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ディリオン群雄伝~王国の興亡~ (修正版)  作者: Rima
第一部 第二章『再生』
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『逆転 ~グーマ沖の海戦~』

 新暦663年9月、ライトリム、バレッタを失ったメガリスは陸上での敗退を挽回するべく海上からの攻勢を企図していた。狙うは敵の後背アイセン島である。そしてあわよくばここを起点に軍港ストラストなどトバーク海の奥まで火に包もうと図っていた。

 再度集結したペラール・トラヴォ艦隊は傭兵や徴集兵を集めて陸戦要員を増強し、前回同様ペラールのドラコニオとトラヴォのユースティスの指揮下に出撃した。此方からの侵攻戦であるため前回よりも多くの兵力を投入しており、200隻のガレー軍船と40隻の輸送船に総勢5万の水兵・陸戦兵が乗り込んでいた。

 この戦争に於けるメガリス軍の特徴として本来彼らが得意とする陸海の共同攻撃が上手く為されていなかった事が上げられる。初めての大規模な外国での戦争であるためか陸海軍の協調が取れておらず、それぞれの目的と戦略で戦っていた。今回のアイセン島攻撃も決して例外ではなかった。


 一方のディリオン海軍は対応に迫られた。ロロス沖の敗戦以後、艦隊の再編を進めていたディリオン海軍はメガリス軍の上陸にも備えていたスレイン方面軍のオーレン将軍と共に迎撃に当たる事となった。

 艦隊司令官のテレックはストラストにて艦隊を再編していた。ロロス沖での戦訓を十分に取り入れ、オーレンの統治で復興しつつあったアイセン・モア人の協力も得て質量共に前回を上回る艦隊を作り上げた。特にアイセン船団は艦隊の中核となる練度を持ち、ペラールやトラヴォの船団に十分対抗可能であった。これは同時に、短期間で艦隊を再編したディリオン王国本来の底力とテレック将軍の力量を示した事象でもあった。そしてアイセン船団は艦隊再編の為にストラストにおり、小数の警備船団や武装商船を除けばアイセン近海に艦隊は不在であった。

 軍港ストラストには30隻のアイセン精鋭艦隊を含む140隻のガレー軍船からなる新艦隊がテレックの指揮下で待機し、アイセン島にはダロス将軍率いる8千の兵がメガリス軍の侵略に備えていた。オーレン自身は旧スレイン公残党・叛徒狩りや占領地の再編と復興に忙殺されて手が離せず後方にいた。


 ◇ ◇


挿絵(By みてみん)


 新暦663年9月、トラヴォ港を出港したメガリス艦隊は中途のトライブス諸島に寄港して物資の補充と艦隊の編成を行うと、バントス半島の先端を横切ってアイセン島へと向った。

 偵察のディリオン船を蹴散らし、アイセン人やモア人の商船を拿捕しつつ悠々と進むメガリス艦隊は最初の標的にアイセン島南岸の都市ペラノアを選んだ。ペラール系植民都市の最古の一つであるペラノアは良港を備えた港湾都市であり、アイセン島第二の主要都市でもある。

 揚々と早速の攻撃を仕掛けたメガリス艦隊だったが予想に反して出鼻をくじかれる事になった。ペラノアにはダロス隊から分派された兵3千が守りを固めており、ペラノア市民も積極的にディリオン軍を支援したからであった。大艦隊を持って攻め寄せたメガリス軍も士気旺盛な軍勢と堅固な城壁に弾き返された。損害を増やしたがらないドラコニオとユースティスがお互いに攻撃を譲り合うといった締まらない光景が展開された後、一旦攻撃を断念して他の場所からの侵攻を選択した。

 ペラノア攻略を諦めたメガリス艦隊は海岸沿いに東へ向かい、レオンティ市を攻撃した。レオンティは小都市ではあるが港は備えており、侵略の足掛かりとして妥協できる程度の価値はあったのだ。レオンティには現地の守備隊しか居らず、これを一撃で粉砕したメガリス艦隊は楽々と市を手に入れた。

