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ディリオン群雄伝~王国の興亡~ (修正版)  作者: Rima
第一部 第二章『再生』
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『凶報・三 セファロス』

 新暦661年9月、王都を発ったランバルトは後事をジュエスとフレオンに託した。

 彼らの最優先任務は何時王都へ迫ってくるか分からないメガリス軍とセファロスの脅威を取り除く事にあった。

 セファロスはフィステルスより北へは進軍する気配が無く、同地に留まり続けていた。しかし、セファロスの思考を読める者など居らず、安穏としている訳にはいかなかった。

 ジュエスらは苦汁をなめさせられた武力ではなく謀略による解決を選択した。


 謀略に於いて主演を張れるのはコーア公フレオンを置いて他にはいない。フレオンは既に各地に工作員を放ち、直ぐにでも計略を仕掛けられる状況を作り上げていた。

 大きく二つの策が謀られた。一つはメガリス王に奸言を吹き込む策、もう一つはライトリム地方に反乱を使嗾する策である。

 何れも莫大な工作費用が必要となるが、それでも大規模な軍事行動よりは成功しさえすれば安上がりだった。


 メガリス王サリアンへの工作は間者にセファロスの噂を流させる事から始められた。

 最初は有りがちで無害な噂が、次第に過激で興味を唆る噂へ、終いには警戒を要する流言が流された。

 次にメガリス貴族への接触を図り、貴族らに王へセファロスから兵を取り上げるべきだと奏上させた。


 警告を受けたサリアン王はセファロスへの対処を決めた。

 勿論、彼も愚かではなく工作や佞言の類ではないかと疑いはあった。だが誰よりもサリアンは弟セファロスを危険で異常な人間だと恐れ、嫌っていた。寧ろセファロスの叛意を信じたがっていたのだ。

 一方で弟の将才も理解していたサリアンはセファロスからディリオン方面軍の指揮権を奪い、新たに東のラトリア国との戦場へ送り込む事を決めた。逆らえば逆臣として叩き潰し、従えばこのまま戦場で磨り潰そうと考えていた。



 そして、メガリス王への工作の時間を稼ぐ為にライトリムへの反乱扇動が行われた。

 ライトリム人達の中にはメガリス人の支配を厭う者が少なくなかった。支配の経過や理由は関係なく、唯彼らが余所者であるからだ。

 更にセファロスが戦い以外の公務に一切手を付けなかった為に既に各地で盗賊や無法者が跋扈し、ライトリム人の平和を多いに脅かしていた。

 そのような状況の中、王都からは工作員が送り込まれ、支配者に抵抗するよう扇動した。かつての敵対勢力とは言え同国人の言葉は彼らの不満を容易に燃え上がらせ、瞬く間にライトリムは反乱の炎に包まれた。

 ヴェラヌーリ、ベントホルド、ミラルスなどの中小都市でも、南の大都市ハノヴァ、レグニット地方との境界都市サンボールでも反乱が生起していた。

 そして、旧来のライトリム支配層が主導して反乱軍を指揮していた。公家リカント家を初めとして、イットリア家、メゴン家、クレッグ家、ジェナングス家等の錚々たる顔触れである。その中でも特にベンテスの従兄弟であるリカント家のロントリス、サンボールの主メゴン家のエタールドが主導者となった。



挿絵(By みてみん)


 新暦661年11月、燃え広がる反乱を鎮圧するべくセファロスはフィステルスから出陣した。セファロスは反乱をそれまで放置していたが、彼の興味を惹くような事象では無かったのか、反乱軍が強大になるまで待っていたのか、理由は当人にしか理解出来ない類のものであった。

 セファロスは氏族兵4千人と王の精兵(エスパーダ)5百人を率い、残りはマクーン首長オルファンと共にフィステルスに残留させた。

 セファロスは一路南下し公都サフィウムに入城した。サフィウムも当然反乱の機運は高まっていた。二千人の守備兵が駐屯していたものの、抑え込みは限界に達しつつあった。セファロスの素早い出現によってサフィウムの反乱は消沈し、ライトリムの最重要拠点はメガリス軍の手中にあり続けることとなった。


