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神鳴りに裁かれて



「……なぜだ」



ぽつりとこぼれたその言葉は、誰のものだったか。


九鬼たちは困惑を隠せなかった。同じ同胞である、月鬼の行動が理解できなかった。



「……長、月鬼は何を考えているのでしょうか」



穂鬼が、同胞のなかで一番月鬼のことを理解しているであろう琅鬼に尋ねた。しかし



「さて、わたしは月鬼ではないからな。そこまではわからぬよ」



という返事が返ってきた。穂鬼が軽く目を開いた。



「何をそんなに驚くことがある。わたしはわたしで月鬼は月鬼だ。わたしの考えをお前たちがわからぬように、月鬼の考えもわたしにはわからない。そうであろう」



平然と言ってのけた琅鬼に、同胞たちが唖然とする。



「では聞くが、このなかで幾星霜(これまで)の間に月鬼と接したものはいるのか?いないであろう。あれは、ずっとひとり、歩き続けていたと言うからな。あれのことをよく知りもしないというのに、あれの考えが読めるはずがなかろうて」



最も、月鬼は別だろうが。と心のなかで付け足す。九鬼たちは琅鬼の言葉を聞いて、息をのんだ。



「わたしもあれの考えはわからない。だが、あれが手を貸すと決めたのだ……あの人間と直接言葉を交わした月鬼が」



月鬼には何か考えがあるのだろうか。それとも、直接言葉を交わしたものでしかわからない何かを感じ取ったのか……それは幾ら琅鬼でもわからない。


これから月鬼がどうするのか、月鬼はなにを見出だしたのか。その答えを知っているのは、月鬼だけだ。




















━━━━━━バチバチバチ



「キシャァァァァァァァッ」


「ガァァァァァァァァァァァッ」


「……弱い」



何発目かわからない雷を放ちながら、月鬼は呟いた。



「……だが」



月鬼は考える。あの人間……怜青れいせいを思い出す。


月鬼たち九鬼のいる異界にやって来た人間。不遜な物言いではあったが、剣呑に釣り上げたその瞳の奥には諦めと恐れを秘めていた。


あのような瞳をするのがどんな人間か、月鬼は知っている。


それは紛れもない、昔の……愁星という名前だった頃の自分がそうだったからだ。


しかし、そんな理由で手を貸すほど月鬼はお人好しではない。あれはついでだった。


月鬼が手を貸した理由……それは、怜青れいせいのくだらない自己犠牲を止めるためだった。


怜青れいせいはひとつ、勘違いをしていた。月鬼は怜青れいせいの言う自己犠牲は言い訳だと言ったが、己が身を犠牲にしろなどと言った覚えはない。寧ろ、する必要はないといったはずだが怜青れいせいのなかで月鬼の言葉がすり変わっているようだ。


だから、手を貸すと最後の最後に言った。あの手の人間なら、そう言えばくだらない自己犠牲はしないだろうと踏んで。


結果は見ての通り。怜青れいせいは自己犠牲することはなかった。月鬼の読みが当たったのだ。


……無論、そんなことを言っている場合ではないが。



「……っ」



(………数が、多すぎる)



さすがの月鬼でも、こうも数が多いとそれなりに面倒だった。



(一気に片をつけるためには━━━)



