流れる血の色 3
「うわぁ……」
リニアカーを降りた猛人は思わず呻いた。
そこは第3トウキョウ府都の都心、1区。その交通の中枢である新京リニアスポットは彼が想像した以上に人で賑わっていた。
「人、人、人……」
栞生や耕史を連れてこなくてよかった。ジャンクにとってここはまさに天国だ。
「はーい、みなさん! こちらにお集まりください!」
ガイドの女性が声をあげた。
点呼をとる彼女をみて、彼はあわてて 「はいっ」 と、声をあげた。
「秋月様、確認、と。それではみなさん! 移動しますのでついてきてください!」
女性にあわせて、20人あまりがまとまって移動する。
猛人はあたりに目を向けた。他にも似たような集団がいくつもあった。
「あの、ガイドさんっ」
「なんでしょうか?」
「MOAツアーって俺達だけなんですか?」
「いえ、他にもグループがございます。全て合わせますと、かなりの人数になりますので、時間帯や人数に区切りをもうけて案内させていただきます」
猛人はなるほど、と頷いた。それから視線を空に向けた。
車が空を走っている様は、他の区域と変わりない。
だが、建物間や宙域に走る無数の透明なトンネルは、見かけない設備だった。
「あの、あれってなんなんですか?」
「はい、クリアロードと呼ばれる宙域の歩道でございます」
「へえ」 と、感心しながらカイドの後につづく。
しばらく歩いていると、詰襟のあるカーキの制服を着た男が歩いてきた。
ツアー客が 「MOAだ」 と口にした。
それを聞いて猛人は内心びくっとした。
しかし、すれ違っても男は軽い会釈をするだけだった。
バレていない、と彼は内心ガッツポーズを決めた。そしてこれならMOAの局にはいっても大丈夫だと期待した。
それから20分ほど歩き、ガイドが足をとめた。
「みなさん。到着いたしました。こちらがMOA第3トウキョウ支部局になります」
彼女は慣れた調子で説明をはじめた。
だが猛人の耳には入ってなかった。彼はごくりと喉をならす。
説明を終えたガイドが移動を促す。
猛人は他の客に、隠れるようにして紛れた。
局内に入ると、スーツを着た捜査官1名が出迎えた。
ガイドは小さく手をふり、
「では、みなさん。足をおとめくだい。こちらが今日、ツアーに御一緒してくれる捜査官のかたになります」
「こんにちわ。今日一緒にまわらせていただく守七雄といいます」
落ち着いた雰囲気と端正な顔もさる事ながら、彼女に関していちばん目をひくのは、結ばれた右袖だった。ツアー客の殆どが、そこを見ていた。
こんな線の細い女性でも、捜査官なんだ、と猛人は口を結んだ。
「それではまず、こちらを」 守が体の向きをかえた。
「ここが1階フロアと呼ばれる場所です。ここから階段、エレベーターにより各エリアに移動します」
「ここはフロアだけなの?」
ツアー客の1人が訊ねた。
彼女は、それを一瞥すると、間をおいて口をひらいた。
「はい。1階はこのフロアだけです」
「え、何のためにあるのさ。ほかにも何かつくればいいじゃん」
「もしもジャンクの襲撃があった場合、見通しが悪くなりますから」
彼女の返答を聞いて。猛人はあたりを見た。
フロアには、行き交う捜査官以外モノがない。
何処にあるのかはわからないが、恐らく監視カメラも設置されている。
それを意識して、猛人はますます落ち着かない気分になった。
「他に質問がなければ」 守は客たちに視線を流した。
誰も発言しないのを確認して、彼女は移動をはじめた。
ガイドはそれを見て、彼女のあとにつづくよう、ツアー客に促した。
猛人が1区に到着してから2時間後、栞生は1人で多田智樹の行方を調べていた。
「あの野郎……端末の電源きってやがる。マジで何かあったらどうすんだよっ……あー、もう知らね知らね!」 彼女は端末をしまうと頭の後ろで手を組んだ。そのまま少し歩き、ついた場所は小学校だった。
栞生は運動場で遊んでいる小学生に声をかけた。
制服を着た少年少女がわらわらと数人寄ってきた。
「なにー? おねえちゃん」
なんの疑心もない子供をみて、大丈夫か? と眉を寄せながら彼女は訊ねる。
