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ディリオン群雄伝~王国の興亡~ (修正版)  作者: Rima
第一部 第四章『盛者』
39/46

『荒神・一』

 親征を宣言したランバルトはディリオン王国の総力を遠征軍に注ぎ込んだ。難攻不落の要塞ベルガラ攻略も去ることながら、何よりも誰よりも戦場に出てくるに違いない宿敵セファロスを討ち倒す為に十分以上の戦力を欲した。

 ランバルトが心血注いで編制した諸軍団に海軍も動員した。貴族や有力者達も大小に関わらずその多くを参陣させていた。遺恨もあろうがリンガル公ジュエスとプロキオン軍も親征への投入を決めている。

 加えてランバルトはペラール市に拠るサロネンス派とも同盟を組んだ。メガリス王位奪還の助力を代償に手を結んだのだ。他者に譲歩するような手段は大いにランバルトらしくなかったが、セファロスを倒す為には四の五の言っていられないと考えていた。


挿絵(By みてみん)


 ランバルト王は本隊として7万人の軍勢を率いて要衝ベルガラを目指し、海上からはザーレディン家のテレックらストラスト艦隊ガレー軍船200隻がこれを支援する。本隊は国王軍(ドミニオン)全軍、ジュエス麾下プロキオン軍を擁し、これ迄の戦史中でも最強の軍勢であった。加えて、これだけの大軍を支える補給隊も編成され、護衛8千人共にローウェン家のフライスが指揮する事となった。

 ブラウ河口の港湾都市セレーノへはトーラルサ家のトレアードを主将とする2万人とシェル海艦隊軍船50隻、武装帆船30隻が進撃する。

 更にサロネンス派の軍勢・傭兵4万人、サロネンス派艦隊軍船50隻、ペラール艦隊軍船100隻、増援のトラヴォ艦隊軍船80隻が西からメガリス王都ギデオンに圧迫を掛けた。

 そして快足で土地に明るいメガリス兵を選抜した。彼らに防衛力が薄くなる筈の都ギデオンを襲撃させ、現地反乱者を蜂起を指嗾し、背後を混乱させる策も採用された。

 同盟軍や水兵含め総勢22万人というディリオン王国史上空前の大軍団がひとえにメガリス王セファロスを破る為に投入された。

 これは遠征に投入された部隊だけの数であり、サイス方面への防衛軍、クロコンタス党への対応兵力、守備隊など、王国全土の視点で見れば更に多くの兵が動員されていた。此度は正しく総力戦であった。



 対するセファロスはこれ迄の怠惰とは一転して素早く動き、瞬く間に全軍を統括、これを再編した。

 拠点ベルガラにはセファロス自身が率いる主力軍が配置された。"赤服ローパ・ヴェルメーリャ"、"踊手(バイラドール)"、"王の精兵(エスパーダ)"を中心とし、旧遠征期からの歴戦兵、更には亡命したメール重装歩兵(ホプリタイ)勇士(ミリテス)兵団も編制下に置いていた。数こそ3万人と面前の敵と対するには心許なく感じられたが、戦力としての質は極めて高い精鋭揃いであることは疑い無く、何よりセファロスが率いていると言うだけで兵数など参考にならないと言えた。

 もう一方の要衝、港湾都市セレーノの守備には旧セファロス歴戦兵を中核に1万3千人、無論海の守りも磐石で軍船100隻が河川口を固めていた。

 第二戦線ペラール方面へはマクーン首長オルファンら5万人と軍船200隻が多数の首長・氏族と共に進軍し、数の上での主力を成した。

 都ギデオンには5千人程の守備兵しか待機させてはいない。セファロスの意図ははっきりしないが、恐らくは単に都の事を気にかけていない事によるのだろう。

 また同盟国ラトリアが多額の戦費を供出し、多数のラトリア軍船・ダークス傭兵も提供している。当然だが単なる友好の証ではなく、戦争を利用して交易の競争相手であるペラールやトラヴォに対し優位に立つためである。


 実際の処、兵力は更に数万は動員可能、ラトリア支援の傭兵等は特にであったがセファロスは現状だけで済ませている。如何なる戦略的観点から至ったものなのか、それとも荒ぶる戦神の狂気に過ぎないのか。どちらであってもセファロスの手元にある以上、導き出される答えは変わらないだろう。


 ◇ ◇



 新暦674年5月、ディリオン軍はメガリス王国への侵攻を開始した。セレーノ方面軍を分離すると、ランバルト王は本隊7万人を麾下とし、要衝ベルガラへと向かった。


挿絵(By みてみん)


