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GUARDIAN  作者: 剴鴉
2/14

死に方を求めて 2

 結局タクシーを呼ぶことはなかった。

 立ち並ぶビルと、それを照らすネオンの灯りの中へ、黒鵜は自身の足で消えていった。

 猛人はその様子を確認すると、店内のロッカールームに向かい歩き出した。

 MOAの処理班が来るまで待っていたほうがいいのだろうか。迷いつつ、惨事の原因である黒鵜が帰ったのだから、と頷いた。それになにより、これ以上MOAの側にいるのは生きた心地がしない。

 ロッカールームに入ると、自分の名前が書かれた棚に親指を押し付ける。

 自身の端末とは違い、すんなりと通る指紋認証に猛人は苦笑した。

 棚が開くと中にはダボダボのデニムとTシャツ、異様に小さいダウンベスト、色がマーブリングの様にごちゃまぜになったスニーカーが入っている。

「あれ、まった故障か」

 やれやれといった様子で、仕事着である白いカッターシャツと黒いスラックス、黒いローファーを脱いだ。それから棚の私服に着替えると

「くそ、たのむ! おい!」

 言いながらTシャツを、デニムを、ダウンベストを叩き、地団駄を踏むみたく足踏みをした。

 すると私服がうねりだし、サイズや色が正常なものに変化していく。

 服はジャストに。靴は真っ白に。

 本来の姿に戻ったのを確認して「この安物め」 と猛人は服に向かって文句を言った。

 店を出る際、もう一度だけ男性ジャンクを見ようと思ったが

「起き上がってきそうだしな」 店の明かりをおとした。

 帰り道、彼は自身がジャンクとなった時の事を思い出していた。

 それは一ヶ月前の出来事――第13トウキョウという片田舎から上京してまもない頃。

 BARでのアルバイトの帰り道、ジャンク数人に襲われたのだ。

 その瞬間の記憶は朧げだが、縦に裂けたジャンクの腕が、肩に噛み付いてきた事は覚えている。

 そして、なぜかジャンクの牙が、自分の皮膚を貫けなかった事も。

 その日の仕事中までは確かに人間だった。

 なぜなら、ライムを切る際に滑って指先を切ってしまったからだ。

 つまり、それまでは普通の刃物でも傷つく体だったという事だ。

 個体差はあるが、子供のジャンクでも牙や爪、膂力、瞬発力は普通の人間が刃物で刺すよりもずっと強力と言われている。

 それを通さないという事は、その時点で猛人の体は人のものではなくなっていたという事になる。

 彼を襲ったジャンク達も明らかに困惑し、それ以上なにをするわけでもなく場を去っていった。

 猛人は呆然とそれを眺めるしかできなかった。

 暫くその場に立ちすくんだ。そして事態を把握できた時、自然と涙が溢れた。

 それは襲われた恐怖にではなく、自身がジャンクになってしまったという精神的ショックによるものでもない。

 田舎で汗水たらしながら自分を育ててくれた両親に対して、申し訳ないという気持ちからだった。

「母さん、父さん。ごめんなさい」

 そう呟くと猛人は決意した。

 死のう、と。

 自宅についた彼は、まず刃物を使った。通常のナイフから電自動ナイフまで。

 刃が当たる感触が新鮮だった。奇妙とも感じた。

 見た目は人の皮膚と変わりない。それなのに当てたところから1ミリも刃が入っていかないのだ。当然痛みはない。電自動ナイフにいたっては振動がくすぐったく感じた。

 次に試したのは首吊りだった。

 遥か昔から日本警察機構はこれを愛用していると聞いた事があったからだ。

 彼は自室の中心に座り天井を見た。

 部屋の出入り口側の右隅へ、寄せるように置いてあるパイプベッド。これと対称にある壁際の天井には、濃い灰色の金属パイプがベッドと同じ向きに数本通っている。

 猛人の目は自然と、その濃灰色と薄灰色のストライプを捉えていた。

「このパイプ何が通っているんですか?」 と大家に尋ね「さあね」 と返されたのを彼は思い出していた。

 彼はパイプベッドを動かし、台がわりにすると縄をくくる。それから首に縄をかけた。

 その時、ふと室内の壁をみた。薄傷の多い薄灰色のアスファルトがまるで墓標のようだった。

 彼は目をつぶり、ベッドの端を蹴った。

 ぐん、と首に全体重がかかり、勢いでミノムシみたく揺れた。

 揺れがおさまり数分が過ぎた。

 猛人がふう、と大きく息を吐いた。

 ゆっくり目をあけると、薄灰色の壁が見えた。

 死ねてない。そう確信して縄を両手で掴む。

 体を揺らし、足をベッドにもっていくと首から縄をはずした。それから斜めになったベッドに仰向けになる。

 彼は目を閉じた。

 眠りから覚めた時、これが全て夢だったと思えると信じて。



 Mtモーニングタイム12:00を過ぎたあたりで猛人は目を覚ました。

 床に散らばったナイフ。斜めを向いたベッド。パイプに吊り下がった縄。

 これらを見て、あれは夢じゃなかったんだ、と彼は実感した。

 そして直ぐに、今日なにをするのかを決めた。

 彼は死ぬ為に図書施設に向かう事にした。

 施設につき、猛人は真っ白いドーム状の外観を見上げた。

 とくに感慨深いものはない。

 ただ、田舎とされる第13トウキョウでも、特に田舎の区画に住んでいた彼にとっては、1km級の施設なんてお目にかかる機会はない。そのせいか上京して以来、ついつい眺めてしまうのだった。