 レオンティを拠点にしたメガリス艦隊は陸戦兵を降ろし、内陸への襲撃準備に取り掛かった。輸送船に搭乗した兵士は勿論、増員されたガレー軍船の陸戦要員も陸地へ上がり、陸戦兵の総勢は1万5千人に達した。彼ら陸戦兵の任務はアイセン島内部へ攻め入ってディリオン側諸勢力の連絡や補給を絶ち、艦隊による都市攻略を支援することであった。


 ところがここで事態が急変する。アイセン島の中心都市クロトンに待機していたダロス将軍が5千人の兵を率いて南下し、ペラノアに駐留していた守備隊もこれに合わせて東進を始め、更にはストラスト港から再編なったディリオン艦隊が出撃したのであった。

 メガリス軍、特に歴戦の勇将であるペラールのドラコニオはディリオン軍の強気を寧ろ好機と捉え、受けて立つ事を決めた。数で優っている事も去ることながら、先のロロス沖での圧勝が彼にディリオン軍恐るるに足らずの意識を植え付けていたのだ。

 メガリス艦隊は降ろした陸戦兵をそのままに出撃した。乗員を減らすことで船速を上げ、機動力を高める作戦を採用したからであった。またこれは拿捕を目的とする切込み攻撃よりも撃沈を目的とした衝角突撃を優先したと言う事でもあり、メガリス艦隊の士気の高さが伺えた。


挿絵(By みてみん)


 新暦663年10月、東進したメガリス艦隊と西進するディリオン艦隊はアイセン島東端の小都市グーマ沖で接触した。今戦争で二度目となる大規模な海戦が発生しようとしていた。


 グーマ沖で衝突した戦力は両軍合わせて340隻と先のロロス沖の海戦を大きく上回っていた。その布陣も一見すると規模を大きくしただけで前回の焼き直しで在るかのように見えた。


 ディリオン艦隊は前衛にアイセン精鋭艦隊30隻が配置され、後衛に本隊としてストラスト建造の艦隊110隻が幅広の陣形で展開していた。司令官テレックは副将であるビボール家のカナアン、船長マリオスとともに本隊中央にあった。

 まるで戦訓を取り入れているとは思えない状態であったが、一つ目を引いて違う点があった。本隊の軍船の殆どに帆柱の様なものが備え付けられていたのであった。それは滑車で引き上げられた桟橋であり、先端には大きな杭が備えられていた。テレックはこの装置を"鉤爪"と呼び、新造の船に取り付けていたのであった。


 メガリス艦隊は右翼隊・左翼隊の二隊に分かれて展開していた。ペラール船110隻からなる右翼隊はドラコニオが、トラヴォ船90隻からなる左翼隊はユースティスが指揮していた。陸戦要員はレオンティに降ろした為に減っており、一隻辺り20人であったが、その分船足は速く機動力の向上が期待できた。

 今回のメガリス艦隊はわざわざ敵の攻撃を誘う様な周りくどいことはせず、全力の速攻でディリオン艦隊を叩き潰そうと考えていた。各隊の陣形も速戦に対応した縦列陣であった。メガリス軍はディリオン艦隊を完全に下に見ており、ディリオン船に立つ"帆柱の様なもの"に対しても船の作り方も忘れたのかと嘲笑っていた。


挿絵(By みてみん)


 戦いは両艦隊の前衛の衝突から始まった。ディリオン艦隊側の前衛であるアイセン船団は素早い機動と突撃で瞬く間に距離を詰め、波を切って敵艦隊に迫っていた。だがその速さによって後方の本艦隊と離れ、アイセン船団単体で攻撃を行っていた。

 メガリス軍とアイセン船団の戦いは練度の高い兵のぶつかり合いという事で激戦となったが、衆寡値せずか、戦闘開始から暫くも持たずアイセン船団は散を乱して戦場から離脱した。


 やはり敵は弱体だと確信したメガリス艦隊はアイセン船団を破った勢いそのままにディリオン艦隊本隊へと殴り込んだ。衝角を船腹に叩きつけようとディリオン艦へと接近していった。


挿絵(By みてみん)


