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GUARDIAN  作者: 剴鴉
4/14

死に方を求めて 4

 旧東京タワーにつくと、栞生がいた。

 夜風でプラチナブロンドが揺れている。

 傍から見れば美少女だ。

 しかし、ジャンクでもある。

 猛人は内心不安を抱えたまま、彼女に声をかけた。

「おっせーよ」 

「わ、わるい」

「ったく、そんじゃ行くぞ」

 栞生は顎をしゃくった。

「どこへ?」

 猛人は素朴な疑問を口にした。

 彼女から返答はない。仕方なく、あとに続く。

 5分、10分と歩き、1時間を過ぎた辺りで、栞生は足を止めた。

 やっと着いたのか。彼がそう思ったら

「ここからちょっと走るから、ついてこいよ」 と、彼女はある方向へ顎をしゃくる。

 現在地がどこなのか、既にわからなくなっていた猛人にとっては、言われるままについて行くしかなかった。

 彼女が消えた。と猛人は錯覚した。

 目を瞬かせると、前方100m程の所に栞生を認めた。

 彼女は言った通り、走っていた。

「まってくれ!」

 猛人は叫びながら、夢中で彼女を追いかけた。

 できる事なら追いつきたがったが、差を縮めるので精一杯だった。

 彼女が止まるのを認め、猛人も止まる。

「へえ、ついてこれんだ」

 栞菜は鼻で笑うと、乱れた髪をかきあげた。

「……ここ、どこなの?」

「ああ。第3トウキョウ15区の――」

「は!?」

 彼女が言い切る前に、猛人は割り込んだ。

「15区って、家の正反対じゃないか! 何区またいだんだよ!? え、ちょっとまって俺達徒歩だよな? 家からだとどのくらいかかるんだっけ。……リニアでどんくらいだ?」

 彼女の表情が、険しくなる。

 猛人はそれに気づかず更に続ける。

「歩き+走りで? どんな速度……普通に走ってたつもりだったけど?」

「おい」 と、栞生。

「いや、ジャンクならこれが当然なのか……てか15区ってスラム区画じゃ!?」

「なあ」 再度、栞生。

「何でこんな所につれてき――」

 言い切る寸前で、猛人は言葉を切る羽目になった。

 腹部を押さえ、数度咳をする。

 腹を殴られたとわかって、彼は栞生に目を向けた。

「うぜーんだよ。こんな事でいちいち大騒ぎすんな。次は穴あけっぞ」

 拳を握り、舌打ちする彼女に、猛人は頷き返した。

「でも、何で15区にきたかくらい教えてくれてもいいだろ?」

「あぁ? あたし達の“家”があるからだよ」

「はあ、家。はあ……家…………」

 猛人は数度、家という単語を繰り返す。

「本当に面倒くさいやつだな。黙ってついてこいよ」

「面倒……って。普通は気になるだろ?」

「それでも黙ってくりゃいいんだよ!」

 怒鳴られ、猛人は身じろいだ。

 彼女は向き直り歩きだした。

 彼は仕方なくそれを追う。同時に、辺りを注意深く観察した。

 普通に生活をしていれば、絶対に来ることのない、スラム区画。

 各“トウキョウ”に一つは存在し、貧困層や荒くれ者の集う場として有名である。

 ジャンクがいるのはもちろんの事、超常能力者(PSI)やサイバネティックオーガニズム――通称ボーグの人間犯罪者も数多く存在する。そのため警察のかわりにMOAが派遣される事もあるという。

