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GUARDIAN  作者: 剴鴉
3/14

死に方を求めて 3

 真っ暗なトイレの個室で「そろそろか」 猛人は呟いた。

 ずっと展望台に居るわけにもいかず、色々見回った結果、ここに落ち着いたのだ。

 HOLO×13で時間を確認する。

 Nt22:56の表示を見て、彼は個室を出た。

 タワーの見物終了時間はNt20:00までだ。中に人はいない。いるとすれば警備員くらいだろう。

 もし鉢合わせになったらどうしようかとも思ったが、どうせ死ぬのだからと、開き直る事にした。

 展望台にいくと、しん、と静まり返った空間が彼を迎えた。

 警備がいない事に内心ほっとしながら、暫し夜の景色を楽しんだ。

 そしてガラス張りからはなれ、外の展望台へ続く階段をのぼる。

 外に出ると、胸まである赤い柵に手をかけた。

「これで――」

 全く躊躇いがない事が不思議だった。

 柵を跨ぎながら猛人は思った。自室で行った自殺はどこか衝動的だった気がする。だが、今は違う。

 彼は無造作に身を投げ出した。

 浮くような感覚の直後、がくんと引っ張られるような感覚が身を襲った。

 猛人は自然と目を閉じた。

 地面につくまで、想像よりも長い。と思った瞬間、全身に衝撃が走った。

 肉と骨を満遍なく震わされるような感触。あまりの力に痛覚すら麻痺したのか、その瞬間は痛みがなかった。

 うつ伏せで地面に頬をつけ、彼は満足そうな笑みを浮かべた。

「アンタ、何してんの?」

 上から声がして猛人は目を開けた。

 そこには最近見慣れ始めた第3トウキョウの暗がりがあった。

 死ねなかったんだと彼は悟った。

 そして、無性に悲しくなり涙が溢れてきた。

「ねえ? そんなとこで――泣いてんの?」

 またも上から声がした。しかし彼の耳には入らなかった。遅れてきた全身の痛みも感じなかった。

「死ねない……死にたいのに、なんで……」 

「死にたい? 自殺? 手伝おうか?」

 上からの声。

 猛人はやっとその声を認識した。

「おい、シカトかよ」

 言われ、彼は声の方を見た。

 少女だった。

 暗がりでも目立つ、プラチナブロンドのショートヘアーが、月明かりをうけて光の粒を放っていた。

 猛人は涙を拭きながら起き上がった。それから不安に襲われた。

 もしかしたら、飛び降りたところを見られていたかもしれない、と。

「あ? なんだよ起きてたなら返事しろよ」

 彼は誤魔化そうと言い訳を考えた。

「いや、君、中学生? 高校生くらい? ダメだよこんな時間にであるいちゃ」

 出た言葉に、無理やりすぎる。と彼は内心で自身につっこんだ。

 立ち上がると、目も慣れてきたのか少女の中性的な顔が見えた。

「アタシは18だよ。学校はいってないけど。いってりゃ大学1年のとしだから」

「へえ」 言いながら、彼は何事もなかったかの様に、服についた石粉を払った。

「それより、アンタ死にたいって言ってたよね」

「い、言ってないけど」

「言ってたでしょ」

「いや……」

「わけありなの? 死にたいなら手伝うよ」

「手伝う?」

「そう」 少女は何食わぬ顔で言ってのける。

 それが猛人の中の何かに触れた。

「どうやって」 彼は訊ね、歯を食いしばった。

「どうって言われても、死ぬのなんて簡単でしょ」

「簡単?」

「そうそう」

 簡単なものか。もう何度失敗していると思っているんだ。

 彼は奥歯をこすり合わせた。

「簡単な……」

「何?」

「簡単な――」

「聞こえないって。もごもご喋るなよ」

「簡単なわけないだろ! 俺はジャンクなんだよぉ! 死にたくてもこの体が……」

 彼は膝をつき額をアスファルトに叩きつけた。

 鈍い音がして、石粉が舞った。

 そこから沈黙が数秒あった。

 猛人は我にかえった。

 恐る恐る少女の顔を見る。すると、彼女は恐ろしい程の無表情だった。

「いや、違う。これは――」

 言葉は途中で途切れた。

 少女の白く細い指が、彼の首にくい込んだからだった。

 めきめき、と音がなった。

 確実に首が軋んでいた。

 刃物でも縄でも飛び降りでも壊れない体が、悲鳴をあげていた。

「や……し…………ぬ……」

「死にたかったんでしょ?」

 少女の手が力を増した。

 猛人は少女の腕を掴んだ。が、直ぐにはなした。

 これで死ねる。

 視界が夜の暗がりを超える闇に、閉ざされようとした瞬間、体が後ろに跳んだ。

 少女が突き飛ばした為だった。

「あんた、マジで死にたいんだ」

「そうだよ、悪いかよ……」 

 猛人咳き込みながら声を絞り出した。

「別に。ただ」

 彼女は言葉をきって2、3度グーとパーを繰り返す。その手を不思議そうに見ると、視線を猛人に移した。

 彼は意地で彼女の瞳を見返した。

「なんだよ」 我慢できなくなり、猛人が訊ねた。

 少女は不思議そうに彼を見て、首をひねる。

「だから――」

「あんた、本当にジャンク?」

 猛人が言いかけたところで少女が割って入った。

「あ、ああ? そ、そうだよ」

「ふーん。そうだよね」

 少女は自身の手を見て、もう一度首をひねった。

「アタシが殺す気で閉めたのに、あれだけ持ち堪えたんだから……まあ、そうなんだろうけど」

 彼女は顎をしゃくる動作をしながら、鼻で一息吸った。

「あんた、何で血の匂いがしないの?」

 今度は猛人が首をひねった。

「どういう事?」

「訊いてるのはあたしなんだけど」

「いや、その質問の意味がまったくわからないし、なんて答えていいかも……」

「あたしはあんたの、その言葉の意味がわからない」

「え……?」

「死にたい。ってところまではまあ、納得してやる。さぞ、いい暮らしをしてきたんだろうよ。だけど血の匂いがしないなんてありえない。それどころか、人間みたいな“におい”させやがって――。しかも、匂いがしないのは何でだって言ってるのに、その意味がわからないってどういう事だ? 記憶がないのか?」

