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GUARDIAN  作者: 剴鴉
10/14

流れる血の色 2

 7区のとある病院で、木下は治療を受けていた。

 彼女は病院が嫌いだった。捜査官になってからは特にそうだ。

 全身が人工骨格というだけでも珍しがられていた上に、今はMOAのテクノロジーまで合わさっている。そのせいで医者達の目が、研究対象を見るみたく好奇に変わる瞬間があるのだ。

 今、目の前に座ってカルテを見ている初老の医師も、まさにそんな目をしている。

「何度見ても、MOAの技術には驚かされる」

「はあ、治りそうですか?」 

 木下は直ぐにでも、この場から立ち去りたかった。

 自分を病院に送ってくれた黒鵜と八千は、今も休む事なく、捜査に励んでいるのだ。こんな所で悠長にしている間にも、何か進展があるかもしれない。またジャンクを相手に戦闘がおこるかもしれない。

 自分だけ、と彼女は溜息をついた。

「聞いてるかな?」

「は、はい。すいません」 医者に尋ねられ木下は、から返事をした。

「キズの方は心配ない。骨格筋の損傷もMOAの人工血液バイオニックブラッドのおかげで、ほぼ治癒しかけている。二、三日もすれば元通り動かせるようになるだろ」

「そうですか、ありがとうございます」

「いや。そんな凄い技術が医学われわれにも応用できればいいんだがね。特にB・Bのナノテクあたり」

「そうですね」

 それが出来ないという事は、わかっているだろう。

 内心でぼやきながら、木下は笑顔をつくった。

 人工血液内のナノマシン。これに備えられたAIは自己防衛機能を備えている。だからこそ輸血者が損傷した時、キズを治癒してくれる。

 だが、これには欠点もあった。人間の体そのものに自己防衛機能があるという点だ。

 一般使用されるB・Bにはリミッターがかけられており、この状態であれば、人体との共生関係を維持できる。

 しかし、それではジャンクの相手をするのに間に合わない。

 一般のB・Bレベルは1から2。

 これに対しMOAが使用するB・Bはレベル3から、とされている。

 これは肉体を癒すどころか、まず壊すところからはじまる。

 ナノマシンが全身を犯し、肉体と、主導権の奪い合いをするのだ。

 MOAの訓練生期間において、もっとも難しいのが思械術の訓練。

 そして、もっとも苦しいのが、このB・B耐性訓練と言われている程だ。痛みに耐えられないが為、辞めていく者も多い。

 初老も、その事はよくわかっているのか、苦笑いを浮かべた。

「もう、行ってもいいですか?」

「あ、ああ。それにしても、捜査官の人が病院にくるなんて珍しいよ」

「そうなんですか? まあ……」

 確かに捜査官の中には、外部にもれてはまずいギミックを施した“躯体”も存在する。

 なので、彼らがいくのはMOAお抱えの、専用技研の場合が多い。

「前は結構頻繁に捜査官が来てたんだけどね。重傷の者もいれば、軽傷の者も。正直あまりよくは思ってなかったよ。そんなキズ、唾をつけておけば治る! わしの休日を返せ! てね。でも、いざ来なくなると、それはそれで」 初老はこめかみをかきながら、薄く笑った。

