生き方を求めて 4
目当てのムービーは思いのほか早く見つかった。
「どうやらこれのようっすね」
「あ、うん」
「どうかしたんすか?」
「いや、やっぱ見なきゃだめだよね」
動画再生を渋る猛人に、耕史は不思議そうな顔を向けた。
この手のフィクションムービーなら何度も見た事があった。しかし、本物となれば話は別だ。
人間が無残に殺される様を見たい人なんて、よほど頭がぶっ飛んだ者だろう。
猛人は動画のアイコン横に表示されている観覧数に目をやった。
100万を超えそうだった。
怖いもの見たさなのだろうか。
彼には不思議で仕方が無かった。
それ程スリルを求めたいなら、夜にジャンクの居そうな場所をうろつけば、リアルな恐怖を味わえるだろうに、と。
「いつまでそうしてんだ?」
少し離れた所で、つまらなそうに空を見上げていた栞生が言った。
「わかってる。今見るから!」
「別に、あんたは見たくないなら見なきゃいいんじゃない?」
言いながら、猛人に近づいた彼女は、彼の手から端末を取り上げた。
「ちょっと、なにすんだよ」
「あんたにはキツいだろ」
彼女の言葉は、気遣いというより、呆れに近かった。
「タケトさん、何か問題でもあるんすか?」
目を点にして耕史が訊いた。
「ああ、こいつグロいの苦手なんだよ」
「あ、はあ。でも殺されてんのは人間っすよね?」
「こいつは本当に変わり者なんだよ」
「人間愛護ってやつっすか」
「あ、まあそんなようなもんだ」
二人の会話を聞いて、猛人は奥歯を強くこすった。
ジャンクにとって人間とは何なのか、問い質したかった。
「まあ、そんじゃ再生ぽちっとな」
栞生は軽い調子でホログラムを弄った。
映像が映し出される。
猛人以外の二人はそれを注視した。
ごうごう、かんかん。
そんな音が映像から聞こえてきた。
妙に恐怖心を煽る音色だと猛人は思った。
「栞生、音量さげてよ」
「あ? どうせ、あたし達しか居ないからいいじゃん。おっ」
猛人は映像を見ないように、目を見開いた彼女に視線を移した。
映像に進展があったのだろうか。
聞こえる音に変化ない。
「どうなった?」
「気になるなら見ればいいじゃん。それに、智樹を助けるんじゃなかったのか?」
言われて、そうだ、と彼は思った。
ここで渋っていたせいで、何かを見落とし、結果智樹に何かあったら。
猛人は決心して栞生に寄ると、映像に目を向けた。
天井に沿った壁から、やや見下ろすかたちのアングルだった。
そこは警告灯のような、赤いあかりが灯る、薄暗い部屋。
見える限りに窓はなく、部屋の左奥には、格子状の奥で換気扇がまわっている。
中央にあるベッドが標準サイズとするなら、部屋の広さは6畳半というところか、と猛人は予想した。
「ずっとこの映像?」
「ああ、誰も寝てないベッドと部屋の映像が、もう5分、いや6分超えたな」
猛人は注意深く観察した。
7分を超えたあたりで、やっと進展があった。
黒い覆面、首から下も黒いコートで覆われた3人が画面の切れ間から現れたのだ。
そして、彼らは枕側に1人、ベッドの両脇に1人ずつ立つと、動きを止めた。
それから少しして、目隠しされた14、5歳の少女が、黒いコート同様、画面の切れ間から現れた。
少女の脇には、覆面をしたスーツ姿の男性が連れ添うようにいる。
男性は促すようにベッドを指さした。
すると少女がベッドに横たわる。
抵抗するどころか、声すら発しない所をみると、薬でも盛られてのだろうか。
猛人は眉をひそめる。
少女が横たわって数十秒が過ぎた。
その間、室内の5人は微動だにしなかった。
そして、一分が過ぎた時だった。
枕側に立っていた黒コートが、少女の頭部を無造作に叩き潰したのだ。
猛人は思わず顔を背けた。
しかし、ここで目を背けては大事な何かを見落とすかもしれない。
彼は、再び映像に視線を戻した。
ベッドの両脇に控えている黒コートが少女の腕を引きちぎっている所だった。
頭部を潰された時点で即死したのだろう。
その逆悪な行為に、一寸も抵抗する様子がない。
ベッドと画面の切れ間のあいだに立っていた、覆面スーツの男が突然こちらを見た。
