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GUARDIAN  作者: 剴鴉
7/14

生き方を求めて 3

「くっそ、こういう事かよ!」

 最初にタクシーをおりた猛人が声を上げた。

「ま、そういうこっとー」

「お金出させてすいません」

 栞生は白い歯を見せ、耕史は申し訳なさそうに会釈をする。

「何で二人共、財布を持ってないんだよ!」

「まあ、いいじゃない。あんたBARで働いてんでしょ」

「そういう問題じゃないだろ!」

 猛人は軽くなった財布の中身を見ながら、新作のテクノウォッチに別れを告げる。

 彼の目の端で、停車スポットを示す、赤いサークルの点滅が消えた。

 そこに数十センチのところで浮かんでいたタクシーは、ゆっくりと上昇して、宙道スカイ・ロードを走る車両の波に混じって消えた。

「それにしても、タケトさん準備いいんっすね。あんな大金持ち歩いてるなんて」

 彼の眼差しを受けながら猛人は思う。

 確かに痛い出費だった。だが大金かと問われると、疑問符のつく額だ。

 ジャンクには普段から金銭を持ち歩くという習慣がないのかもしれない。

 おそらく、その必要がないのだ。

 欲しいモノがあれば力で奪い、追っ手がくれば素早く闇にまぎれる。

 言うのは容易いが、人間には至難の作業。これを当たり前にこなせるのだ。

 本気になった彼らは、どれほどの力を発揮するのだろうか。

 猛人は、前を歩いていく二人に目を向けた。

「なにしてんすかタケトさん! いきますよ!」

「ぼさぼさしてんなよ!」

「ああ、悪いっ」

 彼は返事をした。

 駆け足で二人による。

「ったく何してんだよ」

 栞生は呆れるように声をだした。

「なんでもないよ。それより、そのクラブってのは?」

「もうすぐっすよ」

 賑わっていた繁華街とは一転、こちらは人っ子一人おらず、静かなものだった。

「店も殆どしまってるね?」

「まだMtっすからね。Ntになると人間だらけになりますよ」

 耕史の目がぎらりと光った気がした。

「耕史、お前さいきん飯食えてるか?」

「何いってんすか? 食べてますよ。家の周りは活きのいいのが取れるんすから。今度二人にもご馳走しますよ!」

 彼は笑顔で言った。

「ならいい」 と、栞生は小さく息を吐いて、黙ってしまった。

 沈黙がながれ、それ程の道のりでは無いはずなのに、猛人には異様に長く感じた。

「ついたっす」

 耕史に促された方をみると、壁に面して取り付けられた光のないネオン看板あった。

「凄いな、まるで要塞じゃないか」

 猛人が思わず声を上げた。

「要塞? 普通の建物にみえるけど」 栞生が首をひねる。

 彼女が言うように、ぱっと見は光沢のない、灰がかった銀色の立方体にしか見えない。

「いや、この建物、全部炭化タングステンでコーティングされてる」

「なんだそりゃ」

「ボーグの素材にも使われる化合物だよ」

「高いのか?」

「え、んーそれほど高価なものじゃないけど、生産性がたかくて、コストのわりに性能がいいから、公的施設なんかでは結構みたりするけど。私営の、それも娯楽施設で建物全体をってのは初めてみたよ」

 彼女はへえ、と呟く。

 猛人は改めて外観を見た。

 入口らしき強化ガラス製の開き扉がある。

 ただ、透過率の低さから、中の様子を探るのは無理そうだった。

「それじゃ行くか!」

 栞生が意気込んだ。

 確かに、それしかなさそうだ。

 猛人は彼女の背を追った。

「あ、」

 ドアの前まできて、彼女はとぼけた声をあげた。

「どしたの?」

「ここって、夜からはじまるんじゃねえのか?」

「そうっす」

 耕史は答えながら前進し、ドアの前で止まる。

「でも、ハウンズのねぐらっすから、奴ら自体は中にいると思いますよ」

「こんな大々的にアジトかまえて、よくMOAに捕まらないよね」

 猛人はJ・キッズのアジトや、耕史の家を思い出しながら首を傾げた。

「まあ、普通の人間は、ジャンクがクラブしてるなんて思ってないっすからね。それに、奴らは伊藤組と協力関係にあるんす。伊藤組じたいは小さいっすけど、その“親”は何とかっていう有名な組らしくて。そこのトップどころは、MOAに資金提供してるとかって噂も。だから表立った事件でもない限りは、例えジャンクの巣でも、簡単には手を出せないんだと思います」

