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ディリオン群雄伝~王国の興亡~ (修正版)  作者: Rima
第一部 第三章『愛憎』
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『新たな黎明』

挿絵(By みてみん)


 新暦664年9月、ランバルトは平定なった王土の再編に着手した。征服の組織と統治の組織は別物であり、早急に対処しなければならなかった。とは言え立場上は未だ宰相プレフェクトス・スペリオル及び一介の(プリンケプス)に過ぎず、全面的な改変を行う権限も余力も無かった。ランバルトはまずは急務である領主の配置、領地の組み換え、軍の再編を行った。尤も、それだけでも世にとっては十分に激動をもたらす改変であった。


 ◇ ◇


 先ずランバルトは失われた各地の統治者を新たに選出させた。これら地方の統治者は今内戦で証明されたように中央に対する危険分子となりうる。一方で再び広大になった王土を収めるにはどうしても権限を持った人員を派遣し、現地の問題にその場で対処させる必要があった。代官(トリブヌス)による直接的支配を広げつつあるとはいえ、未だ官制は未熟でもあり、実際的な問題として直接統治への切り替えは現時点では不可能であった。また駐留軍による軍政をいつまでも敷いている訳にも行かなかった。流石に軍事力だけで支配する様な金銭的余裕は存在しなかった。


 ハルト地方はこれまで通り王家直轄領と王家直臣(オプティマス)達が治める土地で構成された。王都ユニオンの再建も進み、最も豊かに富む地方としての立場を取り戻しつつあった。


 リンガル地方はリンガル公ジュエスとプロキオン家の統治下にあり、王国内で唯一戦乱から逃れた土地として相対的な繁栄を獲得していた。偉大な主君への臣民の信望は極まり、忠誠はただジュエスにのみ捧げられていた。


 メール地方も同様にメール公ランバルトとアルサ家が統治し続けており、反乱と粛清で大きな被害を受けていたが復興し始めていた。ランバルトが復興支援を行ったのではなく、妹のサーラが夫ジュエスに支援を要請し、故郷の復興を手助けしたからであった。リンガルの支援はメール地方を大いに救う事になった。


 コーア地方も変わらずコーア公フレオンが掌握していた。フレオンの支配は盤石で、脅迫と懐柔で服従させ、自身を起点とした主従・利害関係の網を造り誰も逆らえないよう体制を徹底していた。王都にあって長く領地を離れていてもその支配に揺らぎが見えることは無かった。


 ライトリム地方の(プリンケプス)にはザーレディン家のテオバリドが任命された。ランバルトはこの要地に若き股肱の臣を配置した。ライトリム地方は多くの貴族や領主が死去しており支配者不在の土地が多く、ある意味で自由に統治しやすく、公に任命させたことからもランバルトの評価が伺えた。

 テオバリドは軍事力で有力者達を捻じ伏せる一方で、旧宗主家たるリカント家の生き残りを妻に迎え融和も図った。新参の外部勢力と従来のライトリム系勢力双方の利益を代表する為の方策だった。


 クラウリム地方は後継者問題で荒れていたが正式にハウゼンの甥ハウルタスが継承する事となった。若年のハウルタスを忠臣ダロスが後見し、成人まで政務を取り仕切るとも決められた。

 だが新体制は決して強固とは言えず、内部抗争の危機を孕んでいた。混乱の中でバトラス家のガーランドが所領ウーリなどクラウリム北部を掌握し、事実上クライン家の影響を廃して支配していたからだった。彼は公位に対する野心を隠そうともせず、土地の接収や近隣領主と主従関係を結ぶなど独自勢力の構築に邁進していた。ダロスの後見があってもハウルタスの力は弱く、この動きを掣肘することが出来ずにいた。


 レグニット地方は(プリンケプス)であるモンタグリ家のガムロー、ガルナ領主にして王家直臣(オプティマス)であるプリムス家のエナンドル、最大の独立都市(ムニチピウム)トラヴォ市が分割統治していた。

