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ディリオン群雄伝~王国の興亡~ (修正版)  作者: Rima
第一部 第一章『崩壊』
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『国王軍 ~フィステルスの会戦~』

挿絵(By みてみん)


 新暦658年5月、諸侯同盟(アリストクラティオン)軍の迎撃に向かった国王軍(ドミニオン)は要衝フィステルスに布陣し、来る敵軍を待ち受けた。諸侯同盟》軍も国王軍が集結しているのを認めると決戦を挑むべくフィステルスへと向った。


挿絵(By みてみん)


 フィステルスはディリオン王国の南北を繋げる結節点の一つであり、南から王都ユニオンへ至る経路の最重要拠点の一つであった。加えて市の周囲が開けた平原である為に軍を展開しやすく、過去幾度と無く戦闘が発生した流血の地であった。


 この地に両軍が至るまで、そして、至った後にどこか規定事項染みた展開を見せたのだが、それは何よりも政治的な事情による。各有力者達は敵に勝つ事と同じか或いはそれ以上に味方陣営に出し抜かれまいとしていた。その為に、軍事的な必要性よりも政治的な駆け引きとしての判断を友禅していたのだった。


 フィステルスへ到達した両軍は互いに前衛や哨戒部隊を繰り出しての小競り合いと牽制を続けた。敵軍の内情調査や補給物資の略奪、勝利による士気向上など、自軍の優位を獲得する為である。

 前哨戦と言えどその規模は必ずしも小さいものだけではなく、数千人規模の軍勢がぶつかり合った事もあった。その時は哨戒部隊同士の交戦が不意に拡大し、両陣営共に3千人近い兵を繰り出す羽目になったのだ。最終的にはライトリム軍のラテラン将軍率いる5千人の軍勢が増援に現れ、国王軍部隊を撤退に追い込んだ。この戦いが全軍を巻き込む戦いに発展しなかったのは偶然と双方の自制の結果でしか無かった。

 戦いの前に付き物である勝利祈願や祭儀の類もこの間に行われた。大戦に備えてあるために両軍どちらも大いに祭を執り行い、特にケイズは大規模な"太陽神(ソル)"への祭儀を執り行って多くの家畜を供犠に捧げた。その甲斐あってか、彼にとっては素晴らしい吉兆を得る事が出来たケイズはその士気を大いに高めていた。尤も所詮は気休めに過ぎない戦勝祈願にどれ程の価値があるかは誰にも分からなかった。ただ大軍を維持するための食糧が幾らか少なくなった事だけは確かだった。

 最終的に前哨戦は半月ほど続いた。双方とも早く決着を付けたい、内乱に勝利したいという思いが無意識に募り、決戦への気運は否が応でも高まっていった。


 そして遂に訪れた決戦の日、国王軍(ドミニオン)はコーア公ケイズ麾下に総勢6万3000の兵が布陣していた。国王ブルメウスが現時点で集めることが出来たほぼ全軍である。

 右翼には勇士(ミリテス)2400人を含む王家直轄のハルト兵2万が譜代家臣アッシュ家のロムの指揮下に配置されていた。右翼にハルト兵が配置されたのは対するヒュノー軍が同胞を攻撃するのに躊躇するだろうとの見込みからだったが、ヒュノー軍はバレッタ公の兵を主力として連れて来ていた為にこの見込みは外れる事になった。

 中央にはケイズ直卒のコーア兵2万5000が陣取った。勇士(ミリテス)3000人を含んでおり、戦力としては国王軍で最大規模だった。蛮族の末裔であるコーア人は王国の中でも尚武の気風に富んでおり、頼れる戦力であった。但し、吉兆を得たケイズ自身は士気を非常に高めていたが、兵士達までが同様に士気を高めていたかといえば疑問符がついてはいた。

 左翼にはプロキオン家のジュエス率いるリンガル兵1万8000が配置された。勇士(ミリテス)は2200人と比率が高く、領内への掌握力の高さが伺えた。プロキオン家は飽く迄もリンガル地方最大の貴族に過ぎず、他のリンガル諸家より上位というわけではない。にも関わらず、ジュエスは彼個人の超人的求心力によって事実上リンガル勢全てを手中に収めており、この事は特筆に値する事柄であった。

 