「多田智樹って知ってるか?」
「誰?」
「もしかして、あの子かな?」
1人の少年があごに指をあてた。
「お、知ってんのか?」
栞生は歩道と運動場を隔てる柵に手をかけた。
「クラスはちがうけど、聞いた事あるよ」
「えーだれだれ」
他の子供たちが訊ねた。
「ほら、あの変なこだよ」
周りが、あー、と声をだした。
「おっ、有名人なのか?」
「いじめられてた」
「無視されてたよね」 顔を見合わせる子供たち。
「なんだなんだ、嫌な奴だったのか?」
「わかんない」
「しゃべったことないもん」
「でもこわいってきいた」
栞生は首を傾げる。
彼女も、智樹のフォトは見ていた。
とてもじゃないが怖いという言葉と結びつきそうもない。
これはジャンクだからというのを抜きにしても、そう思う。
「どう怖いんだ?」 彼女は訊ねる。
「言ったことがほんとうになるんだって」
「そうそう。せんせいもこわがってる」
「ぬきた先生がケガしたのも、ともき君のせいだって」
「言った事が実現する……か、ありえね」
「ほんとうだよっ」 少年の1人が頬を膨らませた。
栞生は頭をふり 「もういいや、じゃあな」 踵をかえした。
後ろで、がやがやと子供たちが言い合っている。
「おねえちゃん誰なの」
そんな声がした。しかし彼女は無視した。
そして、空を見た。
「あいつ、無事かな」
口をついて出た言葉に、彼女は顔しかめる。
「あー、らしくねぇ。耕史でもいじめにいっかな」
「こうじぃー」
彼の家の前で、栞生がダルそうに声を出した。
しかし、返事はない。居れば、なんすかっ、と調子のいい声を上げる彼の事だ。留守なのか、と思い彼女は振り返った。
すると、そこにカーキ色の制服を着た男性が2人たっていた。
栞生は一瞬目を見開いた。しかし、すぐに平静を装うと
「あの、道に迷っちゃったんですけど」 声色をかえ、首をかしげて見せる。
2人の表情に一切変化が見られないのを確認し、彼女は頭をふった。
「“制服”が何のようなの」
「栞生だな」
「だったら何なの」
「お前を拘束する」
「は? なんで」
「匿名の通報があった」
「えぇ~、どんなどんな」
わざと甘ったるい声で挑発した。
制服姿のMOA捜査官は両名とも、あからさまに殺気を放っている。
「もう一度きく。Jキッズ所属の栞生だな?」
「はーい、そうです」
彼女はニッと歯みせた。だが、直ぐに表情を戻す。
そして、二人の横合いに素早く移動した。
それに対し捜査官も武器を展開。一人はナイフ、一人は筒型の銃だった。
「アームドかっ、うぜぇ!」 栞生は右腕を各態させる。
瞬間、彼女の頬に銃弾が掠めた。
舌を打ちながら、彼女は左右に動く。その横を数発の銃弾が通り過ぎた。
着弾点を一瞥した栞生は、
「レアメタルの弾丸か。制服なのにいい装備つかってんじゃん」
「無駄口が多いな」
右から聞こえ、彼女は目だけを向けた。
男がナイフを振りかぶっている。正面には銃を構えた男。
それでも栞生の表情は余裕にみちていた。
そして、ナイフが振り下ろされた瞬間、彼女は消えた。
目標を見失った捜査官二人が、その場できょろきょろと的を探し求める。
「こっちこっち」
彼女はふたりから大股8歩程はなれたところで手をふっていた。
その姿は、腕だけでなく、首や右頬までグアナコ石と化していた。
「うーん、久々だし完全に変態しないとこんなもんか」
「何をした?」
捜査官の1人が訊ねる。
「なーに、ちょっと押し出しただけだよ。自分をね」
彼女はあっけらかんと答えた。続けて、
「拘束するって言うわりには殺す気まんまんじゃん?」 首をかしげ訊ねる。
「だったらなんだ? お前たちを見ているだけで虫唾が走る。本来なら――」
銃を持った男はいいかけ、言葉をきった。ナイフ男の視線が彼に向いたためだった。
「なに? なんか言いたい事あるなら、隠さずいえよ」 栞生が眉をよせる。
やはりおかしい。彼女は思った。匿名の通報そのものは珍しくない。しかし今いる場所――耕史の住処は、路地のかなり奥まった場所にある。目撃される可能性は低い。ここへ来る途中……考えたが、やはり可能性は低い。