 それを見ながら、木下は内心で首をひねる。

 一般市民が疑念を抱かないように、技術開示の意味もこめて、MOA捜査官には、積極的に一般医療をうけろ、という暗黙の了解が存在する。

 馬鹿らしくも思うが、医者嫌いな彼女でさえ、ある程度は病院へ行くのだ。

「そんなに捜査官がきてないんですか?」

 木下は立ちあがり訊ねた。

「どのくらいかねぇ。ここ一ヶ月は君以外きてないと思うよ」

「そう、ですか……ありがとうございました」

 彼女はぺこりと頭さげて、診療室をでた。

 そして病院を出ると、日が西に傾いていた。

「二尉と八千の奴を探すか」



 木下を病院に送ったあと、黒鵜と八千は8区の外れにある廃ビルに来ていた。

 八千がゴホッと咳をした。

「風邪かい?」

「今日、埃っぽいところばっかりきてる」

「すまないね。ここにどうしても用があってさ」

「いっす」

 二人は室内を真っ直ぐ進む。

 何一つない部屋の壁は廃棄されたにしては、しっかりと塗装がいきとどいている。

「何故ここにきたか訊かないのかい?」

「別に興味ない。訊いた方がいいの?」

「ははは、八千君は木下君と正反対だね」

「ああ、あの人」

「心配かい?」

 黒鵜の問いかけに、八千は天井を仰いだ。

「別に」

「そうか。なあに、彼女は大丈夫だよ。資料によるとB・B耐性はC+だそうだ。加えて強靭な人工骨格もあるから、見た目ほど深手じゃあない。エフェクトもつかってたしね」

 話しながら2人は2階にあがった。すると、微かにだが遠くから物音が聞こえてきた。

「誰かいる」

「ああ。ここは、あるジャンクチームの住処でね」

「また、やるの?」

「いや。そうそう、ここでは戦闘行為は無しだからね」 黒鵜が念をおすように八千に向いた。

 その顔を見返し、八千は抑揚の少ない声で理由を訊ねた。

「うーん。2人だから、かな」

「2人じゃ勝てない?」

 黒鵜は微笑んだ。

 八千はそれを無表情で見返すと 「そんな強いすか、ここの」

「そうだねえ。チームが、ってよりはそれを率いてるジャンクが厄介でねぇ。第3トウキョウでも三本の指に入る猛者だよ」 

 黒鵜はあたりを見回しながら進む。

 彼にはこの状況が懐かしかった。

 今なら、八千が消えても即、気づくことが出来るだろう。思わず口元が緩んだ。

 対して八千は、足を止めてしまいたいと思っていた。

 進むほど増す重圧感。

 自分が抱いているこれは何なんだろうか。

 感じたことのない感情に、彼は思わず訊ねた。

「この先に何がいるの?」

「ん?」 黒鵜は振り返り、彼の顔を見た。そして、

「自分の目で確かめてみなさい」 と告げた。それから前に向きなおり歩き出す。

 八千は重い足を動かした。

 2階のフロアを抜け、階段をあがる。そして、3階。

 明らかに人が談笑する声が聞こえた。

 黒鵜はこれといって間を置く事もなく、進む速さのままドアを開ける。

 開けた場所にでると、2人に無数の視線が向いた。それは若者から中年まで、男女様々だった。

 先程まで聞こえていた声がウソだったかの様に、場は静まり返っている。

「いらっしゃい」

 フロアの一番奥から、出迎えの言葉が聞こえ、八千は目を細めた。

 黒鵜に促され、彼の後に続く。その際、あたりを注意深く観察した。

「あんまり、じろじろ見ちゃだめだよ」

 黒鵜に言われ、八千は目だけを左右に動かした。

 何もなかった1階、2階とは違う。

 金属の軸棒が飛び出たブロック辺で形作られた机。それが幾つもまばらに置かれている。

 そして壁際には、もっと長いブロック辺が横倒しにされていた。

 あれがベッド替わりなんだろうか。

 思いながら彼は視線を前に戻した。

 そして、黒鵜が止まるのを見て、足を止めた。彼の先には、横倒しのブロック辺に、男が片膝を立てて座っている。

 これが声の主、そして重圧感の正体だと八千は悟った。

 アイロンパーマでバックにかためられた黒髪。逞しい顎。ほりの深い奥まった目。

 その格好といえば、ベージュのメガコットン製パンツにサンダル。上はタンクトップ一枚。そして、そこからのぞく分厚い胸と丸太のような腕は、それ一枚でも異様なほど様になっている。

