生き方を求めて
三日後のMt10:00時。
猛人は第3トウキョウ8区に来ていた。
「自分で時間きめといて遅刻かよ」
猛人は独りごちる。
こんな事なら繁華街でウインドウショッピングでもしていればよった。丁度、新作テクノウォッチが発売したころだ。限定10000個のコラボレーションモデルで……どことのコラボだったっけ。
彼は思い出そうと目頭を指でつまんだ。
「何してんのさ」
「え?」
声の方を見ると、栞生が立っていた。
ショーパンツにサンダル。上はタンクトップにデニムシャツで、肘あたりまで袖をまくっている。
「何、考え込んじゃってんの、あんた」
「いや、なんでも――ってそれより、遅いだろ」
「30分しか遅れてないじゃん」
「しか!? も! だろ」
「細かいねー」
「なっ……!」
「いいから行くよ」
彼女は、言うと歩き出した。
猛人は苦虫を噛み潰した思いで、渋々彼女の横についた。
「右京さんの話だと、依頼主がどんな人かわからなかったんだけど、指定された場所に行けばわかるのかな?」
「さあね。あいつは普段からあんなだ。そんで、あたしらが右往左往するところ想像してニヤニヤするような奴だ」
「え゛……」
猛人は、自分でも気づかずに呻いた。
そして右京の人柄をよく思い返してみる。
見た目は少し派手で怖そうだが、物腰は柔らかい。ただ、どこか人を食ったよう印象もある。
猛人は、彼ならそれもありえるな、と小さく頷いた。
「まあ……今回はあいつもよくしらないのかもな、相手の事」
「それって、大丈夫なの?」
「さあな」
彼は不安にかられながらも、同行している栞生の変わらぬ調子から、これが当たり前なのだろうと無理やり納得した。
しばらく歩いた二人は、繁華街の反対方向にある居住区へ入った。
「8区は6区よりも治安がよさそうだよね」
猛人がしみじみ呟く。
BARでバイトをしていた彼は、夜の6区を知っている。
質の悪い客も多かった。特に不良気取りの若者は節度がなく、直ぐ暴力にうったえる。
彼と同じ時期に入ったバイトの殆どが、その手の客に嫌気をさして辞めてしまった。
「人間の事情はよく知らないけど、少なくとも8区のが安全って事はない」
今度は栞生が、しみじみといった様子だ。
彼はその横顔に、何故か、と訊ねた。
「8区は武闘派のジャンクチームがいくつかあるからね」
「ぶ、物騒だなおい……」
「まあ、その殆どが“気どり”だけどな」
「そうは言っても好戦的なんだろ?」
「そうだな、威勢はいい」
彼女は鼻で笑う。
「おい、頼むから争い事はよしてくれよ」
猛人は切に願った。
すると、彼女は彼を一瞥。
ヘタたれめ。そう言われている気がして、猛人は顔をしかめた。
「なあ」
「なんだよ」
猛人は強めに返事をした。
彼女は一瞬眉を寄せたが、すぐ元に戻すと、
「ここであってるよな?」
栞生は足を止めると自身の端末をとりだした。そこから黄色のホログラムが現れる。そして、それを指でつまむ様に動かすと、地図が表示された。
猛人は地図で、緑点滅している現在地を確認。次に、赤く点灯している目的地までの距離を確認した。
「あれ、だと思うけど……」
「だよな」
二人は地図から目をはなし、数十メートル先に建つ、50階以上はありそうなる高層マンションを見上げた。
彼は上から1、2、3と、階数を数える。
「鬱陶しいからやめろ」
「いや、なんかこういう建物みるとやりたくならない?」
「あんただけだよ」
彼女はそう言って、猛人を置いていくように歩き出した。
彼はその後につづく。そして、もう一度マンションを上から下まで眺めた。
「どんだけ見てんだよ」 直ぐに栞生のツッコミが入る。
しかし、大分慣れてきた猛人は「ああ」 と素っ気無く返した。
「何で人間ってやつは高いところに住みたがるのかねぇ」
彼女にとっては心底、不思議なのだろう。
実際のところ、元人間の猛人にもその心理は理解できなかった。
「あんた、わかんないの?」