 対する諸侯同盟軍はライトリム公ベンテスを総司令官とし、兵は総数7万7000を数えた。

 右翼にはガムラン指揮下のレグニット軍2万が配置された。レグニット軍は公配下の諸領主軍と諸独立都市からの徴集兵の混成部隊で、その連携には不安が残っていた。中核となるべき勇士(ミリテス)は1400人と少ないが、これは独立都市(ムニピチウム)の勢力の強さよりも単に地勢の問題が大きい。耕作地か少なく代わりに商業が発展しているレグニット地方は勇士(ミリテス)として従軍出来るだけの土地持ち、或いは従軍しようとするような武装富裕民が伝統的に少ないのだった。

 中央にはベンテス率いるライトリム軍3万2000が布陣した。王国最大の(プリンケプス)の力は伊達ではなく、兵力は諸侯同盟軍の半数近くに及んでいる。率いる面子も錚々たるもので、腹心の将軍ラテラン、公弟ザンプトン、メゴン家のエトランド、クレッグ家のラース、イットリア家のフォルミオらライトリムの主要家臣達が勢揃いしていた。勇士(ミリテス)も4000人と群を抜いて多く、この戦に対する意気込みの高さが見てとる事が出来た。

 左翼にはヒュノー率いるバレッタ軍2万5000が陣取った。大部分はバレッタ出身の兵であったが、マシュ家のアルメック等ハルト出身者も幾らか含まれていた。勇士(ミリテス)はバレッタ人を中心にハルト人合わせても1500人で、先の敗北の痛手から回復しきってはいなかった。但しバレッタ軍はヒュノーに煽られていた事もあり復讐戦として士気が高かった。


 全体の兵力で言えば国王軍(ドミニオン)6万3000人に対し諸侯同盟(アリストクラティオン)軍7万7000人と諸侯同盟(アリストクラティオン)が優勢であったが、主力の勇士(ミリテス)国王軍(ドミニオン)7600人に対し諸侯同盟(アリストクラティオン)軍6900人と逆転しており、采配と戦機の風向き次第では国王軍(ドミニオン)にも十分な勝機があった。



挿絵(By みてみん)


 初夏の太陽の下、向かい合って布陣した両軍の内、先に攻撃を仕掛けたのは諸侯同盟軍であった。優越する兵力差を活かすためにも相手の初動を許す前に攻め立てようと言うのであった。

 双方の前衛同士がぶつかり合い、一進一退の攻防戦が展開された。前衛はどちらも血気盛んな若い勇士(ミリテス)や弓・投槍で武装した民兵(ヌメルス)で構成され、戦いの主導権を握ろうと激しく争った。前衛同士の戦いで決着は付かず、すぐに両軍ともに本隊を投入しての大規模な戦いに発展した。


 積極的な攻撃を続ける諸侯同盟軍を国王軍は全線に渡って防ぎ、押し留めていた。

 同じ軍制の兵団同士の衝突であるため中核戦力たる勇士(ミリテス)の数の差も大きく影響しており、勇士(ミリテス)の兵数で上回る国王軍が優勢に立ち易い事情があった。

 また国王軍(ドミニオン)の兵が特別精強だった訳でも、コーア公ケイズやロムが歴戦のヒュノーやラテランに比して用兵家として優れていた訳でもなかったが、彼ら司令官達が前線で身を晒して戦う事を厭わなかった為に兵の士気は高い水準を維持でき、決して敵軍にひけをとらなかった事も影響していた。

 押されるどころか逆に勢いに乗って押し返してくる国王軍に対処する為にライトリム軍もバレッタ軍も全力での攻撃を余儀なくされていた。

 更に国王軍左翼のジュエスはコンスタンス麾下の騎兵を囮として突撃させ、ある程度戦わせると後退させて敵軍を誘き出し、釣られた諸侯同盟軍が隙を作ったのを見つけるとそこに漬け込む事で手痛い反撃を与えていた。


挿絵(By みてみん)


 特にジュエス隊と対しているレグニット軍は諸領主部隊と諸都市部隊の連携も諸都市部隊同士の連携も悪く、ついには誘き出された友軍の援護も出来ずに戦列が崩れ去るに任せてしまっていた。

