『誰が為の戦い・三 王都方面 ~ユニオン攻防戦~』
北部で決戦が展開されている間も王都を巡る状況はその激しさを衰えさせる事は無かった。
◇ ◇
◇ ◇
新暦666年7月、テオバリドらライトリム軍を加えたブリアン率いる反乱軍は遂に王都ユニオンを包囲した。
攻め手のブリアン派は総勢4万の兵力を擁していた。ハルト諸侯軍とライトリム軍の混成兵団である。
ブリアン派軍の包囲陣構築と攻城兵器製作は速やかに完了した。元々数年来の計画として王都包囲の準備を整えていたことにより円滑に作業が進んだのだった。
要衝エピレンの丘にある"王の城塞"はミーリア派に押さえられていた為にそこだけを包囲する陣地を新たに築き、また大埠頭は建物の類いは使用可能であった為に本陣として用いられた。
ブリアン派軍の総大将ブリアンは大埠頭の本陣に在し、1千の兵に守られていた。
西門・大水門はウッド家のパウルスら5千の兵が位置していた。
エピレン門にはパウルスの庶子パーレルが4千人と共に布陣した。
北門にはマーサイド家のアイアス麾下に3千人、東門にはグラニア家のガイオス率いる1千8百人が配置された。
レリウス門・南門はライトリム軍が担当した。レリウス門にはライトリム軍8千、南門にはテオバリド自ら率いるライトリム軍1万2千人が攻撃態勢を整えていた。両門の間にある小水門も同じくライトリム軍の管轄となった。
エピレンの丘にある"王の城塞"は2千人の兵士が包囲し、メイルーン家のギーサリオンが攻撃の指揮を執ることとなった。
◇ ◇
対するミーリア派はの防衛体制は如何なものであったろうか。王都には総勢で5千人の兵が守りについていた。
まず宮殿地区など中枢部へは親衛隊2百人、リンガル兵1百5十人、中央軍1百人、極少人数の近衛兵が置かれた。総司令官ランバルトがこの区域から全体の防衛指揮を執り、女王ミーリアや公妃サーラを始めとしてコーア公フレオンなど多くの貴顕達も留まっていた。
外城壁の配置は防御拠点となる城門を中心に行われた。
敵本陣と対面する西門方面には"中央軍"5百人、ホラント家のトラードらハルト兵3百人が配置された。
エピレン門方面にはトリックス家のセイオン率いるリンガル兵3百5十人、ハルト兵人3百、アルソートン家のネービアンらメール兵2百人が配置された。
北門・東門方面は状況からみて主戦場から外れると考えられ、配置兵力もハルト兵4百人、コーア兵1百人と少数で済まされた。
敵軍の主力でありランバルトの戦い方を最も知るテオバリドのライトリム軍と対決することになるレリウス門・南門方面には精鋭を集めた。隊長アレサンドロら親衛隊2千人が守りを固め、かつての友軍との戦いに備えた。
そして"王の城塞"にも親衛隊4百人が配置された。高所を押さえる要衝を守り、市外から敵軍に圧力を掛ける為にも相応の戦力が配置されたのだった。
5千人では戦力として明らかに過少だったが王都大城壁の防御設備の数々を駆使し団結して戦えば、十倍の敵でも撃退しうるだろうと考えられた。
市内の兵力は質はともかく量は包囲する敵軍に比べ圧倒的に劣っていた。では王都市民を動員すれば良いのではと考えるところだがそうも行かなかった。ランバルトは市民の武装を許可せず基本的には徴兵もしなかった。市民を戦争に巻き込みたくないなどという発想は毛頭なく、ただこれ以上信用できない者どもに剣を与えることを拒否しただけである。
その疑いと拒否感は強く、全ての市民に市街への外出を禁じ、労役の動員すら渋った程だった。
包囲戦はミーリア派軍が劣勢の状態で幕を開けた。全ては独裁者ランバルトの傲慢と過信、疑いと怒りが招いた自業自得の苦しみと言えた。尤も、ランバルトの業に付き合わされる部下や市民にとっては溜まったものでは無かった。
包囲陣を築き多数の攻城兵器を揃えたブリアン軍は兵糧攻めは決起の性質から考えて良策ではないと判断し、都への強襲攻撃を選択した。市内の内応者も呼応して動き、防衛側情報の漏洩や城門・塔への破壊工作を行い、更には市民の決起も扇動される手筈となっていた。
坑道攻めも平行して行われたが準備の時間や技術者が足りず、補助的な作戦に留まった。
◇ ◇
そして、今度も真夏の陽光の中、4万人の兵が王都の城壁へ総攻撃を掛けた。
14基の城壁と同じ高さの攻城塔を主軸に車輪付き破城槌、移動式の防護櫓や防御盾、獣皮で覆われた亀甲車の数々が兵を満載して攻め寄せた。
無数の射撃兵器も一斉に活動を始め、50キログラム以上の巨石を飛ばす大型の投石器、太さが腕ほどもある矢を放つ弩砲、高速で矢玉を打ち込む石弓などが城壁や守備兵を狙い撃った。
その他の兵も弓矢や投石紐で攻撃を加え、攻城梯子や鉤付き縄で壁に取り付こうと図った。
王都は城壁も塔も城門も余すところなく攻撃に曝され、降り注ぐ流れ弾は市街地さえも容赦なく巻き込んだ。主戦場の一つとなた南城壁では砲撃の集中攻撃を浴びた防御塔の幾つかが崩落させられた程だった。ブリアン派軍の攻撃は全く激しかった。
しかし、それでも壁から外に向かって放たれる破壊の嵐よりは小さかったと言わざるをえない。
先の内戦でも実証されたように王都の城壁は驚異的な防御力を誇るがランバルト統治下でユニオンの城壁は一層の強化が施されていた。精巧な連射式弩砲は攻撃側の亀甲車を穴だらけにし、投石器から投げ付けられる火炎壺は攻城塔を焼き払った。壁そのものにも幾つもの装置が仕込まれていて、ようやく壁に取りついた兵士を容赦なく叩き落とした。
城壁上の弩砲を一機潰す前に包囲側は五機は破壊される事を覚悟しなくてはならず、防御塔を崩そうと思えば更に多くの攻城兵器を引き換えにしなくてはならなかった。要塞の如き城門などは、やはりと言うべきだろうが、数々の兵器と幾人もの兵士を犠牲に捧げても遂に一つも打ち砕く事は出来なかった。"王の城塞"でも同様の光景が広がっていた
実際撃退された経験を用いて効果的に壁への強化を施したからこそランバルトは戦術的には自信を持っていたが、この点に関しては全く過大評価では無かった。
またブリアンらは市内にいる筈の内応者達の行動も期待していた。市街地で騒乱を起こして敵軍を分断し、城門を開け放って招き入れてくれるだろうと考えて攻撃を行っていたのだが、結局その兆候は見られなかった。全ての門は固く閉じられ、市内から聞こえるのは勇んだ敵兵の鬨の声ばかり、立ち上がる火煙もこちらからの攻撃で起こったものだけだった。
朝方に始まったブリアン派軍の攻撃は昼過ぎには中止され、城壁を攻めていた軍は陣営地へ引き返していった。内通者が動く兆しも見られないため、今以上の損失を出す前に見切りをつけて後退を選んだ。ブリアンは怒り狂い諸将も唇を噛んだが、ユニオンの城壁を力付くで破るのは不可能だとの認識を改にしただけのことでもあった。六時間ほどの戦闘は攻城戦にしては短かったが激しさは嵐の様であった。炎と瓦礫と血の嵐だ。