月鬼が怜青れいせいの方を振り返る。月鬼が何をしようとしているのかを察した怜青れいせいは、気力を振り絞って結界を張った。



「ははははは!魔物に結界を張るなど、とうとうイカれたか!鬼の仮面!」



宰相の高笑いをさらりと無視(なが)した怜青れいせいは、月鬼の方を見る。周りの人間たちは恐慌状態に陥り、ざわめきだした。



「な、何をしているんだ!」


「うちらが死んじゃうやないの!」



そんな人々の声も無視して、怜青れいせいは結界に集中した。




━━━━バチッ、バチバチバチッ




月鬼の身体に雷が纏わりつく。空が曇り、所々チカチカと光っている。


カッと月鬼が目を見開き、神気を最大限に解放した。




その瞬間━━━━━━





━━━━ズドォォォォォオォォォォォン




特大の雷が、結界内・・・に落ちた。雷は結界内で荒れ狂い、魔物どもをすべて一掃した。もはや、一匹すら残っていない



「なっ……」



宰相は、予想外の展開に狼狽えた。そして、何度も何度も腕輪に手をかざし、魔物を召喚しようとしたが、全く反応がない。



「く、くそっ。なぜでてこないんだ!」


「……言ったはずだ」



焦る宰相に、怜青れいせいが冷たく言い放った。



「その腕輪は、腕輪のなかに封じられている魔物を召喚できると……もはやその腕輪のなかには魔物は残っていない。ゆえに、魔物どもを喚ぶことはできぬということだ」



怜青れいせいの説明にやっと理解したらしい宰相は悔しげに眉を寄せ、その場に膝をついた。


すぐに衛兵が引っ捕らえ、牢へと連れていかれる。宰相はこれから厳しい取り調べを受け、断罪されるだろう。


それに、奏彰そうしょうたちも、無罪放免となるはずだ。何せ、我先にと逃げ出そうとした衛兵とは違い、最後まで戦ったのだから。


そこまで考えて、はっとあることに気づいた。この状況は非常に危険だ。


宰相に気を取られている隙に、月鬼と共に此処から立ち去ろうとした怜青れいせいは、逆に月鬼に腕を捕まれた。


怪訝そうな顔をしていると、月鬼は界を繋げ、驚く怜青れいせいを無視して異界に連れ去った。



『……まだ、お前の見極めは終わっていない』



界を渡る際に月鬼が放ったその言葉に、怜青れいせいは苦しげな顔をするのであった。



「……あれ?あの鬼の仮面をした方は」


「あっ、本当だ」



宰相に気を取られていた人々は、怜青れいせいの姿が消えていることに気づいた。



「……正嶺しょうれい


「はっ」



人々の混乱を見ながら、皇帝は傍に控えていた稀代の術師・正嶺しょうれいに声をかけた。



「あの仮面の男……一体何者か」


「……申し訳ありません、それはわかりかねます。ですが、傍らにいた鬼……あれは、九鬼と呼ばれる鬼神かと」


「……九鬼?」


「はい。鬼の姿をしておりましたが、高位の神格をもつ神です。その名の通り、全員で九柱いたと記憶しております。雷の力をもつ九鬼となると、九鬼のなかでも二番目に強い力をもつと謳われている凶鬼・月鬼かと思われます」


「……そうか」


「はい、しかし九鬼を召喚したことや鬼の仮面をしていたことからして……あの仮面、もしや九鬼の主やもしれません」


「九鬼の、主……」



ぽつりと呟くと、皇帝は近くにいた指揮官に命じた。



「あの鬼の仮面をしたものを探しだせ。早急に取り掛かるのだ」


「はっ!」



指揮官が部屋を出る。皇帝は無惨なことになった処刑場を見て、ひとり薄く笑った。




━━━━その頃、怜青れいせい




「「…………」」


「…………」




九鬼たちに囲まれて、身動きできない状態だった。



(蛇に睨まれた蛙……)