「あんた誰?」 八千は思わず言葉をはいた。

「この小僧は?」

 男の目が黒鵜に向いた。

「ははは。新人の捜査官だよ」

「二人で俺達を潰せるなんて思ってるのか?」

「そうだ、って言ったらどうするかな?」

 瞬間、周りで黙っていた者達が一斉に声をあげた。

「テメエ! MOA殺すぞこら!」

 一人のジャンクが黒鵜に掴みかかろうとした。

「おい」 男が止めた。獣が喉を鳴らすみたいだった。

 ジャンクは黒鵜を前に、手を引き、その場から数歩退いた。

「そんな冗談を言いに来たんじゃないのはわかってる」

「はは、さすがは。グレイトホーンの異名は伊達じゃないようだねぇ」

「……お前は?」

「ああ、私は黒鵜時臣、階級は二尉。最近第3トウキョウにきたばかりの“新米”だよ」

「お前がそうか。俺はスパイクの頭やってるごうだ」

「俺は八千りょ」

「で、なんの用件だ?」

 八千は面白くなさそうに顔を歪めた。

「はは……。そうだねぇ。スパイクは最近活動を自粛しているのかな? 全然キミ達の話しをきかないのだけど」

「それがあんたらとどう関係ある。むしろ仕事が減ってありがたいだろう」

「まあねぇ。ただ、あまりに動きがないと逆に気になっちゃってねぇ」

「別に。俺達は俺達なりに生きてる。それだけだ」

 黒鵜は顎をさする。

 それを見据える吽が、逆に訊ねてきた。

「俺もお前たち、MOAに聞きたい事がある」

「なんだい?」

「えらく積極的にジャンク狩りをしているようだな」

「そうかい?」 黒鵜が首を捻った。

「最近、うちのメンバー何人かと連絡がつかない。お前たちの仕業じゃないのか」

「と、言われても私は本当に最近きたばかりだからねぇ」

「――違うならいい。忘れろ」

 吽は吐き捨てるように言った。どこか俯きがちに。

 黒鵜は、それが気になった。

 彼ほどのジャンクが何を気にしている。

「仲間が消えたのがそんなに気になるの?」

 訊ねたのは八千だった。

 吽の目が横に動く。

「何人かは名が欲しいだけの奴だ。だが、特に1人、幼い頃から面倒を見ている奴がいる。そいつと連絡が取れないのはおかしい」

「私達は何もしらないよ。もしもメンバーの離反なら、遺憾だねぇ」

 黒鵜が顎を撫でる。

 吽は獣のような瞳でそれを睨めた。

「MOAが関係してないのなら、お前たちにようはない。さっさと出て行くんだな」

「そうはいかない。こちらの話がすんでないからねぇ」

「ソイツらは、これ以上我慢できないといっている」

 獣の視線が周囲をなでた。

 八千がその軌跡を追った。

 周囲にいるジャンク達の形相――様々感情を顕にしている。

「死にたいなら別だがな」 吽が付け加えた。

「そうだねぇ。まだ死ぬわけにはいかないし、お暇したいところなんだけど、君達よりも怖い人からの命令だからねぇ。それに、」

 黒鵜が言葉を切った。

 八千は、彼の後ろ姿に意味しれぬものを感じた。

 吽から感じた重圧感をハンマーに例えるなら、黒鵜は……なんだ。

 思いながら周囲に目を動かした。

 ジャンク達も、それを感じているのかもしれない。形相こそかわらないが、少しずつ後じさりしている。

「猛毒の男、だったか」

 吽が忌々しそうに呟いた。

「おやおや、私の字名をしっているとは」

「猛毒?」

 八千が黒鵜の背に訊ねた。しかし、それに対する返答はなかった。

 確かに、と八千は眉を寄せた。

 この男の背から感じるものは鈍器のような圧でもなければ、刃のような鋭さでもない。そして炎のような激情でもなければ、冷気のような殺意でもない。

