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ディリオン群雄伝~王国の興亡~ (修正版)  作者: Rima
第一部 第二章『再生』
18/46

『狂人の理屈』

 新暦661年8月末、ディリオン軍はフィステルスを放棄し、北へ退却した。

 ランバルトは撤退の際にフィステルスの物資を敵軍に渡さない為に焼き払う事を指示したが、当然反対する住民と衝突した。

 時間のないランバルトは住民の抗議に一々対応せず、抗議する住民に軍隊を差し向けて弾圧した。

 ランバルトは住民の消え去ったフィステルスを物資ごと焼き、北へと退いた。この事件は支配者ランバルトの暴君としての顔を世間に知らしめた。更に敗北がより際立ってしまい、後方へ錯綜した情報が流れる事となった。

 その中でも最も衝撃的な内容となったのがランバルト戦死の誤報であった。

 時の権力者の死という報を耳にした者達の中には軽挙妄動に至った者も幾人かおり、後に問題を引き起こす事となった。


 フィステルスから退却したディリオン軍は最終的に王都ユニオンまで後退した。途上には攻防に耐えられるだけの城塞が無かった訳では無いが、セファロスの力量を強く警戒し、最も強固なユニオンでの防衛を選んだ。

 ランバルトは途上の各市・城塞から強制的に物資と兵員を徴発した上で、残留者には防衛を命令した。

 戦力を奪っておきながら防衛を命令するなど、残留者にとっては単なる玉砕以外の何者でもない。その事はランバルト自身も分かっていた。

 しかし、セファロスに手も足も出ずに敗北したという事実は彼の精神を揺さぶり、これらの法外な命令を下させていた。ランバルトは生まれて初めて敗北感を味合わされていたのだった。


 新暦661年10月、メガリス軍の追撃がどういう訳か再び行われず、ディリオン軍は想定外に時間を掛けながらユニオンへ退却することに成功した。

 その分、徴発した物資と兵員の数は多く、頭数ではフィステルスでの損失分を埋め合わせる事が出来ていた。

 王都で出迎えた人々にも敗北は衝撃だった。再び戦火が王都近くまで及ぶだろう事、ランバルトの冷酷で容赦の無い方策に人々の心には暗雲が立ち込め始めていた。




 そして悪い出来事は重なるもので王都で態勢の立て直しと治安の引き締めを図るランバルトの下へ各方面から幾つも凶報が舞い込んでいた。

 危機の糸は複雑に絡まり合い、益々混迷を極めていく。若き貴族は絡まる糸の中心へと置かれていくのであった―――





 ◆ ◆ ◆ 


【新暦661年10月 王都ユニオン リンガル公ジュエス】




 王都ユニオン。

 昼間は戦場もかくやの賑わいを見せるこの都市も夜の帷が降りれば、曲がりなりにも平穏が訪れる。同時に人々は公私共に夜の営みへと切り替えていく。


 現在の宮殿地区(アッレア・パトリキ)諸侯同盟(アリストクラティオン)の占領期からの再建によりロラン王家の宮殿だけでなく大貴族の邸宅も建てられていた。

 ライトリム公リカント家(現在はコーア公が所有)、メール公アルサ家、クラウリム公クライン家、そしてリンガル公プロキオン家の邸宅もまた建設されている。


 プロキオン家邸宅の一室、公の寝室。

部屋の中央に置かれた良質の寝台の上には、二人の男女が寝そべっている。

 ハルト地方の気候では夜も暖かく、開け放たれた窓から時折吹き込む夜風が心地好かった。


「何時も夢みたいだ。例え様もない幸せに包まれて、朝になってやっと現実だったと気付くんだ」


 男――邸宅の主であるジュエスは情熱の籠った声で言う。嘘偽りの無い本心だからだ。


「夢なんかよりずっと素晴らしいでしょう? 貴方しか見ることの出来ない現実なんだから」


 女――サーラは黄金の髪も艶やかに、絶世の美貌は夜の月明かりで一層増し、美と愛の女神が顕現したかのようだった。


 ――この美しさ、この輝きが僕の為だけ向けられている。これに勝る幸福がこの世の何処にあろうか?――


 ジュエスは王都へ帰還したその日に思いの丈をサーラへと打ち明けた。彼の本心からの愛を語り、以後の人生全てを捧げると誓ったのだった。彼の心の中には他の者への愛は既に存在していなかった。

