スサノオノミコト、ヤマタノオロチを退治する話③
話は現在に戻る。クシナダ姫に出会い、事情を聞いたスサノオは思ったのである。もし、一命を賭してヤマタノオロチを退治すれば、きっと、この乙女は俺に惚れるに違いないと。
スサノオは悲しい男なのである。彼はヒロインの窮地を救ったとか、あるいはヒロインに何かしらの欠点(例えば、実は重度のオタクである―スサノオもオタクである。とか、コミュニケーション能力が欠如しているとか―ただしスサノオに“だけ”は心を開いている、あるいは病弱であるとか―ただしスサノオより長生きする予定である、いずれもスサノオにとって気にならないものに限る)があるなどして、無条件に優位に立てる(とスサノオが勝手に思える)条件が無ければ恋をすることも出来ないのである。
「ご安心ください。このスサノオが見事ヤマタノオロチを退治して見せましょう」
男らしいではないか。
「ただし条件があります。ヤマタノオロチを退治した暁にはクシナダをわが妻に頂きたいのです。」
やはり、不安だったのだ。命を賭して窮地を救った恩人であれば、惚れるのは当然だろう(※そうでもないが)。しかし女のいう生き物は信用ならない、これまでも俺を裏切り続けたではないか(※別に裏切っていない)。クシナダ姫だって怪しいものだ。大恩を忘れて平気でよその男とくっつくかもしれない。そう思えば、確実に結婚の約束を取り付けておかなければ安心することは出来ない。と実に情けないことを思った。
稲作集落の酋長夫妻は快諾したことだろう。なにせ八人娘の八番目、上に七人の娘がいる。ヤマタノオロチのたたら集落で人質となっているが、人質の役割からいって、七人の娘はまだ生きている。うまい具合にヤマタノオロチを打ち倒すことが出来れば、改めて跡取りにふさわしい男を婿に向かえ、八番目の娘とスサノオとかいう若者にはそこいらに掘っ立て小屋(たぶん竪穴式住居)でも立てればよい。それに、ヤマタノオロチ征伐に失敗したとしても、縁もゆかりも無い流れ者。知らぬ存ぜぬを通せばよい。いやまてよ、報酬代りに女を要求するような卑しい若者だ、できればヤマタノオロチと刺し違え共に死んでしまえば最高なんだけれど。まぁ、あまり高望みするもんじゃあないだろう。
ということで、いよいよスサノオはヤマタノオロチ征伐に向かうことになったのである。
スサノオの武芸の腕は確かであった。スサノオかつては一心不乱に武芸の修行に励んだためである。ほかの神々を圧倒する力を身に付けることで、自分が生きるに値する存在であることの確信を得ようとしたのである。これは、スサノオのようなもてない男には珍しいことではない。ただ武芸に対してだけは、嘘も見栄もなく、恥をかき、笑われることも厭わなかった。武芸に関して彼は至誠を尽くし、本当の謙虚さをもっていた。
まず集落の人々に、ヤマタノオロチに関して可能な限りの情報の提供を求めた。悪評と恐怖がごちゃまぜになった意見ばかりであったが、そこは武芸に通じたスサノオである。数々の逸話に含有するヤマタノオロチに対する悪意を綺麗に洗い出し、その力の程を見極め、大いに感心した。ヤマタノオロチが、その強さを手に入れるまでに感じたであろう苦悩や喜びは、スサノオにとっても青春の思い出である。そこに、いますぐ抱きしめたいほどの親近感と愛着を覚えた。
同時に「こりゃどうも、まずいようだぞ」とも考えたのである。どうやらヤマタノオロチのほうが一枚上手のようだ。スサノオを斬ったの斬られたのに関しては、ただ、ありのままの現実を受け入れることができたのである。
後の世に知られたアルコール大作戦はこうして生まれた次第である。