 毒。八千が内心で復唱した。しっくりきた。

 相手を徐々におかす遅効性の猛毒だ、と。

「何が聞きたい」 吽が訊ねる。

「そうだねぇ。この近辺のジャンクチームと捜査官の関係性について知りたいかな」

「関係? 他と変わりはしない」

「あ、いえ」 吽の言を訂正する声がした。先ほど黒鵜に掴みかかろうとした男ジャンクだった。

「なんだ。なんかあるのか?」

 吽に睨まれた男は、顔をひきつらせながら口をひらく。

「最近へんな噂が。……野良のダチが妙な妙な事いってたの思い出したんです。あるチームに入れば、何やっても捜査官に目つけられないって」

 黒鵜は男を一瞥して、吽へ向いた。

「はじめてきいたな。誰がそんな話しを信じる」 

 吽は嘲笑うように言った。

「で、でも、マジっぽいですっ。だって、そのチームの頭は」

「捜査官、か」

 黒鵜が言った。小さく溜息をつき、頭を振る。

「ありえるの?」 八千が訊いた。

 黒鵜は 「ああ」 とだけ返した。

 彼の捜査官人生でも極々稀だが、ない話ではない。

 MOA、ジャンクどちらにも共通して言える事、それは力があるという事だ。

 そして、それはよこしまな思想を生む。

 どんな厳しい鍛錬を積んでも、何かがきっかけで悪道に進んでしまうのが人間だ。

「ジャンクがおいしい思いするだけじゃない? それ。こっちに利点なんてある?」

 言いながら八千は眉をひそめた。

「どうだろうねぇ。噂のチームのリーダーが誰かはわからないのかい?」

「あ゛っ? そこまでは知らねぇよ!」

 男が吐き捨てる。

「とにかく、思った以上にやっかいそうだねぇ」

 言うと、黒鵜はくるりと向きを変え 「一度、戻ろうか」 八千に促した。

「え、もう? まだ何か聞けるかも」

「いや、彼等は、少なくともここのリーダーさんは何も知らなそうだ」

 黒鵜は肩ごしに吽を認めた。そして、続けて 「連絡の取れなくなったメンバーで君が気になってるのは何て名前なんだい?」

「言うと思うか?」

「言わないだろうね。だけど、一つ言っとくよ。私達は今後、そのメンバーを“調べる”事になる」

「だろうな。だが、本当にそんな事態なら、俺達スパイクの問題は俺達でかたをつける。邪魔をするなら殺す」

 吽の気が津波のように流れた。同じチームであるはずジャンク達ですら慄くほどだった。

「覚えておくよ」

 黒鵜は八千の肩を軽くたたき、退室を促す。そして 「やっぱかれは白か」 残念そうに呟いた。

 ビルを出た2人はふう、と息を吐いた。

「いや、生きた心地がしなかったね」 黒鵜が言う。

 八千は信じられないといった面持ちで彼を見た。

 先ほどまで、あれ程マイペースでいたじゃないか、と。

「あの吽ってジャンク強そうだった」

「ははは。言ったでしょ。なんてったって100年以上も生きてるらしいからね、彼」

「え、100年?」

「若い世代の捜査官は知らないかもしれないけど、この辺は昔、

凄い戦場でねぇ。ま、私が生まれる前の話しだから、あまり偉そうにはかたれないけど」

「その時から生きてるジャンクなの? 見た目28なのに」

「かつてスパイクは、この辺りのジャンク戦乱を最後まで生き抜いた猛者中の猛者さ」

「じゃあ、あのチームがその時の1番」

「いや」 黒鵜は頭をふる。

「6区から8区間にあたる場所が戦場になったらしいんだけど、色々なチームが入り乱れていたからね。強いジャンクは沢山いたけど特に、チームではなく、1匹狼で猛威をふるったデビルフィッシュって呼ばれるジャンクは、スパイクと同じくらい強力だったらしいよ」

