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過去と矜持を投げ棄てて



「あの人間を人界に帰したか」



月鬼は顔をあげ、声のしたほうに視線だけ向けた。



「琅鬼、あの人間は………」


「なぜ、あのような輩を人界に帰した!」



月鬼の言葉を遮り、怒りの声をあげたのは霰鬼だった。



「あの人間は、我らを利用しようとした!お前の言った通り、主となるつもりなど微塵もなかったのだ!それを……」



ぎりっ…と歯を噛み締め、睨むように月鬼を見る。霰鬼は九鬼のなかでも誇り高い性質だ。その矜恃を傷つけられたのだろう。月鬼は霰鬼の怒り狂った視線を受け、それでも微動だにしなかった……反論することも。



「っ、貴様!」



沈黙を保つ月鬼の態度に業を煮やし、霰鬼が掴みかかろうとしたそのとき



「やめよ」



琅鬼が静かに止める。しかし、その声とは裏腹に琅鬼の瞳には凄まじい迫力があった。



「……月鬼よ」


「なんだ」


「あの人間と真正面から対峙たのは、お前のみ。月鬼よ、お前は情に流されるものではないとわたしは思っている。けれどもあの反応……彼の人間との対話から、お前は一体何を見出だしたのだ」


「……運命さだめを」


「……?」



琅鬼を含め、同胞たちが怪訝そうな顔をする。しかし月鬼は無言で空を見上げる。


暫くそうしていたが、やがて、ゆっくりと口を開き始めた。



「……未だ迷い、逃げ続ける、あの人間の運命さだめを」



琅鬼たちはその意味と真意を掴みかねたが、月鬼が何かを待っていることだけはわかった。


あの人間の行動……それがすべてを握る鍵となるだろう。





















━━━━一方、人界では



「……奏彰そうしょう



暗い部屋の中、ひとりの青年の呟きが静寂のなか響き渡る。



「……私は、もう…」



言いかけて、ぐっと唇を噛み締める。そして、仮面を取りだし顔の上半分を覆い隠した。


そして刀印を組み、何かを唱える。すると、人型の紙がふわりと浮き上がり、散らばっていった。それと共に、青年は都に姿を眩ませる。



……その仮面は紅く、額から二本の角が生えた鬼の仮面であった。





















数刻後、処刑場にて━━━━━━━



「……すまない。お前たちの無罪を、オレは上に受け入れさせることができなかった━━━」


「……隊長」


「隊長のせいではありません!」


「そうです!それよりも我らのせいで隊長まで巻き込んでしまい……」


「それは違う。オレはお前たちの隊長だろ?そしてお前たちはオレの大事な部下であり、友だ。巻き込まれたんじゃない、オレは隊長になったときから決めていたさ。最後までお前たちと共にあろうってな」


「「隊長っ……」」



感極まって泣いているものもいた。それを見ながら、奏彰そうしょうは静かに親友に思いを馳せた。



怜青れいせい……お前をひとりにしちまうのが心残りだ。誰か、オレの他にもお前のことを理解してくれる奴が現れることを願ってるぜ)



無論、その声は届くことはない。けれどなぜか、誰かが己れの願いを聞いているような、そんな不思議な感じがしたのだった。



「━━━これより、罪忌隊及び隊長・陸奏彰りくそうしょうの死刑を執り行う。罪人、前へ」



皇帝、貴族、宰相、稀代の術師、見物者たちがいるなか、その言葉は発せられた。


執行者の男の言葉と共に、衛兵によって前に出された奏彰そうしょうたちは見物者たちに酷く罵倒された。



「あんたたちのせいで、私の子供が死んだのよ!」


「お袋を返せ!妻を、娘を返せぇっ!!」



石や小刀まで投げられた。小刀が、奏彰そうしょうの頬を掠める。



「っ、よくも隊長を━━━」


椎炎すいえん、よせ!」


「しかし!」



そんなやり取りを聞いて、益々罵詈雑言が飛び交った。


これだから罪人は、咎人に情けをかけた馬鹿な隊長、汚らわしい、黎林国れいりんこくの恥さらしが━━━


そんな心無い言葉に、奏彰そうしょうは黙って耐えた。自分がなんと言われようと構わない。けれど、大事な部下たちのことを言われるのは到底赦せるものではなかった。



━━━じゃらじゃらと派手に着飾っているだけの無能なあんたらに、一体こいつらの何がわかる!



