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変態よ、大志を抱け

「うっひょぉぉぉッ!! 魔物っ娘! 魔物っ娘やぁ!!」


 とある工事現場にて、奇声をあげる一人の男がいた。


 最初に言おう。この男、馬鹿である。


 男が奇声をあげている場所は、立ち入り禁止のテープが貼られている内側(・・)だ。

 

 男は魔物っ娘の影を幻視し、あろうことかテープに火を吹いて焼切り忍び込んだのだ。

 

 男は歩き辺りを見渡しながら、叫ぶ。


 「くっ、どこだ!? 魔物っ娘ちゃーん!! 怖がらずに出ておいでー!」


 当然いもしないのに出てくるはずもない。それでも男は諦めずどんどん奥へと進んでいく。


「あっ! 君よけて!」


「ひゃっはぁぁぁぁ────ぁ?」


 興奮しすぎた男は、作業員の注意に気付かず、頭上から降り注ぐ鉄材の下敷きとなった。


 耳障りな轟音を響かせる鉄材。


 アスファルトを赤く染める。


 道行く通行人の悲鳴。


 男は瀕死になりながらも、必死に手を伸ばした。


「魔物っ……娘……」


 掠れた声でそう呟く。


 息絶える直前の遺言がこれだ。


 この男。最後の最後まで、馬鹿であった。



 ◆




「魔物っ娘ぉぉぉぉ!!! ってここどこ?」


 男は、激しく体を横たえたままびくんびくんと跳ねさせる。

 どうやら鉄材の下敷きとなった痛みを感じているようだ。

 男はいつの間にか白い空間に寝かされていた。


「へぇ、面白いね、君」


「魔物っ娘はどこだぁぁぁぁ────お?」


 自分以外の気配と声に動きを止め、男は声が聞こえた方へ向く。そこには、白髪赤目のロリが立っていた。



「やぁ、僕は杏葉あずは。神だよ」


「神?」


 突然の神の登場に、男は口をポカーンと開ける。なんとも間抜けな顔だ。

 杏葉はそんな男の顔を微笑ましそうに見つめている。その表情は慈愛に満ちていた。


「神様が俺に何の用?」


「ん? いやね、君の遺言が面白くて。接触してみようかと思ってね」


 ニコニコしながら主人公の前にしゃがむ杏葉。


 正直に言おう。パンツが見えていた。くまさん柄のパンツが。


 床に横たわっている男の位置からだとまさにベストアングルッ!! のはずだ。


 だがこの男。一瞥しただけでことさらノーリアクション。魔物っ娘以外には興味無いらしい。

 パンツを見ておいて失礼な反応をする男だ。


「で、君。魔物っ娘に興味はないかな?」


「魔物っ娘!? あるある! 興味ある!」


 ブリッジしていた男は、魔物っ娘という単語に反応し杏葉へと詰め寄る。

 流石に杏葉もこれにはびっくりしたようで、少し後退していた。


「そうかそうか。君の最後は見ていたよ。最後まで魔物っ娘のことを思っているとは、なかなか素質があるじゃないか」


「そりゃあもちろん! 魔物っ娘は俺の全て────って、俺はやっぱり、死んだのか?」


 ふふんと鼻を鳴らして得意げに語ろうとした男だが、自分が潰れた感触を思い出し、杏葉へ恐る恐る尋ねる。


「そうだよ。君は死んだんだ。鉄材の下敷きになった君は、あの一言を言い終えたあと、息を引き取った」


「そっか……」


 青ざめた顔で自分を抱きしめ、ガクガクと震える男。やはり、どんな人間でも自分の死というものは受け入れられはしない。それは普段おちゃらけている男でも同じことで…………


 男は恐怖に駆られていた。


「怖いかい?」


「……ああ」


 顔を俯けながら、頷く男。その姿に思わず、杏葉も手を伸ばす。


「────っしゃあ!!」


「うわっ! もう、びっくりさせないでよ」


 だが、男は次の瞬間頬を叩き立ち上がる。先程までの悲壮感はなく、いつも通りおちゃらけていた。


「こんなしょんぼりしてるのは俺には似合わない! 魔物っ娘の話をしよう!」

 