振り返り黒いコートへ向くと、再度カメラに向いた。
ゆっくりと、こちらを覗き込むように歩いてくる。
そして、突然画面が黒一色になった。
再生時間は残り数秒。
映像は、その状態のまま終わりを迎えた。
「意外とあっさり殺してたな」
栞生は拍子抜けしたとでも言わんばかりに頭をふった。
「そうっすね。やられた子もこれといって抵抗する様子もなかったですし」
「おい、あんたはどう思った?」
栞生に尋ねられ、猛人は口元に手を当てた。
「色々気づく事はあったけど、智樹くんと関係あるかまではちょっと……」
「何か気づいたんすか?」
耕史は首を傾げた。
「あ、全然大したことじゃないよ。見たまんまだけど、単独犯ではない、とか」
「んだよ、そんだけかよ」
栞生が空を仰ぐ。
「いや、他にもあるよ。恐らく連中は、普通の人間じゃない」
「なんでっすか?」
「人間の頭蓋骨って、結構丈夫なんだよ。ただの人が、ああやって素手で叩き潰すのは無理だと思う」
「へー、人間が丈夫ってのは考えた事なかったっすね。じゃあ、奴らはジャンクって事っすか?」
「それは断定できないかな。ボーグやPSIの可能性もあるからね。ただ、ボーグだったとしたら、一般使用される義手や人工骨格の類じゃないのは確かだ」
「そうなんすか?」
「え、ああ。警察機構やMOAのボーグ技術と医療や一般のものは完全に差別化されているから」
「タケトさん、人間の事やたら詳しいっすね」
「う、うん」
栞生の視線を感じ、猛人は首を横に振る。
何故か、元人間だから、とは言えなかった。
隠すつもりではない。ただ、言わないほうがいい気がした。
そんな彼の意思が伝わったのか、彼女は何も言わなかった。
「あと、この映像撮ったのは連中ではないね」
栞生が言った。
猛人が頷く。
「そうだね。スーツ男のリアクションが不自然だった」
「言われてみれば。どうやって撮ったんすかね。何も無いところなのに」
「そりゃ、カメラだろ。誰かしかけたんじゃねのか?」
訊ねて直ぐに、彼女はハッとした顔で言葉を続ける。
「あっ、あとさ、奴らがジャンクってのはありえねえよ。こんな映像ながしたら、直ぐにMOAが動くぜ? いや、もう捜査にとりかかってるかもしれねぇ」
「だね。もしも、智樹くんがこの連中と関わっているなら、MOAと接触する可能性も……」
「耕史、お前はもうこの辺にしとけ」
「何でっすか栞生さん」
「だからMOAとニアミスするかもって言ってんだろ」
「一度関わったからには俺、最後まで手伝いますよ」
「いいよ、耕史君にも手伝ってもらおう」
「タケトさんっ、ありがとうございます」
栞生は、まったく、とブウたれると、猛人に端末を返した。
受け取った彼は、直ぐにムービーの投稿者を確認した。
名前は『unknown 』
それは文字通りの投稿者だった。
名を指で何度も弾くが、ホログラムは微動だにしない。
彼、または彼女なのか。とにかくunknown という投稿者の情報を見ようにも、見れないのだ。
他の投稿者の情報を参照可能なところ見ると、端末の故障ではない。
投稿サイト内の検索機能を使い、この投稿者を検索してみても結果は、いま見たスナッフムービーだけだった。
猛人は眉をひそめた。
そもそも、この手の動画は直ぐに削除されるはず、と。
「投稿日時は1週間前か……」
観覧数から考えても、サイトの運営側が見過ごしているとは考えづらい。
「どした」 ホログラムと向き合う猛人に栞生が声をかけた。
「ん。ねえ、智樹くんが拐われたのっていつだっけ?」
「あ? うーん、確か10日前くらいじゃなかったか?」
「なるほど。誤差は3日」
猛人は俯き、次に空を仰いだ。
黒鵜時臣は第3トウキョウ1区にあるMOA第3トウキョウ支部局に来ていた。
高さ120mの巨大な円柱ビル。それを覆うように建てられた高さ3mはある炭化タングステン製の塀。そこから200m圏の飛行禁止。
ビルの設計も、他の建築物とは一線をかくす素材と人材により建てられた、砦である。
黒鵜にとってMOA自体は古巣だが、ここは新居であった。
