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ディリオン群雄伝~王国の興亡~ (修正版)  作者: Rima
第一部 第二章『再生』
20/46

『凶報・二 メール方面』

 メール地方の反乱はランバルト政権に於ける一大事件であった。

 メール地方は言うまでもなくランバルトの勢力基盤である。それ故にランバルトはメール地方を厳しく統率し続けようとしていた。

 しかし、ランバルトの統治は厳しすぎた。彼生来の独裁嗜好も合間ってメール地方には不満が募っていたのだった。

 特に後事を任されていた叔父のポルトスは統治方法を巡ってランバルトに度々叱責されており、甥の中央での行いを見ている内に次第に身の危険を感じるようになっていた。或いはポルトスの恐れを煽った者がいたかもしれないが、それを知るのは本人ばかりであった。

 何れにしてもポルトスの焦慮は限界に達しつつあった。そして最後の一滴がランバルト戦死の誤報によって投じられた。


挿絵(By みてみん)


 新暦661年9月、ポルトスはメール公位を僭称し、メール各地に忠誠を求めた。

 しかし、ランバルトの死が誤報であると伝わるとポルトスは最早後に引けないと自分を追い詰めた。ランバルトがこの軽挙を許す筈がないからであった。彼の考え自体は的を得ていた。


 ポルトスは挙兵し、自らに忠誠を誓わない諸地域の掌握に乗り出した。また王国中央からの襲来を回避するべく関門の監視や峠道の閉鎖等を行い情報封鎖に努めた。但しポルトスが行った情報封鎖は大きな影響を与えることはなかった。

 ポルトスはアルサ家の拠点グリンホードを制圧し、アルサ家中の反対派を追い散らした。そして挙兵したポルトスの下にはオークニオンのオークン家とバラスのバルアルサ家が馳せ参じ忠誠を誓った。



 グリンホードからはメール重装歩兵5百名を含む4千の兵がポルトスに率いられ、オークニオンからは2千の兵がオークン家のキュロクスに率いられて要衝ドウーロを目指した。更にバラスからは周囲の蛮族からも兵を募ったバルアルサ家当主のメノン麾下2二千5百が隣接するマレピスへ向けて出撃した。

 ドウーロは峠道に隣接する街で、中央からの討伐軍に対応するには必須の拠点だった。


 ドウーロのシュタイン家、ルーメンのトッド家、マレピスのザーレディン家、ガッサのカルコン家はランバルト支持の姿勢を崩さなかった。当然、ランバルトを選んだのは彼への恐怖からである。

 ドウーロからランバルト派の軍勢3千がシュタイン家のコロッリオに率いられて出撃した。さらに北のルーメン、ガッサからも軍勢1千が出撃し、ポルトスの手に落ちた公都グリンホードへ向った。

 しかし、ポルトスが事前にかき集めていた為にランバルト派軍には重装歩兵(ホプリタイ)は殆どおらず、民兵や傭兵で構成されていた。

 

 ランバルト派の不利は一目瞭然であったが、にも関わらずランバルト派は戦いへ赴いた。これは主君ランバルトへの忠誠よりも恐れがもたらした副作用であった。つまり勝敗に関係無く裏切り者と戦わなければ処罰されると恐れたのだった。


挿絵(By みてみん)


 ドウーロ近くで行われた戦いは少数ながらも重装歩兵を擁するポルトスが勝利した。敗北したランバルト派軍はドウーロへと逃げ込んだ。

 ポルトスはドウーロ包囲と並行し、精鋭だけを率いて反転して素早く回りこむと北のランバルト派軍を蹴散らした。

 後顧の憂いを断ったポルトスは南下してドウーロ包囲に加わり、次いで東から到着したオークン家軍と合流した。


 北から進軍するバルアルサ軍はマレピス市に降伏を迫るが、マレピス領主ザーレディン家当主のテオグンドもまた降伏を拒否し戦い続けた。しかし此方の抵抗は長くは続かなかず、奮戦虚しくマレピスは陥落し、テオグンドは討ち死にした。


 こうして北からもポルトス派の軍勢が加わり、ドウーロを取り囲むポルトス派8千に対し篭もるランバルト派2千と攻守の数の差は明確だった。

 コロッリオの指揮の下、ランバルト派軍は必死に抵抗した。ランバルト派の兵達は皆、敵よりも主君に処罰されることを恐れていた。


挿絵(By みてみん)