「うん。よくわからないね」
「タワーから飛び降りるくらいだから、高いの好きなのかと思ったよ」
栞生は悪戯ぽく笑った。
「いやあれは……ていうか、あれだよ、反重力技術が確立――相当昔の事だけど、それが確立されてからは、人間たちの住まいを空にもつくろうかって話もあったらしい」
「はっはっ! そりゃいいや。地上はジャンクの天下だな」
彼女は嬉しそうな声をあげる。
そんなこんなで、二人はマンションの真ん前まできて足を止めた。
ここの住人の誰かが依頼主なのだろうか。
「栞生?」
「あんだよ」
「仕事を請け負う時、必ず右京さんを通すの?」
「あぁ? まあ、あんなでも一応あたしらのリーダーだからね。ただ、仕事っていえないような小さい案件とかだと勝手に受けたりするかな」
「それ、どうやって請け負うの?」
猛人の問いに、彼女はハッとした。そして、末端をいじりだした。
「何してんの?」
「あぁ? ちょっと――よし」
言いながら、彼女は末端から浮かび上がる映像を、彼に見せる。
それはホームページだった。
【なんでも請負います】 という謳い文句がトップページ一番上にデカデカとかいてある。
「なに、この如何わしいページ」
「これがあたしらのホームページ」
「え、J・キッズってそんなのまでつくってるの!?」
「悪いかよ。これが一番手っとり早いんだ。話を聞くためだけに危険を冒して長距離移動をしたいのか?」
猛人は『危険』というワードがいまいちピンとこなかった。
移動するだけで危険なんてあるのか、と。
物騒な区画や都。それこそ第4トウキョウや第6トウキョウは治安が悪いと聞く。第12トウキョウなんかは、都そのものがスラム化しつつある、なんて噂話も聞いた。
しかし人は、区画移動をする事はあっても、都をまたぐという行為は滅多にない。自分のような田舎者が都会に憧れて、というのが殆どだ。
自分のような、というところで彼は気づいた。
「MOAか」
「あぁ?」
「いや、こっちの話」 猛人は口元に手をあてた。
各トウキョウに一つづつ存在するMOA機構。
動けば動くほど、それに姿を晒す機会が多くなる。
ジャンクにとっては、凶悪な同種、ボーグ、PSIなどの犯罪者、賞金稼ぎよりも余程やっかいだ。
「確かに、危険だな」
「何ブツブツいってんだ?」
「な、なんでも――」
「ふーん、つかこれっ」
彼女が端末を差し出す。
彼が受け取ると「ちげえよ」 と、奪い取られた。
「これみろ」
いいながら、彼女はHPの映像を見せてきた。
「メールボックス?」
「ああ、そうだ。ここで依頼を受け取るんだけど、一番新しいメールを開いたらさ」
「どれ……」
いいながら彼は目を凝らした。別段視力が悪いわけではない。むしろ、ジャンクになってからは、それまで見えなかったものまで見えそうな程だ。
「これって」 猛人は眉をひそめ呟いた。
そこにはこう書かれていた。
『お二人はJ・キッズの方ですね。よくおいでくださいました。46階の15号室でお待ちしております』
「見られてんな」
栞生が嬉しそうに呟く。
それとは裏腹に、猛人は背筋に冷たいものを感じた。
大昔、トウキョウを日本と呼んでいた時代から続く、人の習性なのだろう。
こういう得体のしれないものを目にすると、どうしても幽霊のような不確かな存在を意識してしまう。
彼は頭を振る。
現代――トウキョウでは、その存在が何なのか、とっくに解明されているというのに、と。
幽霊――それは残留思念。それは超極小の粒子の集まり。その粒は思粒子と呼ばれ、物質階層構造の枠の外に存在する。
人間だけでなく、この世のモノならば常に発散している――いわば香りのようなもの。
と、頭では理解していても彼の悪寒は止まらなかった。
猛人は栞生を見た。
彼女の瞳は、鈍色に輝いている。
生まれたときからジャンクである彼女には、彼が感じているモノの原因なぞわかるはずもない。
彼は改めて思う。
やはり人とジャンクは違う種なんだ、と。
