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GUARDIAN  作者: 剴鴉
6/14

生き方を求めて 2

 女性宅で一通り話を聞いた二人――猛人と栞生は8区の繁華街にきていた。

「この辺りでいいのかな」

 彼が栞生に訊ねる。

 気づいたらいなくなっていた。という女性の発言から察して、彼女が歩いてきた“らしい”道をやや後戻りしてみた。

「普通だな」

 栞生がひどくつまらなそうに呟く。その視線は、店のウインドウに並ぶ服に向いていた。

「真面目にやってくれよ」

「やってるよ」

 彼女はウインドウを使い、背後の猛人に返事をした。

 彼女の怠惰も分からないでもない。

 女性のがくれた情報といったら『8区の繁華街で息子が消えた』という証言と、息子――多田智樹ただともきの最近の写真フォトだけである。

 猛人は端末をとりだすと、もらった写真を映し出した。

 そこには笑顔でピースをする智樹の姿がある。

 バックには旧東京タワー。

 11才と聞いていたが、それよりもやや幼く見える。

 切り揃えられている前髪は、素人目で見ても歪だった。

 猛人は指で映像を弾いた。

 次は笑った口元を、手で覆う智樹の写真だった。

 またもバックには旧東京タワーが写っている。

 映像を弾く。

 智樹の後ろ姿。

 少し汗ばんでいるのか襟足が喧嘩していた。

 それから何枚か、智樹を見て、猛人は思った。

「ねえ、栞生」

「なんだよ」

 彼女は鬱陶しそうに、道行く人だかりを睨めつけている。

「この子、っていうか。多田さんって旦那さんいないのかな?」

「なんで」

「いや、智樹くんの写真なんだけど、全部一人なんだよね」

「はーん。で?」

「普通さ、親のどちらかがカメラで、どちらかが一緒にうつるんじゃない?」

「そうなの?」

 栞生は心底不思議そうな顔をした。

「そうなの、って――」

「あたし、そういうの経験ないからよくわかんないわ」

 これを聞いて彼は言葉に詰まった。

 やはりジャンクの育つ環境に、親子愛なんていうものは存在しないのか、と。

「てかさ、多分このへん探しても無駄だと思うんだけど」

 彼女の視線が、久しぶりに直接猛人を捉えた。

「何でさ」

「仮に誰かに拐われたとして、その現場に何がのこってるっていうの。真空パック片手に綿棒で微粒子でも集めるか?」

「え、いや……じゃあ、どうしろって、」

8区(このあたり)に詳しい奴に聞いた方がはやい」

「詳しいって言っても、8区に知り合いはいないし」

「ばっか。誰があんたの連れっていったよ」

「え、栞生の? てか、そういう人いるなら、何で最初からいわないのさ」

「そりゃ、あんたが妙にやる気だったから」

 彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべた。



 栞生の知り合いというのは、どういう人なんだろうか。

 猛人は想像力を働かせながら彼女の後を歩いている。

 繁華街の中心へ、奥へと向かっている気がした。

 一人とすれ違うのが精一杯な路地裏に入り、彼は余計にそう思った。

 地面は長年舗装していないのか、亀裂がちらほらと見られる。

 ナノコーティングされていれば、コレくらいのキズは勝手に修復してくれるはず。

「いつの時代の道だ」

 猛人は思わず呟いた。

 疑う余地すらないのに、ここが8区という事が信じられない。地面の絵だけを切り取れば、まるでスラム区画だ。

「どこに向かってるんだよ」

「あ? 会った日から思ってたけど、あんた質問が多いね」

「そりゃあ、そうだろう。こんな所に連れてこられたら、誰だって訊きたくもなるさ」

「別に帰ってもいいよ。あたし一人でやるからさ」

 言いながら、彼女は右に左に、何度も角を曲がった。

「まさか、迷ったんじゃないよね?」

 猛人はふと浮かんだ事を口にした。

「な、なわけないだろっ」

「本当に?」

「あ、当たり前だ。ここには何度もきてるから」

「に、してもね」

 彼が目を細める。

 栞生は仕方なしに顎をしゃくった。

「あれだよ」

 促された方向を見ると、廃屋が1軒あった。

 無透過アクリルでつくられたそれは、一言でいえば簡素。

 個人の手ずくりだと言われれば信じてしまいそうな程だ。

「あんな所に人が住んでるの?」

「人、じゃないけどな」

 彼女はそう言うと、再び歩きだした。

 猛人は不安にかられながらその後に続いた。

 中に入ると、玄関と言えるスペースはなく、いきなり6畳半ほどの四角い部屋があった。

 右奥の隅には中身が飛び出したソファーベッド。

 その隣には、映るのかも怪しい、旧式の映像端末。枠組のある、超のつくアンティークだ。