ゲートでパスを見せ本部敷地を直進。そのまま本部入口に向かった。
入口である自動ドアを通り、黒鵜は足を止めた。
「黒鵜二尉、お勤めご苦労」
「いえいえ。わざわざお出迎えありがとうございます。三佐殿」
6区から8区の責任者である名越晃嗣が、彼に声をかけたからだった。
「噂には聞いてましたが、第3トウキョウでは前いたところのように規則違反はできませんよ。こちらにはこちらのルールがあるんですから」
はて、と黒鵜は内心で首を傾げた。
しかし直ぐに、名越の発言の意を悟った。
昨日、6区のBARでジャンクを1体処分した事についてだろう、と。
「しかしねぇ。目の前にジャンク犯罪者がいたら、処分するのが捜査官なのでは?」
黒鵜は口元を緩ませ訊いた。
「前も言ったが、担当区画外での監視対象の殺傷行為は規則違反だ」
「はて、前もいいましたが、あれはレベル1からレベル2に上がったんですよ。私に会った時点でね」
「それを決めるのは、その区画を担当している捜査官だ。貴方の担当は2区のはずだ。そんなだから、尉官どまりなんですよ黒鵜“さん”」
「いやぁ、名越“くん”と違って出世に興味がなくてね」
「なっ。この世界、上にあがらなくてどうするんです」
「それも大事なことだけど、どうしてもブランドのスーツには興味がわかなくて」
名越は黒鵜の視線を追って、自身の格好を一瞥した。
そして、
「と、とにかく、もうすぐ定例会議だ! 遅れるな!」
言い残すと、林檎のような顔で去っていった。
それを見送った黒鵜は、スーツの襟を直した。
しかし何度やっても波打つ襟。
出世に興味はないが、スーツくらいマシな物に買い換えようか、と彼は内心笑った。
会議はMt9:00から。
黒鵜は自身のアンティーク並に古い、アナログの腕時計を見た。
現在Mt8:50。
彼はゆっくりした足取りで会議室に向かう。
その間、制服着用義務のある、等官以下の階級の職員が、訝しむように自分を見ている事に気づいた。
もしかしたら、訳も分からずに迷い込んだオッサン、とでも思われているのかもしれない。
黒鵜は、襟元につけたピンバッジタイプの階級章を確認する。
二尉を示す、黒円に銀の横棒が2本。通称、銀二のバッジがしっかりとつけられていた。
やはり見た目、というのもそれなりに重要なのかもしれない。
今日の帰り、スーツくらいは新しい物を買おうか。
考えているうちに、会議室についた。
中に入ると、直径20mはある銘木の円卓が目に付いた。
そして、其処には既に殆どの会議出席者が着席していた。
第3トウキョウの各区画の責任者や、第3トウキョウMOA技術開発局の各分野の責任者たち。
それらの視線が自分に集中するのを見て、黒鵜は「遅くなって申し訳ない」 と、空いた席に着席した。
「遅いですよ黒鵜二尉」
早速、注意を促された。
相手は向かいの席に座る名越だった。
「これで全員か?」
よく通る女性の声が訊ねた。
時計でいうと、黒鵜が7、彼女は12の位置にいた。
「守君がまだですが」
名越が答えた。
「守七雄一尉は欠席だ」
先ほどと同じ女性の、よく通る声が広い会議室に響いた。
「何故ですか?」
名越は食い気味に訊ねた。
「名越三佐、それを聞いてどうするんだ?」
女性の声に戒めるような厳しさがのった。
名越は黙るしかなかった。
そして、室内の明かりは消え、円卓の中心に球体のホログラムが現れた。
会議が始まったのだ。
その主な内容は各区画の現状報告だった。
発言者は、各席にある発言者用端末のボタンを押す。すると、円卓の中心にあるホログラムが、発言者の姿かたちをしたホログラムに切り替わるのだ。音声も拡声され、ホログラムから発せられる。
名越に発言の順番がまわった。
「6区から8区に関してはこれといった異常はありません。スパイクは現状目立った活動をしておらず、ハウンズもここ最近は大人しいですね。ただ、ジャンクは問題ないんですが、黒鵜時臣二尉が独断専行でこちらの縄張りを荒らすのは如何なものでしょうか?」
彼の視線を受けて、黒鵜も発言者用端末のボタンを押す。
名越の姿かたちをしたホログラムが二等分され、片方が黒鵜の姿となった。