 切り替えが早いのは長所である。


「そっか。それじゃあそうしよう。君は魔物っ娘は好きかい?」


「無論。大好きさ!!」


 親指をぐっと立てる男。無駄なドヤ顔だ。


「魔物っ娘のどこが好きなんだい?」


 キランと男の目が光る。

 背後に炎が立ち上ったような気がした。


「魔物っ娘には、夢とロマンが詰まっているんだッ!!」


「ほほう」


「魔物っ娘はただ女性に魔物の一部をくっつけただけじゃない!! そこにあるのは溢れんばかりの母性ッ! 長くたくましい尻尾だったり角だったり肉球だったり!! 魔物の部分を持ちながらも人としての理性を持っていることの背徳感ッ!! そして、なによりも! 人間と違うからいいんだッ!!」


 息をせずに一息で言ってのける男。

 杏葉も驚嘆していた。


「わかってるじゃないか! 君はなんの魔物っ娘が好きだい?」


「んー、いっぱいいて迷うけど、やっぱりラミアだねっ! 赤い髪に鋭い瞳! しなやかな肢体! くねる尻尾! どれをとっても、素晴らしいよっ!!」


「いい目をしてるねぇ……僕は断然ケンタウロスかな! あの気高く誇り高い姿勢! 勇猛果敢で強きをくじき弱気を救う! 正々堂々で卑怯を嫌う! その姿勢が僕は好きなんだ!」


「確かにそれもいい! 俺は次点でスライム娘かなぁ。あのプルプルした半透明な体! 人型を保つのがまだ未熟で、手先とかをうまく作れない愛らしさ! そしてなによりもあの幼い体型! 可愛い! 癒される!」


 徐々に魔物っ娘トークはヒートアップしていく。


 二人は時間と言う概念を忘れ、長い間話し合っていた。



 ◆



「うん。いいね君。君にしよう」


「どうしたんだ杏葉」


 ひとしきり語り終えたあと、杏葉は満足気に頷く。


「君は何も気にしなくていい。そう、何も気にしなくていいのさ。ただ、思うがままに生きてくれれば」


「生きるっていったって、俺はもう死んでるよ」


 肩をすくめて言う男を杏葉はクスクスと笑う。


「そうだね。そうだったね。君はこれから輪廻の輪に入って、それから新たな命として生まれ落ちる。なにか最後に言いたいことは?」


「生まれ変わっても、魔物っ娘への愛だけは消えないで欲しいな」


 間を置かずに即答した男に、杏葉は少しぽかんとする。そして、はにかんだように笑った。

 

 杏葉は、一歩、また一歩と男のそばへと歩き寄る。

 いつの間にか、男と息のかかる距離まで接近していた。


「君に少し餞別をあげよう。しゃがんでくれるかな?」


「こう? ってうぇ!?」


 少し困惑しながら男がしゃがんだ瞬間、杏葉はつま先立ちをした。


 男の鼻をくすぐる甘い匂い。


 男の頬を撫でる白髪。


 男は額に柔らかな温かい感触を感じ、目を見開く。


 すぐに柔らかな感触が離れ……


 そして、頬を朱に染めた杏葉の顔が男の視界いっぱいに広がった。


 杏葉の薄紅色の柔らかそうな唇。


 男の視線はそこへ集中し、そこでやっと自分が何されたのか気づいた。


「これで君は来世でもうまくやれる」


「お、おお、ありがとう」


 跳ねるように少し距離をとった杏葉は、そう照れたように笑う。

 年相応に見えながらも見た目に合わない雰囲気を醸し出し、はにかむ杏葉に俺は、なぜか心がドキドキしていた。


 俺は何をドキドキしてるんだ。俺は魔物っ娘にしか興味がないはずだ!!