 エナンドルは最大時に比べ領地は半減していた。各従属勢力も全て従来のレグニット公に服属すると決められたからだった。

 しかし、新たにフォンを拠点としたガムローの側も領土中央に独立者に居座られ、領土を分断され統治は困難だった。唯でさえレグニット公としての権威を認められていない状態で有り、それは現政権からの公位承認があったとしても変わりなかった。ガムローは統治下にある筈の諸領主にも自治を認めざるを得ない状況にあった。

 トラヴォ市はその財力や大艦隊を背景にレグニット公の宗主権下からも離れ、王家直臣に近い扱いを受けていた。


 バレッタ地方は見かけ上は大きな変化は無い。公位はレイアントロプ家が確保し、幼いイルセルが(プリンケプス)となった。後見人としてキンメル家のレオザインが就任した。

 しかし内実はかなりの変化があった。レイアントロプ家の権威は低下し、反抗的勢力も出現していた。賊徒集団が支配権を握った土地も存在し、安定した統治が行き届いていたバレッタは消え失せてしまっていた。


 スレイン地方は一貫してシュタイン家のオーレンが治めていた。戦火が収まってからはオーレンが順当に新スレイン公に任命された。彼の統治はランバルトとは違って現地の利益や事情に能く配慮しながら統治するという昔ながらの流儀に沿った。開発と復興にも余念が無く、地方全体の安定と発展に尽力した。余所者ながらオーレンの統治は大変評判が良く、現地民の支持を得いた。


 モア地方とアイセン島は統治者の変更は無かった。スレイン勢の侵略で被害を蒙り、多くの家督や土地が空白となったが継承はモア・アイセン人の判断に任せられた。ランバルトも敵勢力で無かった以上無遠慮に手を出せず、オーレンは積極的に保護と仲裁に動いたため外部の介入を殆ど受けなかった。

 モア・アイセンでのオーレンの支持は非常に大きく、事実上彼が同地の統治権も掌握している様な状態ですらあった。特にアイセン人は交易特権を奪われた事情もあって、余計オーレンへの好意と期待を増していた。


 フェルリア地方はこの内戦で最も大きな変化を遂げていた。公は死に、その一族もほぼ絶えていた。従来の貴族も大半が姿を消し、代わりに傭兵や無法者上がりの僭主が支配していた。暴力の嵐が吹き荒れ、焦土と荒野が後に残るばかりとなった。更に南部は未だメガリス制圧下にあり、フェルリア地方は正しく最前線の地であった。

 その為フェルリア地方は主に駐留軍が治安維持を担い、指揮はトレアードとアルメックが執り、また両名ともフェルリアの地に多くの土地を与えられていた。トレアードは新たにトーラルサ家の家名を得てアルサ家陪臣として、アルメックは王家直臣としてである。


 ◇ ◇


 次いでランバルトは領地政策に着手した。大小様々な転封や移封、配置転換が全土で行われた。


 王国の中心ハルト地方は豊かで肥沃な平原で、ランバルトは王領地とアルサ家領を積極的に拡大させ、ハルトの土地を次々と自らの影響下へ入れていった。

 内戦で空白となった土地は接収し、豊かなハルト地方を独占する為にランバルトは残る領主達も辺境へと転封させた。これら領主達は地方の空白地へ、特にライトリム地方やスレイン地方へと転封させられた。両地方は新たなメール系貴族の(プリンケプス)が押さえた地方でもあり、領主同士で結託して反乱を起こす可能性を押さえ込めると考えていたからだった。

 勿論、不満を抱く領主は多く抗議や直訴が相次いだ。だが独裁者ランバルトが耳を貸す訳もなく、脅迫混じりの命令に屈する他無かった。中にはそれでも旧来の領土に拘り、王家直臣の立場を捨ててアルサ家家臣となったり、代官として再任命される事でハルト地方に留まる者もおり、それらは決して例外的な存在ではなかった。

