ホーチミン旅行記
10/15~18 Thành phố Hồ Chí Minh/Ho Chi Minh City/城舗胡志明
10月の半ば、友達と一緒にタイとベトナムへ旅行することにした。旅程は僕の住んでいるマレーシアから飛んでタイはバンコクへ、バンコクで一泊二日ののちホーチミンで三泊四日、計四泊五日という短い旅行だった。どちらの国も以前行ったことはあるけど、バンコクは前回ひとりで、ベトナムはハノイへ訪問しただけだったので、同じ都市・国であれどそれぞれ違うシチュエーションで再び訪れることになった。
日本人が持つ、一般的なベトナムのイメージとはどのようなものだろうか。東南アジア、ベトナム戦争、発展途上国、フォー、アオザイ、社会主義、共産主義。撤退を敗北とするならば、ベトナムは、ベトナム戦争においてアジアで唯一大国アメリカに勝利した国家であり、ソ連が崩壊した現在でもマルクス・レーニン主義を宣言している国のひとつだ。ベトナム戦争とは、大きく見ればベトナム対アメリカの戦争であったかもしれないが、ベトナムの内側にだけ焦点を絞って見ると、実際には反共主義である西側諸国が支援した当時のサイゴンを首都とするベトナム共和国(南ベトナム)と、共産主義国家が後ろについたハノイを首都とするベトナム民主共和国(北ベトナム)の、世界を巻き込んだ大きな内戦であったとも言える。そして1975年、社会主義を掲げる北ベトナムが勝利を収め、南北に長いベトナムの地は赤く染まり鎌と槌によって統一された。
僕たちは今回の旅行で旧サイゴン市、現在ではホーチミン市と呼ばれてる都市に訪れた。上記の南北ベトナム統一によって北ベトナム側の首都ハノイが統一後の首都とされているが、実際はホーチミン市のほうがハノイよりも経済や人口を上回っており、実質的に首都を凌ぐ最大の都市となっている。
僕もこの事をすぐに実感できた。バンコクからホーチミンへと降りたのは現地の時間で午後三時頃、タンソンニャット国際空港という、市内から遠くない空港からホテルへと向かうタクシーに乗り、僕は流れる景色の中にさまざまな海外資本のチェーン店を見つけることが出来た。セブン-イレブン、マクドナルド、スターバックス。あるいは大きなショッピングセンター。もはや今ではどんな国に行ってこれらを見つけても感動は覚えないかもしれない。でも、かつてハノイを旅行した僕にとってそれはささやかな衝撃であり、それだけで“ホーチミンはベトナム最大の都市”ということを理解するのに十分だった。僕が旅行した一年と半年前のハノイには、スターバックスもマクドナルドも見つけることが出来なかったし、24時間オープンのコンビニになんて(あったのかもしれないにせよ)入った覚えはなかったからだ。
しかしそれでも、マレーシアのクアラルンプールやタイのバンコクと比べてしまうとまだまだ発展途上だという印象を受けた。バンコクにあるような高いビル群は見当たらず、クアラルンプールのツインタワーに代表されるような現代的な象徴的建築物が存在しないからだ。
タクシーの中で、中国へ長く赴任していた友人が「中国みたいだ」と言う。僕自身は中国本土へ降り立ったことがないので比較は出来ないが、実際にベトナムは中国からの影響がとても大きい。
インドネシア、フィリピンの島嶼部を除いた東南アジアの大部分はインドシナ半島と呼ばれる地域に属している。インドシナとはIndochinaと書くことからもわかるように、インドと中国という2つの強大な文化圏の狭間にある、ということだ。その2つの文化が混じりあい吐き出された、さらに混沌と形作られた文化を体験するのが東南アジア旅行の大きな楽しみのひとつであると思う。しかしベトナムは、他の東南アジア諸国と違い、その歴史は長く中国に支配されているものであった。もちろん現在のような地図上に線引をしてここからここまでが中国、ここからここまでベトナム、というものではなかったので一概にそう言い切ることは出来ないし、特にベトナムはその南北に長い特徴上、北部・中部・南部とである程度別個の歴史を持っているとも考えられる。