 そんな噂話を思い出しながら、猛人は廃屋や、乗り捨てられた箱型の自動四輪車の影を目で追った。

「んなビビんなくても大丈夫だって」

「本当かよ……」

「近くに人間がいりゃ、まあわかるし、あたしを誤魔化せる程、“におい”を隠せるジャンクなんて、そうそう居ないから」

「って事は今、周りには誰も?」

「いない。この道は、生き物の通りに乏しいんだ」

 そう言うと、彼女は立ち止まり鼻を突き出した。左を向くと、また歩き出した。

 彼は安心したのか、先程よりも余裕をもって辺りを観察した。

 アスファルト面の道路を突き破り、天然木が生えている。

 その大きな根のせいで、本来は平らなはずの道路が、上に下にと傾いていた。気がつけば足元も凸凹している。

 人間が徒歩で通るような道ではなかった。

 栞生が止まるのを認め、猛人も足を止めた。

「ついた」

「ここ?」

 彼女の言葉に猛人は首を傾げた。

 そこは草や木が折り重なっただけの場であった。

 強いて言えば他の所よりも、その密度は濃い。暗がりのせいもあり、はなれて見たなら巨大な岩に見えなくもない。

「ついてきて」

 彼女は言いながら、草木をかきわけ入っていく。

 猛人は訝しみながらも後に続いた。

 少し歩いて、ストンと腰が落ちた。段差のせいだった。

「気をつけろよ。ここ階段になってるから。まあ、タワーから落ちても大丈夫なら、転がって行っても大丈夫そうだけど」

 彼女が悪戯っぽく笑う。

「む、無茶言うなよ」

 彼は苦笑いを浮かべ否定した。

 暫く階段を下っていくと、突然広い空間にでた。

 彼の左手側は幅広い溝になっている。覗き込むと、梯子を横に倒したような金属ラインがあった。それが見える限りのびている。

 栞生が溝に降りるのを見て、猛人も降りた。

「ここって?」 彼が訊ねる。

「すっごい昔に使われてた鉄道って所らしい」

「あ、授業でやった記憶あるな。地下を走る列車の通り道だったけか」

「ふーん。こんな所はしるなんて、人間って馬鹿なの? ジャンクならいざ知らず、この深さで生き埋めになったら、絶対たすからないでしょ」

「え、あー、うん。当時の技術じゃこれが精一杯だったんじゃないかな」

「へー。まあ興味ないけど」

「ハハ……」

 彼は愛想笑いを返し、視線を栞生からはずした。

 辺は完全な暗闇。しかし、『見よう』と思うと何となく場の輪郭がわかった。

 上も横もアスファルトで覆われ、足元には金属梯子が走っている。それを目で追っていくと、100mほど先に光が見えた。

 青赤黄色緑――淡く色彩豊かなネオン光だった。

 近づくにつれ、光源が見えてきた。

「ネオンボール?」 猛人が訊ねると、栞生は「そうそう」 と答える。

 そして、

「はい、ホント着いた」 彼女は面倒臭そうに息をついた。

 光が照らす場所にはドアがあった。

 分厚い金属製。それも、明らかに鉄道より新しい作りだった。

 彼女はそこを指差し、

「入って」 と促す。

 光沢の無い、滑らかな面には取っ手も鍵穴もついてない。

 この手のタイプは指紋か声紋認証と相場がきまっている。

 猛人は指を押し当てた。

 うんともすんともいわなかった。

「なにしてんの」 

 栞生が険しい顔で訊いた。

「え? いや、指紋?」

「はあ? あんたは初めて来たんだから、指紋に反応するわけないでしょ」

「ん、そっか」

 じゃあ声紋で、と言おうと思ったが、彼女の表情を見てやめた。

「押して」 早くしろよと言わんばかりに彼女が急かす。

「押すって? 押すの?」

「そう」

「普通に手で?」

「そうだよ」

「栞生の指紋じゃダメなの?」

「指紋認証機能は壊れてるから。てかさり気無く呼び捨てか。まあいいや。とりあえず押せ」

「力ずくであけるのは無理なんじゃ……」

 猛人は、彼女の形相が変化する様を見て、慌ててドアを押した。

 びくともしなかった。

「人間の感覚で力んでんじゃねえよ」

 栞生は小さく怒鳴ると、ドアに手あてる。

 猛人は横にずれてその様を眺めた。

 彼女の手が微かに光った気がした。

 すると、少しだけドアが動いた。

「ち、おんぼろめ」

 彼女は歯噛みするように言った。

 すると、その白い細腕が光を帯びた。骨に沿って、光子が明滅しながら駆け巡っている。

「各態するまでもねえ――」

 彼女は口元をつり上げ、一気に腕を押し込んだ。

 すると、鈍い摩擦音をあげて、ドアが開いた。

「すごいっ……」

 猛人は思わず感嘆の声をあげた。

「関心してないで入れ」

 彼女に言われるまま、ドアの向こうに足を踏み入れた。

 そこは埃っぽく土臭い鉄道路とは異なっていた。

 壁や天井は、全てチリ埃の出にくい単物質ブロックで出来ており、数十平方の灰色の空間が広がっている。そこには椅子やテーブルが無造作に置かれ、その上にはホログラムPCが一台放置されていた。