 但し、大規模な艦隊基地であるストラスト市は地位と領土を保全され、王家に忠実であり続けたウッド家は寧ろ大幅に領地加増された。


 ライトリム地方であるが、その範囲は以前とはやや変更があった。一つは西の要衝サンボールを加えた事、もう一つは東の大都市シェイディン一帯が外れた事である。

 サンボールはレグニット地方との出入り口に当たる重要拠点で、従順とは言い難いレグニット諸侯の動きを押え込む為に手に入れておきたい拠点でもあった。この要衝をライトリム公統治下とする事で間接的にアルサ家の影響下に置こうと図ったのであった。

 大都市シェイディンは長らくライトリム公統治下とされてきたが、文化圏ではフェルリアにより近く、古い有力家ユカール家が主導していた。ライトリム公は厄介なシェイディンに気を配っており、さながらロラン王家とリカント家の関係の如くであった。

 また荒廃したフェルリア支配に於いて、代替となる策源地を必要としておりここは絶好の位置にあった。この機にシェイディンをライトリム公の管轄から外したのであった。



挿絵(By みてみん)


 ◇ ◇


 軍の再編にも着手した。王土の平定を成し、仮にも内乱を終結させた以上、いつまでも軍勢を維持している事は出来なかった。戦争の無い時は勇士(ミリテス)は領地を治めねばならず、民兵(ヌメルス)は農民や市民としてそれぞれの生業に従事しなければならない。

 ランバルトは兵の大部分を帰郷させたが一つの問題が発生した。メール兵までもが帰郷を望んだのだ。

 だがランバルトはメール兵を帰すつもりは無かった。メール兵への信用が低下し、新しい力を手に入れたとしても、依然メール兵がランバルトにとって最大最強の軍事力であり後ろ盾だったからだ。また彼らをメールへ送れば再び反乱が起きるかも知れないとの疑心もランバルトは抱いていた。

 止むを得ずランバルトはメール兵に土地を与えたり、それらの土地へ家族を呼びよせるなどして中央へ留めおこうとした。漸くメール兵達の動揺は収まったが、主従互いの反感と予想外の出費が嵩む事になった。


 一方、リンガル兵はジュエスによって一部を除いて帰郷"させられた"。リンガル兵の多くは愛する主君の元から離れるのを嫌がったが、兵を維持し続けるのも大きな負担になるためジュエスは帰るよう命じた。

 長くリンガルから離れており領地を整備させたいとも考え、ジュエスはリンガル兵の多くを家臣のフェブリズと共に帰郷させた。この戦争で行政手腕を著しく向上させたフェブリズにリンガルの内政を担当させつつ、軍を何時でも再召集できるよう整備させた。


 こうして多くの兵が帰郷したディリオン軍は残った兵員で構成され、配置場所も要地に限られた。


 最重要地の王都ユニオンには主力が駐留していた。親衛隊(ヒュパスピスタイ)やメール重装歩兵(ホプリタイ)は言うまでもないが、大きな位置を占める様になったのが"中央軍(スコラエ)"兵士である。

 "中央軍(スコラエ)"は召集・訓練を続けていたために兵員数が増加しており、メール兵やリンガル兵程の力は無くとも戦力としては十分に活躍出来た。士官はメール人やアルサ家の手の者であり、トッド家のハルマートや中央へ召しだされたシュタイン家のコロッリオが率いていることからも明らかな様に実質上ランバルトが掌握していた。

 また、消滅した近衛兵(プラエトリア)女王(ドミナ)ミーリアの護衛として十数人程ではあるが復活していた。殆どは王都脱出時から付き添っていた護衛で、新規の者は僅かであった。


 コーア地方へはフレオン麾下の兵が配置されていた。これらコーア兵達の任務はアノール流域の守りである。

 アノール河畔の街オーナンやユールゲンを中心に兵4千人が守りを固め、王都にあるフレオンに代わってジンカイ家のバルトンとエスターリング家のロバーツらが指揮を執っていた。