 ◆ ◆ ◆ 


【新暦663年9月 グーマ沖 司令官テレック】


 水面を櫂が切り裂き白波を立てる。陽光に照らされた船体は輝き、威容と美しさを放っている。

 水平線には前後左右どこを見てもガレー軍船で埋め尽くされている。


 ――これで二度目。今度は失敗は許されない。もう負けられない――


 テレックは潮混じりの風を受けながら此方に迫るメガリス艦隊を身やった。

 前開のロロス沖では手も足も出ずにメガリス艦隊に負けた。その時は幸運に恵まれ再起出来たが、また負ければ後は無い。自分自身も、主君も、王国もだ。


 アイセン船団が戦場から離脱したことで本隊からでも敵艦隊が良く見える。突撃の拍子を取る太鼓の音が波の音を掻き消す勢いで響き渡っている。メガリス艦隊は勝ちの勢いのまま突進を掛けてきている。


 ――ここまでは狙い通りだ。次の作戦、こいつが上手く行くかどうかだな――


 テレックは船の前部に据え付けられた装置を見た。滑車と綱で引き揚げられた桟橋の様なそれには先端に人の脚程もある杭が備わっている。

 テレックはこの装置を"鉤爪"と呼んだ。明らかに船の均衡を崩す、不似合いな装置であるが、"鉤爪"はこの戦いに備えて用意した秘策の一つだった。


 ――こいつが上手く行けば、メガリス艦隊を捉えられるんだ。そうすれば勝ちの目が見えてくる。頼むぞ――


 そうしている内にもメガリス艦隊は迫り来ている。旗艦船長のマリオスが怒号を上げて命令を下している。


「弓隊は構えろ! 陸戦兵、さっさと配置に付け! 戦闘準備だ! "鉤爪"の準備はいいな!!」


 ガチャガチャと武具を鳴らして整列する兵士達。甲板の下に居る水兵も同じく緊張に身を包んでいることだろう。

 そして他の僚艦も同様に戦闘準備を整えたのが見えた。

 この緊張の瞬間にはいつも世界全てがゆっくりになったように感じる。

 メガリス艦が一層速度を上げ、船首の衝角を叩きつけようと逸る。だが彼らは敵とは正面衝突はしない。あくまでも機動力を活かして脆弱な側面を狙うのだ。

 そして、ディリオン艦の突撃をかわさんと側面を掠めるように擦れ違った瞬間。

 "鉤爪"が降り下ろされ、轟音を立ててメガリス艦に食い込んだ。メガリス兵の困惑の叫びが聞こえる。櫂を漕いで引き剥がそうとするが、がっちりと食い込んで離れない。

 ディリオン艦とメガリス艦は"鉤爪"によって橋が掛けられ、一繋がりの船となった。戦場の各所で同じ光景が展開されていた。

 "鉤爪"を通って敵艦に乗り込もうとするディリオン兵と剣を手に迎撃に出るメガリス兵。しかし、艦単位での陸戦兵の数ではディリオン兵が上回っている。

 メガリス艦はその動きを封じられ、ディリオン艦に捉えられていた。"鉤爪"の効果は考案者のテレック自身さえ見事と思う程に発揮された。


 ――よし、作戦の第一段階は成功だ。後は彼らが戻ってくるまで待つだけだ――


 テレックは勝利への展望が明るい事を確信した。


 ◆ ◆ ◆ 



 "鉤爪"に掴まれたメガリス艦は自慢の機動力を発揮出来ずにいた。陣形も連携も乱され、まさかの船団同士の乱戦に持ち込まれていた。更に"鉤爪"を通ってディリオン兵が斬り込んで来た為に数で劣る陸戦兵での迎撃を行わねばならなくなった。

 いざ切り込み戦となれば、幾ら海上での戦闘経験かあってもやはり兵数の差が大きく影響してくる。次々と船を拿捕され、予想外の苦戦を強いられたメガリス艦隊はそれでも奮戦した。海上での戦いに対する誇りが彼らを押し止めていたのかもしれない。