 フェルリア地方はモア地方と同様に王国領へ編入されてからの歴史は浅く、未開拓地の多い辺境の一つである。軍の交通、殊に戦闘を目的とした機動は決して容易ではない反面、生い茂る森林や奥深い山地が敵の目から身を隠すのには大いに適していた。更にフェルリア南部は大河ブラウ河から分かれる支流も多く、それらの水が齎す湿地や霧が覆う箇所も少なくなく、どちらの特徴も増していた。

 とは言え、7万人の大軍勢は流石に覆いきれず、対するメガリス軍からすればディリオン軍の動きを捉えるのは比較して容易であった。況してや対面するのは軍神セファロスである。十分以上に戦局に影響するだろう事は疑い無かった。

 また、その様な地勢の中でベルガラは本市のある丘陵と裾野に開けた平野を持ち、陸路・支流の結節点でもあるという戦略的に最優先の重要拠点なのであった。


 ランバルトは行軍に際しては偵察や斥候を大勢放ち慎重に索敵を進めた。これまでセファロスに煮え湯を飲まされ続けてきた記憶がランバルトに一層の慎重さを強いていた。

 慎重である分動きが鈍く、即ち受け身に回っているとう解釈も出来る。身動きの遅さは補給隊との連携維持も影響していた。

 索敵と補給を重要視し行動決定の基盤に据えるのは決して間違っておらず、寧ろ戦略的には極めて順当で手堅いのであるが、速戦勇断のランバルトらしからぬ戦い振りであるのは確かだった。

 ディリオン軍はノネス、ヴィンゴドーナ、エステドーナと言った中途の拠点を丁寧に攻略していった。何れも大した抵抗力もなく、そもそもメガリス側に積極的に与する理由もない事から早々に降伏し城攻めで徒に時間や兵力を消耗することはなかった。

 対するメガリス軍もこれら諸城塞の救援に駆けつけるなどということもなかった。だが反面、その動向はセファロスらがベルガラを出撃したとの報告を最後にその足取り掴めていなかった。それが一層ランバルトとディリオン軍に緊張と警戒を強い、行動を慎重――或いは鈍重――なものにしていた。

 ベルガラに至るまでの丁度中間に位置する小都市カスピオンに到達した時には既に一月が経過していた。

 だがここで事態は大きく変動していく。


挿絵(By みてみん)



 ◆ ◆ ◆


【新歴674年6月 カスピオン リンガル公ジュエス】



「罠に決まっているではないか! 今まで動きを見せていなかったというのに急に姿を現したなど、それ以外の何があるというのだ」


 デサイトス家のピズダンクスが前のめりになりながら言った。猛将と名高いピズダンクスらしい直情的な反応だ。


 軍議は既に白熱している。

 小都市カスピオンは兵で溢れ、集結したディリオン軍の諸将は上から下まで皆が敵手セファロスの動きと意図を読もうと必死になっている。


 ジュエスもまた例外ではない事は自覚せざるを得なかった。


 ――我々が敗北する可能性があるのはセファロスだけなのだから、その解析に注力するのは当然ではある。しかし、それでいいのだろうか?――


 実のところジュエスは不安感を拭えなかった。セファロスの動きを読もうと努力したのは今までもそうだった。決して手を抜いてはいない。それでも負けた。ならばこの対応の方向性が間違っているのではないか。そしてその間違った方向音痴突き進むよう誘導されているのはないか。

 しかし、理性的に考えて、他に正しい選択があるとも思えなかった。


「セファロス自身が指揮する部隊ならそうだろうが、情報に依ればそいつらはダークス兵らしいのだろう? 単に迂回を目論む別動隊を捕捉したに過ぎないのでないか」


 ピズダンクスの言葉にルフォ家のベネディクトスが応える。内戦期から中央軍(スコラエ)として従軍する歴戦の指揮官だ。


「セファロスがダークス兵を指揮しているのかも知れんではないか。或いは前衛の一部か先鋒かもしれん」

「なら一層重畳な事ではないか。主力の精鋭から切り離されているのだからな」


 ベネディクトスは有利な事態になったとの考えの様だ。セファロスと戦うなら楽観的な見方に過ぎるだろうとジュエスは思った。油断や浅慮の代償は足下を掬われるなどという優しいものでは済まない。