「えー、テスト、テスト。独断専行は否定しませんが、6区に異常がいないというのはどういう事でしょう?」
「どういう事とは? 実際に現場を見ている部下たちからそう報告をうけている」
「ほう、では御自分の目で見て、耳で聞いたわけではないと?」
「そ、それがなにか? 区画責任者が現場にでる事の方が珍しいと思いますが?」
「まあ、確かに、久留須礼中将殿も現場には出ませんからね」
黒鵜の発言に、周りが「確かに」 「それはなしだろう」 などと小さな笑いが起きた。
すると、ホログラムが三等分され、その一つが顔立ちのはっきりした女性の姿に変化した。
「おいおい、黒鵜。わたしを巻き込むな」
それは、先ほどのよく通る女性の声だった。
彼女は続けて発言した。
「名越三佐が言いた事はわかった。黒鵜二尉には、わたしから後で注意しておく。それでいかがかな?」
「あ、いえ、そんな……はい」
彼は借りてきた猫のように改まって返事を返すと、それ以降沈黙した。
現状報告も順調に進み、黒鵜が発言するばんがまわってきた。
「では、改めて。2区ですが気になる点が一つありました」
「なんだ?」
すかさず久留須が訊ねた。
「ジャンクの動きが静かすぎます」
「あそこは元々ジャンクの活動が殆どない場所ですからねぇ。どちらかといえば、PSIやボーグのほうが厄介かと」
発言したのは9区担当の男性佐官だった。
「まあ、確かに。ただ、妙に失踪届けの受理が多くてですね」
「失踪? その詳細が不明なら警察の管轄だろう?」
久留須のホログラムが眉をひそめた。
「ええ。ただ少し気になったので報告を、と。あとは、これといってありません」
発言者用端末のボタンをはなし、黒鵜は一息ついた。
会議はその後も円滑に進み、久留須の締めの挨拶とともに終わった。
黒鵜が会議室をでようとすると、久留須に呼び止められた。
名越の件で注意をすると言っていたのを思い出し、彼は会議室に残った。
久留須と二人きりになった。
彼女の席はかわらないが、黒鵜はMt11:00の席付近に立っていた。
「まったく、お前は昔とちっとも変わらないな」
彼女はどこか嬉しそうに告げた。
「貴女はだいぶ変わりましたね。今や中将とは」
「昔、お前に教えられた通りにやっていたら、いつの間にか、な」
久留須は懐かしむように天井を仰いだ。
「それで、残らせたのは昔話をする為じゃないでしょう?」
「ああ」 彼女は顔の位置を戻すと、厳しい表情で、黒鵜を見た。そして、
「名越の言っていた件で、お前を罰に処さねばならん」
「そうですか。仕方がないですね。謹慎でも減給でもなんなりと」
「お前に通常の罰をかしてもこたえん事はよくわかっているよ。だから」
久留須はニヤリとした。
「お前には部下を二人つける事にする」
「は?」
呆けた声を出し、黒鵜は目を点にした。
単独行動を好む彼の盲点をついた罰だった。
「それで、その二人なんだが、もうすぐ来るはずだ」
彼女は恐らく、最初からこれが目的で自分を第3トウキョウによんだのだろう、と彼は確信した。
「私に教育係になれ、と?」
「まあ、簡単に言うとそういう事だ。お前を引っ張ってくるのは大変だったんだぞ?」
「私なんて教育係に不適切だと思いますがねぇ。イイお手本にはなれませんよ。むしろ名越三佐の方が適任では?」
「名越か。彼の実務能力は大したものだが、捜査官として、お前ほど信頼をおける奴は少ない。それに、わたしを捜査官として育てたのは誰だったか」
久留須は目を細めた。
それを見て黒鵜は、瞬時にその意図を悟った。
「意地の悪い……2人はPSI、ですか」
「いや、1人だけだ。もう1人は捜査官として実戦経験もある奴なんだが、少し問題があってな。まあ何より、」
「失礼します!!!」
途轍もなく大きな挨拶が、彼女の言葉を遮った。
声だけで木製の出入り口が撓ぎそうだ。
「は、入っていいぞ」
久留須は少し引き気味で促した。
現れたのは、二つ結びにした小柄な女性と、長身細身の青年だった。
「あの二人ですか?」
黒鵜は訊ねた。
2人共MOAの制服を着ている。