変態さえしてなければ、ジャンクと見破られない自信が彼女にはあった。
つまり、匿名の正体は……。
その脳裏に一人のジャンクが浮かんだ。
栞生は唇のはしを噛んだ。次に目だけを動かし辺りを見回す。
「なんで……なんで、あいつが……」
小さく首をふる彼女をみて、捜査官ふたりが眉をよせる。そして互いに見合うと、
「何か勘付いたか、生け捕りと言われていたが、消しておくか」 その視線が、ふたたび栞生を捉えた。
「おい、こたえろ。匿名の通報者は、ジャンクか?」
「お前が知る必要はない」
捜査官の1人が筒型銃を栞生に向けた。
しかし、彼はあっけにとられた顔で 「え?」 ともらした。
そこに目標がなかったからだ。
そして、となりからうめき声が聞こえ、彼は右を見た。相方が地面に這いつくばっていた。
「次はてめえだ」
栞生は銃をもった男を睨めつけた。
その鈍色の瞳がターコイズブルーに変色するのを見て、銃男が小さな悲鳴をあげた。
瞬間、彼女は 「っと、っと」 呟きながら、やすやすと男の背後を陣取った。
それから男が振り返ろうとするのを認め 「動くな」 彼の首根っこに手を当てた。
「くそ……やるなら、やれ」
「そう? じゃあ」
放電音がなった。
数秒して、男が膝をついた。
「ど、どういうつもりだ。何故、殺さない」
男は半開きの目を肩ごしにむけた。
「あんたにまで眠られたら、聞きたことがきけないだろ」
これに男はうすく笑った。
「言うと思うのか?」
栞生は小さく息をつく。そして、
「黙ってられると思うか?」 口の端をつりあげた。
一方その頃、猛人はMOA局の2階トイレにいた。
「なんかこれ、前にもあったような」
1人呟き、トイレをあとにする。そして幅のある通路を歩きながら、どうしようかと首をひねった。
休憩時間を利用して、ツアー客からはなれたはいいが、MOAの局はいかんせん広い。
どこに何があるのか、大味な説明を守やガイドから聞いたものの、自分が探し求めるモノがどこにあるのか、彼はいまいちわからないでいた。
「こまったなぁ……捜査官の人にきくわけにはいかないし」
猛人はまわりの視線に気をくばりながら、とりあえず上に向かう事にした。
「確か4階から一般人は立ち入り禁止だったっけ」
彼はエレベーターに乗り込むと、6階のボタンを押した。
あっという間に到着すると、彼は頭だけ通路に出して左右を確認。 「誰も、いませんかー?」
小さく呼びかけてみる。返事がないのを確認して通路にでた。
「あのー、誰もいませんよねー? はい、いませんねー」
独り言がなければ、怖くて足がすすまない。彼は、その後もぶつぶつ呟きながら通路を道なりに進んだ。
右手にある窓から外の景色が見えた。ふと、栞生はどうしているのだろう、と彼女の姿が頭にうかんだ。
端末をとりだすと、
「あれ、まじかよ」 充電がきれていた。
「また、文句言われるな。まあ、これは完全に俺が悪いけどさ」
端末をしまい、頭をふる。そして前を見た。
「えっ」 彼は呆けるように声をだした。目の前にパンツスーツを着た女性が立っていたからだった。
「一般人がこんなところで何をしているんだ?」
女性の端正な顔と、ややつった大きな目が猛人に向いた。
「え、あの、その、いや、まあ、あれで……」
こういう時のため、いく通りも言い訳を考えてきたはずなのに、言葉を出すことができなかった。
「ん?」
女性は首を小さくかしげると、猛人に顔を近づけた。
胸中を覗き込まれている気がして、彼は思わず一歩ひいた。
「悪い悪い、脅かすつもりはないよ。おおかた、道に迷ったツアー客だろ?」
「え、は、はい。トイレさがしてたら、」
「ああ、いいよいいよ。ここは無駄に広いからな。今の時間だと、守が担当か」
「あ、右腕がない人ですね」 呟いた猛人は思わず口に手をあてた。そういう部分を特徴としてあげるのは、モラル的によくないと思ったらからだ。
しかし、女性は 「あいつ、しっかりしているようでドジだからな。あの傷も捜査官になりたての頃に、へましたせいなんだよ」
彼女は小さく笑った。
それを見て、猛人も少し緊張がほぐれた。