 今度は二人の議論にジンカイ家のバルトンが割って入る。彼は今尚コーア地方屈指の勢力を誇る名門の出である。


「まあ落ち着け、ピズダンクス殿、ベネディクトス殿。罠だとしてだ、何を目的とした罠なのだ」

「迂回を容易にする陽動だ。本隊は別に潜んでいて我らの背後を攻撃するつもりなのだ」

「その本隊にセファロスがいると考えているのだな、ピズダンクス殿?」


 その通りとでも言うかのように大仰に頷くピズダンクス。納得しかねると噛み付いたのは今度はロザドー家のパウサニアスだった。彼もまた中央軍(スコラエ)での働きから抜擢された男だ。


「いや、わざわざ見せ付けるのは理屈に合わん。警戒を促してしまうだろう。本隊と別動隊が逆なら分かるが」

「だからこそ罠なのだ。パウサニアス殿は戦理に疎いようだな」

「何だと!」

「よさんか。陛下の御前であるぞ」


 はあ、と溜め息をついてバルトンがいさなめる。折角議論を取りまとめて落ち着かせようとしたのに、といった具合だ。

 百出する議論は同時に諸将の能力もまた示している。彼らの多くは、大局的な視野は兎も角として、戦闘指揮官としては十分に有能だった。特に中央軍(スコラエ)生え抜きの連中は流石というべき鋭敏さを持った士官は少なくない。だがそれ故に多くの視点と意見が集う事になるのだ。


「思うのだが、そもそも我らに罠だと思わせること自体が奴の狙いなのではないか。つまりだ、こうして逡巡し留まらされている間に王国本土を狙おうとしているのだ」


 バルトンが異なる意見を出す。パウサニアスは有り得ないと愕然とし、ピズダンクスはこれは得たりと頷いた。


「まさか」

「いやいや、そうとも限らんと私も思うぞ」

「我らの本土を狙って進軍するならば、メガリス本土も同時に狙われる。そんな危険を……」

「犯す奴だ、セファロスは。故国の危険とて戦いを誘起する材料と思っているのだろう」


 ジュエスは遮って話した。遮られた側のパウサニアスは訝しんで眉を上げる。

 リンガル家臣バウフェン家のマリウスが今度は尋ねる。


「ジュエス公は奴の狙いは何だとお考えですか?」

「罠である事は確かだろう。私も陽動だと考えている。恐らく補給隊の位置を掴んでいるのだと思う」

「つまりセファロスの狙いは我らの補給線遮断にある、と言う事ですか」

「そうだ、マリウスよ。我らがディリオン軍は大軍であるがそれ故の弱点もあるのだ」


 ――歩騎併せて七万の大軍だ。補給を絶たれたら自壊するのは時間の問題になるだろう――


 補給路の確保は最優先である事は軍を司る上で最早語るまでもない。後方からの補給、現地徴収、近隣の兵站基地の整備など何れも欠くべからざる重大事ばかりだ。兵の数が増えれば増えるほどにその重要性と難度は飛躍的に高まっていく。

 そして補給部隊や兵站基地の位置は機密事項だ。軍にとっての心臓や大血管にも等しいのだから当然と言える。掴まれないように、或いは掴まれても対応出来るように複数の補給線や偽装を用意しておくことも稀ではない。

 補給や兵站とは何も食料だけを運ぶわけではない。武具や資材なども輸送され、これらの補充は食料よりも困難で、十分な戦力発揮を継続させようとするなら現地徴収も難しい。

 その点、亡き老ハルマナスの運営力は達人技だった。一度たりとも補給に難を感じたことはなく、常に"適切な時""適切な位置に""適切な量の""適切な種類"の補給を得る事が出来た。この兵站力はランバルトの征服事業に絶大な貢献を為した。今は組織の力で補っているが、不安を感じることがある以上、ハルマナスの手腕が如何に卓越したものだったかが分かる。


「セファロスは狂ってこそいても愚かではない。我らを倒すに有効な手だてを打ってくるに疑念の余地はない」


 ジュエスは今のディリオン軍い於いてはセファロスとの戦闘経験が最も多い将である。そのジュエスの意見には誰もが耳を貸さざるを得なかった。

 とは言え、どの様な意見も王が受け入れて漸くを意味を成す。


「では、どうなされるのが宜しいとお考えなのですか?」

「それに関しては思うところはあるが」


ジュエスはランバルトの方を向いた。


「先ずは陛下の御存念をお伺い致したく存じます」


 この場でその質問が出来る立場の者はジュエスを置いて他にはいない。皆の視線が一斉にランバルトに注がれる。

 ランバルトの出で立ちは王となった後もかつてと殆ど変わりない。短く切り添えた黄金の髪に同じく黄金の顎鬚。奢侈な衣服は身に纏わず、高品質の鎧と機能的な軍装を身に着けている。その目の蒼さは冷たく――幾分鋭さが減じたような印象もあるが――、覇者としての風格に陰りはない。