 サーラは以前から好意を抱いていたジュエスの慕情を受け入れ、彼女もまた愛し共に生きる事を誓っていた。

 それからと言うもの、ランバルトの黙認もあってジュエスとサーラは隠すことも無く夜ごと続けていた。ただ二人にとっては愛さえ満たされればそれで良かったのだった。


「なぁに? じっと見ちゃって」


 ジュエスはじっとサーラの目を見つめた。サーラのはにかんだ笑顔は心を鷲掴みにする。

 彼女の青い瞳は天空のように澄み、月夜の光が僅かに反射して星のように煌めいていた。


「綺麗だ……」


 無意識の内にジュエスは呟いていた。初めて彼女の目を見て以来、ずっと魅了され続けている。


「本当?」

「ああ。サーラ、君の美しさは言葉に言い表せないよ…君の瞳にはその全てが詰まってる」

「ふふっ、ありがと。でも見てるのは外見だけなの?」

「い、いや、そうじゃないんだ。君の瞳も美貌も素晴らしいけど、それ以上に君の輝かしさが――」


 悪戯っぽく笑ったサーラにジュエスは普段の勇姿も何処えやらおたおたと言葉を継ぎ慌ててしまっていた。


「冗談よ。慌てちゃって可愛いんだから」


 可愛いと言われたジュエスは柄にもなく耳まで顔を赤く染めていた。自分でも戸惑う程にサーラの前では感情を曝け出していた。


 ――僕の一生の中にこんな場面を迎える時が来るなんて思いもよらなかったなぁ。なってみなければ分からないものだ……――


「私もね、貴方の目が好き。心を射抜くような目、ずっと遠くまで見据えてるその目が大好きよ。お兄様とそっくりの目……」


 "お兄様"を引き合いに出された時ジュエスの心には嫉妬の炎がざわめいた。ランバルトに限らず、他の男が彼女の心の中に幾ばくかの場所を占めている事が嫌だった。

 サーラはふいっと視線をずらすと顔に哀しげな色を刺した。


「…私はお兄様が好きだった……でも、お兄様は見てくれなかったの。あの目で私を見てくれなかった。何をしても、ね」

「……」

「お兄様はあの目で違うものをずっと見てる…歴史の女神様を見てるのよ……」


 視線を戻したサーラは再び目に"女"を宿らせている。


「でも貴方は、その目で私を見てくれる。私だけを……ずっとずっと……」


 サーラはジュエスの顔を優しく撫でながら恍惚とした声で言った。

 彼女の指が肌に触れる度に幸福の痺れが体を走る。


「ジュエス、今私がお兄様の話をした時嫉妬したでしょ」


 悪戯っぽくも妖艶な笑みを見せたサーラがぐっと顔を近づけて来る。図星を突かれ、近くまで寄られてジュエスはどぎまぎさせられた。


「あ、いや、それは……」

「ふふ、いいのよ。そういう所も好きだもの。でも貴方も他の女の事なんか考えちゃ駄目よ。行き遅れの女王陛下とか年増の太后の事とかね」


「もう君のことしか見えないし、見たくないよ。サーラ、君だけが欲しい」

「私の為なら何でも、自分の命だって捨てられるでしょ? そういうの、堪らないわよねぇ……私も貴方の為なら、何でも捨てられる。貴方の為なら死んでもいいわ」


 ――死んでもいい? 駄目だ!――


「それは駄目だ! 君が死ぬなんて絶対に駄目だ! 僕は絶対に君を死なせない!」


 サーラと死が結びつく言葉を聞いてジュエスは反射的に答えていた。


「貴方の気持ちは凄く嬉しいわ。でもね、自分だけ相手に全てを捧げようなんて狡いわよ? 私だって貴方に全部……身も心も全部あげたいもの」


 サーラは嬉しそうにした。


「ねぇ、貴方はお兄様をずっと見たくて付いて来たんでしょうけれど、今ならお兄様と私だったら私を取るわよね。私もお兄様より貴方を取るわ」

「うん。ランバルト公より君を選ぶよ」

 