 中に入ると、人工木が等間隔に並んだ、直線の通路が目に入る。

 通路を挟んで右が現代情報部門。左が古代情報部門と大まかにわかれている。

 その部門の中には更に無数のジャンルがあり、その中にまた無数のジャンルが――種類を数えるだけで、一日が終わってしまいそうな程の品揃えがある。

 猛人は通路を数十m進むと右に曲がった。

 施設自体は何度か入った事がある。しかし、それでも目当てのジャンルを見つけるのに1時間以上を要した。

【ヒトゲノムジャンク異常者資料】

 そう書かれたホログラム看板を一瞥して、猛人は無数に立ち並ぶ棚を物色した。

 あいうえお順に並ぶアクリルケース。彼はその一つを引き抜き、ケースの中に入ったチップをHOLO×13に差し込んだ。

 『NOW LOADING』のホログラムが現れ、暫くして淡い緑が縦横30cm程の色彩豊かな映像に変わった。

 その映像に人差し指を当てると、弾く様に動かす。別の映像が現れた。それも弾く。

 同じ動作を何度も繰り返し、とある映像で指を止めた。

『・ヒトゲノムジャンク異常者の歴史・

 彼、彼女らがいつ誕生したのかは不明である。

 ただ、3000年以上前の確認情報も残っているので、

 その辺から存在している事は確実とされている。

 ただし私、個人の意見をここに記すなら

 彼、彼女らは太古の時代。トウキョウが日本と呼ばれていた時代。

 その辺から存在していたと信じてやまない。

 希少な太古文献より、鬼、妖怪といった摩訶不思議な存在がほのめかされている。

 これがヒトゲノムジャンク異常者ではないかと私は思っている。

 ただし、これを証明するにたるモノがないため、私はジャンク者研究者の中で異端とされている。

 そして、そうされている理由がもう一つある。

 ジャンク者に対して好意的な事だ』

 ここまで読んで猛人は眉をひそめた。

 ジャンクに好意的な人間。そんなものがいたのか、と。

 小学校から高校間に行われる、簡易的なジャンク知識の授業。これによりジャンクに対する好意、好奇心なんてものは無くなる。と彼は思っていたからだ。

 授業内容はいたって単純で、特定のジャンクが起こした犯罪と、その被害の写体映像を見せられるといったものだった。

 被害者は殆どが人間であり、五体不満足の状態である。

 オマケにジャンクのグロテスクな風貌もセットで見せられる。

 結果、ジャンクに対して猜疑と恐怖が生まれるのだ。

「ありえない」

 猛人は自分でも知らずに呟いていた。

「あんな気色の悪い怪物のどこに――」

 彼は言葉を切って指を動かした。

『彼、彼女らが<生物>を食す事は一般にも知られているが

 <生物>が人間を指すものだと断定されがちなのが

 ジャンクが嫌われる最もな理由なのかもしれない。

 正確には彼、彼女らは、文字通り生物ならば何でも栄養にする事ができる。

 つまり、人間である必要はないのである。

 ただ<生物>=人間という認識も間違ってはいない。

 彼らの食事は栄養を取るのとは別に、遺伝情報の保管を行なっているという説がある。

 人間を好むのは、より複雑な遺伝情報を摂取するため。

 そして彼、彼女らは新鮮なものでないと、遺伝情報の保管が不可なのではないか、と言われている。

 私はある研究施設で、実際にジャンク者の生態を研究した。その時の経験から、この説が真であると確信している。

 そこでは行った実験は、二人のジャンク者に、それぞれ生きたままの小動物マウスと、死んで24時間経過した小動物を与えるというものである。

 生きたままの小動物を食しているジャンク者は、不平不満を述べながらも肉体、精神ともに正常を保ち続けた。

 死んだ小動物を食しているジャンク者も、肉体的な異常は認められなかった。しかし、時間の経過と共に、精神的異常をきたしたのだ。

 これにより食欲とは別の、ジャンク者だけがもつ欲求があると私は結論づけた。

 私はそれをゲノム欲と呼ぶ。 

 このゲノム欲さえ、定期的に満たす事ができれば、彼、彼女らは人類にとって悪害ではない。

 というのが私個人の思うとことである』

 猛人は一息はいて目頭を押さえた。

 端末を持ったまま、立ちっぱなしで鑑賞している事に気づき移動した。

 シルバーカラーの丸机に丸椅子が密集する場所があった。彼はそこに腰を落ち着け、映像を指ではじいた。

『ジャンク者が嫌われる理由の一つとして、その形態のせいだ。という声も多いだろう。

 一般的には戦闘形態と呼ばれているが<捕食形態>というのが正確な学名である。