 ジュエスはその間隙を目敏く見つけるとセルギリウス麾下の主力部隊を突入させ、レグニット軍の戦列を突き崩した。

 レグニット軍の苦戦と動揺は諸侯同盟(アリストクラティオン)軍全体に広がりつつあった。


 バレッタ軍はレグニット軍の反対翼であり、戦意の高さとヒュノーの指揮官としての能力から攻勢を受け止め一歩も引かなかったが、ライトリム軍は右翼の影響を直に受けてしまった。ライトリム軍の指揮官達は何れも有能で秀でた人材だったが、戦場の混乱の中でその力量を完全に発揮することは難しかった。

 崩れかける諸侯同盟軍に対し国王軍は止めの一撃とばかりに攻勢に打って出た。

 国王軍(ドミニオン)中央部隊では司令官ケイズが先陣を切ってライトリム軍に突撃を掛けた。


挿絵(By みてみん)


 しかし、祭儀での吉兆で昂揚した戦意がケイズに自らの老齢を忘れさせ、突撃を向こう見ずな突進へと変えてしまった。その結果、後続の付いてこれない無謀な前進によりケイズは孤立し、敵軍に取り囲まれ戦死してしまった。

 大将を失い混乱し統制が取れなくなった所にライトリム軍の再反撃を受け、国王軍(ドミニオン)中央部は潰走した。特に腹心のラテラン将軍の攻撃は巧みで、退路を遮断しての包囲攻撃によりコーア軍は大打撃を受けた。



 そして、戦場で生き残る為には忠義より狡猾さが必要になる。若き貴族は他人を切り捨てるべき時を知っていた―――





◆ ◆ ◆


【新暦658年6月 フィステルス 貴族ジュエス】



 ジュエスは周囲をぐるりと見回して状況を確認した。


 今朝方から始まった国王軍(ドミニオン)諸侯同盟(アリストクラティオン)軍の戦いは五時間程も続いていた。今もこの戦場では数万人の大軍同士が衝突し、殺し合いを繰り広げている。あちらこちらで剣戟の音と生者の最後の叫びが木霊している。


 国王軍は最初は意外にも優勢であった。敵軍を上手く押し込むこともに成功し、更に戦果を拡大しようと中央部隊は戦列を突破しようと図った。

 そして失敗した。

 今や先ほどまで軍隊だった人の塊が残っているだけだ。悪いことは重なるもので、総大将まで戦死してしまっている。


 ――これはもう我が軍は負けだな。ケイズの爺め、歳も考えずに無闇に前線へ出るから討ち取られてしまうのだ――


 ジュエスは思った。

 折角ここまで敵軍を押し込んで、一気に蹴散らす好機を与えてやったというのに味方はその好機を活用しきれなかった。目の前の軍を追い立てるのも決して楽では無かったというのに。