連れてきた月鬼は他人事のようにこの状況を見ていた。



「……さて、久方ぶりだね。人間」


「……」



最初に声をかけたのは琅鬼だった。しかし、怜青れいせいはじっと押し黙っている。



「……人間、貴様と月鬼の話も、人界での行動もすべて見ていた」



次に口を開いた霰鬼が放った言葉に、怜青れいせいは少しだけ顔をあげた。



「貴様は我ら九鬼を貶したのだ。にもかかわらず、貴様は月鬼を喚びその力を借りて戦った」



憤然やるかたないといった体で泉鬼は言葉を紡ぐ。



「いや、月鬼を召喚するだけで貴様はほぼ何もしなかった!それは、月鬼を道具のように扱ったと同じことだ!」



泉鬼の声が少しずつ大きくなっていった。



「貴様など見極める価値すらない。それとも、此処へ大人しく連れてこられたところを見ると、まだ我らを利用しようというのか!」



散々霰鬼に罵倒された怜青れいせいは、その質問に素っ気なく答える。



「……始めは使役にしようと僅かばかりでも思いはしたが、もはやお前たちは要らん」



怜青れいせいのその言葉が終わるか終わらないかで、霰鬼が怜青れいせいの胸ぐらを掴みあげた。



「……よほど死にたいと見える。なぜ、月鬼が手を貸そうと思ったのか全くわからん」



氷のような冷たい目で怜青れいせいを見下していた霰鬼は、胸ぐらを掴んだ手に光の粒子を集め、怜青れいせいを消し飛ばそうとした━━しかし





━━━━バチッ





「……っ!」



霰鬼の動きを、パチパチと爆ぜる雷が封じた。誰がしたのか、わからないわけがない。雷を使えるのは九鬼のなかで、ひとりしかいないのだから━━━



「……なんのつもりだ、月鬼」



泉鬼は月鬼に怒気を飛ばす。しかし、月鬼はそれをものともせず平然と言ってのけた。



「……それは俺の言い分だ」



「何っ!」



月鬼の要領を得ない言い方に、霰鬼は更に苛立っていた。



「……霰鬼、そこまでわかっていながらなぜわからない」


「……何を」



呆れを含んだその物言いに、霰鬼は疑問と共に顔を赤く染め上げた。



「その人間は死に急いでいるだけだ。己れの所業を悔いているがゆえに、せめてもの償いとして我ら九鬼に断罪してもらおうとわざとお前を焚き付けた。……九鬼の霰鬼ともあろう者が、人間の策にまんまと嵌ってどうする」


「なっ……」


「……」



月鬼は何も言わない怜青の前に立つと、視線を合わせながら話した。



「お前は民…はついでだろうが、親友を助けたかった。だから俺を喚んだ……皇帝のいる前で」


「……っ」



怜青れいせいに向けて月鬼が言った言葉は、それまで微動だにしなかった怜青れいせいを大きく反応させた。



「お前は目的を果たして満足した、がそこで気づいた。国の頂点に君臨する皇帝の目に、興味を引くことになるかもしれぬ俺を晒したことに」


「……」


「ゆえに、黙って此処へ連れられたのだろう。すべてを消し去るために」



怜青は何も言わなかった。しかし、暫くしてぽつりと独り言のように呟いた。



「……なぜ」


「……」


「なぜわかっていて止めた。私は……」



感情のままに怒鳴ろうとした怜青は、月鬼に鋭い視線を向けて黙らせた。そして



「はき違えるな」


「っ!」


「初めに言ったはずだ。俺は、お前の見極めが終わっていないがゆえに此処へ連れてきたと」


「なっ……」



そう、月鬼の本来の目的はそれだった。なのに話が拗れに拗れに、ややこしいことになっていた。



「姿を見られようが見られまいが、俺にとっては些細なこと。それよりも、お前の判断が癇に障る」


「はっ?」



怜青れいせいはわけがわからず、つい素っ頓狂な声をだした。



「誤りだと気づいた、後悔した、償わなければならないと思った。そこまではわかる。だが、なぜそこで死のうとする。何か勘違いをしているようだが、死は償いなどではない。己れの成したことに耐えきれず、それと向き合うわけでもなく簡単に消してしまう方法。つまり、単なる逃げだ。お前は何度同じ事を俺に言わせるつもりか」


「……っ」


「己れの過ちに対する苦しさゆえの逃げでしかない。……全く、お前は逃げてばかりだな」


「ぐっ……」



月鬼の言葉がぐさぐさと胸に刺さる。そんな黙りこむ怜青れいせいの胸ぐらを掴み、言った。



「さほど気にしてはいなかったが、お前が償わなければと思ったのなら、見世物にされた俺にはお前を裁く権利があるな?」



最後の一言に怜青れいせいの肩が動く。顔をあげ、目をあわせてくる。


その真っ直ぐな瞳を見据え、月鬼は裁きを下した。



「罪悪感があるのなら、償う気持ちがあるのなら逃げるな。みっともなくとも、這いつくばってでも生き続けろ。そして、俺に責任をとれ」


「っ……」


「……たとえ一時とはいえ、俺を召喚し命令を下したからには最後まで責任を持ってもらう」



そういうと、月鬼は顔を少し下げ、獲物を見つけた獣のような瞳で怜青れいせいを見据える。



「……そう簡単に、逃がしてなどやるものか」



薄い笑みを浮かべたその顔は、同胞たちを軽く震えあがらせるほどの威力をもっていた。


一方、怜青れいせいは黙って月鬼の顔を見つめていた。覚悟を決めろと、たがえるなと月鬼の瞳は訴えているように見えた。



ならば



「……逃げるなと言うか。なら、私も目を逸らすのをやめよう。己れの力からも、定められた天命からも」


「俺は、お前を主と定めてはいない。それでもお前の心を見定めよう」


「お前のことは関係ない」



怜青れいせいの発言に、月鬼はふっと息をついた。そして、同胞たちを見据える。


……怜青れいせいは覚悟を定めた。ならば、月鬼にはそれに応える義務がある。



ゆえに



阻むのであれば、たとえ同胞といえど刃を交えてみせよう。それが、怜青れいせいの覚悟に対する月鬼の対価なのだから。

ギリギリ……今日

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