 要所サフィウムを抑えたセファロスは守備兵達をそのまま残し、メガリス兵だけを率いて再び出陣した。標的は西の都市サンボールである。

 対するサンボールのエタールドは篭城を決め、更にハノヴァのロントリスに援軍の要請を行った。

 兵が詰める城塞都市を陥落させるのは本来困難な戦いである。しかしセファロスは躊躇無く包囲攻撃を仕掛けた。彼は自らも梯子を伝っての攻城に加わり、敵兵と直接剣を交えさえした。

 エタールドら反乱軍は全力を挙げてこれを迎撃した。セファロスさえ討ち死にさせれば勝利を手に出来るのだから当然だった。反乱軍はこれまで彼と戦ってきた全ての者と同じく、セファロスを討つ事に完全に気を取られていた。

 セファロスは自身を囮として耳目を引き付けると、別働隊を下水道に潜り込ませて市内へ侵入させていた。セファロスに集中仕切っていた反乱軍はメガリス軍の侵入を許してしまった。対応に追われている間にメガリス軍の本隊が城壁を越え、戦いは市街戦へと移行した。いざ乱戦となれば百戦錬磨のセファロスとメガリス兵にライトリム兵は圧倒され、抵抗を諦めたエタールドら反乱軍は降伏し、包囲から一週間も経たずしてサンボールは陥落した。


 11月、サンボールを陥落させたセファロスは西へ向った。

 ロントリスらは軍勢をハノヴァに集結させ、セファロスを待ち構えた。だがセファロスはハノヴァへは直行せず、中途の都市ベントホルドも包囲したものの、そのまま二週間も留まっていた。

 反乱軍は疑念を抱きながらも敵軍の停滞を利用しようと考え、この隙を狙ってサフィウム奪還を図った。ライトリム軍はハノヴァから離れて北上を始めた。

 反乱軍の北上を察知したセファロス軍は包囲を解き、猛烈な強行軍で反乱軍本隊へ迫った。メガリス軍に予想外に接近された反乱軍は攻撃を継続するか、迎撃するか、或いは撤退するかの選択をしなければならなかった。

 ロントリスは撤退を考えていたが、幹部達の多くは迎撃を主張した。

 結局ロントリスは幹部達の意見を取り入れた。反乱軍は寄り合い所帯で多くの名家・貴族が傘下しており、ロントリスは有力人物であってもその内の一人に過ぎなかったのだ。

 反乱軍はセファロス迎撃に向ったが、彼らもまた数多の敵手と同じく、彼の術中に既に嵌っている事にはまだ気付いていなかった。


 敵を動きを見たセファロスは誘い込む様にじりじりと後退し、再びベントホルドまで到達して漸く停止した。そして近郊の丘に待ち構えるように布陣した。

 セファロスは王の精兵(エスパーダ)5百人、氏族兵3千人を率いて丘の上に待機し、丘の背後に広がる森林に残りの兵士を隠した。

メガリス軍を追ってベントホルド近郊の丘まで辿り着いたライトリム反乱軍1万人は布陣する敵軍を認めて直ちに攻撃を開始した。漸く捕捉した敵軍と会戦に至る好機と考えたのだった。


挿絵(By みてみん)


 ロントリスは兵力数の優位を活かして少しずつ締め上げ、丘の頂上へと追い詰めようと図った。

 しかし他の貴族や勇士(ミリテス)達はこれまでの焦慮と苛立ちのままに勝手に戦場へと向った。各部隊・各兵は纏まった一つの集団ではなく分散した無数の個体として丘を駆け上り、それぞれの部隊の間には幾つも間隙が出来てしまった。特にリリザの戦い以降、続く敗北に押し込まれていたライトリムの勇士(ミリテス)達は戦場と勝利を求めて我先にと飛び出した。

 セファロスはそれらの隙を見逃す男ではない。彼は精兵を率いて間隙の一つに飛び込むと、間隙を切り裂き広げていった。残りの氏族兵にも後を続けて幾つもの間隙に切り込ませた。

 そして、熱気のままに丘を駆け上がる間隙だらけの反乱軍と軽装故の機動力を十全に活かして丘を駆け下るメガリス軍は気付けば新たな状況を生み出していた。メガリス軍は反乱軍の戦列を背後へと突き抜けたのだ。

 反乱軍の戦列を突き抜けたセファロスは直ちに反転して敵軍を後背から襲撃した。反乱軍は勇士(ミリテス)達が先んじて前面へ出てしまっていた為に後衛には士気の低い民兵(ヌメルス)が取り残されていた。民兵達はセファロスを筆頭とするメガリス軍の切込み攻撃、それも背面からの攻撃に耐える事は出来ず見る間に四方へ潰走し始めた。