攻撃側のブリアン派軍は2千人の兵士が失われ、8基の攻城塔が焼け落ち、併せて12の亀甲車や破城槌が木片の残骸と化した。前回包囲戦の教訓を取り入れて戦い、早期に後退を選んだ為に損害を抑えられたとは言え、尚もこれだけの打撃を受けていた。
一方でミーリア派軍は兵は1百人に満たない数が戦闘力を失っただけであった。5千人の兵数の中での1百人であるから決して少ない数ではないのだが、敵との比率で言えば極めて少なかった。防御施設は多くは修復可能な程度の被害だったが、南城壁ではテオバリドの攻撃で二つの防御塔が崩落するなど比較的大きな損傷を受けていた。
王都への最初の攻撃はランバルトら防衛側の勝利に終わった。ある意味では当然の結果でもあったが、ブリアンら反乱者達が一度の敗北で尻を捲って逃げ出すはずが無かった。全てを手に入れるか敗者として消えていくかが決まる瞬間なのだから。
玉座を巡る戦いはまだ終わらない。
◆ ◆ ◆
【新暦666年7月 本陣 公テオバリド】
ユニア河畔の大型河川港である大埠頭には包囲軍の本陣が置かれている。無数の倉庫や商館、旅籠や娼婦館が立ち並び、王都の一部でありながら大埠頭だけで地方ならば小都市に匹敵するほどの規模があった。
籠城前のランバルトは妙に動きが鈍く、主要な河川港であるこの場所を無傷で放置していた。それを使わずに放置しておく手はない。唯でさえ戦場では風雨を防げる屋根と壁がある建物は極めて大きな価値があるのだ。商館や旅籠などは貴族たちの、倉庫や造船施設などは兵士の宿営にされた。無論、残されていた幾つかの物資も有効活用させてもらっている。
本陣の一角、大埠頭監督官の庁舎は最も上等な施設として接収されブリアンの在所となっていた。指揮官たちが招集を受け軍議が開かれるのもこの場所だ。
「不甲斐ない奴らだ」
開口一番、ブリアンは極めて不快げに言った。彼は君主の権威を示すために一段高い場所に座っている。
そして軍議に集った諸将――ライトリム公テオバリド、ウッド家のパウルスとパーレル、マーサイド家のアイアス、メイルーン家のギーサリオン、グラニア家のガイオス、フィステルス市やヴェネター家やその他諸々の指揮官達――に凄んで見せる。
豊かな漆黒の髪、同じく真っ黒な瞳、二十代の精気溢れる頑健で大柄な身体。外見だけならこの場に集う歴戦の戦士達にも決して見劣りしないだろう。王位継承を奪われ不遇をかこっていた割りには良く鍛えられている。テオバリドは見たことはないが亡き父ブルメウスに、あらゆる面で、そっくりだと評判だった。
「敵の数は精々五千人と聞いたぞ。我が軍は何人だ? 四万人だ。八倍だぞ! だというのに、何だあのザマは!」
ブリアンは顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。自尊心の強さからくる他者への気遣いの欠如は彼生来の特徴だったが、王位継承から弾かれて以来、その傾向は一層強くなっていた。
ブリアンも王都攻めは二度目になるのだから、ユニオン大城壁の恐ろしさは十二分に分かっている筈だが、それでも尚この言い種なのだ。テオバリドも他人を省みる質ではないが、ブリアンの性格には流石に辟易させられていた。下位者の支配を見せつけようと頻繁に召集して軍議という名の醜態会を開くのもそうだった。
――糞餓鬼め――
始めの内は心の中で強く罵倒したりしていたが、最近ではテオバリドは最早そうとしか思わなくなっていた。相応に鍛えていたのは肉体だけで、精神の方は一向に成長していなかったようだ。
「へ、陛下!」
右隣に座るパウルスが青い顔をして主君を止めた。これも何時もの光景だった。パウルスはブリアンの右腕にして頭という立場を確立しているものの、ブリアンのこの性格のせいで今は能力の多くを主君と家臣との調整・折衝・慰撫に注ぎ込んでいた。
――パウルスという男、この反乱を実現させただけあって見た目とは違い対した策謀家だがブリアンに関わると唯の乳母に堕するな。哀れな事だ――
哀れには思うが同時に王の側近に動きを制肘されずに済むのでそれはそれでよいとも思っていた。
これまでずっと付き従ってきたパウルスの言うことならば聞くようでブリアンはやや怒りの剣先を鈍くさせた。顔は真っ赤なままだが話を聞こうとするだけの理性は取り戻せたようだ。
「分かった。お前らの不甲斐なさは今は問わないでおいてやる。それでだ。どうするのだ、あの壁を」
「私は言った筈ですな、ブリアン王。ただの力押しではあの壁は破れないと。その通りになっただけのことだ」
ブリアンの言い方に、何時もの事だが、苛ついたテオバリドはぶっきらぼうに言い返した。当然ブリアンは怒りを覚えた様だが、それよりも早く反応を示した者がいた。マーサイド家のアイアスだ。
「他人事のような言い方だな、テオバリド」
「他人事ではないさ。俺の兵も死んだのだからな」
「それは皆そうだ。私が言っているのは、自分には責任は無いと君が言っているようだと言うことだ」
アイアスは元からテオバリドに良い感情を示してはいなかった。中央の名門貴族であるアイアスにとってはテオバリドの様な存在はやはり蔑視の対象であるらしく、メールからの侵略者、辺境の半蛮族、成り上がりの偽公、などと同じ側の陣営にいるとしても口に憚る様子は見られなかった。
もっとも、テオバリドはアイアスの事など少しも気にしていなかった。こちらの方が力は上であるし、よしんば戦争になっても自分が勝つと確信していたからだ。
――所詮は負け犬の遠吠えよ――
「ああ、そう言うことか。ならその通りだ。俺は壁の危険性は警告したし、実際の戦いでも最も成果を挙げている。敗北の責を問うなら他の誰かを吊し上げて頂け無いかな?」
「塔を幾つか壊したくらいで図に乗るな!」
「壊せもしなかった奴らに俺を批判する資格があるのか? 何十年も王都の壁を見ていたのに抵抗する術の一つも思い付かない奴に物言う権利があると言うのか?」
テオバリド率いるライトリム軍は結局は城壁を破れずに撤退を余儀無くされたとは言え、最も防御側に損害を与えていた。籠城軍の死傷者の過半は南城壁に集中しており、防御塔も幾つかが崩落させられていた。
テオバリドの言は余りに辛辣ではあっても、事実としては言い返せない部類のものだったろう。だが事実と真実は時として別であり、どの様な事実があったとしても感情の激発を妨げる理由とはならないのだ。アイアスは禿げ上がった額に青筋を浮かべた。
「メールの土豪風情が! 公などと身の丈に合わぬ称号を得たからと言って、貴様など所詮は成り上がり者に過ぎんのだぞ!」
「成り上がりだというのは否定せん。俺が自分の力で勝ち取った成り上がりだからな。身の丈に合わんと言うならば、自分の領土も立場も守れぬお前こそ身の丈に合わんと言うものだ」
「何っ!」
アイアスは拳を握り締めて、肘掛けを殴り付けた。
――奴に気を使う必要などない。巨大な軍事力を持つ俺にこそ奴が気を使わねばならないのだ。それに俺は公だぞ? ハルトの都市持ち如きとは比べ物になどならん!――