 背後には金蓮華(ロトゥス・アウレア)の金細工を加えた銀十字が置かれている。アルサ家がロラン家の中に身を捻じ込んで王家となったことが一目で分る。


「今遠征の戦略目標はベルガラ城の奪取である。その為にはメガリス主力の撃破が不可欠だ」


 ランバルトはやや間を置いた後に厳粛に話し出す。ベルガラはそのものも難攻不落の城塞であるが、城攻めともなれば何よりも背後を扼される事無く包囲出来る状態を整備するのが肝要である。


 ――常道だな。戦略の基本の一つだ――


「メガリス主力の撃破とは、それ即ち総帥セファロスを打ち破る事である」


 ランバルトははっきりと宣言した。当然の決定ではある。そもそもの段階でもこれをこそ志向して計画を立てている。唯セファロスに勝つ為に大軍を集めたのだ。

 セファロスの動きが罠であろうが関係ない、奴を撃破するのみである、ということだ。喧々諤々の議論も結局は追い掛けて戦うという結論に達することとなった。


「異論あるまいな」

「御意のままに、陛下」


 ジュエスは頭を垂れた。これが最善の選択だ。ただ心のどこかで、それで良いのかという思いも拭えなかったが、流石に畏れすぎだとも思っていた。


 ――確かにセファロスに勝てば戦争は九割がた勝ったも同然だ……まあ違和感を感じないでもないが……考え過ぎか――


 ◆ ◆ ◆



 6月、カスピオンに到着したランバルトの元に西のエルドン海に展開していたテレックから急報がもたらされた。海岸沿いの地域にメガリス軍が発見されたというのだ。彼らは整然とした隊列、特徴的な武装からダークス傭兵隊であると見られ、数も1万程であると報告された。そして暫く海岸沿いを進軍すると、再び内陸方向へ姿を消した。

 これがメガリス軍の別動隊であるのは明らかだったが、問題はその意図である。即ち、行軍中の一部隊が発見されただけなのか、背後へ回ろうとしている迂回部隊を捉えたのか、後に他の軍勢は続いているのか彼らだけなのか、セファロスが仕掛けた罠でこちらの判断を鈍らせようとしているのか、或いは罠だと思わせる事自体が罠であるのか。

 各将が意見は様々で、議論は一向に纏まりを見せなかった。やはり誰もがセファロスの存在を畏れ、一手の間違いも許されないと身構えていたのだ。誰よりも総指揮を執るランバルトがそうであった。


 結果的にディリオン軍は対応協議という名の下にただ手をこまねいていた。事情が変わったのは又してもメガリス軍に新たな動きが見られてからである。ディリオン軍の後方に敵影が認められ、今度は規模や外観からセファロスの本隊だとの見込みが高かった。

 幾ら地形的要因があれど、あれだけ警戒していたにも関わらずあっさりと背後を取られたのは全くセファロスの神憑り的な用兵術の賜物と言う他無い。

 漸くランバルトは結論を出した。メガリス軍は陽動を仕掛けて混乱を誘いつつ後方の補給線を狙う意図があるのだと考えた。この判断についてはセファロスなら例え自身の王国を危険に晒してでも強引に攻め立ててくるだろう、互いに背後を狙い合う形になっても奴なら望む処なのだろうと言われても納得しえた。

 ランバルトは姿を見せたセファロスを追撃しこれを討つことを決めた。メガリス軍の本隊は背後にいると言うことは同時にディリオン側の掌中に飛び込んできたと言うことでもあり、何よりもセファロスさえ倒せば戦争には勝ったようなものなのだ。なれば、この機を逃すわけにはいかないと判断するのはごく自然な成り行きであろう。

 ランバルトは平民出身(ノヴィ・ホミネス)のダロスに2万の兵を与えて先行させた。セファロスを捉えるのも目的だが、後方の補給隊と合流してこれを護るのも重要な任務だった。更に慎重を期して別動隊の追跡へとソーン家のカラミアら1万人を送り出した。ランバルト自身の手元の兵力は4万人程であるが、国王軍(ドミニオン)やプロキオン軍といった最精鋭は残しており、その質と純度は十分に保たれていると言えた。


