スサノオノミコト、ヤマタノオロチを退治する話②
我らがスサノオは悲しいことに、女にもてたことが無かった。神々の国での乱行も、それが原因だった。
もてない男ほど憐れなものは無い。初めのうちは、それなりに努力する。洒落た服(と本人は思っている)を着て女神たちの誕生日には、いわれでもぜず、プレゼントをさり気無く贈り、気配りのできるところを、相手に印象付けようとしたこともある。
神代の時代に誕生祝などする筈がないじゃないか。と仰るかもしれない。侮ってはいけない、なにせ神々の国である以上、後の世から見て一寸ばかりハイカラな習慣があったっとしても不思議ではないのである。
「今日はきみの誕生日らしいじゃあないか」
(さて、なぜスサノオがそのことを知っているしょう?)
女神は疑問を感じるのである。
「きみは銀杏が好きと聞いたのでたんまり(10kg相当)持ってきたよ」
(もしかして私の個人情報を方々で聞いて回っているの??)
そもそも、女神の好物は銀杏料理であって銀杏そのものに何の愛着も無い。
「一粒一粒、君と言う女神(これは本当に女神なのだから気障で言っているのではない)が大いに栄えるよう、祈りながらひろったりして。なーーーんてね」
(ひ~~~~~~、きもい、きもい、きもい、きもい、きもい!!!!!!!!!!!)
なーんてね。は拙かった・・・・・。
すべての行動が裏目に出ていることに、スサノオは気づきもせず得意満面であった。それどころか明日にでも女神に求婚されたら、どうしましょうか、と無駄な心配をしている。そもそも、スサノオとこの女神との接点は、少しばかり前に行われた祭りの折、神社(神様も神を祭るのである)の神楽舞で太鼓を叩く女神と偶然目が合ったというだけであった。そのとき、女神が微笑みを見せたばかりに、スサノオは、すっかり舞い上がったのである。もてない男というものは、簡単に相手が自分に惚れていると思ってしまうのである。
「ふふふ、あのやろう色目を使いやがって、さては俺にホのじだな。しょうがない、少しばかり気を持たせてやるか」
スサノオは、これまで女人との接触が余りにも稀であった為、女性から自分がどう思われているか客観視することが出来ないのだ。その結果、病的なほどのナルシズムを抱え込んでしまったのである。
当然、当の女神からは翌日になっても、二三日たっても音沙汰は無い。何かしらの反応があって然るべきなのに・・・とスサノオは思い、女神の周りを偶然を装い歩き回ったり、近所の小僧っ子に駄賃をやり、様子をうかがったりするものの、之といって変わったところはない。
もてない男のナルシズムは、萎みやすい。簡単に卑屈に落ちる。俺なんかに惚れる女がいるわけが無い。ちくしょう、また弄ばれた。いつもそうだ、俺に色目を使いやがって(そもそも色目など使ってない)、もとからあんな女神のこと好きじゃなかったんだ。化粧も派手だし、恥じらいってものが無い。いつも、いつも男神達と遊んで嫌がる。尻軽だよアレは。残念だけど俺の嫁にゃあ不釣合いだ。
ある日そんなことを思いながら、不貞腐れて散歩をしていると、例の女神とオモイカネ氏(スサノオのご近所さんである)の逢引を目撃してしまったのである。オモイカネ氏と共にいるときの初心な表情は、スサノオにとって未知のものであった。その上、オモイカネ氏と手を握りたいのだが言いだすことができず、袖をこっそり指先で摘んでいる姿は実に可憐で慎み深かった。なにより、相手がオモイカネ氏であるというもの頂けない(とスサノオは思った)。オモイカネ氏ときたら貧乏書生で、頭骨が異様に大きく、目は小さく、度の強い牛乳瓶の底のようなメガネをかけて、いつも髪はボサボサで、歩き方ときたら、しゃっくりの止まらないガチョウのようで、声は小さく、ボソボソと聞き取り辛い陰気な声で喋る。スサノオは今の今まで、オモイカネ氏に会うたびに、憐れな奴だ。これでは一生、女に相手にされないに違いない。と憐憫の情と、密かな優越感を抱いていたのである。
もてない男の、女性に対する感情は実に目まぐるしい。俺に惚れているに違いないという自惚れから、俺になんか惚れるわけ無いじゃないかという自己憐憫に変わり、なんだあの女は話が違うじゃないか。よりにもよってオモイカネなんかとデキやがって、と理不尽な怒りにかわり、そもそも女って奴は・・・と女性全体に憎しみを抱くようになったのである。スサノオ自身は自分のことを大層なフェミニストで、世の女性の味方だと思い込んでいるだけに裏切られた(裏切ってないが)ときの怒りもすさまじかった。
こういう次第で、家畜の死骸を投げ込み、大便を捻り出すという蛮行に至ったのである。