 金属の軋む音がして、猛人は十数メートル先の、右壁に面して備え付けられたドアの一つに目を向けた。

「やあ、いらっしゃい」

 ドアの向こうから出てきたのは25、6くらいの男性だった。

 グレーのスエットパンツ。上はタンクトップにナイロンベストで、黒混じりのウェーブがかった金髪は、無造作に後ろへ流されている。

「言われた通り連れてきたから」

 猛人の後ろで栞生が言った。

「ごくろーさん」 男性は小さく手を振る。

 それを見て、彼女はふてくされるように、ホログラムPCのあるテーブルに座った。

 男性はテーブルの一つから椅子を引っ張ると、そのまま少し歩き、落ち着けた椅子を跨ぐように座った。

「君が、猛人君?」

「あ、はい」

「いくつ?」

「19ですけど」

「へー、栞生と同い年だね」

 男性は彼女の方へ顔だけ向けた。

「うっせ。 なんでこんな奴連れてこなきゃなんないんだよ。あたしがさ」

「まあまあ。僕が直接いっても良かったけど、」

 男性は言葉を切ると、猛人に顔を向けて再度話しだした。

「やっぱさ、女の子の方が警戒されないじゃん?」

「はあ? んなもん力ずくで連れてくればいいだろ」

「それにしたって、栞生は適任じゃないの」

 これには猛人も、内心でごもっともと頷く。

 彼女はPCから現れた立体映像を見ながら 「そんな、役に立たなそうな奴どうすんだか」 

 言われて猛人はむっと顔をしかめた。

「ごめんねぇ。彼女、口悪くってさ。乱暴とかされなかった?」 男性は頬を掻きながら苦笑した。

「あ、まあ。それより、ここはいったい……それに、なんで俺を連れてきたんですか?」

 猛人はたまらずに訊いた。

「スラム区画の地下。ってのは求めてる答えじゃないよね。ここは僕ら(J・キッズ)の住処」

「Jキッズ……? それって、」

「そうだな~。“家族”だなんてカッコイイこと言っていいかな栞生ちゃん?」

 男性は彼女へひょいと顔を向けた。

「あんたのチームだから好きに言えばいいだろ」

 彼女は相変わらずの調子で返事を返す。

「もう、つれないなぁ~」

 男性は頭をふりながら猛人へ向いた。

「チーム、ジャンクのチーム……なんですか?」

「そういう事」

「ジャンクの集団……」

 その根城に自分はいる。話の流れから、いま会話している、この男性がリーダーだ。彼がその気なら、自分はあっという間に八つ裂きに。

 考えただけで猛人の身の毛はよだった。

「そんな怖がらなくていいよ。危害を加える気はないし。それに集団ってほど大きくもないしね。弱小チームだからさ」

「ちっ」 と、栞生から舌打ちがとんだ。彼女の視線は映像にむいたままだった。

「それで、そんな……Jキッズの人達が俺になんの要件があって……」

「別に。何にもないよ。ただ見てみたかっただけなんだよね」

「え、それだけなんですか? 食べたりとか……」

「食べる? 猛人君を?」

「は、はい」

「あんた、死にたかったんじゃないの?」

 栞生からいらぬお節介がはいった。

「違うっ……ち、違わないけど……食い殺されるのなんてっ」 

 彼は声を荒らげて否定した。

 すると、男性が声をあげて笑った。

「安心しなよ。殺さないし、食べたりもしないよ」

「本当ですか……」

「あはは、やだなぁ、そんな目で見ないでよ。人間は人間を食べないでしょ? それと同じでジャンクもジャンクを食べないんだよ。基本はね」

「あ、はあ……基本は、ってのがひっかかりますね」

「ん? まあ滅多にいないんだけど、共食いする事で一種の快感を得る輩もいる」

同胞食どうほうぐらいのクソの話はやめろ。気分わりぃ」

 栞生が心底鬱陶しそうに吐き捨てた。

「はいはい。もうしないから。 彼女の反応見てわかったでしょ? ジャンク同士で食らい合うのはもっとも嫌がれる行為の一つ。頼まれてもやらないよ」

「じゃあ、尚更わからない……なんで俺を」

「興味があったんだよね。人間からジャンクになるなんて、なかなかない事だから」

「なかなか!?」

 猛人は思わず声を荒らげた。

「うん。滅多にない」

「って事は、少なからずあるって事なんですか?」

「んー……僕も会ったのは君が初めてだけど、噂では過去に何人か、」

「その人達はっ! その、今、どうしてるんですか!」

「さあ、昔に噂を聞いただけだからねぇ。あんまりいい話はないよ。MOAに捕まって研究材料や実験体にされているだとか。同胞食の末、他のジャンクに制裁されたとか」

「そんな……それじゃ、俺は、俺も……」

 猛人はその場に崩れた。もしかしたら、自分と同じような境遇の者が、人として幸せに暮らしている。そんな夢を、心のどこかに描いていた。

「君の心境はわかりかねるよ」

 男性は変わらず、のんびりした調子で言った。それから軽く一息はいて言葉を続けた。

「とりあえず、どうだろう? Jキッズでジャンクとして生きてみないかい? 君が死にたがっているっていうのは栞生から聞いているけど、それはジャンクとして生きれなかった時の最終手段でいいんじゃないかな。まあ、決めるのは猛人君だし、どうしても死にたいってなら、この場で殺してあげてもいいけど」