 だが、それもアイセン船団が戦場へ戻ってくるまでの話だった。

 打ち破られ、逃げ去った様に見えたアイセン船団の動きは擬態であった。そして秘密兵器の"鉤爪"や陸戦兵の優勢さえもメガリス艦隊の動きを止め、注意を引く為の囮に過ぎなかった。全てはこの奇襲の為にテレックが用意した渾身の策だったのだ。


挿絵(By みてみん)


 動きを封じられ、アイセン船団の奇襲を受けたメガリス艦隊は窮地に陥った。アイセン人はメガリス勢に負けず劣らずの操船技術を誇り、軍船の取り扱いも一流であった。彼らアイセン船団の攻撃は"鉤爪"によって混乱させられたメガリス艦隊には全く致命的な威力を発揮した。先ず崩れたのはトラヴォ艦隊であった。元々政治的な駆け引きから参戦していたトラヴォ艦隊は交戦意欲を無くすのも速く、指揮官ユースティスを筆頭に戦場からの離脱を選んだ。

 トラヴォ艦隊の敗走で決定的に不利な立場となったペラール艦隊は可能な限り隊を維持し、無様な敗走を避けようとした。司令官のドラコニオも旗艦を盾にして僚艦を守り、脱出を援護した。その代償として旗艦ごと海の藻屑となってしまったが、それも彼の本望であったろう。


 二度目の衝突はディリオン艦隊の大勝利に終わった。ディリオン艦隊の損害は20隻程度であったのに対し、メガリス艦隊は四十隻を沈められ、60隻余りを拿捕された。大西海方面のメガリス艦隊はその戦力の多くを失った。

 何よりもディリオン軍は王土近海の制海権をもぎ取ることに成功した。海上では常に優勢であったメガリス軍に対し、海でも互角以上に戦うことが出来ると証明したのであった。メガリス軍にとっても最早海は自分達だけの庭ではないと認識を改めねばならなくなった。

 勝利の立役者であるテレックにも多くの称賛が集まった。ディリオン王国史上に輝く大勝利に対する正当な評価である。テレックはこれ以後、さながら海戦の専門家とでも言うべき扱いを受けて、"提督"等と呼ばれていくことになる。


 ◇ ◇ 


 戦いは海上だけでなく、陸上でも起きていた。ダロス将軍率いる陸軍はメガリス軍上陸部隊に対して強襲を掛け、練達の用兵術を遺憾無く発揮して撃ち破った。騎兵と歩兵の連携攻撃はディリオン軍の十八番であり、やはり会戦ならばメガリス軍よりも陸上では優勢であった。

 這々の体で逃げ出したメガリス軍をペラノアからの部隊が待ち受け、粉々に打ち砕いた。メガリス軍の敗残兵は艦隊の生き残りと共に撤退し、拠点となっていたレオンティも明け渡された。


 メガリス軍によるアイセン島攻撃は完全な失敗に終わった。ライトリム、バレッタ、アイセンと全ての方面での戦いに敗れたメガリス軍は方針の転換を必用としていたが、時代のうねりは彼らに休みを与える事は無かった。





 新暦663年9月、ランバルトはライトリム地方から隣接するレグニット地方へと従属したライトリム兵を加え3万3千の兵と共に進軍した。バレッタ制圧、制海権確保により積極的に撃って出る事も可能になっていた。


挿絵(By みてみん)


 レグニット地方は公都ガルナを拠点とするエナンドルが勢力を拡大し続けていた。カゼルタ、プレタティンなど多くの勢力が膝を屈し、トラヴォ、べリアーノ、フォンのガムローだけがエナンドルに抵抗していた。


 トバーク海沿いにレグニットへ入ったランバルトは早速独立都市(ムニチピウム)ベリアーノの抵抗に直面した。自由と独立を何よりも尊ぶベリアーノ市民は従属を受け入れず、ライトリム公ベンテスを自力で追い返した過去の出来事も彼らの自尊に拍車を掛けていた。