 前面の勇士(ミリテス)達はメガリス軍が戦列の背後に出たことに気付き反転して追撃を行おうとした。だが反転しようと隊列が更に乱れた所に潰走した民兵が雪崩れ込み、勇士(ミリテス)達も混乱に巻き込まれてしまった。

 やはり一度乱戦へと持ち込まれるとメガリス軍の抜刀切込みは猛威を振るい、兵力差を容易に埋めた。混乱し統制の崩壊したライトリム反乱軍は算を乱して逃げ出し、敵がいない筈の丘の向こう側へと殺到した。その時、セファロスが事前に伏せさせていた別働隊が襲いかかり反乱軍の混乱は一層酷いものと化した。

 最終的に1万人のライトリム反乱軍は半数近くが捕虜となり、残りは追撃を受けて逃亡した。指導者リカント家のロントリスもメガリス軍の手に落ちて虜囚となった。他にも多くのライトリム貴族の生き残りが捕らえられ、反乱軍はその指揮者達を一処に失う事となった。


 反乱軍を撃破したセファロスはフィステルスへと戻っていった。彼にとってはこれ以後の戦いは興味が唆られない事柄であり、後始末は配下の将に放り投げてしまう類の案件だった。但し、流石に反乱軍に背後を荒らされるのが面倒に感じたのか主力部隊の動員も許可している。

 広大で城塞都市の多いライトリム地方の平定をセファロス抜きでは年内で終わらせることは出来なかったが、それでも翌年の五月にはハノヴァを始め主要都市や城塞を陥落させて反乱軍を叩き潰す事に成功した。


 ライトリム反乱軍は扇動者であるフレオンらには予想よりも早く収束させられていた。セファロスでももう少し手間取り、自ら後背地を焦土にするだろうと予測していたのだった。ところが反乱は僅かに半年で鎮圧され、土地の多くも荒れずに済んでいた。

 この事が吉と出るか凶と出るかはまだ分からなかったが、少なくともディリオン王国首脳陣に物理的にも精神的にも半年分の時間が与えられた事は確かだった。

 そして、その時間はフレオンの謀が威力を発揮するには十分な時間でもあった―――






 ◆ ◆ ◆


【新暦662年6月 フィステルス 首長オルファン】




 メガリス軍の陣営地は概ね円形を成しており、中央に大きな広場を持つのが常だった。今、その広場は大勢の兵士達で埋め尽くされている。

 しかし、兵士達は声を上げるでもざわつくでもなく、静寂を保っていた。彼らは集団の中央で繰り広げられる"舞い"をじっと見つめていた。オルファンもそんな見物人の一人だ。