 あの老人にはこんな大軍を指揮するだけの器量も才覚もなかった。勇者ではあっても指揮官としては二流であるし、そもそも勇者であったのももう何年も前のことだ。


 ――まあ爺さんと"帯剣せし樽"の一騎打ちがあったというのなら、それはそれで見ものではあったことだろう――


 先日ケイズ公の命令で丸一日もかけて"太陽神(ソル)"に戦勝祈願の祭儀をやっていたが、結局それも無意味に終わった事になる。

 豚や牛を数十頭も奉げて、山ほどの香料を燃やして、神官共も大勢で祈りの言葉をがなっていたのにあれもこれも単なる無駄遣いだったわけだ。


 ――いや気に入られたからこそ爺さんは神々に連れて行かれたのかな――


 と思いジュエスは苦笑した。

 何にしても幾ら神に好かれようが司令官の能力不足は軍勢の死期を早める結果にしかならない。

 本来ならこれほどの大軍、経験・能力的にみてヒュノー将軍が率いるべきなのだが、残念なことに敵に回ってしまっている。


 それかブルメウス王が自分で兵を率いるべきだった。王にはわざわざ進言してやったのに、彼奴は王都に引きこもる方を選んだ。

 王都の反乱は確かに厄介だし対処は必要だが、王としての生命が掛かっている以上、こちらを優先するべきだった。

 首筋に剣が振り下ろされようとしてる時に背中からナイフを突き立てられるか気にしてどうするというのか。


 ブルメウス王はここぞという時に感情を優先する。ハウゼン公を罷免した時もそうだった。

 ハウゼン公は自分を義に篤いと思っている単なる理想主義者なのだから適当におだてておけば向こうから引き下がった筈だ。


 ジュエスは遠く王都に篭もるブルメウスを、宙に透かして睨みつけた。


 家督相続の時にブルメウス王が支持してくれたから、借りを返す為に止むを得なかったとは言え、国王に味方したのは失敗だったかもしれない。

 ブルメウス王のやり方も鼻持ちなら無い金持ち諸侯の連中の横っ面をひっぱたいてやった様なものだから決して嫌いでは無かったが、今更言っても何も状況は変わらない。


 ――尤も、ここの状況は変わり過ぎだが――


 とジュエスは前線の様子を見ながら思った。

 中央部隊は無残に潰走し、みるみる内に討ち減らされている。ライトリム軍は敵軍を追って猛烈な追撃を掛けているからだ。

 諸侯同盟軍兵士の濁流がどんどんと敗残兵を押し流して、赤い色の塊に変えていく。

 幸いにも追撃に必死で今の所は左翼にいる我が軍に攻めかかってくる様子は無かった。


 敗残兵と追撃部隊のせいで右翼の状況は見えなかったが、中央部隊の無残な有様を見るにボロボロになっているのは間違いないだろうと思われた。

 ただ、ハルト兵を率いるロムは将帥としては大して有能ではないが王家の譜代で無駄に忠実な奴だった。彼の首が体の上に乗っかっている限りは右翼隊は最期の時まで降伏したり寝返ったりはしない筈だ。右翼の兵士達には可愛そうな限りではある。

 だが、ロムが冥界の門をくぐらずにいられるのも時間の問題だろう。矢は前から飛んでくるとは限らないのだから。


 尤も、右翼が崩れるにしてもしばらく耐えるにしても、もう国王軍(ドミニオン)の敗北は覆らない。此方にまで敗北の火が延焼する前に撤退するにしくはない。


 追撃中のライトリム軍をさらに側面から攻撃すれば戦況をひっくりかえせるかも知れないが、あくまでも仮定に仮定を重ねた上の話でしか無い。

 逃げ延び損ねて袋叩きに合う公算も高いし、なにより自分だけが今更危険を背負い込むのも旨くない。


 ――この先の事を考えれば、なんにしても"僕の"兵を消耗しない事が一番大事だ。戦い続けるにしても、誰かと交渉するにしても、僕個人に忠誠を誓う軍事力は多ければ多いほどいい――


 ただでさえ我がプロキオン家の兵は僕が当主になって以来、長い時間を掛けて忠誠心を高め、手懐けてきた飼い犬達だ。

 民兵一人ですら大事な資産なんだ。そう簡単に代わりは見つけられない。


 目前のレグニット軍もそろそろ態勢を整え始めて来ている。逃げ去った兵も多く、兵力はかなり減少しているが敵は敵だ。


 ――頃合だな。ここまで粘れば、命惜しさに逃げ出したと言われる事は無いだろう。さっさと撤退しよう――


 ジュエスは新たな命令を下すべく決断した。


 ――ただ、こんな状況になってはユニオンに逃げ込めるかどうかは運次第だが……――



◆ ◆ ◆




挿絵(By みてみん)



 中央部の潰走した国王軍(ドミニオン)はそのまま状況を立て直せず、遂に全面敗走へと到った。

 右翼のジュエス隊は混乱に巻き込まれる前に早期に撤退した為、大きな損害を蒙る事無く戦場から離脱できた。


 左翼のロムは粘り続けて最後まで戦う事を命令したが、戦闘の継続を拒否した配下の兵士に殺害された。

 指揮官がいなくなった国王軍左翼隊の内、アッシュ家の家臣は逃走したが、大部分の兵は武器を捨てヒュノーに降伏した。


 こうして両軍合わせて十四万もの兵が衝突した大会戦は諸侯同盟(アリストクラティオン)軍の勝利に終わった。フィステルスの戦いに於いて国王軍(ドミニオン)は敗北し、諸侯同盟(アリストクラティオン)軍を王都まで遮る者はこれでいなくなったのだった。



挿絵(By みてみん)


 お読み下さり本当に有難う御座います。

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