 メガリス王国との前線フェルリア地方には王都を除く他の地域とは違い未だ多数の兵が配置されていた。彼らはアルサ家家臣であるノゴール家のアールバル、トーラルサ家のトレアード、ガウェンド家のロジャーズ、マシュ家のアルメックらによって指揮されていた。兵の多くは公都ウォルマーに配置されていたが、残りは対メガリスの為に前線近くへ配置された。

 

 スレイン地方はオーレンの統治により概ね安定していた。スレイン諸侯も従順で、制海権が確保された為にメガリス艦隊の襲撃に警戒する必要も無く、賊徒退治も進み民衆にとっても住みやすい土地になっていた。しかしランバルトによる独占政策で押し出されてきた旧ハルト領主の領地替えという問題を抱えていた。

 オーレンは旧来の領主と新参領主の間を取り持ちながら、自らの権威維持の為にも公都ロディに2千人からなる兵を配置させている。ランバルトもこの施策に否やは無く、支援としてメール兵3百人をオーレン麾下に据え置いている。

 そして、オーレンは自身だけの軍事力も増やしており、兵を選抜しメール式の重装歩兵として編成・訓練を行っていた。


 ライトリム地方も同様に旧来・新参領主間の不和という潜在的問題を抱えていた。加えて本土のハルト地方とも前線のフェルリア地方とも、海を挟んでメガリスとも接しているという戦略上の要地でもある。ランバルトはメール兵5百人をテオバリドに預け非常時に備えさせている。

 また治安維持や沿岸防衛を理由にテオバリドもまた独自にメール式歩兵を編成し訓練し始めていた。まだテオバリドが編成できる重装歩兵は多くは無かったが、戦力として十分計上できる程度ではあった。


 そして今のディリオン軍にとって重要な地位を占めている艦隊は軍港ストラスト、港湾都市トラヴォ、アイセン島に配置されている。

 ストラストにはザーレディン家のテレックの下、160隻のガレー船が何時でも出撃可能な態勢を維持して駐留している。トラヴォには50隻の軍船が控え、戦時には造船所で更に30隻の軍船を建造可能だった。

 アイセン船団は数こそ30隻余りと他の艦隊に比べて小規模だが、練度と勇猛さは決して引けを取らなかった。ただ彼らアイセン人は奮戦の甲斐なく交易特権を奪われたことでランバルトを憎んでおり、実質的な解放者で庇護者であるオーレンに心を傾けていた。


 無論、各領主兵や守備隊は必要に応じて召集・展開され、再び戦争が始まれば各地で更に多くの兵を集めることが出来た。今や"国王派軍"ではなく"ディリオン王国軍”なのだからある意味当然で、全土の兵が王の名の下に駆けつける筈だった。


 ◇ ◇


 事実上の最高権力者として王国を差配したランバルトだったが、当主であるアルサ家の内政も手抜かりなく平行して行っていた。


 征服の中でアルサ家と家臣達は領土を大幅に増加させていたが、当然ではあるが、急激な膨張に無理が生じていた。大幅な領土増に対し管理者が圧倒的に不足していたのだ。またランバルトは王家の代官(トリブヌス)にもアルサ家の手の者を送り込んでおり、これらも含めて大量の人員が必要となっていた。不満を漏らしたメール兵に土地を与えるという譲歩を行ったのもこれらの事情が関わっていた。

 とは言えそれだけで賄えるものではなく、瀕したランバルトは大規模な人員確保と人材抜擢を進めた。降伏者・零細貴族・平民、果ては底辺層の貧民まで、少しでも能力ありと判断した人間を次から次へと登用した。平民ならまだしも、生まれ定かならない貧民までをも登用することに各方面から不満や抗議が噴出したがランバルトは意に介さなかった。

 これら登用された者達は流石にランバルトが選んだだけあって能力は一定のものがあったが、一方でその忠誠心や義の篤さに関しては玉石混交と言わざるを得ず、必ずしも従順とは言えなかった。