「止さないか、陛下の御前であるぞ! 今は不毛な言い争いより壁をどう攻めるかの具体的な話をするべきだ!」
見かねたのかパーレルが口を挟んだ。ウッド家の当主パウルスの庶長子で、父親に似て平凡な容姿の男である。王に極めて忠実だが、この点父親と違って有能とは言い難かった。尤も、ブリアンの如き男に本気で忠誠を尽くしていることが一番凄いのではあるが。
「決まっている。内通者の呼応と共に攻めるのみだ。それか兵糧攻めだな」
取り敢えず矛を収め、テオバリドは答えた。
今の状況ではそれしか残されていない。包囲を始めた時は攻撃は無謀と言いながらもこれだけの兵力差があれば突破出来るのではとも考えたが結局は失敗で終わった。
「兵糧攻めは駄目だ。王都の民を餓えさせる訳にはいかない。彼らは敵ではない」
パーレルが反ぱくする。
王都の市民への慈悲だの王者の振る舞いだのはどうでも良いが、早期決着を求めたい内戦の性質上、また王都の備蓄食糧の膨大さと言う現実的問題から兵糧攻めは余り選びたい選択肢でないことは確かだった。
テオバリドはかぶりをふった。
「なら内通者の動きを待つしかないな」
「内通者か。その内通者とやらは一体何時動くのだ。先の総攻撃でも動きは見られなかった。奴らが動かなかったから負けたのではないのか!」
ブリアンが怒る。つい先頃まで攻め寄せた軍勢の不甲斐なさに責を問うていたのにあっさりと他の者に原因と求めている。こういう一貫性の無さや移り気もまたブリアンの性質であり、テオバリドが一々ブリアンの怒りを大袈裟に受け取らない所以でもあった。
「内通者が何時動くかは分かりません、陛下。計画の露呈を防ぐ為に彼らは計画を極秘としています。私も知らされていないのです。恐らく前回はまだ機が熟していないと判断されたのでしょう」
「ならば、例えば今この瞬間に動く可能性もあるということか? 市内の状況が決起に適切だと判断したら」
「そういうことになります。敵を騙すにはまず味方からと古来から言います。内通者が動く時は籠城軍にとってもまさかの一撃となるでしょう」
パウルスの話を聞きながらテオバリドは机を指先でとんとんと叩いた。
――未知というのは恐ろしい事だ。何が起こっているのか分からないならば、まず気にすべきはこちらの不利に事が進んでいないかどうかだ――
「既に捕縛されている可能性は?」
「それは無いと考える。もし内通者達が捕らえられているなら、王都の籠城軍側にもっと積極性が見られても良い筈だ。或いは動揺でも構わないが、何れしても特別に動きがない以上、内通者達は見つかっていないと思う」
テオバリドの問いにパウルスは自信ありげに答える。策に自信があるのか、内通者を信用しているのかは分からない。
――だが後者だとするならそれは如何なものかと思うぞ――
「内通者とは大方フレオンの事だろう。彼奴、信用できるのか」
「出来るわけ無いだろう。あのコーアの"こそつき家"が信用に値するなど到底思えない」
テオバリドの疑問にメイルーン家のギーサリオンが間髪入れずに返した。刈り揃えた茶色の顎髭を持つギーサリオンは典型的な武人で、同時に先祖の栄光を傘にきる小人でもある。謀略で地位を確立したフレオンとは肌が合わず、彼を毛嫌いしている一人であった。信用出来ないと言うのもギーサリオンの個人的な感想だろう。
「信用は出来る。現に我が方の味方をこれまでし続けているではないか。敵対しているならもっと早い段階で計画が崩されていただろう」
「どうかな。向こうの情報をこちらに売り渡しているのと同じ様にこちらの情報を向こうに横流ししているかもしれん。天秤に掛けて双方に取り入っていたのかもしれんぞ。奴ならやりかねん」
「それに関しては多少は敢えてやって貰っている。敵の行動を制御する為にだ」
「フレオンの動きが我々の手の内ばかりで他はあり得ないと、なぜ言い切れる。パウルス殿が把握している以上の動きをしている可能性は多いにある」
よほどギーサリオンはフレオンを信用したくないのだろう。
――絶対に信用し切れないという程に謀を巡らせている、と思われているのは大したものだ。俺だってフレオンの事は疑っている。だが同時にフレオンがランバルトの味方をするとも思っていない。何処かで裏切っている筈だ――
パウルスは一息つくと言葉を次いだ。
「フレオン公が統括しているが、主要な内通者は彼だけではない。最悪フレオン公が再び寝返ったとしても、彼は前線には出ない。前線の内応だけでも効果は大きい。城門の一つでも開けば十分だ」
意外な解答だった。内通者自体は大勢いるだろうが、戦況を左右でき、他の内通者を取りまとめられる人物がフレオンの他にいるとは思っていなかった。
「フレオン以外に大物の離反があるのか。知らなかったな。誰だ?」
「それは言えない、テオバリド公」
「何故だ」
「限られた者以外は知らない方が上手く運ぶ事もあるのだ」
――俺は公だぞ? この中で最大の領地と兵力を持っている、その俺を差し置いて、限られた者だと?――
テオバリドは露骨に舌打ちした。パウルスの声色からは絶対に譲らない頑固さが感じとれ、これ以上は押し問答にしかならないと分かったからだ。
アイアスはちらとテオバリドを見て鼻で笑った。アイアスも知らない様子だが、テオバリドが良い目を見なかったのが嬉しいのだろう。
「分かった。なら質問を変えよう。そのもう一人の奴というのは信用できるのか?」
「出来る」
はっきりとそう答えたのはブリアンだった。
複雑な表情だ。確信や怒りや、その他の陰陽あらゆる感情がない交ぜになっている印象だ。
――ブリアンがこんな顔をするような相手は限られる。内通者は大体当たりがつくと言うものだ――
「分かった、分かりましたよ。フレオンの他に信用出来る誰かが市内にいるのですな。そいつが城門を開くなり何なりしてくれると」
テオバリドの言葉が計画の部外者達の総意と言えた。と言うよりその他に語れる事はもうない。
「何時内応が起きても良いように軍の準備は整えておく必要があるな。有効な手立てなのだろうが、厄介だな」
アイアスが唸るように言った。包囲戦の継続や再度の総攻撃準備に平行して何時でも動ける様に、それも籠城軍に悟られないよう部隊を配置しておくのは中々難儀する事だ。
「まあ、何にしても早く都を落とさねば。機を待ちはするが時間は多くはない」
テオバリドは言った。
これに関しては他の諸将の内心も同じだろう。オーレンが兵を王都まで進めてきたら、主導権を握られて功績や戦利品をかっさらわれる可能性がある。戦後の次なる戦いを考えると、それは避けたかった。
――何れにしてもオーレンが戻る前に決めたい。今ならまだ俺のライトリム軍が最大の兵力だ。王都制圧で一番の戦功を上げられる――
そう、全ては自身の為の戦いなのである。
◆ ◆ ◆
一度目の総攻撃はブリアン派の敗北に終わった。しかしブリアンら攻撃側の戦意は衰えておらず、再攻撃の準備を進めていた。