「あの、失礼ですが……」
「ああ、わたしは久留須だ。当然、ここの職員だよ」
「で、ですよね」
「君は?」
「猛人です」
「下までおくっていこうか?」
「え、いや、そうだ。折角だから質問していいですか?」
猛人は目を見開いてみせた。
久留須は一瞬、訝しむように眉をよせたが 「なんだ?」 と笑みをつくった。
「最近、物騒な事件がおおいじゃないですか? ジャンクの。この前、友達にきいたんですけど、行方不明が多発してるとかなんとか」
「君、たけと君か。住んでいる区画は?」
彼女の目が据るのを見て、嘘をつけば逆効果だと思った彼は 「6区です」 とこたえた。
「6区か。知り合いが被害にあったとか、か?」
「いえ。でも、やっぱ怖いじゃないですか? ジャンクとかいくら護身したところで太刀打ちなんてできるわけないし」
猛人はわざと悔しそうに顔を歪めた。
「うーん。事件の事は話せないんだが」
「って事はやっぱり行方不明事件はあるんですか!?」 ここでも彼はわざと驚いてみせる。
「いや、うーん」 久留須を腕を組んで首をひねった。
これに、猛人は悟られないくらい小さく笑みをつくった。
捜査官は血も涙もない、どこか人間離れした存在と思っていたが、悩むその表情は、まるで志望校をきめかねる学生のようだった。
いける。そう確信して、彼は奥の手を使う事にした。
「実は、さっき知り合いが被害にって話したじゃないですか? あれ、嘘ついてて……」
「嘘?」
「はい。本当は知り合いの子が被害にあってるんです。その子は8区でさらわれたんですけど」
「8区、か。名前は?」
「いや、それは……“信用”しても大丈夫ですか?」
こういう時、自在に涙を流せる女優が羨ましい。
猛人は思いながら、悲しそうな表情をつくった。
「あー、もう面相臭い! わかったわかった。言えない事もあるが、それ以外はこたえよう。かわりに被害者の名前をいってもらうよ」
「はい……被害者は…………多田、智樹」
猛人は心の中で依頼主である多田にあやまった。そして、智樹にも。
「た、だ、ともき」
久留須が端末をとりだした。そこから縦横30センチほどのホログラムが浮かび上がる。
「通報はまだのようだな」
「はい。いまいち、MOAは信用できなくって」
「そうか……。まあ後でうらをとればいいはなしだが。約束は約束だ」
「それじゃあ、行方不明事件がおきているってのは本当なんですか?」
「ああ」
「それはやっぱジャンクの仕業なんですか?」
久留須は少しためて 「ああ」 とこたえた。
「じゃあ、そのジャンクの特定は?」
「それを知ってどうする?」
「え、いや。どんなジャンクかなって。特徴とかしっていれば、見かけた時に通報できるし……」
「そうか。だが、それは言えない。すまないな」
「そう、ですか……」
「はあ、わかったよ。言える範囲でいうと、その犯人は複数なんだ。通報した事がバレれば報復の恐れもある」
「それでもっ……」
「1人だけ、見た目と名前が特定できているジャンクはいるが……」
「誰なんですか!?」
猛人は叫んだ。これも演技だった。
すると、久留須の顔が彼に近づいた。
彼女の口が耳元に来たと思った瞬間、彼は大きく目を見開いた。
そして 「それは確かですか?」
この件に関わるジャンクとして、彼は自分でも気づかずに訊いていた。
「ああ。そろそろわたしも仕事に戻らなきゃならん。いいかな?」
もう少し粘ってもいいが、これ以上はぼろがでそうだ、と猛人は頷いた。
「帰り道はわかるかな? そこを真っ直ぐいけばエレベーターがある。それにのれば下にいけるよ」
「あ、はい! ありがとうございました」
猛人は深くお辞儀をした。そして、振り返り早足でその場を去った。
久留須はその後ろ姿ながめてる。
その表情は猛人に応対していた時とは別物だった。端末を操作して 「黒鵜か?」
「久留須中将。6区で名越くん――もとい、元三佐をみつけましたよ」
「そうか。引き続き尾行。ジャンクとの接触を確認したら身柄を確保しろ」
「はい。では」
通信をきり 「こっちは片付きそうだな」 呟く。