 メールの動乱も所詮は辺境の紛争に過ぎない。しかし、小石でも池に投げ入れられれば波紋を広げ、大きな影響を齎していく―――





 ◆ ◆ ◆ 


【新暦661年11月 ドウーロ 将軍コロッリオ】




 白銀の雪が空から舞い落ち、地面にふわりとくっつく。同様にして大地に現れた他の雪粒と一緒になり次第に雪面を作っていく。

 周囲を山々が囲むメール地方は暖気が底の大地に溜まりやすく、冬でも然程冷え込まない。それでも年の終わりも近くなれば雪がちらつき始め、うっすらと積もるのが常だった。

 薄く積もった雪にザクザクと足跡を残しながらコロッリオは城壁の上を歩き回っていた。

 眼下に広がる天幕と包囲陣地を見ると頭が痛くなってくる。先の敗戦の記憶も一緒になって頭に槌を叩きつけてきた。


 ――畜生め! 何だってこんな面倒な事になっちまったんだ!――


先々月からの反乱はまだ収束の見通しが立たなかった。酔っ払いの吐瀉物みたいにメール全土に巻き散らかされた反乱の火は手当たり次第に燃え移っている。


 ――三十年間、戦も政もランバルト様との付き合いも上手く行っていたのに!――


 降伏してランバルト公に恨まれるよりも負けを覚悟で戦いを挑んだ方が幾分良いと思って行動したが、いざ命の危機に曝されると決心が揺らいでしまう。

 コロッリオは長靴で足元の雪を蹴り上げた。

 薄く積もった雪が舞い、小さな吹雪を作った。日の光がきらきらと反射して輝いている。

 とはいえそれも一瞬の事だ。すぐに光陽で溶け冷水に変わっていく。


 ――雪に塗れて一緒に溶けて皆消えちまえばいい。ポルトスの馬鹿野郎め。ランバルト様なんかに勝てっこないだろうが!――


 反乱が起きたことを知ればランバルト様はすぐにでも討伐軍を寄越すだろう。メールに残った守備隊程度踏み潰してまえるだけの大軍がやって来た時、ポルトスは一体どうするつもりなのか。