 だが結果は見るまでもない。ディリオン軍の攻囲に粉砕されたベリアーノは徹底した略奪に晒され、火に包まれた。大量の略奪品を携えランバルトは進軍を続けた。


 10月、制海権をもぎ取ったディリオン軍は上陸攻撃も掛け、アイセン島対岸のフォントス半島にダロス率いる7千の兵が上陸した。

 フォントス半島はガムローの勢力圏である。乗り込まれたガムローは愕然とし、エナンドルとランバルトの二人は相手に出来ないと焦り、直ちに交渉の使者を向けた。事実上の降伏を受けてダロスは殆ど一戦も行うこと無く、フォン市へと入城を果たした。

 同じ頃、ランバルトもまた同様の事態に面していた。ガルナのエナンドルは自らランバルトの元へと赴き、降伏を申し出たのだった。


 こうしてレグニット公"たち"から降伏の申し入れを受けたランバルトは両者を呼びつけ、一方的に決定を伝えた。

 レグニット公位はガムローのものと決められたがガムローの領地はフォントス半島の現領地のみとされ、ガルナはエナンドルの勢力圏に留められた。何れの領地も反逆の罪を問われて割譲させられた。

 エナンドルもガムローもランバルトの処置を受け入れた。というより現状では受け入れざるを得なかったと言った方が正しいが、何れにしてもレグニット地方の半分を掌握したランバルトは残りの半ばを平定するべく行動を続けたのであった。



挿絵(By みてみん)



 ランバルトは自らは本隊4万を率いてトラヴォ市包囲に向かい、別軍1万をザーレディン家のテオバリドに預けてカゼルタ攻撃へと向かわせた。


 ◇ ◇


 ランバルトはエナンドルら現地貴族の案内で難なく王国最大の港湾都市トラヴォに到達し、同地を包囲した。流石のランバルトも長期の包囲を視野に入れ慎重に事を進めていた。

 だが包囲された側のトラヴォは早々に開城と降伏を選択した。

 代々の商人であるトラヴォ市民達は極めて現実主義的で、勇士(ミリテス)の無骨な誇りも、独立都市(ムニチピウム)の自尊心もなく、情勢の変化と必要に応じて膝を屈する事には抵抗がなかった。彼らは確かに栄光を求めてはいても、金にならない戦争をいつまでも続けている様な道楽には興味を持っていなかったのだ。

 トラヴォ開城はランバルトにとっても朗報だった。これ程の大都市を無血で手に入れられるに越したことはない。その喜びはトラヴォ市に対して相当に寛大な態度で接した事からも明らかだった。


 12月、レグニット平定を順調に進めるランバルトの元にまたしても(つまづ)きの報告がもたらされた。カゼルタのテオバリド軍から援軍要請が遣って来たのだった。ランバルトは苦々しく思いながらも軍を纏め、カゼルタに向かった。


挿絵(By みてみん)


 ◇ ◇


 

 公都ガルナからの街道を進むテオバリドは順調な進軍を続け、カゼルタ市の領域へと入り込んだ。ところが、その歩みはここから急激に遅らせられてしまう。熱烈な意思を持って抵抗を決意したカゼルタ人は総出で武器を取り、侵略者に戦いを挑んできたのだ。その戦い方は苛烈で徹底して、焦土戦略さえも選んだほどだった。

 事実、ディリオン軍は苦戦した。土地勘のあるカゼルタ人の襲撃を捉えきるのは難しく、物心共に圧力を掛けられていた。

 テオバリドは一旦態勢を建て直そうと進軍を止めたが、ここで歩みを止めたことで士気の低下に繋がってしまった。またテオバリドは主君ランバルトを見倣って独裁的な指揮系統を敷いていた為に、部下に作戦意図を伝えずに命令だけを伝達していた。それらの要素が加わって、部下の一人が独断でランバルトへ救援要請を行ってしまったのだった。

 テオバリドの焦慮をよそに、ランバルトはカゼルタ方面隊と合流し、指揮を再度掌握したのであった。




 ランバルトは強引に行動を続けることを避け、テオバリドの築いた防御陣地を強化しつつ冬営地とした。

 カゼルタ人も冬季には行動が鈍り、強化された陣地へは手が出せずにいた。そして戦争が長引くことで、カゼルタ人同士でも仲違いを始めていた。被害の無いカゼルタ本市の住民と故郷を焼き払った地方民との間で深刻な対立が生じていたのだ。