 ◇ ◇


 今ひとつランバルトが行った特記すべき政策に奴隷を使用した大規模農場(ラティフンディア)の設営が上げられる。

 ディリオン王国では奴隷は存在はしていたが、慣習的・宗教的な理由から一般的な存在ではなかった。しかし、彼は膨大な数の虜囚を奴隷とし、尚且つ売り払う以外に有効に活用しようと考えていた。

 奴隷を使用した大規模農場(ラティフンディア)はラトリア国では富豪達の経済的基盤としてよく見受けられ、これを模倣することとした。奴隷は家畜同然に取り扱うのがラトリア式農場経営であり、人道的な側面を一切無視すれば実に効率的な運営方法であった。数万人の奴隷、それも元は同じディリオン王国民である筈の奴隷が農場という地獄で呻く事になった。

 奴隷という労働力とラトリア式経営は莫大な農産物を生み出すことになった。だがランバルトは安価な農産物が市場に出回ることでの経済への影響を考慮し、生み出された農産物は主に軍需物資や非常時の貯蔵用としてのみ使用することと決めた。また大規模農場(ラティフンディア)を王領地に築き、送り込んだ代官を通じて支配し、そして王家以外には設営禁止の勅令を発布する事で野心家達に先手を打ったのであった。


 ◇ ◇


挿絵(By みてみん)


 王都ユニオンの再建もこの時期には一つの極大に達していた。暴動と制圧で焼け落ち破壊された事で寧ろ大規模な再建が可能となっていた。


 これ迄市民の住居は自然発生的な雑然とした配置だったが、街並みが整然へと変わった。通りに大きく張りだし、建物の作る影は市内を暗く遮っていたが、明るく開けた街並みへと作り替えたのだ。

 更に通りの再整備や新規敷設も行われた。道路の整備は大都市の持病である混雑を緩和し、大市場への移動を容易にして経済活動を発展させる事が目的だった。


 大市場(エンポリウム)もまた拡張された。経済拠点としての王都を更に発展させようと言うのだ。売りに出される商品は多岐に渡り、往時の活気を取り戻したようであった。

 大市場の拡張に呼応して、市外に築かれている大埠頭(ポルトゥス)も拡張された。内陸の川沿いでありながら大型の帆船が十隻は逗留することが出来、数多の倉庫や資材置き場が建ち並ぶ埠頭は、今やここだけで地方の小都市に匹敵する規模となっている。大都市を維持する補給路・市場への商品搬入路としてこれ迄以上に活動するだろう事は疑い無かった。


 経済拠点として発展させる為にも治安の確保は最重要課題である。ランバルトは守備隊宿舎を再建し、守備隊詰所とした。詰所は壁と門に守られ、中には"中央軍"の一隊が駐留していた。"中央軍"からなる守備隊には腐敗と汚職は見られず厳格な規律を維持していたが、その分犯罪摘発も厳しく市民の逸脱行為への恩情もまた見られなくなっていた。



 これらの事柄は以前の王都でも行われていた事業を大掛かりにしただけでもあったがランバルトはそれだけに留まらず、全く異なる事業も展開させた。


 エピレンの丘に砦を築いた事である。砦は"王の城塞(カステル・ドミヌス)"と呼ばれ、外周1キロメートル・高さ5メートルの壁と四つの防御塔を持ち、壁の外周には幅2メートルの堀も掘られている。ユニオン市近郊で唯一の高所であるエピレンの丘を押さえる事で王都の防御力を増し、同時に王都を外から監視して押え込む事も目的としており、正に独裁者ランバルトらしい建築物と言えた。



 数多の戦火と狂乱が吹き荒れ、様々な目的と意図を持って再建された王都ユニオンに住まう人口も今は20万人に漸く到達するという程には回復していた。少なからぬ数が新規の流入者であるが、元々王都は人口の流動性が高い為に特筆すべきことではない。内戦以前の人口30万とまでは行かないが、それでもディリオン王国屈指の巨大都市であることに違いは無かった。