強襲に失敗した以上、方針変更が常道でがそれでも攻撃の準備を進めて再度の強襲を企図したのには理由がある。
一つは内通者の存在がある。実のところ参謀のパウルスを始めとした者達は内通者の活動が決め手だと考えていた。
しかし内通者の動きは露見を避けるために攻撃側にすら秘匿されていた。
それ故に内通に呼応して何時でも攻撃出来るように準備を整えておく必要があったのだ。これをお粗末と見るかそれとも卓越した情報戦と見るかは、これからの戦局次第であった。
もう一つ、ブリアン派軍の諸将が功績を出来るだけ少人数で分けたいと考えていたことにある。北部のオーレンが敵軍を破って王都まで攻め込んで来ればオーレンが主導権を握るに違いなく、自分達に回ってくる功績の分前が減ると恐れたのだ。
特に途中から寝返ったテオバリドにとってこの事は死活問題であり、オーレン軍が到着する前に決着を付けておきたいという事情があった。
人の世では軍事的な要求より政治的な要求が常に優先され、政治的な要求より感情的な要求が常に優先される。人は誰も見たいものしか見ず、考えたいことしか考えないのだ。現実が彼らの望みにそぐうよう動いているかは関係無かった。
◇ ◇
王都の内も外も次なる攻撃に備えて神経を研ぎ澄ませていた。市内で血が流れるのは明日なのかそれとも今日なのかは、極一部の当事者を除けば、誰にも分からなかった。
互いに刃を交える時を待ち、その時を望み同時に恐れてもいた。
だが、その時の到来は長い未来の話では無かった。
◆ ◆ ◆
【新暦666年7月 宮殿 女王ミーリア】
宮殿最上階の一角。良質だが質素な家具と幾つかの小窓がある部屋。精緻な装飾が施されているが、頑丈な錠前の掛けられた分厚い扉。
それが今のミーリアが触れらる世界の全てだった。
一月か二月程前にここに連れてこられてから一歩も外には出ることは許されていない。
戦いの前に安全な場所へ、と連れられたのだ。
――ランバルト公は最も安全な場所と言っていた。誰にとって、一体何が、安全だというのかしら――
そうミーリアは無常感とともに思っていた。しかし、ブリアンによる王都攻撃が始まり、無数の矢玉や石弾、火炎壺が飛び交い血が流れる有り様を窓から見ていると安全な場所に居ることに安堵を覚えていた。ただ、それは死なないという安堵ではなかった。だが何に対する安堵だあるか言い表す事ままた出来なかった。
絶望し全てを諦めていたと思っていたのに、いざ死と恐怖の世界が目前に迫った時に何にしても執着を抱くとは自分でも意外でもあり、同時に言い知れぬ複雑なざわめきを覚えていた。
――私はどうなるのだろう。私は、私自身はどうしたいのだろう――
次第に塞ぎ込んで嘆く時間は減り、自問する時間が増えた。これまでの事に思いを巡らせ、これからの事に思いを至らさせた。
サーラの前で感情の一端を吐き出した事も、思考の変化に影響を及ぼしていることだけは確信が持てた。
ふらと窓辺りに佇んで外を眺める。この部屋は宮殿の最上階にある為に景観は市内で最も良く、王都の市街も外も見る事が出来る。
夜明けの薄暮に街並みが僅かに浮かび上がっている。壁の上にはまだ松明の灯りが灯っており、近い場所では兵士達が武具を携えているのが見えた。
ブリアン派軍の総攻撃が撃退されてから一週間が経ったが、包囲が緩んでいる様子も援軍が来た兆しも見られない。
次の戦いの時は何時だろうか、そう考えていた時時、扉から錠前の外れる鈍い音が聞こえた。
木材と金属が滑らかに擦れる僅かな音と共に扉が開き、一人の男が入ってきた。
「失礼致します、陛下」
「フレオン公……」
相変わらずフレオンは望洋としたどうにも印象に残らない表情で声を発した。
包囲の真っ只中だというのにフレオンの態度や表情に普段と何も違いが見出だせない。内心がどれ程動揺していたとしても感じとる事は出来なかった。
――フレオン公は何時も変わらないわね。この変化の無さには妙な安心感があるわ――
実の所、ミーリアはフレオンには好意を持っていた。勿論、女としての好意ではなく、主君として或いは友人としての好意だ。
回りの者の殆どがミーリアを利用するか無視するかしかしない中で、フレオンからは純粋に気遣ってくれている様に感じられたからだ。
それに初めて王位継承の話をされた時――継承そのものは大いに後悔していたが――もそうだが、フレオンはミーリアに有益な提案をしてくれる事が多かった。彼には彼の事情はあるのだろうが、それでも貴重な道具として取り扱われるよりも遥かに好意的になれるというものだった。
この部屋に連れて来られてからは初めての来訪だった。恐らくはフレオンと言えどもランバルトに近付くのを禁じられているのだろうとミーリアは考えていた。
「こんな朝早くからフレオン公がいらっしゃるなんて。どの様な要件でしょうか」
「いえ、ただ陛下の御調子が気になりまして」
フレオンは言った。
――本当にそれだけかしら――
フレオンのことは友として疑ってはいないが、彼の人となりも分かっているつもりだった。
友情は友情として、策謀も弄するのを良しとするのがフレオンだ。普段ならともかくもこの状況でただ個人的に様子を見に来る筈が無い。
「ありがとう。でも、それだけの筈がありませんわ。ランバルト公からの言伝てでもあるのでは?」
「……流石、陛下はご聡明でいっしゃいます」
フレオンは調子を変えずに言った。
「世辞は無用ですよ、フレオン公」
「これは失礼を。宰相閣下からの御伝言です。女王陛下におかれましては何か欲しいものはありましょうや、とのことで御座います」
「特に欲しいものはありません。強いて言うなら葡萄酒を足したいくらいでしょうか。ああ、それとこんな状況ですが、ジュラ殿の為に何か新鮮な果実を持ってきて上げてください。暑いですし、子供にはこの部屋は楽しみが少な過ぎます」
ミーリアはサーラに複雑な感情を抱いていたが子のジュラには含むところは全く無かった。母親が誰であれ、子を憎む理由にはならない。
ミーリアの答えにフレオンは承知しましたと応じた。フレオンの次の言葉を待ったが、彼はそう言ったきりだった。
「それだけですか? 欲しいものを聞きに来ただけ?」
「はい。ですが……閣下も陛下のお答えにはお喜びになるでしょう」
「どういう事ですか?」
「もし筆と紙を求めていたら、ランバルト公は今よりも陛下の事を厳重に取り扱う事でしょう」
ミーリアは思わず表情を渋くさせた。
「まさか、私が弟と通じるのではないかと疑っているのですか。ここまでしておいて今更そんな事を……」
「慎重な方ですので」
――もう慎重と言うより小心とか臆病とか言うのではないのかしら――
「そうですか……ランバルト公も大した勇者ですね。少なくとも葡萄酒と果物をくれる勇気はあるのですから」
「まあ、酒と果実では裏切りも死も招きませんから」