そして、ジャンクであるはずの自分が感じているこれは、自身のどちらの部分が反応しているのだろう――
「おら、いくぞ!」
彼の思案を遮るように、栞生が促した。
猛人は黙って頷く。
今、そんな事考えても仕方がない。この仕事を終えれば答えがでる。何となくそんな気がした。
二人でエレベーターに乗り込むと、階数を指定した。
無音。無振動。無臭、は叶わなかった。意識はしていなかったが、彼女からそれとなく血の匂いを感じたからだ。
「何見てんだ?」
下から、言葉と共に彼女の顔が近づき、猛人は身じろいだ。
「何でもない。ついたみたいだよ」
「ああ、んっじゃ相手の面おがませてもらおうか」
「ちょっと、暴力はなしだよ!」
「はいはいはい!」
意気込みを感じさせる返事に、猛人は不安を感じた。
そして、何もないことを祈りながら、彼女の後に続く。
「ここみたいだね。15号ってかいてある」
「んなもん見ればわかる!」 言いながら、彼女はドアを思い切り開けた。
「ちょっと! 普通、呼び鈴ならすでしょ!」
「あ? んなもん知るか!」
と、二人が玄関で言い合っていると
「いらっしゃい。待っていたわ」
奥から40歳手前くらいの女性が出てきた。
細身で小麦色の肌。茶色い艶のある髪は、肩辺りで切り揃えられている。
「あ、あなたが依頼主さんですか?」
横であーだこーだ言っている栞生を無視して、猛人が訊ねた。
「ええ、そうよ。さ、二人とも遠慮せずに」
女性に促され、二人は奥に入っていく。
直ぐに開けた場にでた。
こげ茶の壁と天井は、猛人の住まいであるアパートと、比べ物にならないほど綺麗なつくりである。
その面には凸凹ひとつなく、触っているのかいないのか、感覚が曖昧になるほどだった。
そして部屋の中央には四足の低い机が一つ。それを囲むように座椅子が一つ。座布団が二つ用意されている。
「さ、そこにどうぞ」
二人は言われたまま座布団に座った。
「すごい、いい部屋ですね」
猛人が正直に述べた。自分の部屋なんて、と。
「逆にそういう部屋に興味があるわ。なんかこう、インスピレーションが刺激されそう」
「インスピ……」
栞生が首をひねる。
「もしかして、何かつくる人なんですか?」 猛人は訊ねた。
「ええ、これでも私、デザイナーなのよ」
女性は照れくさそうに口元を押さえる。
「なんのデザインをしてるんですか?」 彼は更に訊いた。
「インテリアよ。トウキョウよりも海外向けのものが多いかしら」
「へえ、デザイナーって儲かるんですね」
言い終わってから、彼はしまったと思った。
悪気はなかった。単純に頭に浮かんだことを、こぼしてしまっただけ。
それが伝わったのか、女性は「正直な子ね」 と微笑んだ。
「てか、なんでデザイナーなんかしてんのさ」
栞生は眉をよせ、不服そうに言うと、口をすぼめた。
「おい、決まってるだろ! 才能だよ才能! 芸術ってのは生まれ持ったものなんだよ!」
女性のかわりに猛人が熱く語った。
すると、すぼめられた彼女の口が、つり上がった。
「なるほど。才能、ね」 と、短く笑う。
「栞生、失礼だよ」
言うと、彼は栞生に顔を見合わせた。
「あ? お前、なんか勘違いしてないか。この女は――」
「いいのよ」
彼女の発言を遮り、女性が言った。
どちらに対して言ったのかはわからない。
あるいは、二人に対して言ったのかもしれない。
その証拠に、猛人と栞生は同時に女性へ顔を向けた。
「二人共、そんな事で言い争わないでちょうだい」
言うと女性は、猛人へ向いて続けて言った。
「私は、あなたが思うような真っ当な人間じゃないわ……」
「それって、どういう意味ですか? デザイナーの仕事で成功してて、こんないい所に住んで、一体何が――」
途中まで言って、彼は違和感を覚えた。
ここまで“普通”以上の社会的地位を持っている人が、何故J・キッズに依頼なんてするのだろうか。
なにか事件に巻き込まれたなら警察機構に頼ればいい。