「けっ、人間どもに守られやがって。ジャンクの風上にもおけねぇ」

 栞生は歯噛みしながら言い放つ。

 彼女には常に不機嫌な印象があったが、今はそれに加え、嫌悪感の様なものも見て取れた。

「とにかく行くしかないっすね」

 耕史が口をへの字に縛る。

「カギかかってるんじゃ、」

 猛人は言いかけ、直ぐに言葉を切った。

 ドアは、その頑健な見た目をよそに、何の抵抗も見せず開いたのだ。

「何でカギをかけてないんだ」 

 彼は飲み込んだ言葉を言い換えた。

「そりゃ、ハウンズは一応武闘派でうってますからね。自信のあらわれじゃないっすか?」

「ただの勘違い野郎どもだよ」 栞生が中に入っていく。

 猛人と耕史は、顔を1回見合わせて彼女の背に続いた。

 中は薄暗かった。

 広めの通路が数m続き、左のみの曲がり角を誘導されるように進む。

 少しして、ひらけた場に出た。

 猛人は闇を払うように目を瞬かせた。

 正面一番奥にカウンター席がある。その曲線を描く長机の奥には、多種多様な酒情報がインプットされた、最新の量子機器。

 中央に物はない。大人数が激しく動いても余裕がありそうなスペースが確保されている。

 そして、左手にはDJのパフォーマンススペース。右手には二階へ続く階段があった。

 規模も様子も自身が働くBARとはスケールが違うと猛人は思った。

「誰もいないようだけど」

 猛人が見回しながら訊いた。

「いや、流石に表には居ないっすよ。奴らは“裏”でたまってるんじゃないっすかね」

「なるほど。スタッフルームか」

「なんでもいい。行くぞ」

 栞生は部屋の右奥にあるドアに向かって歩きだした。

 まるで奴らのいる場所がわかっているみたいに。

 ドアノブに手をかける栞生に、猛人が訊いた。

「あ? これだけ近づきゃ臭でわかんだろ?」

「血の匂いか?」

 猛人は呟き、宙へ鼻を向ける。

「違う」

 体勢を変えず、彼女は頭だけを彼に向けた。

「“くそ”の臭いだよ」

 そう言って、彼女は歩きだす。

 今度は細い通路が続いた。

 所々、左右にドアがあった。

 しかし、彼女は見向きもせず、道なりに進んだ。

 その理由が、猛人にもはっきりと分かってきた。

 進めば進むほど、そのにおいが強くなるからだ。

 彼女が“くそ”と言った、むせ返るような血のにおいが。

「ここだな」

「そうっすね」

「い、いきなり入るのか?」

「あんた、ノックでもするきかよ」

 栞生は呆れ顔を猛人に向けた。

 そして、ドアに顔をもどし開いた。

 栞生が、耕史が、最後に猛人が部屋に入った。

 そこは20畳ほどだった。

 4足のテーブルが2つ。其々に椅子が4つ。

 だが、そこにいる者達は、猛人らを含め皆、立っていた。

 こちらが相手の存在を感じていたように、向こうも感じていたのだ。

 殺気だった眼光の群れが、より、猛人にそう思わせた。

「あんたらのリーダーだせ」

 口火をきったのは栞生だった。

 すると、一番奥で壁を背に寄りかかっていた一人が近づいてきた。

 サイドの髪を刈り上げた、切れ長い目の男だった。

「おいおい、人間かと思って誘い込んでみりゃ、同種のガキが三人とはね。開店パーティーはまだだぜ」

「アンタがリーダーか」

「どうだろうな。どうだみんな。俺がリーダーかぁ?」

 男が嘲笑う。すると、周りの男たちもつられるように笑った。

「か、栞生っ。失礼だろ。もっと、こう丁寧に」

 猛人は彼女の耳元で促す。

「あっはっは。なんだ、そっちのガキ! お前おもしれえな! しかも、人間くせぇ。人間か? いや、ジャンクだよな?」

 男は腹を押さえながら声をあげた。

「ちっ、お前は喋んな! 無駄に馬鹿にされる!」

 栞生は舌打ち混じりに言い放つ。

「なんだ? いきなり仲間割れか?」

「そんな事はいい。あんたらのリーダーに話がある」

「要件があるのはお前らだろ? ならそっちから名乗るのが礼儀ってもんだ。なぁ?」

 男は顎しゃくる。表情は一変し、目に殺意を浮かび上がらせた。

 彼女はやや渋るように黙った。すると、

「この二人はJ・キッズの栞生さんとタケトさんだ! 俺はスパイクの耕史。お前らにききた事があってきた!」