ミーリアは今度は渋面になるより前に、何とも言えず笑いを感じた。あの恐ろしい独裁者も追い詰められると慌て出すのかと思うと可笑しさを禁じ得なかった。
「死、ですか。自害まで疑っているのですね。私に死なれてはランバルト公は求めていた全てを失うのですから恐れるのも仕方ありませんか」
ランバルトにとって女王を押さえている事は自身の正統性を主張するのに必須の項目なのだ。
勿論、玉座を手に入れる時の正統性である。
ゆえにランバルトはわざわざミーリアに豪勢な軟禁を贈って飼い殺しにしているのだ。
「ですがそれをわざわざフレオン公を遣わしてまで確認するというのはどうにも解せません」
「私なら嘘を見抜けると思っているのです、陛下。それにいざ切り合いが始まった今は私には出来ることは少ないですから」
フレオンは知恵は悪どい程によく回るのだが、そこに戦争に関するものは少ないと言うのは有名だった。兵の管理や補給という行政能力こそ一流であるが実際の武の面に於いては平々凡々、贔屓目に見ても三流というのが世間の評価であり、フレオン本人もそう自戒していた。
「では次の攻撃は何時になるのかを聞いても仕方ありませんか」
「申し訳ありません、陛下。現状のご説明差し上げる事は出来ますが、それより未来は私には分かりかねます」
フレオンが言った時、部屋の奥から声が聞こえた。
「貴方なら何かしら極秘の情報を掴んでいるのではなくて? これは軍事とは別よ」
それと共にゆっくりと声の主が姿を現した。
腰まで伸びる黄金の髪。滑らかで引き締まった肢体。豊満に子を孕んだ腹。蒼く澄んだ大きな瞳。薄明かりの中だというのに全身が輝いているようにさえ見える。
――サーラさん……彼女は何時、どんな時でも美しさが陰る事はない。例え戦の最中でも。悔しいけれど、"愛と美の女神"の加護を受けているのは認めざるをえない――
サーラの美しさは軟禁されていても一向に変わらない。艶やかさが損なわれる事もなく、ひたすらに美の光を放っている。
「サーラ姫、残念ながら私の手もそこまでは長くはないのですよ」
「嘘ね。貴方にしては凄く下手な嘘」
「何故そう思われます」
「お兄様の懐に手を入れられる様な人間が、たかだか反乱者如きの腹の中くらいも探れないわけ無いでしょう」
サーラがフレオンを嫌っているというのは周知の事実だった。サーラは嫌悪感を隠すことはせず、フレオンの方も気にする様子もなく言うがままにしていたので、誰もが知ることが出来た。
だが、この部屋にサーラが連れて来られてから、或いは連れて来られる前にフレオンと会って以来、サーラのフレオンに対する敵意の発露は明らかに減じていた。
無いわけではない。それは肌から滲み出る雰囲気から伝わる。しかし、その敵意を抑えてでも彼のとの関係を保とうとする意志もまた感じられたのだ。
これまでならサーラがフレオンに話し掛け、その能力を肯定的に認めるような発言などあり得ない事だった。
「手を入れるにしても隙間があればこそです。今は蟻の這い出る隙もありませんからな」
「お兄様からの情報では? 貴方の手では届かなくてもお兄様まで何も掴んでいないというのは信じ難いわ」
「残念ながら、それは機密情報というのですよ、サーラ姫」
「その機密情報を陛下がお望みよ」
「お知らせしない方が上手く運ぶ物事もあります。サーラ姫に対してもそうですよ」
望とした顔と声のままサーラに答えるフレオン。サーラはふんっと鼻を鳴らして豊かな金髪を撫でた。
二人の応酬が本気の探り合いなのかどうなのかは分からなかった。
「では外の情報は何かありますか、フレオン公? 機密でなくても何でもいいのですが」
「封鎖が厳しく、捕虜や密偵から得た情報も限られています。ただ、それでも流れてくる報は余り楽観的なものではありません」
「北へ向かった部隊の事も?」
「はい」
北へ向かった部隊、即ちジュエス率いる主力軍の事だ。包囲される前に得ていた情報は芳しくなく、クラウリムでの戦いは劣勢との事だった。
――でもジュエス様は必ず生きて戻ってきて下さる――
ミーリアはこんな状況に至ってもまだジュエスへの愛を抱いていた。発露することは無くなっていたが、想いは変わらなかった。
ジュエスの話題が出た時、サーラの目は鋭く、同時に怯えの色が含まれ始めた。
「フレオン」
「何でしょうか、サーラ姫」
「分かっているでしょうね」
「分かっておりますよ」
フレオンとサーラはミーリアには分からない何かについて話している。目配せ、と言うには緊張感溢れていた。
そしてジュエスの名を聞いて思い出した件があった。
「ところで、ずっと気になっていたのですけれど母はどこに居るのでしょうか? フレオン公は何かご存知ですか?」
ファリアは宮殿には住んでは居なかった。太后であるのだから王家の宮殿こそが住まうべき家であるのだが、ジュエスの結婚以来、一人でいたがる事が多くなったのだ。専用に作らせた邸宅か郊外の静かな別邸に住んでいた。その為にミーリアも母の動向を詳しくは知らず、特段知りに行こうともしなかったので、体を崩したわけではない事以外を知ることはなかった。
そして今回もミーリアやサーラの様に軟禁と言う名の保護を受けてはいなかった。
今にして思えばブリアンも反乱を起こすまではどこに住んでいたのだろうかとミーリアは思った。正直気にしたこともなかった。宮殿地区の邸宅に招かれて宴を開いていたり、市外の館やパウルスの持ち城を転々としていたなどと言うのは耳に挟んでいたがそれ以上の詳細は風聞や噂でしか聞いていなかった。
「ファリアど……太后陛下はこれまでのお住いより安全な別の場所、宮殿近くの邸宅におられます」
「ファリア様は要するにもう重要人物ではないと言うことね。あまり元気も無いようだし、そっちの方が安全でしょうね」
「そうかも知れませんな」
弱らせた張本人だと言うのにサーラはあっさりと言い放つ。彼女に言い方も気にはなったがそれよりも引っ掛かるところが別にあった。
――今、フレオン公は何と言いかけた? ファリア、"殿"と言った? 様でも陛下でもなく、殿?――
フレオンに王位継承の計画を話された日の事をふと思い出した。
――あの時も、そう言えばフレオン殿の名の呼び方が気になって……――
ミーリアの思考を妨げるように俄に窓の外が騒がしくなった。
また窓から下に目を向ける。空は先程よりも白んで来ているがまだ朝焼けと言うには早い。街並みや城壁、包囲陣地もよく見えるようになってきているが、照らしているのは朝日よりも倍以上に数が増えている松明の火だった。
その松明もせわしなく動き、持ち手の怒鳴り声や武具がぶつかり合ってがなり立てる音があちこちから聞こえる。
特にに市外の包囲陣地は火の動きが一際活発だった。どの火もばらばらに動いているのではなく、幾つかの場所に集中するよう動いている。
そして間もなくギシギシと轟音を立てて巨大な攻城塔が動いているのが見えた。
流石にここまで来て何が起きてようとしているか分からない程愚かではない。