 ジュエスは即答した。ランバルトにも十分に魅力はあるが、サーラとは比較対象にさえならない。


「分かってると思うけど、お兄様には言っちゃ駄目よ。お兄様は意図に沿わずに動く者は許さないんだもの。特に裏切り者はね。お兄様は歴史っていう極上の女を力づくで組み伏せ、従わせ、自分のものにしたがってるのよ。だから邪魔する奴は皆横から掻っ攫おうとする盗人で恋敵なのよ」


「歴史か……僕はランバルト公が歴史を自分の手で動かそうと本気で思っているのを見て、彼がどこ迄やれるのか興味があった。だからランバルト公に手を貸したんだ。彼の目にはそう信じさせる力があった」

「そうね……分かるわ」

「でも、今のランバルト公には前ほど目に力がないように感じられるんだ……」

「きっと振られたのよ。恋い焦がれてる"女"にね」


 皮肉を言うサーラの瞳には兄ランバルトの諧謔さに似た面影があった。


「また盛り返してくれるならいいんだが……」

「そうね、そうなってくれないと面白くないわよねぇ」


 ジュエスとサーラは暫くの間、睦み合った。至福の時間だった。

 その時、不意に部屋の扉が叩かれた。扉の向こうからはプロキオン家に仕える老執事の声が聞こえてきた。


「旦那様、御嬢様、申し訳御座いません」

「何の用だ?」


 ジュエスは露骨に嫌そうな声で返した。家臣に罪はないが、サーラとの蜜時を邪魔した事に変わりは無い。


「コーア公がおいでになっております。火急の用件なので直ちに取次を、と申しておりまして……」


 フレオンの名を聞いたサーラの顔が曇る。


「私、彼のこと嫌いだわ。陰険で胡散臭いから。パウルスってよく似た男と一緒に居たりするけど、二人共何考えてるか分かったもんじゃないわ。」


 ――フレオンは僕も嫌いだから分かるけど、ウッド家のパウルス? 妙な組み合わせだな――


「……そうは言っても、フレオン公がわざわざ呼びに来るなんて余程の事態ね」

「うん、流石に行かなくちゃあいけないな……ごめん、サーラ」

「いいのよ。気を付けてね」


 もう一度サーラに口付けしたジュエスは寝台から出て、長外衣を着るとフレオンを出迎えに向った。

 一時足りとも無駄にしたくないサーラとの時間を潰されたことにジュエスは怒りを覚えていた。


 ――僕と彼女の時を邪魔するとは……重要な用件でもなければ承知出来ないぞ――


 ◇ ◇


 応接の間に通されていたフレオンはいつも通り茫洋とした印象に残らない風体で佇んでいた。質素な外長衣は大貴族たる公の立場には相応しくなく、平民にすら見えた。


「ジュエス公、夜分に邪魔して申し訳なかったな」


 ――全くだ。良く分かってるじゃないか――


「何の用件かな、フレオン殿」

「用があるのは私ではないのだ。宰相閣下がお呼びでな」

「ランバルト公が? 急な召集は何時もの事だが、何故フレオン殿がわざわざ呼びに?」


 ジュエスは訝しみながら尋ねた。必要があるならば伝令をよこせばいいだけの話だ。


 ――それにフレオンが先に連絡を受けているというのが気に入らないな――


「それは唯の好奇心だ」

「……は?」

「ジュエス公の"夜の会議"を見ようと思っただけだ。折角伝令を口実に来れるのだからな」

「……ランバルト公にそう申し出たのか?」

「ああ、そうだ」


 ジュエスはこの中年男に対して強い敵意を覚えた。隠している訳ではないとはいえ、内々の事情を探られて気分の良くなる者などいない。

 しかし、一方で茫洋とした顔で他者の秘密を貪欲に掴みに行こうとする態度に少なからぬ恐怖も覚えていた。


 ――此奴はこんな調子で他人の懐に踏み込む厚顔さと度胸があるから謀を弄べるのだろうな。サーラが嫌がるのも無理は無い……――