 ◇ ◇


 ランバルトはディリオン王国を支配する彼自身の政権を打ち立てる為、新体制構築に忙殺されていた。さしものランバルトにも一朝一夕になせる事業ではなく、年単位での尽力が必要なのだから当然であった。

 勿論、彼は自らの背後や足元で数々の陰謀が蠢きと野望が渦巻いている事に気付いていた。多くはランバルトの掌の上の出来事に過ぎなかったが、それでも彼が握り潰しきれない陰謀は確かに存在した。ランバルトは偉大な才知の持ち主ではあったが決して全知全能では無かった。


 ◇ ◇



 支配されるものと支配する者。その構造の変化は必ずしも中央だけで現れるものではない。

 長年の執念の末に支配者として"貪る"側へと回る者も、ことこの戦乱の時代に於いては存在しない筈が無かった。

 そして、平凡な小者であっても神の助けを得れば支配者となることも不可能ではないのだ――






 ◆ ◆ ◆


【新暦666年4月 辺境の街 ロック】



「言い訳はそれで最後か?」


 静まり返った広間に声が響く。威圧する支配者の声だ。声は張っているが体つきは至って普通だ。

 "支配者"は広間の奥、玉座の様に置かれた華美な椅子に座している。


「も、申し訳御座いません。で、ですが」

「黙れ!」

「は、はっ」


 跪いた披支配者は卑屈な情けない声を上げた。頑健な肉体からは彼が戦場に度々出るであろう事が容易に伺える。

 男の他にも多くの人が集っているが、皆冷たく立ち並んでいる。


「俺は銅貨百枚を税に寄進しろと言った。九十枚でも、九十九枚でもなく、百枚だ。お前は幾ら差し出した?もう一度言ってみろ」

「は、八十枚で、ございます……」

「そう、八十枚。八十枚だ。八十とは百のことか?」

「い、いえ」

「では足りておらんな。足りない理由など関係ない。足らせるのだ」

「で、ですが、これ以上は領地の民の暮らしが」


 すがり付くような声で男が言う。しかし、その嘆きは場にいた他の者に遮られた。


「冒涜だ! 冥神(インフェリオ)の救済に対する冒涜だ!」


 暗い瞳の男が金切り声で叫ぶ。


「ち、違う!わ、私はただ、今生きるために」

「冥神の救いが有れば全ての者が苦しまずに生きれるのに!」「お前が目先の事に飛び付いて冥神が我らをお見捨てになったらどうする!」「不信心者め!」


 暗い瞳の男に続いて次から次へと他の者らが叫ぶ。跪く男の弁明は忽ち掻き消された。


「止めよ!」


 騒然とした場だったが、座する"支配者"が挙げた手と一喝に鎮められた。再びぴしりとした空気が満ちる。荘厳そうな声を作って支配者は続けた。


「真の神たる冥神(インフェリオ)は慈悲深い。故に我ら罪無き民をお救い下さる。奴にも慈悲に応える道を与えるべきだ。そうではないかな――ピラ?」


 大袈裟な身振り手振りで羽織った服の裾がはたはたとはためく。"支配者"の椅子の後ろに控えていた女に話し掛ける。


「……い、冥神(インフェリオ)の御使い様が救いへの、み、道筋をお示し下さる。し、従いなさい」


 よぼよぼの女は吃りながら弱々しく言葉を繋いだ。まるで洞窟の中の様に抑揚の無い声だった。落ち窪んだ眼窩の奥には光のない目がたゆたんでいる。

 女の言葉を聞いた"支配者"は跪く男に向き直り、語り掛けた。


「では、ランペル家のデバッドよ。銅貨百二十枚を寄進せよ。さすれば"慈悲"に十分応えられるだろう」


 "支配者"の声には満足げな響きが多分に含まれている。他者の屈服を手に入れるのが事の他嬉しいのだろう。


「は、はい。必ずやお納め致します」

「冥神の御慈悲を讃えよ!」「冥神の御慈悲を讃えよ!」

「い、冥神(インフェリオ)の御慈悲を、た、讃えよ」


 讚美の輪唱。熱の籠った句の数々。しかし、声の力強さとは裏腹に不気味さに満ちている。


冥神(インフェリオ)の慈悲を讃えよ!!」


 一際強い声で"支配者"は叫んだ。

 "支配者"の名はロックと言った。




 