――次の攻撃が始まったのね――
そう思って振り返ったミーリアの視界には唇を引き締めて窓の外を睨むサーラと踵を返して扉の方へ向かうフレオンの姿が入った。
――また戦いが始まったのは恐ろしい事だけど、そこまでの反応をするものなの?――
もう一度窓の外を見る。市外の火は一秒ごとに増え、集まっていく。
松明が多く集まる場所に目を凝らした。
そもそも松明自体が視線の先真っ直ぐの位置に幾つも見える。そう、"城壁に遮られる事なく"市外の松明が見えている。
その意味を理解した時、喉奥から嫌なものがこみ上げ、どっと冷や汗が吹き出した。無意識に言葉が口を突いて出る。
「城門が……開いてる」
◆ ◆ ◆
前回の総攻撃から一週間後の夜明け、ついに再びの戦いの時が訪れた。籠城していた内通者達が活動を始めたのだ。
内応の存在自体はランバルトらミーリア派軍も予期していた。しかし、市外の包囲軍に明確な動きがなく、フレオンからもたらされた内応者に関しての情報も極限られていた為に内応の時機や現時点で動く事を予想出来なかった。ミーリア派軍の対応は致命的な遅れを見せ、後手に回らされる羽目になった。
内通者達の決起にすぐ対応出来なかったのは市外のブリアン派も同様である。露見を防ぐ為に内通者の情報は秘匿されており、彼らもまた状況に応じて攻撃を仕掛けてねばならなかった。
内通者達の行動は多岐に渡っていたが主なもの、言い換えれば籠城側にとって致命的な結果を及ぼすものとして二つあった。一つは城門が開かれたこと、もう一つは市内各所で市民が武装蜂起したことだった。
城門はブリアン派本陣と対面している西門が開かれた。西門に配置されていたホラント家のトラードが麾下のハルト兵を引き連れて寝返り、同じく西門に配置されていた"中央軍"を奇襲で押さえ込んで開門させたのだった。
エピレン門でも門を巡って戦いが行われていた。アルソートン家のネービアンがメール兵と共に城門を開こうと攻撃を始めたのだ。だがエピレン門にはセイオン率いるリンガル兵も駐留しており、奇襲したとは言え西門の様には上手く行かなった。
内通者の奇襲攻撃で開いた門は西門だけであったが、一箇所の開門だけで済むのは今だけの事であるのは自明の理であった。内通者達の動きを知ったブリアン派軍が遅ればせながら再度の総攻撃を始めたからである。
ブリアン派軍4万人の内、当初対応出来たのは1万人程だった。夜明けであり、この事あるを想定して編成に交代制を敷いていたためである。だが敵味方ともに予期せぬ奇襲となったこの状況では寧ろ1万人もの軍勢が動けたというべきであろう。それら即応した軍勢も偏りがあり、大半が本陣部隊とライトリム軍であった。
本陣部隊2000人が開いた西門へ殺到した。テオバリドはライトリム軍2000人に目の前の南城壁を攻撃させつつ、自ら3000人の兵士を率いてユニア河を越えて西門に向かった。他の城門・城壁に対しても行動可能な兵士が攻撃を仕掛けた。
更に市内各所で武装市民が決起し、要所を内側から攻め、籠城軍の連絡線を脅かしていた。殆どは民兵程度で貧弱な装備と戦闘経験しか無かったが、潜入していた勇士や熟練傭兵が含まれており、彼らの指揮の元で一部は組織だった部隊として戦っていた。
決起しなかった市民は建物の中に篭もるか、市外へ逃げ出そうとするか、或いは内壁に覆われた宮殿地区へ入り込もうとした。尤も市外へ逃げようとした市民は戦闘に巻き込まれて死傷を余儀なくされ、宮殿地区へ近づいた市民は容赦なく内壁から矢弾を射掛けられ排除されてしまっていた。
事態を把握したランバルトは窮地にあっても冷静さを失う事はなかった。冷静というよりも冷酷でさえあった。
ランバルトはそれまで防衛の要としていた外城壁の積極的防衛は困難と判断し、宮殿地区などの市中枢部の防衛に切り替えた。同時にそれは城壁だけでなく市街地の保持も放棄するということを意味していた。
親衛隊をそれまでの南門・レリウス門防衛から呼び戻し、中枢部に集結させた。外城壁の守りを放棄するのならば現有の最強戦力である親衛隊を張り付けておく意味はもうない。最優先事項となった中枢部守備に投入する以外の選択肢を採る必用は無いのだ。
この時、ランバルトは親衛隊に撤退の際、南城壁に面した地域――即ちユニア河以南の市街地――に火を放たせ、ユニア川に掛かる橋を落とさせた。守備兵のいなくなった南城壁を越えて追撃してくるだろう敵軍を抑え、同時にその後の侵攻経路を制限するためである。そして放った火はユニア川に阻まれ北までは延焼せず、橋を落としているので万が一火災地域を抜けても渡河は困難であるとの計算もまた立てていた。
勿論のこと、南地区は無人ではない。数万人の市民が住まう居住区である。その事はランバルトも良く承知していたが、それが彼の判断を左右することは無かった。市民は橋を落とされ為にユニア川と城壁の間に押し込められ、焼け死ぬか川に飛び込んで溺れ死ぬか、或いは川縁で煙に巻かれながらひたすら自己の幸運を祈る他無かった。
とは言えランバルトの作戦は成功し、南城壁の親衛隊は殆ど追撃の損害を被る事なく撤退することができ、更にはブリアン派軍の南門からの侵入を防ぐという目的も達していた。レリウス門方面から撤退した部隊はそう簡単にも行かなかったが、少なくとも一方の損害を極めて低く抑えられたことは兵数の限られた戦場に於いては有効極まりなかった。
全く容赦の無い冷酷非情な作戦であるが、意外にも麾下の軍勢からの批判は多くなかった。寧ろ"セファロスの様に味方の兵士毎は焼かなかった"と言う安堵の様な感想すら持たれた程だった。兵士達にとっても敗北の危機であると理解出来ていたし、何よりも焼かれるのは自分では無いので突き詰めれば他人事に過ぎなかったのだ。
ランバルトは親衛隊は中枢部まで呼び戻したが他の城壁守備部隊は撤退命令を伝えずに残した。既に戦闘に突入している中での撤退は親衛隊の様な精鋭部隊でさえも細工が必要な事からも分かるように元より難しく、ならば出来るだけ敵の侵入を食い止めさせるために捨て石として使おうと考えたのだ。特にハルト兵はこの状況ではもう信用出来ない以上、少しでも有益になる可能性のある使い方をしようとしていた。
西門の"中央軍"とエピレン門のリンガル兵は戦力として放棄するには大きな痛手ではあるが、最大の激戦地でブリアン派の攻城軍ともトラード隊やネービアンのメール兵とも戦っている為に仕方がないと判断していた。
幾つかの策を講じた結果、ミーリア派軍は曲がりなりにも防衛体制の再構築に成功していた。市中枢部を守る為だけの防衛体制とは言え、奇襲からの混乱を幾らか脱してある程度の反撃に転ずる事も可能な状態にまで持ち直していた。
高さ5メートルの内壁に覆われた市枢要部を最後の砦として親衛隊2000人、"中央軍"100人、リンガル兵150人が集結していた。