「へー、魚」 八千は何度も頷いた。

「はは、まあ字名だろうけど」

「その魚はどうなったの?」

「さあ。MOAも入り乱れて、激戦になったらしいけど、それが沈静化すると同時に、その名前はとんと聞かなくなったらしいね」

「死んだ?」

「どうだろう。ジャンクの寿命は個体差がありすぎて、なんとも。まあ寿命をまっとうできるジャンクなんて殆どいないがね」

「なんで?」

私達(MOA)がいるからさ」

 八千は目を瞬かせ 「なるほど」 と呟いた。

「さ、一旦戻ろう。1区へ。中将に報告もしなくちゃいけないしねぇ」

「まだ何もわかってないのに?」

「いや、思った以上の成果だ。少しかかるかもしれないけど、噂のチームや例のスパイクメンバーの事もわかるだろう」

「あの人は?」

「ん? あ、木下君か。連絡しとこう」

 黒鵜はスーツの懐からMOA専用端末を取り出す。

「どしたの?」 端末を弄りまわす黒鵜に八千が訊ねた。

「いや、かなり古い機種だから……不純な粒子の影響で起動しなくなる事があってねぇ」

「雲がうまく機能してないんだ」 

 八千が空を仰いだ。

「悪いけど、君の端末で連絡してくれるかな?」

 八千は不似合いな制服をポンポンと手で叩く。腿に胸、尻、と叩き終えて首を傾げた。

「どうしたんだい?」

「端末わすれた」



「あたしは絶対反対だから!」

 栞生が声を上げる。そのせいで喫茶店内の客の注目を浴びてしまい、猛人は人差し指を自分の口にあてた。

「栞生さん声でかいっすよ」

「あ゛? 耕史ぃ、あんた何時からあたしに意見できるようになったぁ」

「そういうつもりじゃないっすけど」

 彼はふてくされるようにそっぽを向いた。

 2人がぴりぴりしているのは、猛人の発言のせいだった。

 スナッフムービーを見たあと、行き詰まった彼等は、今いる喫茶店に落ち着いた。

 そして、ああでもないこうでもない、と意見をかわす。

 結局、若い、なんのコネクションもないジャンクでは、これ以上情報を収集できないと結論がでた。

 なら、互のチームのリーダーに頼むか、という話になりかけた時だった。

 喫茶店のカウンターに備え付けられたホロディスプレイから、あるCMが流れたのだ。

 それはMOA見学ツアーと呼ばれる、第3トウキョウ名物の1つであった。

 猛人は閃いた。

 MOAなら何かしっているんじゃないか、と。

「あのツアーを利用して、MOAに潜入してみようと思う」

 彼は二人に告げた。

 そして、今の険悪なムードにつながる。

 栞生が顔を猛人によせた。

「た、し、か、に、あんたはジャンクに見えない」

「そうだろ。実際、黒鵜も気づいてなかったしさ」

「で、も、だっ! 奴らの拠点に行くなんてあぶなすぎる!」

「そうっすよ。殺されに行くようなもんすよ」

「だいたい、中に入れたとして、だ。見学ツアーなんてちょっと設備をみたりするだけだ。詳しい情報開示なんてしてるわけないだろうがっ」

「だからさ、中に入ったら、こっそりツアーから外れて」

「無理無理。無謀すぎっ! 中に何人捜査官いるとおもってんだ? それこそ速攻つかまるっての」 栞生は白い歯をむき出しにした。

「もう、J・キッズの大将に話した方がはやいんじゃないすか?」

右京あいつか。嫌な予感しかしねぇ……」

 栞生は取り出した端末で右京と通信した。

 ホログラムとして映し出された彼は、上半身裸だった。後ろの方からは幾人もの女性の声が聞こえる。それも楽しそうな、きゃははうふふといったものだった。