 どうせ最後は野望も何もかも粉々に打ち砕かれて御仕舞いだ。


 ――だから、だから早く来てくれよ! 何時になったら来るんだ!――


 しかし、見ての通り援軍はまだ来ていない。

 反乱が勃発してから二ヶ月を越している。メールから王都までは遠く離れているとは言え、もう対策を実行してもいい頃だ。


 ――ああ、神様! 何方でも構いませんから援軍をさっさと寄越して下さいよ!――


 コロッリオが神に祈りたくなるのも無理は無いかもしれない。

 メール人は囲むのも囲まれるのも経験が少なく、城攻めは不得手だった。

 反乱、しかも後事を託された当人が起こすとは思っていなかったから録な準備も無い。食料も資材も多くは無かった。

 先の敗北で気落ちした兵達も疲れて不安げだった。いや、彼らはメールの規準から言えば兵士ではなかった。

 厳しい訓練も受けていないし、戦闘経験も大して無い。急遽かき集めたただの民兵だ。

 装備だけは武器庫を空にして与えた為にまともな武具を備えているが、それだけだ。

 コロッリオは彼らの姿を見ていると余計に希望が持てなくなってくる。


 ――いっその事、降伏しちまおうか。そうすりゃ楽になる。ま、楽になるの意味が違うかも知れないがな――


 溜息混じりにぼやいてはいるが、コロッリオは降伏に関してかなり本気で思案していた。もう限界だ、とすら思っていた。

 勿論、押し留める最後の壁は主君への恐怖だった。


 その時だった。伝令兵が息を切らせて駆け込んで来たのは。

 包囲線の間を縫って入って来たらしく薄汚れた格好の伝令がもたらしたのは待ちに待った援軍の知らせだった。


「援軍だ! 助かったぞ!」

「ああ、神々よ!」


 知らせを受けた兵達は勢い付き、誰よりもコロッリオが活気付いた。


 ――やった、やった! 援軍だ! 全く遅いんだよ、待たせやがって、畜生め!――


 そして伝令から知らされた方向を見ると山々の中に動きが見えた。木々と雪で彩られた斜面に動く群れが確認できた。


 ――誰が来たんだ? オーレン叔父か? ハルマナス老か? それともテオバリドの奴か? もしかしてリンガル公だったりするか?――


 城壁の監視塔から転がり落ちんばかりに身を乗り出し、援軍を見つめて目を凝らした。

 軍の先頭には僅かだが、輝く銀十字が覗いていた。メールの主が居る時にだけ掲げられる、アルサ家の旗印だ。

 この事実が指し示すのはたった一つ。

 主ランバルト公が自ら軍勢を率いて来たのだ。反逆者を潰す為に。


 ――降伏せずにいて良かった……危なかったな。もし降伏してたら、別の意味で楽にさせられていただろうな。多分、身の丈も頭ひとつ短くなってたろう……――


 コロッリオは再び溜息を付いた。但し今度は安堵の溜息だ。諦めて投降していたらランバルトの怒りを受ける側に回っていたことになる。


 ――俺は幸運だ。ついてるんだ! 幸運なるコロッリオ!――


 コロッリオは思わずぐっと腕を小さく掲げた。



 ◆ ◆ ◆ 




 新暦661年11月、陥落間際のドウーロに漸く援軍が辿り着いた。

 援軍はランバルトが自ら率い、親衛隊(ヒュパスピスタイ)重装歩兵(ホプリタイ)、さらにトリックス家のセイオン麾下の新編リンガル兵ら総勢6千人を引き連れていた。


 ランバルトの出陣自体は9月には始まっており、少しずつ部隊と合流しつつ強行軍で突き進んでいたのだが、冬の峠道の突破に大いに手間取った。

 ポルトス軍の妨害も面倒だったが、何よりも冬の山々という自然が強敵だった。凍てつく風が吹き付ける中、深雪の山道を越えるのだ。困難は容易に想像しうるだろう。

 もう少しでポルトスもドウーロを陥落させる事が出来た。そうなっていれば、冬の峠を越えて疲弊した軍を麓の城壁で迎え撃つことも出来ただろう。

 ランバルトにとって危機一髪の出来事であったかもしれない。


 ランバルトと軍勢の到着を知ったポルトスは不利を悟り、包囲を解いて撤退を決めた。勝てない以上、退くしかなかった。

 ところが、そこからポルトス派の足並みは乱れた。やはり恐るべき主君の帰還は彼らの心を掻き乱していた。


 ポルトスは公都グリンホードに籠城する事を決めた。野戦では勝目が無いことは明白で、せめて壁に依って戦おうとの考えだった。

 しかし、自領の守備を優先したバルアルサ家はポルトスと別れ、所領バラスへと向かった。

 オークン家もまた自らの土地を優先させたが、彼らはより強行な、というより恐慌な対応を選択した。

 オークン家のキュロクスは博打染みた逆転を狙って夜襲を敢行した。戦いに於いて持ちうる手札を全て切るのは決して間違いでは無いが、この時は違った。

 精鋭のランバルト軍相手では夜襲はあっさりと看破されて完膚なきまでに叩きのめされ、オークン家軍は壊滅した。当主キュロクスは所領オークニオンまで逃亡に成功したが最早戦況に介入する事は不可能となった。


 ランバルトだったが物資の不足から直ぐには次の行動は起こせず、ドウーロに留まり冬の終わり直ぐにでも行動出来るよう準備を整えた。


 新暦662年3月、物資の集積が済み冬が開けるや否やランバルトは残る反乱軍を討つべく1万の兵と共に出陣し、公都グリンホードへ向かった。

 対するポルトスも篭城に備えていたが、ランバルトへの恐怖心も相まって士気は高くなかった。


挿絵(By みてみん)


 ユニオン攻城戦の経験があるランバルト軍は手際よく包囲陣地を築くと激しくグリンホードを攻め立てた。居城でもあるグリンホードを良く知るランバルトは瞬く間にポルトス軍を追い詰めた。その猛烈な攻撃には同胞への慈悲や寛容は微塵も含まれていなかった。

 そして、連日の激しい攻撃についにポルトスは抵抗を諦め、ランバルトへの降伏を決めた。




 万策尽きた敗者は勝者に慈悲を乞う以外、行うべき行為は残されていない。しかし、相手が慈悲浅き相手であれば、死をとして戦い続けた方がいっそ良い選択と言えるかもしれない―――