各城壁そのものはほぼ放棄されているが、エピレン門はセイオン達リンガル兵が奮戦しており門はまだ閉じられたままで、西門は既に開いているが城門要塞や壁の一部では"中央軍"が戦っている為に完全に自由な通行という訳では無かった。東門は見捨てられた戦場にも関わらず意外にも耐えており、南門は突破されていたものの炎と川によってその経路を潰していた。
敵軍の侵攻経路はまだ西門・レリウス門・北門に限られており、市内に突入した敵は勢いで攻めているから統率は不完全であると考えたランバルトは今は壁に立て籠るよりも兵を繰り出して攻める方が有効と判断した。
最も敵の数が多い西門方面へはアレサンドロら親衛隊1500人、ライトリム軍が攻めるレリウス門方面へは親衛隊500人とリンガル兵100人、助攻の 北門方面へは"中央軍"100人とリンガル兵50人を投入して主導権を取り返すべく攻勢に転じた。但し、総力を投じた攻勢となる為に極僅かな護衛や側近を除けば予備兵力は底を突いている状況であった。
対するブリアン派軍は手にした全ての門から雪崩れ込んでいた。特に最初に開いた西門からは本陣部隊やライトリム軍の主力は勿論、エピレン門から迂回した兵も殺到していた。
そしてブリアン派軍は徐々に投入兵力を増し、時間が経てば経つほどにミーリア派軍との兵力差を広げることが出来ていた。ある意味ではランバルトらミーリア派軍が主導権を奪うにはこの機を狙うのが最善の選択と言えた。
用兵という面ではやはりランバルトは疑い無く名手である事を証明した。彼の狙いは図に当たり、親衛隊を筆頭とする反撃部隊の攻勢は勢いに乗って攻めてくる敵軍の出鼻を挫き、数度に渡り攻撃を粉砕した。堅固な方陣が通りを防いで敵軍の数の有利を打ち消し、建物から効果的に放たれる弓矢や投石が進軍しようとするブリアン派軍の足を止めた。
また"王の城塞"から親衛隊の一隊が打ってでた事もブリアン派軍の行動を抑えた一因となっていた。エピレンの丘は周辺を一望出来る高所なので、戦況を把握して市内の攻勢或いは守勢に応じて王都に攻め寄せるブリアン派軍に背後から攻撃を掛けたのだ。慌てて反撃してきたブリアン派軍に押し込まれては"王の城塞"に引き下がって耐え、手が緩めばまた打って出るを繰り返した。戦線を撃ち破る事は出来ないまでも市内の制圧に集中したいブリアン派軍を大いに悩ませた。
この様な離れ業をやってのけ、またランバルトの死守命令にない独断での作戦を展開してみせた指揮官は平民出身の勇士どころか平民のゲルハルトという|親衛隊兵士で、彼の様な人材を身分に関わらず登用するランバルトの政策がある面では有効であると示してもいた。
ミーリア派軍は各方面で敵の侵攻食い止め、一時は西門から雪崩込んできたブリアン派軍主戦力を押し返す程の勢いすら見せた。多くの政治的・戦略的失敗の中でも戦術的優位を確保し、戦いの主導権を握り返したかに見えた。
しかし、反撃の時点で3千人を割っていたミーリア派軍は千人単位で増援を送り込めるブリアン派軍を前に次第に攻撃の手は鈍っていった。如何に精強な兵で尽きない気力があれど、無限の体力まで備わっている人間は存在しない。勇猛に戦い続ければいつかは疲れ果て傷付き倒れてしまうのだ。
更にテオバリド麾下の重装歩兵が態勢を立て直してメール式密集方陣を組んで攻めてくると完全に押され始めてしまった。
やはり兵の数は戦の力、他の戦線も善戦虚しく次第に押され、内壁や砦代わりにした"太陽神"の大神殿からの射撃援護で何とか持ち堪えている様な状況に成りつつ合った。
凶報は続くもので、この様な劣勢の中でも幸運にも耐え続けていた東門が遂に突破されてしまった。新たに千の敵兵が背後に現れることとなった。
直ちに迎撃・足止めの部隊を送らねばならないが、もうランバルトの手元には纏まった予備兵力は無い。それでもランバルトは集められるだけの兵、即ち自身の側近護衛兵、女王の近衛兵、貴族達の従卒や太刀持ち、伝令、他に武器を持てる負傷兵などをかき集め五十人弱の小部隊を編成し西門から迫る敵軍に向かわせた。
殆ど玉砕しか未来の無いような任務によく向かったというものだが、そこは流石ランバルトの護衛兵と近衛兵と言うべきであった。ランバルトの護衛兵は親衛隊からの選抜者であったので当然の行動と言え、近衛兵も先の内乱でも王家に仕え続けた忠臣達であり、彼らは主君の為の死を恐れはしなかった。
彼らは数十倍の途絶えることの無い敵軍の波に猛然と挑んだ。ランバルトの側近護衛兵と近衛兵達は激しく、そして勇敢に戦った。その奮闘は送り込んだランバルトや相手取るブリアン派軍の予想を遥かに上回り、驚くべきことに一時間に渡って敵の前進を妨げた。特に十人の近衛兵は最も良く戦い、その名に恥じない勲を見せ付けた。
夜明けに始まった戦いは既に昼過ぎまで続いていた。圧倒的不利の中でもランバルトらミーリア派軍は抗った。全ての将兵が奮戦し続けたが、それも限界に達していた。
予想外の近衛兵達の活躍もあって限界に至るまでの時間は僅かに先送りにされていたが、最早これまでかとの覚悟が必要な段階となっていた。
正にその時である。城壁の向こう側、エピレンの丘の麓に沿う街道に砂煙が見えた。
北から猛然と戦場へ向かってくるのは二千騎の騎馬の群れ。その先頭にはプロキオン家の旗印が掲げられていた。
絶体絶命の王都にジュエス率いる騎兵隊が援軍に現れたのだった。
昼が過ぎ夕暮れに差し掛かりつつある中、リンガル公ジュエス率いる援軍部隊が陥落寸前の王都に到着した。
後一時間でも到着が遅れていればユニオンはブリアン派の手中に帰していただろう。どの段階でも抵抗が弱かったなら、ジュエスの援軍が付く前に王都は落ちていただろう。
正しく危機一髪の状況であった。
ジュエスと共に来援したのはリンガル選抜騎兵1000騎、コーア・クラウリム・ハルト騎兵500騎からなる総勢1500騎の騎兵隊であった。騎兵は全てが勇士という訳ではなく、士気・戦闘力を維持していられた傭兵・平民騎兵も含まれている。
ミラッツォを発った時よりも兵数が減じているのは強行軍で進んだ為に落伍兵が出た事と経路上にあるヨーグ城とバーグホルドのブリアン派軍迎撃に割いた為である。
ジュエスは王都に至るまでに斥候を放ちある程度の戦況を把握していた。
門はほぼ全て奪取され、城壁も大部分が突破されている。エピレン門だけは防衛隊の抵抗で開門を免れている。敵の本陣は大埠頭にあり、面前の西門に多くの兵が集中しその攻勢も最も激しくなっている。
"王の城砦"は取り囲まれこそしているものの今だ敵の手中にはない。内部に籠る親衛隊が耐えていた。
市内の状況までは掴むことはできなかったが、陥落の間際にありすぐさま部隊を突入させて味方を救う必要があることだけは判明していた。
疾駆する1500騎の騎兵隊は西寄りの街道を南に向かっており、最初に達するのはエピレンの丘、すなわち"王の城砦"である。