 ◇ ◇ 


 ◆ ◆ ◆


【新歴674年6月 エステドーナ近郊 将軍ダロス】



「前方に敵影あり!」


 斥候の報告を真っ先に聞いたのは部隊を指揮するダロスである。と言うのも彼は隊の先陣におり、誰よりも早く状況を掴める位置にいたからだ。未開のフェルリアの地だということを考えれば尚更先頭にいるべきだとの考えもあった

 ダロスは亡き前クラウリム公ハウゼンの元で勇名を馳せた宿将だ。その武威は老いて尚衰えず、戦いの疲労は微塵も見られなかった。


 ――捉えた。メガリスの命運もこれで尽きたな――


 斥候のもたらす報告は敵軍への奇襲に成功したことを示すものばかりだった。敵隊に警戒の動きなし、陣形を整える様子なし、そもそも武具を構える様子もないとくれば疑う時間すら惜しい。

 報告です聞き終わるや否や、手早く指示を出すとダロスは騎兵の一隊を率いて駆けた。他の兵は後続の士官に任せて、先んじての突撃を行った。奇襲に成功した以上、時間を敵に与えるべきではない。戦の機を失ってはいけないのだ。


 ――ハウルタス公は抜け駆けだなどと言ってお怒りになるかも知れんが、状況はそれを許すだろう――


 疾駆する馬上からはじきに、報告通りのだらしない隊列の敵集団を認められた。ダロス達騎兵隊が近くまで寄って漸く動きが見える体たらくだった。

 幾人かの兵が駆けたのが見える。こちらに向かってくるのではなく逃げる方向である。


「突撃!」


 ダロスは迷うことなく命令を下した。敵集団を騎兵隊が切り裂いていく。剣が振り下ろされ、槍の穂先は体を貫く。

 敵の人数は三、四千人程であろうか。対するダロス側は数百の騎兵でしかないが、全く手応えがなかった。逃げ惑うことも、殺陣を掲げることもしない。


 ――何だこいつらは。かつて戦ったときは、メガリス兵といえどこんな連中ではなかった――


 余りの手応えの無さにダロスは違和感を感じた。いや、感じざるを得なかった。

 違和感が戦いの高揚を忽ちに冷却していく。

 ダロスは隊を止めた。困惑する兵達を他所に馬を飛び降りると、近くで踞る敵兵を引き上げた。


「なっ、なんという事だ……!」


 引き上げた兵を見たダロスは絶句した。兵は両目を抉られ、咽も潰されていたのだ。武具も確かにメガリス兵のそれであったが手に持っているのではなく、腕に縛り付けられていた。

 落ち着いて回りを見てみればどの"敵"兵も同様の有り様だった。全く凄惨な光景だった。


 ――彼らは、敵ではない。彼らはディリオン兵だ!――


 ダロスは愕然とした。思わず声を上げそうになったが何とか堪えた。

 真実に気付いた兵達もまた振り上げた剣を下ろし、顔を青くして一人また一人と"味方"に寄り添っていった。


 ダロスは歴戦の兵である。見てきた惨たらしい戦地は枚挙に暇がない。だが今目の前に広がる光景はそれらよりも酷かった。"生かされている"ということが一層無惨なのだ。


 そしてこの事態は、何よりもある一つの事実を導いていた。ディリオン兵の誰しもの心を暗くさせる事実。


 ――どうやらまたしても我が軍はセファロスの術中に嵌まったらしい――


 ◆ ◆ ◆



 先行したダロス隊が目前に集団を捉えたのは程なくしての事であった。集団の恰好からメガリス兵だと分かるとダロスは直ちに攻撃を開始した。メガリス兵の動きが鈍く奇襲に成功したと考えたからだ。ダロスの認識は正しかったのか襲撃された集団は碌な抵抗もせず、幾人かの兵士が逃げた他はその殆どは棒立ちであった。突撃の勢いのまま多数を打ち倒すも、そこで異常に気付かないほどダロスは―――幸か不幸か――愚かではなかった。相手はセファロス率いるメガリス軍の最強部隊の筈である。数も1万人に満たない。

 その集団の兵士たちは確かに恰好はメガリス兵のそれであった。しかし、その何れもが目と喉を潰されていた。彼らが囚われたディリオン軍の兵士、敗れた補給隊の捕虜――中にはローウェン家のフライスもいたのだ――であった事が判明するのには時間は掛からなかった。


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