 ◆ ◆ ◆ 


【新暦662年3月 公都グリンホード 将軍コロッリオ】




「ラ、ランバルト……こ、今回の件は私が全て悪かった……」


 青褪めた表情のポルトスが跪き、頭を垂れている。声は震え、掠れている。

 武具は身に付けていない。体中に戦場の埃が纏わり付き、至る所に傷が刻まれているが、その風貌は今や歴戦の勇者というよりも落ちぶれた虜囚といった印象だ。


 ――いやまあ、虜囚そのものか。実際敗北してるしな――


 コロッリオは当面の戦いが終わる事に安堵しながらポルトスを見やった。

 主君ランバルトへのこれ以上の反逆を不可能と考えたポルトスは降伏を申し出ていた。一人で市外のランバルト本営まで遣って来たのだ。そして今こうしてランバルト派の者達に囲まれながら慈悲を乞うている。

 無論、ポルトスは自らが処刑される事は理解しているだろう。だから自らの命乞いではない。ただ、せめて家族や付いて来た部下の生命だけは守ろうと必死なのだ。


 ――こういう所ポルトス殿は良い奴なんだけどな。でも、ずれてるんだよな。それならそもそも反乱を起こすなって話しだよ。それにランバルト様に泣き落とし何か通用するわけ無いだろうに――


「全て私の独断だ、ランバルト……だ、だから、他の者にはどうか寛大な処置を……」

「……」

「我が子や妻はお前の親類でもあるのだ、頼む……皆まだ幼く、何も分かってはいない。私の言うがままに従っただけだ」

「……」

「部下達は只々メールの民の事を想っていただけなのだ。彼らはメールの流儀に忠実で有ろうとしただけで、彼らに罪は無い。その事をどうか分かってくれ」


 それまで黙って聞いていたランバルトの眉が僅かに動くのが見えた。


 ――あーあ……そういう言い方は不味いよ、ポルトス殿。ランバルト様はメールの民よりも自身の方を優先して忠義を果たさせようとさせる人なんだからさ……――


 将几から立ち上がったランバルトは跪くポルトスに近づくと、すっと腰の短剣を引き抜いた。白刃に光が差し込み輝きを反射させると、コロッリオら周囲の者達は緊張に包まれた。

 ランバルトは刃をポルトスに向けたまま短剣を彼に差し出した。ポルトスは押し黙ったまま刃を見つめている。ランバルトが言わんとすることなど唯一つだけだ。

 暫く微動だにしていなかったポルトスは覚悟を決めた表情で短剣を受け取った。顔は真っ青になり、柄を握る手は強く握り過ぎて白くなっている。


「ラ、ランバルト。お前の望み通りにしよう。後の者達を頼む……」


 ふうと小さく息を吐くとポルトスは刃を丁度心臓の位置に定めると、胸に思いきり差し込んだ。呻き声を上げたポルトスは数度苦しげに身を捩った後、動かなくなった。


 ――何時見ても人の死ぬ場面は気持ちの良いもんでは無いよ……そいつに恨みがあっても、顔を知ってる相手なら尚更だ――


 コロッリオは知人の死体を見ながらどうしても湧いてくるえづきを抑えていた。

 ランバルトは冷酷な瞳で遺体に一瞥をくれると、その目つきのまま周囲の家臣達に振り向いた。そして倒れるポルトスの遺体を指差し言った。


「今一度よく見ておけ。私の"もの"に手を出せば、こうなる。反逆は決して(・・・)許さん。分かったな?」


 殺意と憎しみの篭った、ぞっとするような声のランバルトに皆は何も言えずただ頷く事しか出来なかった。


 ――反乱を上手い事切り抜けられて本当によかった……ポルトスに味方して同じ運命を辿ってた可能性も十分あった――


 ポルトスが蜂起した時点でコロッリオの心が動かなかった訳では無かった。厳格過ぎる君主の元で働くの楽ではない。その後も何度も裏切りの魅力に駆られたが、ぎりぎりの所でランバルトへの忠誠を維持した。もしその"囁き"に屈していたら今目の前に横たわる男と同じか、もっと酷い状況に陥っていただろう。

 ランバルトは凍りつく一同に手早く命令を下し始めた。時間を無駄にしたがらないのも彼の性格だった。


「ネフノス、コロッリオ。市の接収に掛かれ。セイオン。リンガル勢を率いて周囲の警戒と物資の搬入を行え」

「「「はっ!」」」

「アレサンドロ。ポルトスに味方した連中を集めろ。一人残らずだ」

「了解致しました、閣下。危険な者は牢へ、他は公邸に拘禁致します」


 アレサンドロは元奴隷との噂さえある生まれも定かならない平民だが能力と忠誠心を買われて親衛隊(ヒュパスピスタイ)の隊長に任命され、これまでランバルトの側であらゆる任務に従事してきていた。任務は戦闘だけでなく時には行政業務を補佐することも有り、今回の様な要人監視等も担当する事があった。