ジュエスは臆することなくエピレンの丘を囲むブリアン派軍部隊を襲撃した。エピレンの丘に送られ攻撃を続けていたブリアン派のハルト兵3000人は突然の強襲に為す術がなかった。
"王の城砦"の親衛隊も黙って籠ってはいなかった。援軍の到着を見た指揮官のゲルハルトは果敢に打って出て、ジュエスの騎兵隊と共にブリアン派軍を挟撃したのだ。
反乱軍は元より士気や錬度に優れる兵ではなく、優勢とはいえ彼らもまた数時間に渡る長い戦いで疲労していた。その上、自身が勝利しつつあると思っていた為に、苦境に陥ると容易に崩れた。
"王の城砦"の包囲を解いたジュエスはゲルハルトら親衛隊兵と合流し、時を置かずにユニオン本市の救出に移った。
部隊を三つに分けて市街へ突入する策をとった。ゲルハルトら親衛隊300人はそのままエピレン門へ向かわせ、コーア・ハルト・クラウリム騎兵500騎は迂回して北門へ、そしてジュエス自身はリンガル騎兵1000騎を率いてブリアン派本陣へ向かって突進した。
エピレン門はネービアンらメール兵の寝返りにも屈せずセイオン麾下のリンガル兵200人が未だに抵抗を続けており、内外からの敵軍の攻撃を血みどろになりながら跳ね返していた。ブリアン派軍は数十倍の兵力を投じながらも攻めあぐねていた。
"王の城砦"の包囲を破ってミーリア派軍が攻め下ってくるのは分かっていたが、分かっているからと言って正しく行動出来る訳でもない。他の兵士同様、エピレン門攻撃部隊も疲労しており、統率を欠いていたので有効に迎撃の態勢を整えられなかった。
ましてや襲い掛かるのは疲れているはいえ健脚で名高い精鋭の親衛隊である。親衛隊の素早い機動と猛攻、そして敬愛する主君ジュエスの到来を知ったセイオンらリンガル兵がこれまで負った疲労も傷も忘れたかのように狂喜して反撃に転じたので対処の為の十分な暇などは僅かも与えられなかった。
リンガル騎兵隊を率いたジュエスは大埠頭へ向け直進した。大埠頭にはブリアンの在する本陣がある。敵の混乱を誘い、連携を乱すには狙うに最適の場所だ。そしてジュエスのよく知るブリアンの性格なら慌てて身を守る兵を集めるだろうとの目論見があった。
敵が迫っていることを知ったブリアンの命じた指示は全くジュエスの予想通りとなった。慌てたブリアンは兵に本陣へ戻って防備を固めるよう命じた。
本陣直下の部隊も含めて一先ず3000人の兵士がブリアンの手元に集まり、突撃する騎兵隊の正面に立ち塞がった。
彼らの忠勇は疑うべくも無かったが現実は非情であった。ブリアン派兵士がジュエスらリンガル騎兵隊の猛攻を押さえるには力不足に過ぎた。容易に敵の第一部隊を突破したジュエスは足を緩めることなく前進を続けた。
パウルスは狼狽するブリアンを急いでユニア川以南に送りながら、集められるだけの兵を集めて人の壁を作った。市内へ投入した兵を呼び戻し、これから投入するはずだった兵も集めて突撃に対応した。
流石に今度は一撃で突破とはならなかったが、それでもジュエス隊の突撃への対処には多くの努力を必要とした。
その頃、門に群がる敵兵を薙ぎ払ったゲルハルトら親衛隊とセイオンらリンガル兵はエピレン門を通って市内へ入り、中枢部を攻めるブリアン派主力部隊を襲った。
迂回して北門へ向かった別働騎兵隊500騎も道中の敵兵を押し分けて王都に押し入り、攻撃に加わった。
そして味方の来援と敵の混乱という絶好の機を逃すランバルトではない。潰される寸前まで戦っていた兵たちを再び奮起させ、最後の攻勢に出た。この攻撃には皮肉にも総司令官ランバルト自らも剣を取って加わった。攻勢に転じたとは言え最早彼自身さえも兵力の一つと数えなければならない程に消耗していたのだ。
死力を尽くした激しい抵抗はブリアン派軍を裂いた。重装歩兵の槍、騎兵の剣は勢いを失わず死をばら撒いた。大埠頭が襲われた事で本陣からの増派も途絶え、市外の包囲軍と同様かそれ以上に疲弊したブリアン派主力部隊はこの最終局面での打撃に混乱した。
恐怖は人の心を砕く。体が砕けそうなときは尚更だ。勝利への道が霧に覆われ、敗北と死の恐怖はブリアン派兵を包んだ。
ブリアン派軍の進む方向が壁の方に変わるのに長い時間は掛からなかった。
ライトリム兵は混乱の中でも戦意を保ち、特にテオバリド率いるメール兵・重装歩兵団は密集方陣を維持して戦い続けた。後退する兵の波を掻き分け、ミーリア派軍の攻勢に立ち向かっていた。
だが背後から襲い掛かるジュエスらリンガル騎兵が残る抵抗に止めを刺した。本陣に突っ込んだジュエス隊は突撃の方向を左手に転じ、西門から敵兵を掻き分けつつ市内へ踊り込んだのだ。ブリアン派軍の後退は直に敗走へと変じ、テオバリドとライトリム軍も遂に退くを余儀なくされた。
そして西門からの敵軍を払った後、その勢いまま全兵力を残る東方面からの軍勢に叩き付けた。
市内へ雪崩れ込んでいたブリアン派軍は這う這うの体で壁の外へ逃げ、寝返った兵士や決起した武装市民も多くが逃げ出した。トラードやネービアンは悪運強く、兵と共に市外へ逃れていた。
孤立を恐れた占領軍が放棄して撤退した為に城門や壁は再びミーリア派軍の手に戻った。
対するランバルトらミーリア派軍は市外へ敗走する敵軍を追撃しようとした。最終的な勝利をもぎ取る為にそうすべきだと分かっていたのだが、ここに至るまでの激戦は防衛軍の気力を尽き果てさせていた。結局市の外までは追い掛ける事は出来ず、敵の放棄した城壁を再度制圧するのが限界だった。
ミーリア派軍は激しい戦いと寝返りの中で大きく消耗した。援軍の到着で幾分か補充出来こそしていたが、それでも兵力は4000人程に減じていた。ジュエスの援軍部隊を加味すると、当初配置されていた兵力の半数近くが戦闘力を喪失したことになる。精鋭のみ集めても尚、窮地にあった事を物語っている。近衛兵などは全て討ち死にし、文字通り命を捨てて都を守ったのだった。
親衛隊2000人、中央軍250人、リンガル兵200人、リンガル選抜騎兵800騎、ハルト・コーア・クラウリム兵950人が王都に残る戦力の全てだった。
ミーリア派軍の被害は大きかったが、攻め込んだブリアン派軍は正に惨状と言えた。1万人以上が戦死や負傷、捕虜、逃亡などで戦闘力を失い、残る兵力は2万6000人に漸く達するといった有り様だった。上級士官の中ではジュエス隊の突撃を受けたメイルーン家のギーサリオンが戦死していた。
ハルト諸侯兵9000人、ライトリム軍1万5000人が生き残り、市内からネービアンらメール兵100人、トラードらハルト兵100人、決起兵や武装市民2000人が逃げ出して軍勢に合流していた。
様々な要因が絡み合い、間一髪王都ユニオンは陥落の危機を脱し、籠城するランバルトらミーリア派軍は勝利を得た。
尤も敗北を免れたという方が正しかったが、それでも勝利は勝利であり、称え喜ぶべきだった。
何故なら彼らの首と胴はまだ繋がっていられるのだから。
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