 耕史が大々的に自己紹介をした。

 栞生は少し苦い顔をしたが、直ぐ元に戻した。

「スパイクは分かるけどよぉ~。Jキッズだぁ? そりゃ、どこの田舎チームだぁ。聞いた事ねぇぞ」

 男は必要以上に大声で言った。

 周りも、それに乗っかるように笑い声を上げる。

 猛人にもハッキリとわかると分かる嘲笑だった。

 彼は前に立つ栞生に目を向けた。 

 どんな表情かおでこの声をうけているのだろうか。

 傍にいるだけで全身の毛が逆立つ気がした。

 ぞぞぞと、何かで撫でられるような感覚を覚えた。

「忘れられなくしてやろうか?」

 彼女は落ち着いた調子で、静かに告げた。

「あぁ? 本気か? この場で死ぬか?」

 ハウンズの者達はぐっと腰を落とした。男だけはそのままの体勢で、三人を睨めつけている。

「ど、どうするの?」

 猛人はそっと、耕史に耳打ちした。

「あんたらは下がってなよ」

 栞生は正面を見たまま後ろに告げる。

「タケトさん、栞生さんの言うとおりに」

「で、でも」

「いいから、離れるっす」

 促されるまま、猛人は後ろへさがった。

「おいおい、一人でやる気かよ。いいぜ、こっちも誰か一人で行ってやれ」

「随分、礼儀正しいじゃないっすか」

「はっ、ガキ一人、それも女に集団で襲いかかったなんて知れたら、笑いものだからな」

「さっさとこいよ。そうだな、お前でいい」

 栞生は自分に一番近い、茶髪の男を指名した。

 彼はニヤつきながら1歩出た。そして、2歩目で彼女に飛びかかった。

 繰り出された右拳を、彼女は左へ躱す。そして、彼の右脇腹に左フックを叩き込んだ。

 茶髪はうめきながら後退した。

 だが彼女はそれを許さなかった。身を低くして、一足飛びに距離を詰める。

 茶髪の緩いガード擦りぬけるように、彼女の右拳が彼の鳩尾に突き刺さった。

 彼は体をくの字に折ると、彼女を睨めつけた。

 だが、その視線の先に栞生の姿はなかった。

 そのとき彼女は、彼の真横を陣取っていたのだ。

 そして、その場から真っ直ぐに拳を放った。

 それは吸い込まれるみたく、茶髪の顎を打ち抜いた。

 彼は、その場に座り込むようにして気を失った。

「ちょろいね」

 栞生は鼻を鳴らした。

 猛人は感嘆の声を上げそうになった。しかし周りの視線に気付き、のみこんだ。

「おーおー、殺気立ってきたね。どうする、まだやるか?」

「やるぜ」

 答えたのはサイドを刈り上げた男だった。

 険しい形相のハウンズメンバーの中で、唯一まだどこか余裕のある表情をしている。

「へえ。いいけど、一人倒したんだ、せめてリーダーが誰かおしえろよ」

 言いながら栞生は、男へ顎をしゃくった。

「はっ、まあ最初の予想通り、俺がそうだよ。ハウンズのリーダー、牧野まきのだ」

「あぁ、ならはじめから自分だって言えよ、めんどくせぇ」

 彼女が忌々しげに奥歯をすり合わせる。

「じゃあ、第2ラウンドといこうか、お嬢ちゃん」

 牧野は右手を軽く上げた。

 何の合図なんだ。猛人は眉をひそめる。

 だが、考える間もなく、それが何なの思い知った。

 牧野以外が、全員変身したのだ。

 骨を砕くような気色の悪い音。ガラスを引っ掻くような不快な音。金属を引きちぎる様な大きな音。

 それと共に変化する、爪や牙、尾や羽。触手、管、性器を模した気管。体表から染み出る異臭。貝がはりついたような凹凸の集まり。そこから絞り出てくる蛆のような物体。

 これら肉と骨のアンサンブルに猛人の五感は悲鳴を上げた。

 何より、それらが全て、自分らの方に向いているという、この現状に眩暈がした。

「1対1じゃないと笑い者になるんじゃなかったんすか?」

「なっちまうな。ただ、誰かに知られちまったらの話だ。3人ともここで死ねば問題ねぇ」

 牧野がいやらしい笑みを浮かべた。

「ひ、卑怯じゃないか!」

 猛人が思わず口走った。

 モラルに訴えれば、相手もひくかも知れない。

 そんな淡い期待を込めて。

「卑怯? 何言ってんだガキ。勝手にうちらの縄張りきて、うちのもんのして、タダで帰れるとおもってんのかぁ? ここじゃ俺がルールだ」