そして、猛人が帰っていった方に目を向けた。
「さて、何を探っていたのかな。ジャンクの少年よ」
引き続き名越を追うよう言われた黒鵜は、6区の廃工場群にきていた。
彼の視線は廃墟に入っていく名越にぬいとめられた。
その顔は妙に疲れている。
「まさか、彼が、ね」
出世欲にかられているが故に下手な事はしない。
そう黒鵜はたかをくくっていた。
「腑におちない、ねぇ?」
訊ねるように呟くが、八千も木下も2区の仕事をしているため、この場にはいない。
「まあ、一人の方が性分にあっているけど」
呟くと、名越を追って、彼も廃工場にはいった。
予想通りのがらんとした内装。設備は止まっており、辺はサビとコケとカビで彩られたコンテナとそれを運ぶ工作機械だけだった。
彼はあたりを注意深く見ながら奥へ進む。
「黒鵜二尉?」
少しはなれた横合いから声がして、彼はゆっくり向いた。
「名越くん」
「何故二尉がこんなところに?」
「それはこちらのセリフだよ。悪いが君の身柄を拘束させてもらう」
「な、何をバカなこと!? 上官にむかって」
「申し訳ないが、今、君の3佐としての権利は一時的にないものになっている」
「は、馬鹿な事を……なぜ?」
「それをはっきりさせるために、同行してもらえないかい?」
「……そうか、あんたは知ってしまったのか」
名越は観念したように頭をたれた。
「やはり君が黒幕かい? 何故だ? 正直、君に利点なんてないだろうに」
「黒鵜さん。あんた何もわかってない。今すぐこの件から手をひいたほうがいい」
頭をおこした彼の顔は妙に精悍だった。
出世するためだけに、機械的に仕事をこなす男の面構えではない。何か決意に満ちたような、と黒鵜が思った時だった。
光が名越の胴体を通り過ぎた。同時に彼の腰はそれに拐われた。
「名越っ!」
黒鵜が駆けより、彼の上半身をおこす。辛うじて息はあった。しかし、そのキズを見て、もう助からないと黒鵜は悟った。
「言い残すことは?」
黒鵜の問が聞こえているのか、定かではないが、名越は口を動かしていた。
彼は耳を近づけ、それをききとろうとした。
「お……れ…………は……むじ…………つ……し……ん…………」
「そうか、わかった。信じるよ、だから今たすけを呼ぶから」
黒鵜は端末を取り出そうと、彼の口から耳をはなそうとした。すると、名越は力のない手で彼の襟を掴んだ。
「どうしたっ。まだいいたい事があるのかっ」
名越は小さく頭を動かす。
「だ…………い……や…………も」
途切れ途切れの言葉が止まった。だが、まだ口は動いている。
「うん、だいじょうぶ。ゆっくりでいい」
黒鵜が言った瞬間だった。
名越の表情に一瞬生気がもどった。
そして、彼は黒鵜を突き飛ばした。
地面にころがった黒鵜は直ぐに名越に向いた。
彼の表情は晴れやかだった。
黒鵜は彼に駆け寄ろうとした。
瞬間、先ほどと同様の光が彼を飲み込んだ。
閃光の凄まじさに、黒鵜は顔そむけた。
再び、名越へ向いた時、その姿はなくなっていた。
一瞬、呆気にとられたが、黒鵜は直ぐに金属鞭を展開する。
そして、光の元を見定めるべく、ドーム状に蒸発した地面を辿った。
地面のえぐれ方を見ながら、彼は独自に分析した。
レーザー? あれだけ高出力なら、大型の装置が必要。いや、PSIかジャンクか。
そして地面の抉れは、彼等のいた工場跡から100m近くはなれた場所で途切れていた。
黒鵜はその場で、凡ゆる方向にむかって目をむける。
それ程とおくには逃げていないはず、と。
彼は端末をとりだし、久留須に連絡した。
「はい。名越は死にました」
「お前っ! ……殺したのか」
「ある意味ではそうかもしれません」
「は? 一度もどれ。詳しくきかせろ」
通信をきり、黒鵜は空を仰いだ。
『黒鵜先輩っ、俺やりました! ついに三尉に昇格っす!』
若き日の名越を思い出し、彼は顔をしかめた。
「ほんと、神様は意地悪だ」
彼は思う。どうせなら、自分のようなロクデナシを選べばいいのに、と。
黒鵜は蒸発してしまった名越に向いた。
「出来のいい子ほど……早死するもんだなぁ」
彼は敬礼をすると、その場をあとにした。