 栞生は大きく溜息をつくと、彼に事の成り行きを話した。

「ああ、なるほどねぇ~。いいじゃない。MOAのお土産かってきてよ」 右京は軽い調子で言う。

「はあ!? ちょっと、あんた」

 彼女が言いかけたところで、通信は切れた。

 それを見ていた猛人と耕史は口をあんぐりさせている。

「やっぱこうなった。だからあいつに話すの嫌なんだよ」

「で、でもさ、右京さんがOKしてくれたならいいよね?」 猛人はここだ、と思い栞生に向いた。

「あー、もうっ! 知らない! 勝手に行って捕まって、モルモットにでもされれば!」

「よし、それじゃ急いで予約だ!」

「大丈夫なんすか? ツアー明日なんすよね?」

「耕史くん、みんなギリギリまで予定を渋って、慌てて調整する人が結構いるんだよ。だからこういうのは意外と前日や、当日の予約キャンセルが多いんだ」

 猛人は端末で予約の手続きを行った。

 通信画面にAIを備えたホログラム受付嬢が現れる。

「予約したいんですが、大丈夫ですか?」

「はい、ただいま予約キャンセルぶんも合わせまして6名分の空きがございます」 案の定だった。

「じゃあ1名予約でお願いします。住まいは……6区なんですけど」

「かしこまりました。それでは明日のモーニングタイム10:30に戸塚リニアスポットまでお迎えにあがります」

「はい、おねがいします」 お礼を言うと、直ぐに料金などの手続きにはいる。金は引き落としですませた。

 ジャンクになってから異様に出費がかさむ。思いながら猛人は再度、礼を言った。

「かしこまりました。この度はトラベラーズピアのご利用ありがとうございました」

 通信が切れ、ホログラムも消えた。

 栞生はそれを見て頭を抱えていた。

「まあまあ、大丈夫だって」

 猛人は彼女の肩を軽く叩いた。

「ったく、本当にそれしかないのかよ。あんたの言ってた、3日の件は?」

「ああ」 猛人は気のない返事をした。

「なんすか3日のって?」

「こいつが、ここに入る前、呟いてたんだよ。な?」 栞生は大きな瞳をぱちくりさせた。

「うーん。智樹君が拐われてから3日後にスナッフムービーがUPされてたんだ。何となく関係あるのかなって」

 耕史が首を傾げた。

「そもそも変っすよね。カメラをしかけるだけって。拐った奴らが撮影の為にってならわかりますけど、そんな感じじゃなかったですし」

「うん。拐われた被害者か、第三者が仕掛けたとしか考えられないけど……」

「んだよっ」

 悩む猛人を見て、栞生が声をあげた。

「いや、うーん。被害者が仕掛けたとしたら……つまり捕まっている状態から逃れる事ができて、仕掛けたって事だろ? おかしくない?」

「そうっすね。普通、一目散に逃げますよね」

「うん。そして、仕掛けたのが、第三者だった場合はもっと妙だよ」

「あー、確かに。目的がさっぱりだな。あ……晒し目的とか!」 栞生は頭頂に目視不可の電球を光らせた。

「いや、違うと思う」

「はっ……そうかよ」

 うな垂れる彼女を見て、猛人が口を開く。

「あのムービーの投稿者だけど、あのスナッフムービーしか投稿してないんだよ。普通、晒しや、観覧数目的でUPする人は、もっと大量の動画をUPしてる」

「ああ……確かに」

 栞生はテーブルに上体を預け大きく溜息をついた。

「気になったんすけど、どうやってカメラを取り付けたんすかね?」

「ん? それ、俺も気になってた。カメラを仕掛けたのが被害者にしろ第三者にしろ、普通の人間じゃない加害者達の目を盗んで作業を行うってのは、無理なんじゃないか、って」