「いや、その必要は無い」


 ランバルトはポルトスを仰向けに蹴り転がすと、足で死体を踏みつけながら胸に突き刺さった短剣を引き抜いた。

 血まみれの短剣を拭うと至って冷静な調子で、しかし瞳には恐ろしい冷酷さを表させながら続けた。


「殺せ」


 ――ほら見ろ、ポルトス殿。ランバルト様に"後の者達を頼んで"しまうから、彼らは楽にさせられてしまうじゃないか……――


 コロッリオは顔が引きつろうとするのを何とか抑えながら、改めて自分の"幸運"を噛み締めていた。



 ◆ ◆ ◆




 公都グリンホードを奪還し、首謀者ポルトスを始末したランバルトは時を置かず粛清に取り掛かった。

 ポルトス支持の諸豪族やポルトスの妻子は悉く誅殺され、彼らの財産や領地は全て没収された。彼らはランバルトにとっても親しい立場の者であったが、彼の心を動かすことはなかった。

 女や幼子までもが情け容赦無く殺され、ランバルトに逆らうと言う事がどういう事かが皆の心に改めて刻み込まれた。

 メール人は主君への恐怖を思い出し服従に専念するようになったが、同時にランバルトに対する僅かに残っていた敬愛や忠義心を打ち消してしまう結果も生んだ。


挿絵(By みてみん)


 新暦662年4月、本拠の掌握と再編を終えたランバルトは7千の兵を率いてバルアルサ家の追討に赴いた。


 バルアルサ家もただ手を拱いて見ていたわけではなく、当主メノンは新たな味方として周囲の原住部族や山岳民族と同盟し味方に引き入れたのだった。

 外部勢力を引き込む事が大いなる危険を孕んでいるのは言うまでも無いことである。だが元々メノンはランバルトとは講和出来ないと考えており、粛清を見てこの決断に至った。


 バルアルサ家兵と原住部族民を率いたメノンはマレピスまで進軍し敵軍を待ち受けたが、ランバルトの対応が不要と思われる程にメノンの作戦は上手くいかなかった。

 メノンの連れてきた部族兵は通過した村々で勝手に動き回り、あらん限りの蛮行を行った。略奪や暴行に憤った村々は主君への恐怖も相乗し、積極的にランバルトに協力するようになっていた。力無き民には無法な蛮族よりも逆らわなければ公正なランバルトの方がまだ受け入れられる存在だった。

 ここに至ると、メノンは蛮族を率いて不慣れな篭城をするか、一か八かの野戦かの選択を迫られ、止むを得ず野戦を選んだ。


 両軍はマレピス近郊で激突した。いざ野戦となればやはりランバルト軍の重装歩兵(ホプリタイ)の破壊力は凄まじく、最早そこには一か八かも存在せず、コルウス族の狂戦士までが加わって状況は一方的な虐殺へと忽ちに変わった。

 マレピスでの戦いはランバルト軍の快勝に終わり、敗れたバルアルサ軍は算を乱して潰走した。


 メノンは本拠バラスまで何とか逃げ延びることが出来た。だが、這々の体で現れた領主をバラス住民は捕らえてしまった。彼らはメノンを生贄に恩赦を引き出そうとしたのであった。

 だが、追い詰められて主を売ろうとした者が受け入れられる事は歴史上でも稀である。まして売りつける対象が慈悲深く寛大ならともかく、冷酷非情なランバルトが相手では上手くいくはずが無かった。

 ランバルトはグリンホードでは選んで殺していたが、バラスでは全ての住民を粛清と虐殺の対象とした。メノンを含むバルアルサ家の者達もバラスの住民と同じく剣に掛けられた。粛清されたのは住民だけでなく、市そのものも対象で、ありとあらゆる建築物が破壊され、街に火が掛けられた。

 都市バラスは同胞の手によって死体と瓦礫の山へと化した。市内の財貨は尽く収奪され、兵達の士気を高めるために配布された。



挿絵(By みてみん)