「……一つ教えてください」

「なにかな?」

「人として、人として生きる道はないんですか?」

「無理だろうね」

「……何故、言い切れるんですか」

「僕がジャンクだから」

「どういう事ですかっ。俺は――」

「そう。君もジャンク。元人間だろうが、そんなのは関係ない。ジャンクになってしまったのなら、ジャンクなんだよ。世間はそれ以上にもそれ以下にも見てくれない」

「それでも、人として生きる道があるんじゃ……」

「僕はないと思うけどねぇ」

「……俺、それを見つけたいです」

「うーん……」

 男性は腕組みして唸ると、

「とりあえず、死なない方向だね」

 満面の笑みを猛人に向けた。

「はい。なんか目的が見つかったっていうか、その――」

「ねー、まだ終わらないのー?」

 子供の声がして、猛人は言葉を切った。視線を声の方へ。すると、6、7歳くらいの少女三人が、男性の出てきたドアから、顔をのぞかせていた。

「もう終わったよ。こっちおいで」

 男性が手招きすると、素足の少女達が、パタパタと足音を立てて近づいてきた。

「あの、この子達は?」

「Jキッズの若きメンバー達だよ。 ほら、三人ともお兄ちゃんに自己紹介して」

「はーい。麻耶まやです」

伽耶かや……」

「うん、沙耶さやだよ!」

「メンバー!? この子達も、ですか?」

「うん、ただこの子達は、」

「お兄ちゃんはジャンクなの?」

 男性の言葉を遮って、栗色の長い髪――麻耶と名乗った少女が言った。

「そうだよ」

 自分でも不思議なくらい、すんなりYESと言えた事に、猛人は内心で驚いた。

 麻耶の黒い真っ直ぐな瞳が、そうさせたのだろうか、と思っていると、

「じゃあじゃあ!」

 沙耶と名乗った少女が、赤みがかったオレンジの髪を、耳にかけ直しながら声を上げた。

 すると、ピンポン玉でもあてられた様な衝撃をうけて、猛人は額を摩った。

「こら、沙耶」 と、麻耶が頬膨らませた。

「ごめんね猛人君。沙耶は三姉妹で一番やんちゃだから」

「あ、いえ、全然。ていうか」

 猛人は再度額を触ってから首を傾げた。

「三人は天然のPSI(サイ)なんだよ」 男性が視線を下に――三姉妹に向けた。

「え……ていう事は、人間!?」

「うん。訳あって、僕らが面倒をみてるんだよ」

「でも、人間とジャンクが、」

 猛人は言葉を切った。か細い、子供の声が聞こえた気がした。

「……わ……ら………よ」 

 辺りを見回していると、また聞こえた。

 原因を目で追うと、それは麻耶と沙耶の後ろで、華奢な体を一際小さくしている少女――伽耶だった。

 目下まである、真っ黒な髪の奥から、ピーコックグリーンの円な瞳が覗いている。

「こら、伽耶。はっきりいいなさい」 麻耶が促す。

 それから沙耶に引っ張られた伽耶は、照れくさそうに俯いて

「かわらない」 と呟いた。それから、もう一度口をひらくと、

「お兄ちゃん達も私たちも……」 と付け足した。

 猛人は何も言わずに微笑み返した。

 すると伽耶は、再び麻耶と沙耶の後ろに引っ込んだ。

「さあ、みんなの自己紹介も終わったところで、」

「ちょっと!」

 まとめようとした男性に栞生がツッコミをいれた。

「何かな栞生ちゃん?」

「いや、あんたの自己紹介おわってないでしょ」

 言われ、男性は胸の前で手を叩く。

「そうだった。僕はJ・キッズのリーダー、右京うきょう。改めてよろしくね、タケちゃん」

 猛人は差し伸べられた手を握った。

 今日から、新しい人生が始まる。

 そう、予感しながら。

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