「……そうか。それじゃあ期待外れになって残念だったな」

「いや、そうでもない」


 フレオンは非常に小さく、気付くことも困難な程に薄く笑った。

 何を見ての笑顔なのか、何を考えての表情なのかジュエスには判断が付かなかったが、薄気味の悪さだけが感じられた。


「それではジュエス公、閣下の御下へ伺うとしようか」



 ◇ ◇



 フレオンに伴われジュエスはランバルトの下に向かったが、赴いた先は彼の予想とは違っていた。


 宰相プレフェクトス・スペリオルの執務室は王宮の内部にある。王の代理として国政を担う最上級者なのだから当然だった。

 ところが今ジュエスらがいるのはアルサ家の邸宅内、つまりメール公の執務室であった。


 ――国政に関する話じゃないと言うことか? それとも、もう区別を付ける必要も無いって意味か? フレオンを使いに寄越した理由は以外と面倒な絡みか方をしているかもしれないな――


 執務室の中に入ったジュエスとフレオンを待っていたランバルトは至って冷静で澄ました顔だった。

 だが、手に握られぐしゃぐしゃになった粗葦紙が彼の真意を示していた。


「遅くなら申し訳御座いません、閣下」

「構わん。掛けろ」


 形通りに謝辞するジュエスと受けるランバルト。

 ジュエスが頭を下げた時、はらりと一筋の黄金の髪が床に落ちた。


「今夜も妹は君の家に厄介になっている様だな」

「……はい」

「別に何を気にする事がある? 喜びこそすれ不満に思う事などなにもあるまい。ただ、妹がプロキオンの邸宅に居て、君がアルサの邸宅にいるというだけだ」


 そう言ったランバルトの目には何時もの様な諧謔味が見てとれた……この時点では。

 ランバルトは手紙を差し出しながら続けた。


「だが、そんな事はどうでもよい。本題は"これら"だ」


 特に追及されもせず安心した半面、サーラに関する事をどうでもよいと言われて苛立ちを覚えた。

 そして、先程と同様の極々薄い笑みを浮かべたフレオンに一層強い苛立ちを感じていた。

 差し出された手紙はくしゃくしゃになっているが二枚あった。先ず一枚目を見たジュエスは思わず表情を苦らせた


「ハウゼン公が亡くなった?」

「そうだ。残念ながらな。報告書には病死と書いてある」


 書状にはクラウリム公ハウゼンの死に関する報告が記載されていた。

 ハウゼンはスレイン方面軍を率いてフレデール勢と戦ってあり、戦略・政略上の優越と彼個人の力量によって戦いは優位に進んでいた。

 しかし、スレイン地方の主要都市の一つアルマを陥落させた折に軍を疫病が襲った。

 ハウゼン公は病に倒れた兵達を見舞い、同じく病に罹りそのまま死去したとの事であった。

 現在スレイン方面軍は副将のダロス、ガーランド、アルメックが指揮をとっているが突然の司令官の死で困惑し、疫病も重なって十分な身動きが取れないとも報告されていた。


 ――結局、苦労して引き摺り込んだ割には大して役に立たなかったな。もう少し働いてくれると思ったんだが。僕の知らない働きをしてたとしても、それはそれで意味が無いしな。ハウゼンが死んで動きが取れないと書いてあるが、要するに司令官席争いをしていて互いに足を引っ張っているという処だろう。だが、注意すべきはそっちじゃないな――


「病死と書いてありますが、本当に病が原因ですか? スレイン公による暗殺の可能性は?」

「無くはない。しかし下手人も殺しの道具も見つからなかった。ハウゼン公にも抵抗した跡がない。毒の可能性もあるがハウゼン公は謀略も歴戦のお方だった。そうそう簡単には毒殺は出来ないだろう」