ジャンクや、ボーグ、PSI絡みならMOAに相談すればいい事だ。
「その女、PSIだよ」
突然、暴露をしたのは栞生だった。彼は思わず彼女を凝視した。
それから女性へ目を向けた。
「ええ、そうよ」
女性はあっさりと認めた。それから、
「元々、隠すつもりはなかったのよ」 と、付け加えた。
「当然だ。依頼にも関係ありそうだし、そのあたりの事は詳しく話してもらうよ」
栞生が吐き捨てるように言った。
「ええ、知りたい事があれば何でも言ってちょうだい。全て答えるわ」
女性は小さく息を吐くと、姿勢を正した。
「依頼内容はなんだ?」
栞生が強く言う。粗暴さはないが、言葉からは苛立ちを感じた。
「単刀直入ね。依頼は、息子を探し出し、助け出して欲しい」
「息子さん」
猛人が口をつく。
「ええ、1週間前に8区内の繁華街ではぐれたきり……」
「助け出して欲しいってのはどういう事だ? 心当たりでもあるのか?」
栞生は目を細めた。
「ある、といえばある。ない、といえばない」
歯切れの悪い返事に、猛人はその意味を訊ねた。
すると、女性は大きく息をはいて、
「PSIが社会的にどういう扱いをうけるかわかるかしら?」 と、逆に訊ねられた。
彼は、ぱっと頭に浮かんだものを言おうと口を開く。
「そんなにいいものじゃないわよ」
女性は、今から彼が何を言うか知っているみたいに返事をした。
猛人は思わず「えっ」 と、声をもらすと、数度首をかしげる。
「その女は思粒子を読み取るタイプだ」
忌々しそうに栞生は呟いた。
「それって、つまり……」 再度首を傾げる猛人。
「心が読める。と言った方がわかりやすいかしら」
女性は観念したような笑みを作る。それから続けて
「実際のところは“心が読める”ってほど万能じゃないんだけどね。現に、彼女の思流は、上手く読み取れないわ」
女性は栞生に目を向ける。それから、微かに眉をヒクつかせ、
「なにか、ジャミングのような……」
呟くと、諦めたように栞生から視線を外す。そして、
「このせいで、彼女にはあっさりと、私がPSIだとバレちゃったしね」 と、自身を嘲笑うように短く笑った。
栞生は、当然、とでも言うみたく鼻を鳴らす。
「な、なるほど。って事は栞生もPSIなのか」
猛人は唸った。
すると、栞生は彼にまくし立てた。
「ちげえよ! ジャンクでPSIなんているわけねえだろ。てか、そういう力を持っていても、ジャンクはジャンクだ。そういう力を持ったジャンクだ。PSIってのはあくまで人間だ。人間という括りの中で、変な力を持ってる奴らをPSIっていうんだよ! 一緒にするな」
言い終わると、彼女は口をへの字に結んだ。
猛人はまあまあ、と栞生をなだめる。
「彼女は、そうね。思粒子を、ってタイプじゃないわ」
女性は栞生を見て言った。それから少し間を置いたが、彼女の中でいまいち考えがまとまらないのか、
「ジャミング……不純物……別の――」 と呟いた。
「あたしの事はもういいだろ。それより依頼について聞かせろ」
栞生は話のきどうを元に戻そうとはかった。
女性は我にかえったように「そうだったわね」 と呟くと話はじめた。
「PSIの社会的な立場って、実はすごく不安定なのよ。そうね、両極端って言ったほうがいいかしら。悪い方にむかうケースが殆どだけど」
「はあ、それがいったい、息子さんがいなくなった事と、どう関係するんですか?」
猛人は訊ねながら考えた。
PSIが悪い方へむかうというのがどういう事か。その力次第では簡単に社会的地位を獲得できる。やりたい放題じゃないか、と。
「悪用されるって事でしょ」
栞生が興味なさそうに呟く。
女性はそれを聞いて、小さく頷いた。
そうか、と猛人も、彼女の息子が消えた理由を悟った。
「待ってください。息子さんもPSIなんですか?」
「いいえ」
「じゃあ――」
「でも、血族にPSIがいるのと、いないのとじゃ、力の発現率が大分変わってくるらしいわ」