 猛人は、弱りきったベニヤ床を慎重に踏みながら、栞生に訊ねた。

「誰もいないよね」

「あ? どこいったんだよアイツ」

 彼女は不服そうにその場に座り込んだ。

 その勢いで、床が抜けないだろうか、と猛人は内心ヒヤリとした。

 彼はベッドにそっと腰をおろした。それから天井を見上げた。

 3つひと組の、吊り下げ式ネオンボールがぶら下がっている。明度を感知して、自然発光する安価なものだ。

 定番家電の一つ、冷蔵ボックスがない理由は、鼻の奥を刺激する血の香りから察しがついた。

 栞生は退屈そうに天井を見上げている。

 気の利いた会話でもしたい所だが、そういう間柄でもない。そもそもジャンクと何を話せばいいのか彼にはわからなかった。

「ねえ?」

 意外にも栞生から話しかけてきた。

「なに?」 と、猛人は調子を合わす。

「あんた、変身できんの?」

「どうだろう」

「した事はないんだ?」

「ないけど。なんで?」

「いや、べつに。ただ……」

 彼女は渋るように言葉を切る。

 その表情は、どこか不安げだった。

「なんだよ」

「いや。なんでもない」

「気になるだろ」

 彼女は考えるように視線をおとした。

「もしもさ、変身したら。何か集中して考えられるもの、頭においとけよ」

「なにそれ。どういう事?」

「んー、なんて言ったらいいのか、わかんない」

「集中。好きなものとか?」

「ちょっと違う」

「じゃあ、大事なものとか?」

「ああ、それそれ。そんな感じ」

 彼女が何を意図しているのか、猛人にはわからなかった。しかし、わざわざ自分に言う程の事なら大事なことなのかもしれない。

 彼は大きく頷いた。

 すると、彼女は「来た」 と、入口を見やった。

 猛人もその視線を追った。

 其処にはキャップを被った少年が立っていた。

 歳は17前後だろう。背は低いが、肩が張っていて、半袖のパーカーから逞しい二の腕がのぞいている。

「誰だテメェ! あ゛ぁ!!」

 栞生に拍車をかけたような粗暴さに、猛人は眉をひそめた。

 すると少年は右腕をあげながら、彼に近づいてきた。不気味な音が少年の腕から鳴った。そして、それは太さをそのままに、何倍もの長さになると、螺旋状の触手に変化した。

 猛人はギョッとするあまり、声すらだせなかった。

「おいおい、あたしもいるんだけど」

 空気をわったのは笑い混じりの栞生だった。

 少年はハッとしたように、彼女へ向くと、

「か、栞生さんじゃないっすか!? どしたんすか!」

 人が変わったように腰がひくくなった。顎を突き出すように何度も会釈をする姿は、餌を頬張る小動物のようにも見えた。

「あー、ちょっと聞きたい事があってね」

「そうなんすか? てかコイツだれっすか? 妙に人間くせえからMOAかとおもっちまいましたよ」

「MOAとあたしが一緒にいるわけないだろ」

「そうっすよね!」

 言いながら、少年は右腕を振った。すると、彼の触手は一瞬で元の長さに戻り、形も人のそれになった。

 これを見て 「各態がスムーズになってんじゃん」 と彼女は白い歯を見せた。

「いや、人間社会で生きていくっつっても、るときゃチームの為に命かける覚悟っすから」

「あの、」 猛人が気まずそうに割り込んだ。

 少年はそうだった、と言わんばかりに彼に向いた。

「栞生さん! だれなんすかこの男!」

「ああ、そいつJ・キッズの新しいメンバーだよ」

「え゛!」 少年は目を見開き、何度も猛人を見返した。そして、

「すんませんでした!」 と、頭を下げると、続けて言った。

「まっさかJ・キッズの構成員だとは知らなかったもんで。勘弁してください」

「ああ、いいのいいの、言ってもこいつメンバーになったばかりだから」 栞生はプラプラと手を振る。

「それにしても、何でこんな人間みたいな臭いさせてんすか? カモフラージュっすか? MOAに潜入とか!」

「こいつはちょっと特殊なんだよ。だからそのへんは気にすんな」 栞生が首を振る。

「いや、それでも。つか、珍しいっすね。そちらの大将が構成員増やすなんて。勢力拡大っすか!?」

「いや、右京あいつの考えてる事はあたしもわかんないから」

 これに、少年は頷くと、改めて猛人を見た。

「あの、今更だけど、二人は知り合いなの?」 猛人が訊ねる。

 すると少年は、またも目を見開き、深々とお辞儀をした。

「失礼しました! 自分はチーム『スパイク』の構成員で耕史こうじって言います!」

「あ、どうも、俺は――猛人」

「タケトさん。これからよろしくお願いします!」

「あ、はい」

 何をどうよろしくされるのか分からなかったし、『ケ』のところで音を上げるのが少し気になったが、悪い子ではなさそうだ。