 応えたのはフレオンだった。謀略に関して彼の右に出る者は僅かしかいない。

 茫洋とした顔のフレオンを見たジュエスはサーラに言われた言葉を何と無しに思い出した。こいつは何を考えているか分かったものではない。


「フレオン公の口振りから察するに、まるで試した事があるかのようだな」

「ああ、試した」

「……はっきり言うな」

「隠すような事でもあるまい。まだ敵陣にいた頃の話だからな。ハウゼン公もランバルト公も君に対しても試した」

「首尾よく行かずに良かったと心底思っているよ」

「上位者の暗殺自体が至難の技だが、貴方がた三公の硬さはただ事では無かった。身元が割れずに済んだだけ幸運だった」


 相変わらず茫洋とした表情でフレオンは淡々と言った。


 ――やはりこいつは何を考えているか分からないし信用ならないな。隠さないから尚更だ――


 尤もフレオンの言が事実である保証はない。だが、奴ならあり得ると思える事自体が無視出来ない事象なのだ。


「ハウゼンの件は厄介だが、もう一つに比べればまだ小さな問題だ。此方は君にも少なからず関わってくる」


 そう言ってランバルトはもつ一通の手紙を読むよう促した。

 そちらの手紙にはハウゼンの死よりもずっと衝撃的な内容が記されていた。


「……メールで反乱? 事実ですか?」


 ――だからアルサ家の屋敷に呼んだのか。対処を決めるまでは公的な問題にしたくないわけだ――


「残念ながら事実だ。そこで聞きたいのだが、プロキオン家にはこの件に関する情報はあったか?」

「……いえ。有りませんでした」

「本当にか?」

「はい、その様な情報は一切御座いませんでした。我々の情報網に不備があった事は謝罪せねばなりません」


 詰問口調のランバルトにジュエスは居心地の悪さを覚えた。

 隣国であるリンガルが何故情報を掴んでいなかったのかと言いたいのか。


「いや、謝罪の必要はない。寧ろ知っていた方が問題だった。言いたくは無いが我々アルサ家も反乱の情報は掴んでいなかったのだ。この件はフレオンが彼の情報源から寄越してきた」


 ランバルトの瞳からは諧謔さがすっかり消え失せ、大きな怒りを微かに不安げな光が彩っていた。

 今になって気付いたがランバルトのフレオンに対する視線には気味の悪いもの見るような感触が含まれていた。

 ランバルトの言葉を受けてフレオンが再び話始めた。


「勘違いしないで頂きたいが密偵として送りこんでいたのではない。商業上の代理人から得た情報なのだ」


 フレオンは全く信用出来ない前置きをした。


「メールでの反乱は計画的なものではなく、突発的な事件だ。ジュエス公も聞いただろうがランバルト公が戦死したという誤報が流れた際に確認もせず信じた連中が反乱を企てたらしいのだ」

「事実なら軽卒なこと極まり無いが、誰かに煽動されたのではないのか」

「否定は出来ない。しかし確証もない。」

「幾らなんでも情報が伝わるや急に反乱を起こすとは考えにくい。此方には録な情報が伝わっていないことからも怪しむべきだろう」


 話の間中、ランバルトは澄ました顔の下に苦り切った表情を張り付けさせていた。


「反乱は計画的なものではないが、反逆の気風自体は以前からのものだ。反乱の首謀者である叔父のポルトスは前々から私の命令に従順でないことがあった。不相応にも叱責を不服に感じ今回の暴挙に出たのだろう」


 ランバルトが怒りも露わに吐き捨てた。


 ――"躾"は厳しいだけでは駄目だからな。時には甘くしてやることも必要なのだがな――


 ランバルトの独裁ぶりは昔から強烈だった。国王軍(ドミニオン)の司令官でいた時もそうだったが、

 やはりというべきかメールでも大した独裁者だったようだ。


「メールは早急に取り戻さなければならない。今はまだメール全域が反乱者の手に落ちた訳ではないがそれも時間の問題だ。私自身が鎮圧に向かうつもりだ」


 ランバルトにとってメール地方の離反は大きな打撃だ。ましてメガリス軍に敗れたばかりの今では尚更だ。一手処置を誤れば致命的となる。

 ジュエスにとっても隣国の反乱は領国リンガルに危機をもたらしかねない。今のジュエスにはリンガル人がどうなろうと関係なかったがサーラを守る武器が減るのは好ましくなかった。