「それじゃ、さよならだ」


「そっか。短い間だったけどありがとう。最後に楽しめたよ」


「それはこっちのセリフだよ」


 クスクスと笑いながら、杏葉は再び男に近づき、額に手を当てた。

 そこから淡い光が零れ、男の意識が遠のいていく。


「君には期待してるよ。君の旅路に、どうか僕の加護がありますように」


 完全に意識が途切れる前に、男はそんな言葉を聞いたような気がした。





「来世ぇぇぇぇ!!」


 奇声をあげながら、男は飛び起きた。


 馬鹿は死ななければ治らないというが、どうやらこの男。死んでも馬鹿は治らないらしい。


 お、俺はどうなった!? どうなってる!?


 男は辺りを見回す。


「も、森?」


 男はやっと自分がどこにいるか気づいたようだ。


 そう、この男。先程までいた白い空間ではなく、鬱蒼と木々が生い茂る森の中に倒れていた。


 あ、あれ? ここどこ? もり? 

 森!?


「ここどこぉ!? あれ? 来世は? why? どうなってるのぉぉぉ!?」


 知らぬところへ放り出され、杏葉から聞いていた話とは違う事態が起こっていたことに混乱する男であった。



 ◆



「さて落ち着こう」


 奇声をあげてから十分後。男はようやく現状理解に務め始めたようだ。


 ここはどこだ? 確か俺はさっきまで魔物っ娘を見て、興奮して。探そうとしたら頭になにかぶつかったような感覚があって、俺は死んだはずだ。

 で、杏葉に転生させてもらって……

 あれ? これ転生じゃないよね?

 完全に知らない場所に放り出されてない!?


「どうなってるのぉぉぉ!?」


 男はそう叫んで崩れ落ちる。


 やかましい男だ。





「さて、どうしようか」


 崩れ落ちてからしばらくたった。

 男はやっと平静を取り戻した。

 そして、ようやく、これからのことを考え始める。


麻茂野大隙まものだいすき20歳、男。職業は大学生。家族構成は母、父、妹、俺の四人家族。よし。記憶喪失にはなってないな」


 どこから声に出した方がいいと聞いたのか、男は声に出して自分を確認し始める。

 というか、成人してあの奇行とは。

 もはや救いようもない。


「さて、ここがどこかと、杏葉から聞いていた話が違うということは置いておいて。さしあたっては水の確保だな」


 実はこの男。奇行にさえ走らなければ結構まともで、黙っていればモテてる。

 俗に言う残念系イケメンと言う奴だ。


「水は……水はっと。……よし。勘で行こう」


 男は勘頼りに歩き出す。


 この選択が、思わぬ事態を呼ぶことになるとは、つゆも知らずに……



 ◆



「水音?」


 勘頼りに歩き回ること数時間。

 額に汗が滲んできた頃、俺の耳に水音が響く。


「水だ!」


 水を見つけたと喜んだ男は、音の鳴る方へ駆け出した。


「水っ、水っ、水っ!」


 犬のように舌を出してハッハッと言いながら走る男。その姿は滑稽だ。


「泉だぁ────ってええぇ!?」


「ん?」


 木の根に躓きながら走ることしばらく。男は泉へたどり着く。


 そこで、男は信じられない光景を目にした。


 水浴びをする、赤い髪の女性の後ろ姿。シミ一つない白い艶やかな背中を、水滴が伝った。


 伝う水滴を男は目で追う。


 男の視線はどんどんと下がっていき、やがて臀部へたどり着く。


 そこには白く丸いお尻が────ではなく。

 腰からしたは蛇のようになっていた。

 尻尾が水中でニュルニュルと動き、男の気配に気づいたのか逆立った。


 ゆっくりと顔を男の方へ向ける蛇の女性。

 頬にほんのり朱が差し、その目は羞恥と怒りに染まり、鋭く細められている。


 男と視線が交差する。


「ら、ラミアたんキタァァァ!! 魔物っ娘や!! 魔物っ娘は存在したんや!!」

 

 普段から魔物っ娘好きを息を吐くように言っていた男は当然、爆発した。


 水浴び中にも関わらず、男はあろうことか泉の中へ入り魔物っ娘に近づいていく。

 そんなことをしたらどうなるか。考えなくてもわかるのに。


「魔物っ娘や!! ラミアたぁ────ぶべらぁっ!」


 フルスイングされた尻尾の一撃をまともに頬で受ける(馬鹿)