「いや、だから血のにおいがするものなの? ジャンクって?」

「あ゛?」

 少女は怪訝そうに顔を歪めた。その表情からは苛立ちが見てとれた。

「君も、ジャンクなんだよね?」

 猛人の質問に少女は答えなかった。ただただ顔を歪めるばかりだ。

 彼はこれをYESととった。

 そして、この食い違いの原因を悟った。

 立ち上がり、一息吐くと「俺、昨日まで人間だったんだ」 と告げた。

 すると少女は声をだして笑った。

「な、何いってんのあんた! てか、何それ。わかった! いいよいいよ。もうさくっと殺してやるからさ」

「本当だよ」

 猛人は真っ直ぐに彼女の目を見据えた。

 この真摯な態度が功を奏したのか、少女は「なら話してみろよ」 同じく彼の目を見据えた。

 猛人はジャンクに襲われた話をした。それから自殺を試みて失敗したことも。

「そして、今にいたるってわけ?」

「ああ」

 少女は旧東京タワーを見上げている。

「あそこから落ちたのに?」

「ああ、死ねなかった」

「怪我は?」

「全身痛いよ。君にやられた首が一番痛むけど」

 猛人はニヤつきながら首元をさすった。

「ちょっと、まってて」

 少女は振り返ると、彼から数mはなれた。そして、ショーパンツから量子端末をとりだした。

 猛人がそれをのぞき見るような動作をすると「見んじゃねえよ!」 と激が飛んだ。

 彼女の手元から映像が浮き上がるのが見えた。何が映っているかまでは、 彼の方角からはわからない。ただ、彼女が「ふーん」「まじで?」「なんで」 と言っているのが聞こえた。

「はぁ!? 私が!?」 

 少女が叫ぶと、映像も消えた。

「何かあったの?」

 猛人は少女の背に訊く。

 振り返った彼女は顔を歪めていた。話が噛み合わなかった時のそれである。

「……んたの…………」

 発せられた彼女の声には、これまでの勢いがなかった。

「なに?」 と、彼が聞き返す。

「だからさあ……あんたの」

「おれの?」

「その、あれだ……」

「あれ?」

「アドレス」

「アド?」

「端末もってんだろ」

「あ、あるけど」

 猛人はHOLO×13を取り出した。

 すると少女はずかずかと彼に近づき、それを取り上げた。

 有無言わさぬ勢いに、彼が呆気にとられていると、

「はい、終わった」

 端末を投げつけられ、慌てて受け止める猛人。

「なんだよ、いったい」

「あ、あたしのアドレスいれといた」

「え、あ、はあ……」

「一ヶ月後、連絡する」

「え、なんで」

「知るか!」

 怒鳴られ、猛人は首を傾げた。

「とにかく、一ヶ月後だ! それまで死ぬなり、なんなりしてろ!」

 少女は吐き捨てる様にいうと、走り去っていった。

「な、何なんだよ」

 猛人は後味の悪さに、口をへの字に結んだ。

 端末に何をされたか確かめるため、HOLO×13を弄った。

 淡い緑のホログラムが現れる。上から順に各メニューが並んでいる。

 彼は『BOOKs』をタッチ。次に『ADDRESS』をタッチした。

 すると、名前やニックネームが現れた。

 その横にはアルファベッドや数字の羅列が並んでいる。確かめる様に、映像を下にスクロール。

 すると、カ行に見覚えのない名前があり、指を止めた。


 ここまで思い出して、猛人は足を止めた。

 そこはネオン灯と廃ビルに縁どられた河川敷――自身がジャンクだと知った場所だった。

「ここで……襲われたんだよな」

 遠くからサイレンが聞こえた。

 猛人は後ろを仰ぎ見た。

「MOAの処理班……? 本当に帰ってよかったのか……まあ、」 

 向き直り、彼はポケットからHOLO×13をとりだすとADDRESSを見た。

栞生カンナ……。あの子の名前……」

 旧東京タワー以来、彼女の事が頭からはなれない。

 何度かタワーにおもむいてはみたが、会う事はなかった。

 そして、今日が――と思ったと同時、着信がきた。

「長かったな……」 猛人は呟き、通信画面をひらいた。

 端末から映像が浮かび上がる。そこにはプラチナブロンドの少女――栞生が映っていた。

「よう、生きてたんだ」

「ああ」

「死ぬのやめたの?」

「どうだろう」

「ふーん」

「もう自殺はしてないけど」

「そうなんだ」

「ていうか、何で一ヶ月後に連絡を?」

「さあ」

 歯切れの悪い返事に、猛人は困った。沈黙が続いた。

 少女がそれを払うように咳払いをした。

「つかさ、今から迎えにいくから!」

「は? バイト終わって帰宅する所なんだけど……」

「家どこ?」

「第3トウキョウ6区の外れ、ジンボータウンだけど」

「なんか目印になるものある?」

「これといってないかな」

「ふーん、それじゃ旧東京タワーまできて」

「え?」

「そんじゃ」

「え、おい!」

 通信は切れた。

 猛人は大きく息をつく。そして振り返り、帰路を引き返した。

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