 だが、ただの舞いではない。

 剣と剣で交わされる、冥界に足を踏み入れて行われる"死の舞い"だ。

 煌めく白刃と飛び散る鮮血は凄絶でありながら、飲み込まれる様な妖しい魅力が確かにあった。


 ――剣戟と悲鳴の音色。生と死の狭間の場。そして狂気の舞手。常通りのセファロスの"宴"だ――


「いいぞ! もっと! もっとだ!」


 この場で唯一まともに声を上げている人物。

 舞い手の一方は狂気の戦士、王弟セファロスだった。

 セファロスは身には布切れ一枚を纏っただけの出で立ちで剣を振るっている。長い黒髪は振り乱れ、汗が流れ落ちて来ている。

 生死の狭間に身を晒す彼は如何にも愉快そうで、遊戯でも楽しんでいるかのようだ。

 セファロスは幾らかの返り血を浴びて赤くなっているが、彼自身は傷はまだ一つ足りとも負うてはいなかった。


「くっ……糞がっ!」


 セファロスに苦渋に満ちた罵倒の呻きを吐きながら相手の男が斬りかかる。だがセファロスは受けた剣を滑らせ、危なげなく敵意の刃の捌いた。

 もう一人の舞い手――虜囚となったロントリス――もセファロスと同様に布切れだけを着用し剣を振り回している。

 息は荒く、疲れきった体は既に傷だらけだった。動き回る度に流れる血が飛び散った。


「さあ、ほら! 折角面白くなってきたんだ、手を抜くなよな! 彼奴みたいにつまらない戦いで終わらせたくないんだよ!」


 セファロスは愉しげにニヤつきながら離れた場所に倒れる男を指さした。倒れる男は首と胴が切り離されており一目で死体だと分かる。

 ロントリスは二人目の舞い手だった。一人目の舞い手――同じく虜囚のエタールド――はセファロスに面白くないと断じられてあっさりと殺されていた。


 ――殿下に気に入られても、気に入られなくても最終的な結果は変わらないのだがな――


 オルファンはこれまでの"死の舞い""宴"を思い出していた。

 フィステルスでディリオン軍を打ち破って以後、セファロスは前進を止め留まっていた。セファロスは何かを待っているようで、どれだけ進言しても頑として受け入れなかった。

 彼はその間の暇潰しとして毎日の様に捕虜との"死の舞"を演じた。互いに防具は何も付けず剣だけを持ち、殺し合うのだった。

 殆どの舞い手はセファロスの欲求を満たすこと無く、家畜を屠殺でもするかのように躊躇無く殺された。そして、必死に戦い狂気を感じる程に食らいつく捕虜が時折現れるとセファロスは嬉々として"死の舞い"をより激しくし、悦びをもって相手を殺した。


 ――どうせ死ぬなら殿下の記憶に残って死んだ方がまし、程度の差ああるくらいか――


「……」


 その時、かつての同士の成れの果てを横目でちらりと見たロントリスの目に光が宿った。一条の希望、逆転の賽に賭けようという決意の光だ。

 これまでセファロスが嬉々として殺してきた全ての舞い手が最後に見せる光だった。


 ――その目はセファロス殿下を最も喜ばせる目だ。もう、お終いだな――


「おっ、それそれ……!」


 ロントリスの瞳の光をセファロスも認めたのか、愉しげな表情を見せた。


「ぐおあああああ!」


 ロントリスは剣を構えると猛然とセファロスに向って駆けた。体に残る力全てを振り絞って走った。そして全身を投げ打つ様に切っ先をセファロスの胴目掛けて突き出した。

 正に渾身の一撃。鉄の鎧ですら撃ち抜く事が出来るだろう威力の刃だった。


 だが、剣は何者をも貫く事はなかった。


「アハハハ!」


 セファロスはロントリスの突進に対して避けたり遠ざかるのではなく、寧ろ自ら相手の懐目掛けて大きく踏み込んだ。刃が掠めるか掠めないかの臨界点を狙って飛び込んだのだった。

