爪を短く切りすぎた
君が可愛いって言ってくれるなら。
可愛いものが好き、おしゃれなものが好き。
可愛いって言ってもらいたい、好きって言ってもらいたい。
誰だってそう、みんな、きっと、思ってる。
「だぁー、もーぉ!」
深く切りすぎた指先は、少し不細工で。
「あぁー、もーぉ!!」
せっかく塗り直した紅色のネイルもベトベトで。
「うわーぁ、もーぉ!!!」
軽く揃えるつもりだった前髪も、ほんのちょっと、いや、割と結構切りすぎた。
「サイアク…」
私は、人よりも少しだけ、ほんのすこーしだけ不器用で。
あいつに可愛いよって、似合ってるねっなんて言ってもらいたくて。
「頑張ってんだけどなー」
ちょんちょんになってしまった前髪を恨みがましくつまんでみるけど、切ってしまったものは今すぐ伸びるはずはなくて。
「あーぁ」
なんでこんな上手くいかないの。
「Pipipipi...」
ふて腐れる私にはケータイの着信音すら不愉快で。
「うそ?!」
でも、ディスプレイに表示される"サトー"の文字に気分が一気に跳ね上がるから、我ながらほんとにちょっとどうかしてる。
"もうすぐ着くから"
絵文字も顔文字もない簡素な文が、嬉しいけど気恥ずかしくて。
バタバタ手近なものを片付けると、タイミング良くチャイムがなった。
「なに、お前どうしたの、それ」
呆れたように口元を緩めたサトーに、自分が先ほどやらかした失態を思い出した。
「うぁっ?!あっ、わっ、みっみないでっ!!!!………いらっしゃい」
慌てて部屋の奥の毛布に包まって見えないように隠れたけれど、サトーにはもうバレバレのようだ。
「はいはい、お邪魔しますよー」
慣れたように家にあがると、私の避難場所にぐいぐい近づいて来る。
「はーい、コマイさん。今日もぶきっちょですねー」
……やめろ、そこには顔があるんだ、ぐいぐい押さないでくれ。
「いじけてないで見せてくださーい」
サトーのぐいぐい攻撃に隠れ家を奪われた私は毛布からひょっこり顔を出す。
「今回も派手にやったなー」
せっせと新聞紙を広げては、前髪をはさみでチョキチョキ。
「ったく、俺がやったげるって、言ってるでしょー、いつも。」
慣れた手つきで、ざっくり前髪もそれとなく自然に整えてくれる。
「はい、かわいい。」
満足気に、にっこり笑うサトーの顔を、開けた視界では直視できない。
「ほら、手も見せて」
「う、うん。」
ギザギザの爪も、中途半端な塗りムラがあるネイルもヤスリでまぁるく、重ね塗りとトップコートでツ つやつやになっていく。
指先に軽く息を吹きかけられると、何だかこそばゆくて、恥ずかしくて、でも、ぎすぎすしていた心がほんわり、溶けて行くみたいだった。
「はい、かわいい。」
私と違って、サトーはとても器用で、男の人なのに私よりも上手で。
「……なんか負けた気分」
ちょっといじけてみたりすると、サトーは笑って言うんだ。
「なんで?俺は俺の手でコマイが可愛くなるの、たまんないんだけど?」
にやり、と意地悪に笑うサトーはめちゃくちゃカッコ良くて、私はたまらずその胸に飛び込んだ。
「サトーすきっ!!!」
「はいはい、俺もー」
深く切りすぎた爪も、短くしすぎた前髪も、君が可愛くしてくれるなら、好きって言ってくれるなら、じゃあそれも良いかな、なんて。
end.
2015/2/6
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
読了ありがとうございました。