「あ、それで、聞きたい事ってなんすか?」

「あーそれね」 栞生は面倒くさそうに指をふる。

 そんな彼女にかわり、猛人が訊いた。

「最近、この辺で子供が拐われたって話ないかな?」

「子供っすか? 人間の? ジャンクの?」

「人間、だね」

「そうっすね……」 耕史は目を瞑り、首をひねる。

「何か、思い当たるフシがあるのか?」 栞生が訊いた。

「いや、具体的な話は何も。ただ、この辺は、人間だと伊藤組ってヤクザと、その末端のガキ共が人身売買をやってるって話っす。あと、いくつかのジャンクチームもそれに加担してるとか」

「なら! 直ぐにそいつらを問い詰めよう!」

「ほう、あんたもアタシらのやり方がわかってきたみたいだな」

 張り切る猛人に、栞生は嬉しそうな笑みを向けた。

「直ぐに、伊藤組のところへ、」

「あ゛?」

 猛人に向けられた笑みは、直ぐに消えた。

「なんだよ」

「何でヤクザのところなんだ?」

「それは……」

 問われ、彼は渋った。

「人間相手なら楽そうだ、か?」

「いや――そんな言い方は」

「いや、楽だ。安物の刃物や銃を持った人間なんて、ボコして聞き出すのは簡単だ」

「なら!」

「でもダメだ」

「なんでだよ!」

「人間相手に、そんな大立ち回りしてみろ? 直ぐにMOAが動くぞ」

 これに猛人は思わず言葉を失った。

「耕史、人身売買に加担してるチームで一番可能性がありそうなのはどこだ?」

「そうっすね……」

「ちょっとまって、栞生。まさかジャンクチームの所に乗り込む気か!?」

 猛人が、身振りする。それは無茶だ。命の危険だってある、と。

「だからってヤクザの所はだめだ」

 彼女は睨みをきかせた。

 猛人はそれを受け止め、

「MOAが怖いのかよ」

 挑発するように言った。

 すると彼女は黙ってしまい、沈黙が続いた。

 その表情から、彼の問いに対する答えがわかる。

 怖いに決まっている。

 自分はなんて卑怯な事を言ってしまったんだ。

 彼の胸は傷んだ。

 猛人は、謝ろうと口をひらいた。

 しかし、それを遮るように、彼女が言ってきた。

「MOAだけが理由じゃない。ここは8区だ。ここにはここのルールがある」

 そして、これまで黙っていた耕史も口を開いた。

「そうっす。うちの大将は、できるだけ人間と共生関係を築きたいって方針なんす。人間の犯罪を裁くのは人間だ、って。だから、確証もないのにヤクザ相手にやり合うってのは、いくらJ・キッズのお二人でも、スパイクスの構成員として、黙って見てるわけにはいかないんす」

「どうする。やるってなったら、そいつは本当に命をかける奴だ」

 栞生は顎で耕史の方をしゃくった。

「あんたに、コイツを殺せるのか?」

「いや、それは……」

「仮にコイツを殺したとしようか。どうなると思う?」

 猛人にはその答えが検討もつかなかった。ただ、罪の意識に最悩まれるだろう、とは思った。

「あんたにはわからないだろうな。そうなったら、こいつのところのリーダーが黙ってない。当然そうなれば、例え、あんたが勝手にやったことだろうと、右京あいつはあんたのケツを拭くために立ち回る」

「戦争っすね……」

 耕史は寂しそうに呟いた。

「ああ」

 栞生は同意するように声をだした。

「……わ、わかったよ。行かないよ、やくざのところは」

 観念した猛人は大きく溜息をつく。

 それを、見計らったように栞生と耕史は頷いた。

「で、ジャンクチームはどこ?」

「そうっすね、一番可能性があるところっていうと……」

 言葉を切った耕史は立ち上がり、天井を見る。

「ハウンズっす」

 これを聞いた栞生は、小さく舌打ちした。



 場所を教えてくれるだけでいいと言ったのに、耕史は道案内をすると言って聞かなかった。しかも、案内役にも関わらず、三人の最後尾――猛人の後ろを歩いている。

 背を刺されるような気分になった猛人は、思わず振り返った。

「耕史くん、前歩かない?」

「いや、自分はしんがり努めますんで」

「しんがりって」

「自分が後ろにいちゃ嫌ですか?」

「別に嫌じゃないけど、なんかこう落ち着かないっていうか。せめて横あるいてよ」

 耕史は口を固く結ぶと、無言で頷いた。

 これで落ち着いて歩く事ができる。

 猛人はホッとしながら歩きだした。

「耕史くんは何でスパイクに?」

「なんでそんな事訊くんすか?」

「いや、他にもジャンクチームはあるのに、何でそこを選んだのかなって」

「ああ、そうっすね。昔、俺が幼かった頃の8区って、ジャンク事情がすごい荒れてたんすよ。まあ正確には、俺が生まれる何年も前が一番凄かったらしくて、その残り香っていうんですかね? 兎に角みんな、名をあげようって必死だったんす」