 ――賛美の声を上げる信者共と屈服する男を眺めつつロックは思った。


 ――全く、いや全く、貪るってのは、素晴らしい。支配するのは最高だ!――


 ロックは今や幾つもの村や町々を統べる"領主"に成り上がっていた。

 隷属の苦しみから"冥神(インフェリオ)"信仰に傾倒した集団を、その中心となっていたピラを――勿論これまで通り暴力と恐怖で――掌握することで操り、自らの手駒としていた。隷属者共にほんの少し慈悲をくれてやることで"救いを齎す冥神(インフェリオ)の御使い"と信じさせていた。そもそもの元凶はロックら賊徒集団なのにも関わらず、最早狂信によってしか自己を保てない隷属者達はあっさりと従った。


 ――何もかも利用されているだけなのにな。まあ、気付いていていないってのはいっそ幸せなんだろうけどよ――


 そうして手駒を手に入れたロックは彼らを使ってヨドを殺した。


 ――それにしてもヨドが死んだ時は傑作だったなあ! 彼奴終いには俺に命乞いまでしやがった! ロック様と呼ばせた後殺したが、ありゃあ実にいい気分だったぜ!――


 ヨド党の連中はわざわざ気の狂った敵と戦おうとはせず、ヨドを見捨てて逃げ出すか、ロックを新しい頭と認めて支配者の側につくかの何方かだった。

 "ロック党頭"、"冥神(インフェリオ)の御使い"となったロックは町々の占拠に乗り出した。最初に攻めたのはチェリーナ家の土地だった。折しも、方々からの軍勢の侵入と内乱でバレッタは荒れていた。先頃、尊大な態度で交渉に来たチェリーナ家の連中も戦ですっかり疲弊しており、疲れきった小貴族の身の上ではロック党の攻撃を防ぎきれなかった。

 ロックはチェリーナ家の主であったあの傲慢な勇士(ミリテス)の首を刎ねて生け贄に捧げ、彼の妻や娘をその死体の横で犯した。"貪る側"たる支配者になったロックには最早そのような残酷さに対しても何の感傷も抱くことはなかった。

 そして攻め滅ぼされた者達の敗北と隷属の絶望の隙間を埋めたのは神への狂信だった。ピラ達狂信者は積極的に布教に辺り、信者は増える一方だった。

 増えた手勢で土地を支配し、土地を支配するとまた勢力が増す。滅びたチェリーナ家と敵対していたランペル家などは事態の深刻さを悟り、暴虐の嵐にさらされるよりはと"冥神(インフェリオ)"信仰に改宗し、ロックに忠誠を誓っていた。

 多くの土地と人を支配したロックだったが、より上位の勢力への対処は慎重に行っていた。つまり王国の支配権を握ったランバルトの政権に対しての事であるが、"冥神(インフェリオ)"教の側面は押し隠しつつも忠誠の宣誓と先んじての貢によって領地の追認を受けていた。配下の信者達には王国が"冥神"の信徒たる我らを認めたのだと言い包め、支持をより確固なものとしていた。


 ――この期に及んで漸く神様が俺の味方になってくれたって訳だな。ま、神様は何時もこんないい思いしてやがるんだから、少しくらい俺にも分けてくれたっていいだろうってもんだ。だがよ……――


 ロックは思った。


 ――支配し、貪り続けるためなら俺は何だってやるぜ。どの神様だって使ってやる。絶対に手放さねえ!――


 ◆ ◆ ◆

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