「そっすよね。建物によって配線の位置も違いますし。そんな事する時間あるとは思えないっす」

「んだよっ。結局なんにも分からずか?」

 身を起こし頭をふる栞生に、猛人は向いた。

「そんな事ないよ。わかる事はある」

 耕史が 「なんすか!?」 と身を乗り出した。

「うん。あの場所にカメラをしかけるのは不可能だって事」

「んだよそれっ」

「そっすよタケトさん。それは自分や栞生さんもわかりますよ」

「あはは、だね。ごめん」

「ま、やっぱ話してても、結論でそうにないっすね。解散します?」 耕史が言った。

「そうだね」 猛人は頷いた。

「自分の方でも調べておきますんで」

「耕史くん、気をつけてね。MOAも動いているかもしれないんだから」

「それを言ったらタケトさんの方が、真っ只中にいくんすから。気をつけてください」

「ああ、大丈夫」

 そして、後日。

 猛人は戸塚リニアスポットに来ていた。

 扇状の屋根をした建物は各チケット売り場となっており、そこを抜けると、行き先別の待合所が転々と並ぶ広場になっている。

 猛人は、旅行エリアの待合所にはいった。少し進んだ左手側には売店があり、右手にはホロパネル。そこには時間と行き先がズラリと記されている。

 猛人はやれやれ、とパネルに目を向けた。

 現在Mt10:20。ツアー用のリニアカーの到着まで少しある。

 彼は視線を、並んでいる椅子に向けた。

 とにかく人が多い。空いている席なんてなかった。仕方なく、バックパックを下ろし、適当な壁に背を預ける。どうも落ち着かなかった。

 猛人はおもむろにバックパックを開いた。中はミネラルウォーターと本、自身の端末HOLO13の3点だけ。

 彼は水を手にとった。そして、それを眺めた。

 思えばジャンクになってから何も口にしていない。

 腹も減らないし、喉も乾かない。

 当然、人間を食べたいなんてこれっぽっちも思わない。

 むしろ想像しただけで気持ちが悪くなる。

 このままでいいのだろうか。

「第3トウキョウ1区MOAツアーのみなさまー」 

 高く可愛らしい声が聞こえ、猛人はその方向を見やった。

 そこには1ボタンのスーツを着た女性が、両手を大きく動かしていた。

 彼女のそばに行くと 「ツアー参加者の方ですか?」 

「はい。秋月猛人です」

「少々お待ちくださいっ」

 女性は手のひらサイズのホロディスプレイをスーツから取り出し、操作した。

 一枚、二枚とめくるようにディスプレイの前で指を動かす。

「あ、はい。秋月様ですね。6区の参加者は秋月様のみとなりますので、都合が悪くなければ、出発いたしますが」

「大丈夫です」

 彼女に促されるまま、猛人は移動用のリニアカーに乗り込んだ。

 入ってすぐ、両手に並ぶ席をざっと見た。

 リニアカーは小型のものだが、20人近くは乗れ、一人一人くつろげるスペースが確保されている。

「あの、どこに座ってもいいんですか?」

「いえ、秋月様はA5になります」

 猛人は席の手すりにかかれたアルファベットと数字を見ながら進んだ。

 左手窓際席にA5の表記を見つけた。隣は空席だったが、誰か乗るかもしれない、とバックパックを足元に置いて着席した。

「それでは出発しまーす!」

 女性の声がすると、景色が流れ始めた。

「あー、旅って感じ」

 猛人は席に背を預け一息吐いた。

 そして、パックパックから持参した本を取り出すと、適当なページを開いた。

「うーん。全然わからない」 言いながら、本と睨めっこ。

 暫くそうしていると、反対側の窓際に座る青年が、話しかけてきた。

「何、読んでるの?」

「えっと、」

 言いかけたところで、アナウンスが入った。

『ご来場ありがとうございます。これから1区に向かいます』

「おねえさーん!」

 ガイドの女性に黄色い声援があがった。

 恐らく一番前の席だろう、と猛人は通路に頭だけを出した。

『到着まで暫しの時間がございますので、ごゆっくりとおくつろぎ下さい』

「おねえさんっ! なんかして!」

「そうだ! なんかやろうぜ!」

『それでは折角なので、MOAとゆかりの深い、思粒子学のお話でもどうでしょうか?』 ガイドは嫌な顔1つせず、提案した。

「いいぞっ!」

「よっ!」

 ノリのいい声が上がった。次は後ろからだった。

 猛人はちょうど良かった、と持参した本に目を戻した。

 表紙には【思粒子学と超常能力】というタイトルがかかれている。

 ガイドの話しを聞きながら彼は本のページをめくった。

 彼女はマニュアルを読むみたく、すらすらと話しを進めていく。

 猛人はそれに合わせて、気になるワードに目やった。

 思粒子とはこの世の自然物が内包する粒、と書かれている。

『よく勘違いされるかたがいますが、素粒子のような“粒”ではなく、同時に波の性質も併せ持ちます』 ガイドは当然のように言った。

 猛人にはそれがどういう意味なのかいまいち理解できなかった。

『思粒子は互いに反応し合う性質があります。これを思応しおうと呼びます』

 ガイドは両手で拳をつくり、互を軽くぶつけた。

 それを見て、猛人は頷く。

 本にはその続きにあたる事が書いてある。

 思応には+と-が存在する、と。

『相互の力を維持したまま結びつく事を+とよびます』

 猛人が本に目を向ける。

 一方が、もう一方の力を奪う事を-と呼ぶ。

 そう書かれているのを確認した彼は、再度ガイドに目を向けた。

 彼女は片方の拳を揺らしながら、落とした。

『こうしてプラスとマイナスを繰り返し、バランスを取ろうとする思粒子の集合体を思粒分子と呼びます。皆様が、そして私も常に発散しているのは、これでございます』

 にこやかなガイドをよそに、客たちは完全に飽きがきていた。

 それを察したのか、彼女は手を鳴らした。

『それでは難しい話はここまでです。そろそろ到着しますので、荷物等お忘れがないかご確認お願いいたします』

 もう少し聞きたかった。

 猛人は思いながら、本をバックパックにしまった。膝にのせ、流れる景色に目を向けた。

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