 その結果、ロントリスの剣は標的を見失い、ただ空を切った。


「なっ!? あっ」


 余りの出来事にロントリスは呆気に取られ、気付けば直ぐ側まで近寄っているセファロスを呆然と見つめているしか出来なかった。


「ほら、手を抜くなって!!」


 セファロスは剣を振り上げ、呆然として無防備なロントリスの右腕を切り落とした。嫌な音と共に片腕が掴んだ剣ごと地面に転がり落ちた。

 剣を振り上げたセファロスは今度は振り下ろし、剣の柄でロントリスの顎を殴りつけた。


「おぐぶっ……あがっ」


 殴られた勢いで吹っ飛んだロントリスは地面に倒れ込んだ。顎は砕けたらしく開きっぱなしになっていた。


「あ……あ、ああ……あう……」


 もうロントリスの瞳には光は無かった。声にならない呻きを上げて、目を丸くしてセファロスの方をぼうっと向いている。


 ――もう何も出来ないな。死んだも同然だ――


 セファロスは呆然としたままのロントリスの周りをうろうろしながら叫んだ。


「まだ手を失い顎を砕かれただけだろ!? まだ戦えるだろ!?」


 立って戦え、というセファロスの要求にもロントリスは何の反応も示さずただ倒れていた。血が失われて肌は青褪め、肉体的にも精神的にも今にも冥界の門を潜りそうだ。


「はぁ……仕方ないな」


 セファロスは動きの無くなったロントリスに見切りを付けたようで、叫ぶのを止めて彼に近づいた。

 ロントリスの上に仁王立ちしたセファロスは剣を逆手に持ち上げ、思いきり突き下ろした。

 剣は根本近くまで埋まった。



「まあ、少しは楽しめたかな」


 遺体に一瞥もくれずにセファロスはその場から立ち去った。多少の満足感を得られたようだが、物足りなさも醸し出している。

 セファロスが去った後、兵達は一人また一人と広場から去り、自身の天幕や持ち場へと戻っていった。

 オルファンは何人かの兵士にロントリスやエタールドの遺体を運ぶよう指示し、遺体をどかして地面に突き刺さったセファロスの剣を引き抜いた。


 ――やれやれ、宴を楽しむだけ楽しんで後始末は全て私達に押し付けて行ってしまうのだからな――


 ◇ ◇


 オルファンはセファロスの天幕まで辿り着いた。王弟の天幕はやはり豪華な調度品とボロボロの布地が奇妙でちぐはぐな混在を成している。


「殿下、宜しいですか?」

「ああ、入ってくれ」


 天幕の中には中央の華美な水瓶で体を清める半裸のセファロスがいた。水で濡れた黒い長髪と靭やかで細い筋肉は一瞬彼が三十歳近い男であることを忘れされる美があった。

 セファロスは髪を掻き揚げオルファンの方へ向いた。

 

「オルファン君か。何用かな?」

「剣をお忘れでしたのでお届けに参りました。殿下」

「ああ、そうか。何時もすまないね」


 セファロスはオルファンから剣を受け取ると天幕奥に立て掛けれられた鎧に近づいた。

 その鎧は至る所に焦げ跡が付き、左肩から胸にかけて引き裂かれた真紅の鎧だった。

 以前セファロスが見に帯び、フィステルスの戦いでは囮のエルベドに着せた鎧だ。セファロスはこの状態になった鎧が妙に気に入ったらしく、エルベドの死体を放り出して手ずから回収してきたのだった。

 

「殿下、今日の"宴"は楽しめましたか?」


 オルファンは剣を鞘に収めたセファロスに言った。


「いいや。だがまあ、先のライトリム人との戦いもそうだが無いよりはましかな。ちょっとした暇潰しにはなった」


 ――命がけの反乱も殿下には暇潰しか。いや、私達の命がけの戦だってそうか――


 セファロスにとっては敵も味方も、自分の身さえも戦争という最高級の宴を楽しむための消耗品に過ぎないのだ、とオルファンは知っていた。

 それは様々な意味で物悲しい事だった。

 自分達の戦場での努力も大きな意味を持たないという事。

 王弟の才覚がより意味のある方向へ用いられれさえすれば、メガリス王国に更なる繁栄をもたらしうる筈なのにと言う事。

 そしてセファロスの"もっともっと戦を味わいたい"という望みは叶えられる事が果たしてありうるのだろうかと言う事。

 オルファンはこの孤独で狂気に満ちた戦人の事に恐怖や畏敬以外の複雑な想いを持つようになっていた。長い戦いの中でセファロスへの印象が変わっていったのだった。


「暇潰しですか……まだお待ちになるのですか? もう進軍しても宜しいのでは?」


 これまで何度も何度も進言してきた言葉だった。これまでは戦争を一刻も早く終わらせて勝利を得たいという意図からの言葉だった。

 だが今は少し違う。

 満たされない飢えを抱える司令官に"御馳走"を食べて少しは満足してもらいたいとの想いがあった。

 "御馳走"とは言うまでも無く、ディリオン軍の勇将達の事だ。


「いいや、まだだ。まだ早過ぎる。連中はまだ弱ったままだからな。弱い敵と戦って一体何が楽しいものか」


 セファロスは火を付けた香煙草を咥えながら座り心地の良い長椅子に深く腰掛けた。


「やっと見込みのある奴が現れたんだ……やるのはもっともっと成長させてからだよ」

「大魚を食べるのはたっぷり肥えさせてから、ですか」

「そういうこと。この楽しみは何にも邪魔させないさ」


 ディリオン軍との戦いを語る時、セファロスの瞳は一際強く輝き、炎を燃え立たせた。


 ――何にも、か。殿下に邪魔立て出来る存在がこの地上にいるのか? 出来るとするなら天上の神々くらいだろう――


 オルファンは思った。


 その時、天幕の外から声が飛び込んできた。どうやら都ギデオンからの使者らしく、セファロスは中へ招き入れた。


「失礼致します、殿下。都より参りました」


 厳しい顔つきの使者はどうやら下っ端の兵ではなく、それなりの立場にあるようで身の動きに機敏さがあった。


 ――普通の連絡では無さそうだな。嫌な予感がする――

 