 綺麗な放物線を描き、木にぶつかって地に倒れ伏す。


「ご褒美……です……」


 気を失う前に呟かれた言葉は誰にも届くことはなかった。



 ◆



「ラミアたぁぁぁん! ってここどこぉ!?」


 日が沈み、辺りが宵闇に包まれた頃。男は奇声をあげ目覚めた。

 縄一本で簀巻きにされ屋根からぶら下げられていた男は、叫んだ反動で左右に大きく揺れる。


「あれ? ここって縄文時代?」


 左右に揺れる視界の中で男は素早く視線を巡らせ、辺りを確認する。無駄に高いスペックである。


 男がいたのは先程の森ではなく、縄文時代を連想させるような藁屋根の縦穴式住居が立ち並ぶ、原始的な集落だった。


 そして眼下には…………


「────ッ!? ラミアたぁぁぁん!!」


 男にとって楽園の、一般人にとっては下半身が蛇の女性? 達に囲まれているというオカルト的な光景が広がっていた。


 赤く長い髪に、金色の釣り上げられた瞳をした、下半身蛇の魔物っ娘。

 通称ラミアと呼ばれる魔物っ娘達に囲まれ睨まれ続けるという、少し恐ろしい光景を前にして……


 ……この男。興奮していた。


「ハァハァ、ラミアたんハァハァッ!」


 鼻の穴を広げ息を荒らげる(変態)

 流石の痴態に、眼下のラミア達もドン引きしていた。


「貴様に問う! なぜ不可侵の森へ侵入した!」


「不可侵の森?」


 ラミアの中から、ティアラを付けた一匹の妙齢なラミアが前に出る。その頬は引き攣っていた。

 どうやら(変態)に近づきたくないらしい。


「不可侵? ってことは入っちゃダメってことだよね?」


「そうだ。貴様人族だろう? ならば! 我々ラミアと交わした制約くらいわきまえているはずだ!!」


 珍しく真面目な空気が辺りに漂い始める。

 このままシリアスが続くかと思われたその時。男は、鼻を鳴らした。


「何がおかしい」


 男の澄ました態度が気に食わなかったのか、ティアラをつけたラミアは手に持っていた杖を地面に打ち付ける。


「不可侵? 制約? そんなもの、関っ

係ないねっ!!」


「なっ!?」


「なぜ森に入ったのか? それは簡単なこと。そこにラミアたんがいるからさっ!!」


「そ、そんなことで────」


「なぜ俺がラミアたんを求めるのか。それはなぜ人が異性を求めるのかと言う質問と同義っ!! 故に俺はこう答える!! そこにラミアたんがいるのならっ! 俺はラミアたんを求め続ける、とっ!!」


 カチン、と空気が凍る…………シリアスが、ギャグに変わった瞬間であった。


 流石シリアスブレイカー。おそるべし。


「お、お前は何を言ってるんだ?」


「ふっ、わからなくても別にいいんだ。俺は孤高の存在なのさ」


 ということをのたまってドヤ顔をする男。本人は決めているつもりなのだろうが、簀巻きにされている時点で格好がついていない。


「…………降ろしてやれ」


「はい」


 そんな男に妙齢なラミアは辟易しながら、近くのラミアに降ろすように命じた。

 

「ぐべぁっ」


 投げられたナイフがロープを切り、男を地面へと落とす。

 その結果、男は地面とキスをすることとなった。


「これから貴様には掟に従ってもらう。ラミアの掟にな」


 一方的にそう告げた妙齢なラミアは、男を尻尾でぶっ叩く。

 その勢いで吹っ飛んだ男は、空中でロープを解けさせながら、縦穴式住居の壁に激突した。


「ついてこい」


 痛みに悶絶している男を放り、妙齢なラミアはとある場所へ向かう。

 ゴロゴロと痛みに悶絶しながら地面を転がる男の口は、にやけていた。


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