度は女装を経験するものなのである。
さぁ、これで準備万端とスサノオは立ち上がった瞬間、周囲から、あぁと嘆息が洩れた。不動明王を思わせる雄々しい立ち姿は、努力の甲斐も無く、完全に男にしか見えなかった。ここからクシナダ姫も交えて女形の修行が始まるのであるが、その事まで詳しく語り始めると、いつまでたってもヤマタノオロチ征伐に向かうことが出来ないので省略させていただきたいのである。ただ、あまりの修行に耐え兼ねて一度ならず、涙を流し、せっかくの白粉がすっかり剥がれ落ち、化粧をまた一からやり直したことだけ触れておく。
そうこうしている内に、いよいよヤマタノオロチにクシナダ姫を差し出す日がやってきた。取引の場所はというと、おそらく稲作集落と山上に住んでいるたたら集落の中間あたりに位置した場所ではないかと思うが自信が無い。小学生の頃、小学館から出ている『マンガ日本神話』(たしか、こんなタイトルだった)のイラストにはひらけた空き地が描かれていたような気がするが、これも余り自信は無い。
しかし、戦の勝ったヤマタノオロチに、わざわざ山を降りて迎えにいかせるのも可哀想だし、かといってクシナダ姫に変装したスサノオを乗せた輿を担ぎ、酒樽をもって山を登るのは大変なので、まぁ細かい事いいじゃないか。
荷物が多いし、道といえば、多少は踏み固められているかもしれないが、所詮未舗装路である。日の出前に出かけて、散々苦労しながら何とか約束の夕刻までにはたどり着くことが出来たのである。