「閣下御自身が向かわれる事に否やはありませんが……"奴"をどうします?」


 メールの反乱を鎮圧するにしてもハウゼン公の死に対するにしても、先ず、何よりも先ず処さねばならない相手がいる。


「……セファロスに関しては考えがある。フレオン」

「はい、閣下。ジュエス公、私は以前からメガリス宮廷に工作員を送り込んでいた。加えて、少なからぬ賄賂もだ」

「以前とは何時からだ、フレオン公?」

「細々とした投入はユニオンに来る前からだが、大規模に行ったのは先のフィステルスの戦いの少し前辺りからだ」

「……そうか、準備がいいな」


 ジュエスは心の中で舌打ちした。


 ――つまり僕が負けた時には見切りをつけていた訳か。苛つかせてくれるな――


「大分苦労したが、お陰でメガリスのサリアン王に讒言を伝えられる程度には近づく事が出来た」

「王に? 本当にか?」


 悔しいがこの短期間で王にまで接触するとは信じ難い工作能力と言えた。

 流石に謀略ではフレオンには舌を巻かされる。


「讒言を吹き込み、王とセファロスの対立を煽る。対立自体は既に有って久しい。王に接触さえできれば難しくは無い筈だ」


 説明を終えたフレオンにランバルトが続いた。


「今フレオンが言った様にセファロスには謀略を以て対する。認めたくないが、セファロスには戦場では勝てん」


 ランバルトは静かに、しかしはっきりと言った。


「どう思うか、ジュエス」

「そうですね、セファロスと戦場で相対するのが賢明ではないとは私も思います。それに、閣下も御承知の通り、セファロスの目的は"戦う"事です。メガリス王を動かしてセファロスから"戦い"を奪わせようとさせられれば……奪われまいとして差し当たりの矛先を逸らす事は十分考えられます」


 セファロスは"戦い"のみに生きる獣だ。

 奴の考えは決して読めないが、獲物を盗られそうになった時の行動は分かる。

 セファロスと剣を交え、刃を突き立てられそうになった経験があればこそだ。

 セファロスとの戦いを経験したランバルトも意見は同じくしているようで、ジュエスの言葉に頷いた。


「狂人には狂人の理屈がある。この際、利用出来るものは全て利用させて貰おう。裏切り者が反乱を煽動したというのならその手を我々が使わない理由はない」


 ――全くだな。但し、考慮しなきゃならない狂人の理屈は敵側だけでなく此方側にも存在するがな――


 ランバルトは言葉を続けた。


「メガリス軍の動きを確実に止める為にライトリム地方の反乱を煽動する。セファロスか或いは残ったメガリス軍が反乱を叩き潰しに掛かればライトリムは焦土になるだろう。だが……」

「やむを得ないでしょうな」

「やむを得ないですね」


 ジュエスとフレオンの声は期せずして揃った。各々の想いは別だろうが、結論は一緒だった。

 望みのためなら誰が犠牲になろうとどうでも良かった。


「うむ、当面の結論は出たな。裏切り者と敵には決然と対処しなくてはならん」


 ランバルトの瞳には諧謔さが感じられなかった。目には人の心を見透かす光は無く、単なる憤怒と憎悪で満たされていた。


 ――それにしても、ここに来て随分手ひどく"振られた"な――


 何処と無く影の小さくなったランバルトを見てジュエスは思った。

 組伏せようとした"女"にひっぱたかれ、脛まで蹴られたようなものだ。

 普通は脈無しと諦めるだろうが……


 ――ここから一体どう持ち返すのか、まだ特等席で見物する価値はあるかな――


 ジュエスはランバルトを見つめた。そして彼に面影の似た彼女を。


 ――サーラに関わらない限りは、だが――



 ◆ ◆ ◆

 お読み下さり本当に有難う御座います。

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