 5月、ランバルトは反乱者の最後の拠点オークニオンへと向った。

 グリンホードの粛清やバラスの破壊を知った住民は多くが逃亡しオークニオンはオークン家ら少数だけが留まった。街を包囲するランバルト軍にも何も出来ないオークン家だったが降伏は選択肢しなかった。彼らには助かるすべは最早無く、後は死ぬまで戦うだけだった。

 当主キュロクス自ら剣を取り戦ったが、決死の防戦も虚しくオークニオンは包囲されたその日の内に陥落した。

 オークン家とオークニオンもランバルトの怒りの嵐に蹂躙された。オークン家の者は尽く殺され、市は廃墟となった。



挿絵(By みてみん)


 メールの反乱は鎮圧され、一応の収束を見た。だが、その傷跡は大きかった。


 反乱者を討ち再度手中に収めたものの、メールの状況は以前とは様変わりしてしまった。街を住民ごと消滅させてしまうという主君の余りに苛烈な仕打ちに身分の上下を問わずメール人は震え上がり、同時に同胞を顧みないやり方に主を憎むようになった。

 ランバルトは彼自身の行為によってメール人の支持を事実上失ってしまった。


 その事はランバルトも理解していた。やり過ぎたとは微塵も考えてはいないが、何かしらの"飴"は必要だろうと考えていた。

 粛清で消滅した領主や勇士(ミリテス)の空席に平民を取り立てたのも"飴"の一環である。指揮下で戦った兵士達にも多くの戦利品を分配していた。

 更に反乱に加わらなかった貴族に対しても領地や財物の譲渡を積極的に行い、引き立ていた。特に反乱軍に激しく抵抗したシュタイン家とザーレディン家は大きくその地位を向上させた。

 シュタイン家の当主オーレンには征服したスレインの権益を認めており、後にはモアやアイセンへの進出も黙認した。また同じくシュタイン家のコロッリオを古参のネフノスと共にメールの代理統治者に任命している。これはポルトスが就いていた立場であり、若輩のコロッリオに本来与えられる職責ではない。

 ザーレディン家に対しては次期当主テオバリドのライトリム侵攻時の失敗を許し、更にはメール歩兵隊総隊長の地位に付けた。同家のテレックも編成した艦隊指揮官に任命して地位を引き上げさせている。

 他のメール人からの支持喪失を補填しようとした両家への"飴"は今後も続き、最終的には"(プリンケプス)"任命まで発展していくこととなる。


 無論、ある家臣の勢力が一方的に強くなる事は主君として好ましくはない。加えてランバルトの場合は懐柔しようとしているシュタイン家・ザーレディン家も自身が支持されているとはいえないメール人であり、本来は余計に好ましくなかった。

 この様な場合、主君の地位を維持するには他の家臣の力を後押しして対抗馬とする方法がある。そこでランバルトは現状で自身に最も忠実且つ最も巨大な勢力を引き入れる事を決めた。

 ランバルトはリンガル公ジュエスに妹サーラを嫁がせ、プロキオン家の力を取り込もうと図ったのだった。

 ジュエスを身内とすることでアルサ家と家臣団との勢力均衡を図ろうと考えたのだ。プロキオン家を取り込む事が出来ればメール勢を顧みる必要性は大きく低下し、再度独裁の剣を振るう事が出来る。

 また単純に信頼出来る兵力という点でもリンガル勢は重要だった。ランバルトの覇業をこれまで支えていたメール人の重装歩兵も補充は底を尽き、手元にある兵どもすら今や完全には信用出来ない存在となった。新たにハルト人を集めて訓練してはいるが早々には使い物になることはない。精強で忠誠を期待でき兵数も確保できるリンガル軍の存在は大きくなる一方だった。

 ジュエスとサーラの仲を認めていたのは元々政略結婚として利用する意図があった為、寧ろプロキオン家との婚姻は既定路線と言えた。ランバルトはメールから帰還する以前から早くも王都へ向けて妹の婚姻に関する手紙を送っている。

 

 だが、ランバルトは幾つも事象を目の当たりにしていながら、時に感情が歴史を左右すると言う事実を認識していなかった。

 人の感情はありとあらゆる理由で燃え上がる。それは恐れの為かもしれないし、怒りや悲しみ、憎しみ、妬み、そして愛の為かもしれなかった。

 燃え上がった感情は猛烈な嵐となって何もかもを巻き込んでいくのだ。

 

 そして、この事は後に大いなる禍となって彼に振りかかっていくのであった。

 お読み下さり本当に有難う御座います。

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