等官か、と彼は目を細めた。
2人に挨拶をするよう久留須が促すと、まず女性が口をひらいた。
「は、はい!!! 自分は木下このり二等官であります!!! その……尊敬する黒鵜時臣捜査官の元で働ける事を光栄に思っております!!!」
先ほどの挨拶はこの子か、と黒鵜は耳を弄りながら思った。
それから、本当に大丈夫なんだろうか、とも。
捜査官をしていれば、否応なくジャンクとの戦闘を経験する事となる。
自分が言えたことではないが、彼女はそんな自分と比べても、とても戦闘が行えるような見た目をしていない。
身長は150cmあるかないか。体格もそれ相応である。
童顔という事も相まって、学生服なら、それで通りそうな程だ。
黒鵜は眉をよせ、首を捻った。
それを見て、久留須がフォローをいれた。
「えー、彼女はこう見えても24歳で」
言ったところで木下が「え゛!」 と声を上げた。
「すまんすまん、歳はいいか。木下はこう見えて全身、人工骨格で体重200kgを超え」
木下の視線を受けて久留須は申し訳なさそうに言葉を切った。
「中将から聞くより、2人の公式資料があるとありがたいんですがねぇ」
黒鵜は頬をかく久留須に言った。
「ああ、あるある」
彼女は言いながら、MOA専用携帯端末をスーツの上着から出すと、彼に手渡した。
黒鵜はそこから浮かび上がるホログラムに目を通した。
「なるほど。で、次は君かな」 言いながら彼は長身細身の青年に目を向けた。
「うす。八千梁太郎。多分三尉。ヨロシク」
「この子が?」
黒鵜は久留須に目配せした。
彼女は小さく頷く。
黒鵜は再度青年に視線を戻した。
制服をだらしなく崩し、両耳にはスタッドピアス。
髪は、まっ金きんに染められた長坊主。
そんな、やんちゃな少年じみた装いに、黒鵜は首を傾げた。
そして、改めて八千の資料に目を通す。
その経歴の殆どが塗りつぶされている。
そんな中で目に付くPSI特待生という表記。
MOAが抱る捜査官候補生。その中でPSIの者は将来を有望され、それ専用の訓練施設に所属する。
そして、そんな中でも更に優秀な者は特待生として、捜査官になると同時に尉官となるのだ。
「実力は確かだ」
久留須が言った。
彼女が言うならそうなのだろう、と黒鵜も納得するしかなかった。
「それで、だ。お前たち3人には特別に頼みたい仕事がある」
「ほう」 黒鵜は面白くなさそうに呟いた。
そういう任務こそ1人でやりたいのだ、と。
「三人には通常通り、2区を担当してもらうが、同時に6区~8区も調べてもらいたい」
「そこは名越三佐の管轄では? また、やいや言われるのがオチですが」
「そうだ。表立ってやれば、な」
久留須はニヤリとした。
「秘密裏に、ですか」
黒鵜は口元をほころばせた。
「ひ、秘密の任務!!! 等官の自分が!?」
木下は驚きで声を上げた。
久留須は耳から手を離し、話を始めた。
「黒鵜、会議でお前が言っていた通り、2区の失踪事件はわたしも危惧していた。元々は6区~8区間で頻繁に起こっていた失踪事件が、そのまま2区で行われている。そんな感じがしてな」
「6区~8区間の失踪というと、ハウンズ関係ですねぇ」
黒鵜は顎を撫でる。
「ああ。だが最近はその活動をピタリとやめている。そして、それとほぼ同時に2区の失踪者が急増した。何らかの関係がある、とわたしはふんだわけだが……」
渋る彼女に黒鵜は小さく首を傾げた。
「どういう訳か2区の失踪者が増えたあたりからお前の前任者も行方不明なんだ」
「ほう、という事は内部の犯行、と? しかし、それなら内部監査局が動くのでは? 私たちがやるべき事は無いんじゃないですかねぇ」
「いや、それが……消えた前任者は内部監査局の者だ。うちの支部じゃ将官以上の者しか知らないがな」
「なるほど。内部に敵がいた場合、新たにそれらしき者が後任になっては、尻尾を隠す恐れがある。だから、私のような者を、ですか」
久留須は言葉にださず目で返事をした。
黒鵜はふう、と一息はいた。
昔から、彼女がこの目をする時は、テコでも動かないと知っていたからだった。