 たちまちの内にカゼルタ人は同士討ちを始めた。


 この動きを見たランバルトは好機と見て年明けまで待たず攻撃を掛けた。

 カゼルタ人は同士討ちとディリオン軍の攻撃でその抵抗力を失い、カゼルタ本市もディリオン軍の精兵の攻撃にはとても耐えられなかった。城壁を破られたカゼルタ人の多くは武器を捨て逃げ惑った。


 ランバルトはここでも徹底した破壊を行った。この期に及んで抵抗したカゼルタにはベリアーノでの出来事が生易しいと思えるほどの苛烈さで当たった。後には無数の(こうべ)の塚と燃えた街の残骸だけが残された。

 

 人々はランバルトに従うという事と従わないという事がそれぞれどういう意味なのかを嫌でも目の当たりにさせられた。従えば富と栄光を得られるが生涯の忠誠を要求され、反故にすれば待つのは死のみである。




挿絵(By みてみん)


 新暦664年3月、レグニット地方を平定したランバルトは軍を再びライトリム地方へ進ませた。

 ランバルトはジュエスに対しても軍を率いて南下するよう指示を出した。二方向からヴェラヌーリを攻めようとの腹積もりだった。ヴェラヌーリはライトリム・バレッタ・フェルリアの三地方を繋ぐ要点の一つで、オルファン率いるライトリム方面軍残党が守りを固めている筈であったからだ。フェルリアからも来援するであるとも予想され、再びの激戦になることは想像するに難くなかった。

 ところが事態は予想から全く外れた展開を見せた。メガリス軍は抗戦どころか大規模な撤退に移り、大都市シェイディンや公都ウォルマーすらも素通りし放棄したのだった。艦隊も同様にまだ押さえていた港を捨て、南へと撤退した。

 最終的にメガリス軍は国境の要衝ベルガラとブラウ河口の港湾都市セレーノに到達し、そこで足を止めた。この両拠点は国境を越えて防衛に必須の地域であり、メガリス軍が何らかの防衛意思は持っている事だけはそこから伺う事は出来た。

 この全く予想外の行動にランバルトも罠かと怪しみ、その動きは慎重を期してゆっくりとしたものになった。


 混乱したのは放棄されたフェルリア地方の住民も同様だった。彼ら庇護者を失い混乱を通り越して恐慌した。恐怖に狂った彼ら領主達は全てを捨てて逃げ出すか、可能な限り貢物で関心を買おうと領内を略奪し財物を集めようとした。勿論、領民も従容としている訳もなく暴動や反乱の嵐が荒れ狂う事となった。理性を失った領主達と混乱する市民、暴れまわる賊徒達に引き裂かれ炎に包まれた。フェルリア地方は一瞬の内に地獄と化した。


 新暦664年4月、ランバルトはメガリス軍の動きが罠ではないと判断し、焦土に成りつつ在るフェルリア地方の平定に乗り出した。メールやリンガルの精兵を中心に王国全土から率いられてきた総勢8万の兵が賊徒の討伐と反乱軍の追討に展開した。ヒュノー将軍もランバルトから兵を与えられ平定戦に加わっていた事は特筆に値する出来事であった。

 大規模なディリオン軍の展開に反乱者や賊徒は次々と鎮圧され、街々は陥落した。三ヶ月程の時間を費やしたがディリオン軍はフェルリア地方の平定に成功した。


 7月、ここでディリオン軍の足も止まった。ディリオン軍の補給と兵站を一手に担っていたハルマナスが死に、大軍を維持するための兵站が保てなくなっていたからだ。フェルリア地方も平定したとはいえその殆どは焦土と化しており、補給基地としての見込みは小さかった。

 ランバルトはこれ以上の進軍を断念し、フェルリア各地に守備隊を残して王都への帰還の途に着いた。


 ディリオン王国はついにその領土の大部分を奪還することに成功した。


挿絵(By みてみん)


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