息子の事を思い出しているのだろうか。彼女は言い終わると歯を食いしばった。
「ちょっと、待ってください。もし、息子さんが誰かにさらわれたって確信があるなら、何故――」
「警察やMOAに相談しないか? 出来ないわ」
「何でですかっ」
「そりゃ、今の生活がなくなっちまうからだろ」
栞生は室内を見回しながら、退屈そうに呟いた。
「ええ、そうよ。警察に頼れば私が犯した罪を罰せられる。MOAに頼れば息子を奪われるかもしれない」
「奪われる、って。そんな……」
猛人は大げさな、と言おうとした。しかし、彼の思流を読んだ女性は、身を乗り出すと血相を変えて訴えた。
「決して大げさなんかじゃない。MOAは優秀な人材確保の為なら、多少の犯罪行為くらいもみ消すわ。とくに天然のPSIは、彼らが喉から手が出るほど欲しい人材のはずよ」
「それが、息子の幸せだって考えた事はないのか?」 言いながら、栞生は女性を見据えた。
女性は眉尻を二回ひくつかせる。彼女の思流を読もうと試みたのだろう。
改めて、それが無駄な行為だと悟ると、ゆっくりと話しだした。
「そうね。PSIにとってMOAは、もっとも恵まれた環境なのかもしれない。衣食住に困る事はないし、高いレベルの教育も受けられる。“力”があるというだけで、特別待遇だもの……でもね」
女性は言葉を切って俯いた。
その目から涙がこぼれ落ちていた。
「何が不満だってんだ……」 栞生が鬱陶しそうに訊ねる。
すると、女性は充血した目を彼女に、それから猛人にも向けた。
「あなた達よ……」
「え?」 猛人は思わず訊き返した。
「この世界のどこに…………。我が子を、ジャンクと戦わせたいと思う母親がいるのよ……」
悲痛な叫びだった。
ジャンクは存在しているだけで、こうも人を不幸にするのか。
猛人は心の中でうなだれた。
しかし、彼女――栞生は違った。
「くだらねぇ……」
「何がくだらないのよっ」
「あんたは自分も助かりたいし息子も助けたいってんだろ? だから人間は嫌いなんだ。欲深い。底なしだ。生きてりゃ、何時かは何処かでリスクを負わなきゃなんない時がくんだろ。それは今なんじゃねえのかよ。力があるのに、あたしらに丸投げして、あんたは高みの見物か」
「そ、そんなつもりはっ――」
「ないって言い切れるのか? あんたはこう思ってたんじゃないか。ジャンクなら丁度いい、何かあっても奴らを盾にすれば、自分にまで手はまわらないだろう、って。あまり、あたしらを舐めるなよ」
女性は何も言い返せなかった。ただただ眉尻をヒクつかせるばかりだ。
「ちょっといいですか」
今にも変身しそうな栞生の横で、猛人が小さく手を上げた。二人から返事がないので、彼はのそまま発言を続ける。
「俺はこの依頼うけようと思います」
女性は目を見開き彼に目を向けた。
猛人はその視線を真っ向から受け止めて、更に続ける。
「貴女が今まで、その力でどんな悪事をしてきたか知らないし、知りたくもない。あなたがジャンクを蔑むのも、人間なら当たり前の事だし」 言ったところで栞生の鈍色が、猛人へ向いた。
彼は、待って、と彼女を制して話を続ける。
「でも……それは貴女の事情で、栞生が言ったのはジャンクの事情で。俺はそんなのどうでもいい。だって、今本当に危険な状況で苦しんでるかもしれないのは息子さんなんだから……」
「あなた……」 女性が訝しむように眉をひそめた。
そこから少し、沈黙が続いた。
そして女性は、何か言いかけて口をつぐんだ。
猛人は、はにかんだような笑みを見せた。
「だからごめん、栞生。俺、一人でもこの依頼うけるよ」
言われ、彼女は面白くなさそうに舌打ちをした。
「言っとくけど、あたしはやらないとは言ってないからな。その女が気に食わないってだけだ。仕事は仕事として、割り切ってやるさ。そのかわり」
言葉を切って彼女は女性を睨んだ。そして、
「報酬ははずんでもらうからな」 と、もう一度舌を打った。