「ああ、うん、御苦労様。それで何用か?」

「サリアン陛下よりの勅命で御座います。直接殿下に渡すようにと仰せつかっております」


 セファロスは如何にも面倒臭そうな態度で使者が懐から大事そうに手紙を取り出すのを見ていた。

 唯でさえ政には興味を持たないセファロスだが、不仲な兄王サリアンからの連絡には一層の無興味を持って対するのが常だった。そして全てオルファンに放り投げるのだった。


「そういうものはオルファン君に渡してくれ」

「宜しいのですか?」

「ああ。いいからさっさとしてくれ」


 セファロスはぞんざいな態度で言った。使者は不愉快さを押し隠しながらオルファンへ手紙を渡した。

 手紙を開いたオルファンは一目で全身を緊張が覆い尽くした。


 ――こ、これは……これは不味い……――


「殿下、彼を下がらせても?」

「ああ。好きにしてくれ」

「使者殿、遠路御苦労だった。下がって疲れを癒してくれ」


 使者を下がらせ、再びセファロスと二人きりになったオルファンは覚悟を決めた。


 ――これは大変な事になる……だが隠せもしないし、私にはどうすることも出来ない。こんな時に何て厄介な命令を送ってくれるんだ、陛下は……――


「それで? 兄上は何だって?」

「……殿下。私の口からはお伝えしかねます。ですが、どうか落ち着いて陛下からの御命令をお読み下さい」

「ええ? もう面倒くさいなあ……」


 手紙を受け取ったセファロスは崩れた姿勢のまま、手紙を片手でひらひらとさせながら読んだ。

 しかし読み進めていくとすぐに表情が強張り、手紙を持つ手に力が込められ始めた。


「こ、こ、これは……どういうつもりだ……」


 声は震え、額には青筋が浮かび、顔色は激情で真っ青になっている。


 サリアン王からの書簡には、セファロスをディリオン方面司令官の地位から解任し新たにラトリア方面司令官に任じる、と書かれていた。加えて現在麾下の軍勢は全て指揮下から外れ、一から兵を集めてラトリアへ送り込む旨が記載されていた。

 つまり、セファロスが心待ちにする最高級の戦争を目前で取り上げる事になる命令だった。


「サリアンの野郎! 私から彼奴等との戦を奪おうってのか!」


 セファロスは手紙を引き裂けんばかりに握り締め、立ち上がった。


「で、殿下。落ち着いて下さい」

「糞っ! 糞野郎がっ! 何時も何時も私の邪魔をしやがって! もう許さないぞ!」


 怒り狂うセファロスは天幕の中を暴れ回った。調度品を打ち壊し、お気に入りになった筈の真紅の鎧も蹴り倒した。

 セファロスが見せる明確な怒りの形相はオルファンも初めてだった。呆然として落ち着くまで見守る以外、オルファンに出来る事は無かった。


「ハァハァ……糞、許せない……」


 天幕の中を散々に荒れ狂ったセファロスは息を切らせて地面に座り込んだ。戦いの最中でもこれ程疲労を露わにした姿も見たことが無かった。


「殿下……」

「……漸く分かったよ……私が、先ず何をするべきか」


 セファロスは瞳に憎悪と怒りの炎、そして戦を語る時の激情を燃え上がらせて言った。


「"宴"の前に、先ずは邪魔を取り除かねば……」


 オルファンは座り込んだセファロスの姿を見ながら思った。


 ――ああ、やはり大変な事になった――、と。



 ◆ ◆ ◆





 兄王サリアンから配置転換の勅命を受けたセファロスは激怒しながらもこれを受け入れた。以外にも従順に命令を受容した弟にサリアン王は当面の安心を得た。が無論この出来事が両者の間に亀裂を生まない訳がなく、これまでの対立とは違って致命的な敵対へと繋がる事は容易に想像出来た。

 セファロスが去った後のメガリス軍は事実上の副将であるオルファンが差し当たり管轄する事となったが、サリアン王はオルファンも弟の側にある人物だと警戒しており別の指揮官を送り込む事も決めていた。


 

 ディリオン王国は最大の危険因子であるセファロスの排除に成功した。

 工作員の制御と巧みな情報操作、そして金貨を出し惜しみしない遣り口はフレオンの手腕あってこそであり、正に謀臣としての面目躍如と言えた。

 こうしてランバルト政権は幸運にも助けられて窮地を乗り切り、再びの前進へと転じる事を可能としたのだった。



挿絵(By みてみん)

 お読み下さり本当に有難う御座います。

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