「名をあげる?」

「これっす」

 猛人の問いに対し、彼は握りこぶしを前につきだした。

「喧嘩?」

「はは、まあ殺し合いっすよ。誰も彼もが好き勝手にチームつくって、のし上がろうって。それで、俺の住んでるところ、見たからわかると思うんすけど、食料調達に事欠かないんすよ。3日に1回は活きのいいネズミなんかが手に入りますし」

「え、ね、ネズミ!?」

 猛人は思わず声をあげた、が間髪入れず納得した。彼はジャンクだった、と。

 耕史はそんな彼を不思議そうに見ると、話を続けた。

「やっぱそういう場所ってすぐに他の奴らが集まってきちゃうんすよね。あの時も、俺が食料調達してたんですけど、多分8歳くらいだったかな。そしたら、10人くらいに囲まれちゃいまして」

「ジャンクに、だよね?」

 これに耕史は首をひねった。それ以外になにがあるの? とでも言っているようだった。

「そんでですね。俺、そいつらにボコボコにやられちゃいまして……」

 子供なのに、と言おうと思ったが、猛人は口を閉じた。

 かわりに 「それで?」 と、当たり前の様に話す彼に、調子を合わせた。

「子供ながらに死ぬなって思いましたよ、あんときわ。走馬灯ってやつも見ましたし。ま、その中でも、食いもん漁ってるだけでしたけどね、俺」

 耕史は苦笑した。

 猛人も彼に合わせて頷きながら笑みをつくった。

「それで、もうあと一発もらったら死ぬなって思った時っす。うちの大将が現れたのわ」

「スパイクのリーダー?」

「そうっす。俺を抱き抱えると、変身もせずに10人を」

「殺したの?」

「ええ、多分。みんな死んだんじゃないっすかね。それで、気を失って、気がついたらスパイクのたまり場で寝てたんす俺」

「あ、そのままいついちゃった感じ?」

「まあ、直ぐには馴染めませんでしたけどね。大将の戦うところ見て、なんか火ついちゃって、スパイクの構成員に襲いかかったり、大将にも。でもてんで勝てなくて、でもみんな凄くよくしてくれて、なんか、みんなの事が……なんて言えばいいすかね」

「家族、かな?」

「あ、それっす。そう思えてきて、そのあとはタケトさんの言ったとおり居着いちゃいました」

「へ~。何かすごい出会いだね。栞生、聞いてた?」

 自分たちの前を一人歩く栞生に、猛人は声をかける。もしかしたら彼女にもそういうエピソードあるんだろうか。もしあるのなら聞いてみたい。

 返事のない彼女に、猛人はもう一度声をかけた。

「あ゛?」

 振り返った彼女はあからさまに不機嫌だった。

「なんで、怒ってんのさ」

「遠い。遠いんだよ! おい、耕史! まだつかねえのかよ!」

「あ、すんません。ここをずっと真っ直ぐでOKっす。ただ、距離は結構あるんで」

「どのくらい?」

 猛人が訊ねる。繁華街から遠ざかっているのは確かだ。このまま進めば、依頼人も住んでいる、居住区に入る。

「正確な距離はちょっと……。8区の一番西にある、遊楽街のクラブなんすよ」

「はぁ!? ここは8区の東よりだろ? 反対側じゃん!」 

 栞生は、怒鳴りながら端末をとりだすと、通信をはじめた。

 猛人が覗きこもうとしたが、身をよじられ躱されてしまった。

「よし」

 彼女はそう言って、通信を切ると、辺りを見回した。

「何か探してるの?」

「あぁ? タク呼んだから、時間つぶせるところ」

 なるほど、と思いながら彼は頷いた。

「ジャンクでも、タクシー利用するんだ」 

 猛人はからかう様に、彼女に向けて歯をみせた。

 きっと怒鳴られるか、最悪殴られるんだろう。

 覚悟していた彼だったが、彼女は頷いただけだった。

 だが、その表情は悪さをする子供みたく、悪戯っぽさがあった。

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