 普段は人間と変わらないが喜怒哀楽の変化やゲノム欲の発散行為の際に行われる、変身した姿がそれである。変身も正確な学名は<変態>である。

 変態後の姿が、人とかけ離れ、爪や牙などを剥き出しにする様が印象強すぎて、深層的な恐怖や嫌悪を抱くのだろう。

 捕食形態は人間で言う指紋や声紋と同じで、全く同じものは存在しないというのが明らかになっている。

 そこでこれを見て欲しい』

 猛人は顔を引いた。

 グロテスクな姿のジャンク画像が写っていたからだった。

 急いで指を動かす。しかし、次の映像も同じようなジャンク画像だった。

 書かれていた通り、どちらも全然違う見た目だが気色が悪いという点は共通していた。

 何故、全身が橙色なのか。何故、腿に口のような器官があるのか。顔面から生えている無数の管のようなものは何なのか。

 疑問と同時、顔にありありと嫌悪が浮かぶ。

「見なきゃよかった」

 彼は映像を数度はじいた。

 そして指をとめた。

 とあるジャンクの画像が印象的だったからだ。

 ジャンクに対して抱いた、初めての好印象なのかもしれない。 

 全身グアナコ石のような、透明度の高いターコイズカラー。額には小さな突起。目、鼻、耳は無いが、形は完全に人型といえる。

 少なくともこれまで見た画像に比べれば、この全身宝石のようなジャンクが美しいとさえ思えた。

 画像の下には、

『これは施設にいた時に私が担当した8人のうちの1人である。

 ジャンクの成長と老化は個体差がありすぎる為、この被検体の正確な年齢は定かでない。

 しかし非捕食形態の外見から、人間にすると7~11歳に相当すると思われる』 と書かれている。

 ふと、自分の変身した姿がどんなものなんだろう。という疑問が生まれた。それからどうすれば変身できるのか、という疑問も。

 そもそも人間からジャンクに変化するという例があるのか。

 猛人は夢中で指を動かした。

 最後の映像まで見たが、彼のような例がでている資料はなかった。

 他にも幾つか手にとったが、ジャンクの怪物っぷりがまざまざと記されているものばかりで、持ちかけた好印象も、既に消えそうな程うすれていた。

 ただ、ジャンクに対する知識が、高まったのは確かだ。

 本来の目的――死ぬ事も実現できそうだった。

 猛人は図書施設をでて、ある場所に向かった。



『強靭で高い回復力をもつジャンクの肉体も、それを上回るダメージを負えば死にいたる。

 特に非捕食形態時は、ジャンクの身体的特徴が弱まった状態である。故に銃器等でも殺傷たらしめる事が可能である。

 とはいえ非捕食形態時でも、人間とは比べ物にならない<強さ>を誇るため、生半可な行為は逆効果である。

 尚、これらに記載された内容は、個体差を考慮しないものとする』

 こう記された資料を思い出しながら、猛人はとある建物にきていた。

 第3トウキョウの観光スポット、旧東京タワーである。

 希少な太古の建設物ながら、今でも展望台まであがれ、ここ近年、外展望台が作られたという事で人が絶えない。

 展望台にあがった猛人は、ガラス張りから下を眺めた。

 3m以上200m以下の低空飛行を許された一般車両が、右往左往しているのが見える。

 丸く平べったいもの。鋭角なもの。やたらと装飾されたもの。それぞれがぶつからない程度に、自由な速度で飛んでいる。

 次に彼は、ガラスに手を当て、中空を見上げた。

 1km以上5km以下の空域飛行を許された特殊車両が、一定の速度で飛んでいる。

 そして、振り向き周りを見た。

(人が多い。それでも……)

「お兄ちゃん、何が見えるの?」

 突然声をかけられ下を向くと、5歳くらいの少年がにんまりと白い歯を見せていた。

「景色……かな」

「ふうーん。楽しいの?」

「どうだろう」

「なんで見てるの?」

「し――この場所が好きなんだよ」

 死ににきた。と言いそうになって、彼は思わず言い換えた。

「へんなのー」

 少年は心底不思議そうな顔をすると、走り去っていった。

 それを見送り、猛人は改めて周りを見回す。

(待つか……)

 外へ向き直ると景色を眺めた。

 何故か異様なほど集中できた。

 意識を向ければ、地上を歩く人の表情まで見える気がした。

 本当にできそうな、確信めいたものが全身を駆け巡り、怖くなった。

 ジャンクになったせいなのかもしれない、と。

 猛人は視線を景色の境目――地平線に向けた。

 これなら流石に見えない。

 一息はいて、時が過ぎるのを待った。

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