「そ、そんな」

「いいや、そいつの言うとおりだよ」

「なっ、なんでだよ栞生! 公平じゃないじゃないかっ」

「公平?」

 彼女は猛人を一瞥すると鼻で笑った。

 そんなもの、ジャンク世界には存在しない。

 そう言われた気がして、彼は黙るしかなかった。

「この世界はいい奴ほど、早死する。そして、こういうクソばかりが生き残る」 

 栞生は牧野を睨みつけた。

「言ってくれるじゃねぇか」

 彼は口の端をつり上げ、あげた右の手首を折った。

 変身したジャンク達が、待ってましたと言わんばかりに、3人へ襲いかかる。

 死ぬと思った瞬間、猛人が見たのはターコイズグリーンの淡い光だった。

 あの世への入口と、錯覚したが違った。

 それは栞生の両腕だった。

 猛人には、見覚えがあった。

 彼女の腕は間違いなく、図書施設で見た、宝石の様なジャンクのそれだった。

 彼は訊こうとした。もしかして、君があのジャンクなのかい? と。

 だが、そんな暇はなかった。

 彼女の前腕から、ジグザグの蒼白い光が迸ったのだ。

 それは1本や2本ではきかない。

 枝をそなえた無数のジグザグは、様々な角度で弧を描き、異形の群れを打ちすえる。

 あまりに強烈な音と光に、猛人は顔そむけるしかなかった。

 そして、音が止んだ。

 彼は、そっと目をあけ、顔の位置を前方へ戻した。

 煙が立ち込めよく見えなかった。

 ただ、焼けた肉の臭いに嗚咽をおぼえた。

 次第に煙はおさまり、場の惨状があらわになった。

 異形はみな倒れている。しかも、体の彼方此方にひどい熱傷を浮かび上がらせていた。

「いっちょあがり」

 栞生は、軽い調子で言ってのける。

 好戦的な彼女の自信はどこからくるのか。

 今まで抱えていた猛人の疑問が解消された。

「す、すごいじゃんか栞生!」

「あ? こんくらいちょろいだろう。そんで」

 猛人に向いた栞生だったが、すぐに前方へ向き直った。

「おいおい、“色付き”かよ嬢ちゃん」

 牧野が声をあげた。

「か、栞生っ。まだあいつらのリーダーがっ、」

 猛人の言葉は途中で消えた。

 グアナコの腕が腹にめり込んだ為だった。

「何で俺への攻撃は外したんだ? 舐めてんのか?」

 牧野は眉を寄せ、目を見ひらくと、三人に近づいてきた。

「舐めちゃないよ。ただ、あんたに眠ってもらうと困るんだ」

「あ゛? やれっとおもってんのかよ!」 彼が怒鳴る。

 しかし栞生は微笑をこぼし、

「ここはもう、あたしの電界(テリトリー)だよ」 諦めろと言わんばかりに告げた。

 そして、続けて 「話があるっていったろ」 と、彼の目を見据えた。

 二人の視線が交差した。

 それは暫し続いた。

 そして、牧野がおれた。

「何なんだ話ってのは」

「最近、人間の子供が拐われたって話はないか?」

「そりゃ、俺がハウンズだって分かって言ってんのか」 彼は嘲笑に似た笑みをこぼした。

「別に、あんたらの商売の邪魔しようってんじゃない。ただ、こっちも仕事でね」 栞生が目を細める。

 これに、彼は首を傾げると、

「知らねえな」 呟いた。

「何でもいいんですっ」

 声を上げたのは猛人だった。

 牧野の鋭い眼光が彼に向いた。

 猛人は詰まりながら、声をひねり出す。

「繁華街で、」

「俺達じゃねえ」

 彼が言い切るまえに牧野が答えた。

「本当か?」

 栞生は顎を引きなが訊ねる。

 グアナコの両腕から小さな火花がたった。

 牧野はそれを目で追った。

「ああ。最近は、これといった活動をしていない。厄介な捜査官が第3トウキョウにきたらしいからな」

「黒鵜……」

 猛人は思い浮かんだ男の名を、つい口にした。

「そう、そいつだ」

 牧野は忌々しそうに顔を歪める。その視線は定まらず、唾を吐き捨てた。

「そいつ、うちのメンバーを何人もやりやがった」

「どうやら本当に知らないみたいだね」 

 栞生は小さく息を吐いた。

「言ってんだろうが!」

「なら、もう用はない」

 彼女は下ろした腕を牧野へ向けた。

「栞生っ! もういいじゃないかっ」

「いい、だと?」

「そうだよっ。話をききにきたんだろ」

 猛人の訴えに、彼女は無言で腕を下ろした。

 グアナコが人の肌に戻っていく。それに合わせ指の本数も4本から5本へ形状を変えた。

「おい、いいのか? 俺をやれば、ハウンズはお嬢ちゃんのもんだ。これが最後のチャンスだぜ」

 牧野は口の端をつり上げた。

「いいんですっ。これ以上キズつけ合って何になるんですか!」

 栞生の歯を擦る音を聞いて、猛人が割り込むように言葉を吐いた。

 これに牧野は眉を寄せた。

 男には彼の言動が、よほど不可思議に思えたのだろう。

 暫し、誰も言葉を発しなかった。

 その空気を割るように、栞菜は無言で振り返った。

 戦闘終了の合図だった。

 猛人は、出入り口に向かって歩く彼女に続いた。

「おい」

 背に牧野の声を受けて、猛人は振り返った。

「そういや、最近ネットで出回ってるスナッフムービーが、本物のガキを使ってるって話を聞いた」

「スナッフムービー?」

「ああ、人間の娯楽あそびだろ」

 遊びと言われて彼は眉をひそめた。

「まあ、俺達(ジャンク)には関係のない事だけどな。それで、だ。そのムービーの1つで殺されていたガキだが、前に俺達が扱ったガキにそっくりなんだよなぁ。ああやって無駄に殺しちまうくらいなら、俺達が食ってやった方が、有意義だろうに」

「まさか! その子供って、智樹って名前じゃ!?」

「いや、ムービーのガキは女だ」

 牧野は頭をふる。

 猛人は安心しながらも、胸にしこりをおぼえた。その女の子は殺されてしまったのか、と。

 もしも智樹がそんな目にあっていたら。

 写真にうつった智樹の笑顔を思い出し、彼はいてもたってもいられない気分になった。

「そのムービーと、俺達が探してる子が関係あるって、そういう事ですかっ」

「そこまでは知らねえよ。ただ、言ったろ。最近おれ達は、お仕事できてねえんだ。金さえ払えば人間を調達できてた連中は、さぞお困りだろう?」

「ハウンズの人身売買はそんなに手広くやってたんすか?」

 訊いたのは耕史だった。

「広いっちゃ広いのか。8区全体の、この手の事には大体かかわってるぜ。スパイクがじゃましなけりゃ、もっとやり易いんだがな」

「そりゃ、失礼しましたね」

 耕史はしてやったり顔で鼻を鳴らす。

「つまりハウンズが活動できない事で、それまでやりたかったけど、やれなかった連中が一気に動いたって事か」 

 猛人は口に手を当て思案する。ムービーの製作者を特定できれば、より詳しい事を聞けるかもしれない。

「もしかしたら、ムービーを作った奴らが」

 猛人は手の奥で呟いた。

「おい、お嬢ちゃん。これで終わりと思うなよ。ひらけた場所なら、オメエに勝ち目はねえぞ」

 牧野が厭らしく笑った。

 栞生は肩ごしに彼を一瞥するだけだった。

「あ、ありがとうございました。あと、すませんでした」

 猛人は床に倒れたジャンクの群れに目を向けた。

「あぁ? こいつらはまだ死んじゃいねえぞ。傷を癒すのに時間はかかるけどな。そん時は覚悟しとけや」

 牧野が顎をしゃくる。

 栞生に向けられたものだったが、それを背うける彼女にかわり、猛人が小さく頷いた。

 そして、三人は今度こそ部屋を出た。

 クラブを出た瞬間、猛人の体にどっと疲労が襲ってきた。

「ああ……死ぬかと思った」

「あんたは何もしてないだろ」

 栞生はやれやれといった様子だ。

「それにしても、栞生さん凄いっす。流石、J・キッズの戦闘姫せんとうき

「おい、その馬鹿みたいな呼び方やめろっ」

「栞生一人でハウンズつぶしちゃいそうな勢いだったよね」

「そうでもないさ」

 浮かない表情で呟く彼女に猛人は首をひねった。

「頭はってるだけあって、実のところ牧野はかなり強いっす。もし、あのままやってたら、どちらかが死んでたかもしれません」

「そ、そうなの!?」

「ああ」

 栞生は悔しそうに呟いた。

「ま、まあ、とりあえず戦うのが目的じゃなかったんだから! それに、新しい手がかりも聞けたし」

「ムービーっすね。端末あればすぐ見れるっす」

 猛人は大きく頷くと、自身の端末を取り出した。

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