出来ることならばそう言ってやりたかった。だが、そうすれば非難がいくのは部下たちなのだ。罪人風情がとかなんとか言われるのが目に見えるようだった。


衛兵たちが刀を持って奏彰そうしょうの横にたつ。まずは隊長である奏彰そうしょうから始末するつもりなのだろう。



━━━此処までか



情けないと思った。部下の無罪を晴らすことも叶わず、親友を置いて逝くことになってしまったのだから。


覚悟を決め、首を静かに下げる奏彰そうしょうの耳にあり得ない声が響いた。



「━━━━待たれよ」



はっと顔をあげ、息を飲んだ。そこには、紅の鬼の仮面をつけた親友━━━怜青れいせいがいたのだから。


しかし、奏彰そうしょう以外、誰も怜青れいせいだということに気付いていないようだった。……奏彰そうしょうを除いて。



「っ、貴様は何者だ!」



執行者が我に返り、衛兵たちに刃を向けさせた。



「大人しく縄につけ。妙な真似はするな、もし何かしてみろ。ただではおかぬ……」


さい!」


「!」



怜青れいせいの静かな一言で、衛兵たちの武器が粉々に砕け散った。驚愕のあまり、衛兵たちは腰を抜かしてしまう。


怜青れいせいが術を使うところを見て、奏彰そうしょうは顔を苦し気に歪めた。ああ、お前が嫌っていた術を使うまでにオレはお前を苦しませたのかと。



怜青れいせいは、術師の家柄の出だった。皇族直属に拝命されるほどの術師を輩出してきた名家でもある。そのなかでも怜青れいせいの力はずば抜けていた。そして、怜青れいせいの類い稀なる力に期待を寄せた一族のものたちは、怜青れいせいの行動に多くの枷を強いた。与えるものを違え、住まう場所さえも一線を画した。そこで怜青れいせいは、あらゆる術を叩き込まれた。


奏彰そうしょうには想像もつかないくらい苦しかったのだろう。怜青れいせいは、いつも不遜な態度で自分の意思を貫き通していた。それが、奏彰そうしょうには痛ましくて仕方がなかった。怜青れいせいが不遜な態度をとるのは、不器用だからだ。歪んだ教育を受けた怜青れいせいはひととの接し方がわからず、常に毅然とすることで己れを保っていた。


そんな怜青れいせいが、わざわざ嫌っていた術を使ってまで自分たちを助けに来たのだ。それが、怜青れいせいにとってどれほど苦しい選択だったことか。


顔を歪ませている奏彰そうしょうに気づいた怜青れいせいは、しかし何も言わずに宰相のほうを向いた。



「宰相。貴方の悪事、すべて話してもらう。都に魔物を召喚したのは、貴方だ」


「っ!」


「なっ」



周りが驚きの声をあげる。しかし、宰相は平然とした顔で怜青れいせいを見据えた。



「世迷い言を。一体そのようなことをして、私に何の益があると?」


「益はない。しかし、貴方には目的があった。復讐という」


「……」


「既に調べはついている。娘を皇帝の側室にと献上しようとしていた貴方は、誰しもがもつ野心を持っていた。何不自由なく暮らし、蝶よ花よと育てられた娘は器量よしだと自負していたのだろう。しかし、当の娘に拒まれてしまった」


「……っ」


「娘は、恋をしていたのだろう。……罪忌隊のひとりに」


「……なっ」



宰相が初めて表情を動かした。


怜青れいせいは、一旦言葉を止めゆっくりと話した。



「貴方はそれが赦せなかった。だから今回の騒動を起こして、それを罪忌隊の仕業にでっち上げてしまおうと考えた」


「ふん、そのようなもの、ただの憶測でしかないくせに……」



焦ったような宰相の態度に、怜青が切り札を出した。



「そうですか……明凛殿」


「!?明凛」



しずしずと現れたのは、宰相のひとり娘である明凛だった。


明凛は、その瞳に涙を浮かべながら「お父様……」と呟いた。



「私、見てしまったんです……お父様が、魔物を召喚したところを。そして……ひとりの貴族を呼び出して、罪忌隊の仕業にするように言ったところを…」


「っ、明凛っお前!」



宰相の顔が怒りに満ちる。怜青れいせいは、それを静かに見ながら話を続けた。



「宰相、貴方がその腕に嵌めている腕輪。確か、門外不出のものであったはず。その腕輪には多くの魔物が封じ込められている。そして、嵌めているものは封じ込められている魔物を召喚することができるとか」


「っっっ、貴様ら!」



もはや、最初の澄ました顔は何処にもない。その顔は怒りと憎しみで一杯だった。


そんな宰相に、怜青れいせいは更に爆弾を落とした。



「最も、例え罪忌隊が断罪されようがされまいが、明凛殿は俗世から離れるつもりでいたらしいがな」


「なにっ!明凛、そんなことが赦されると思っているのか!」


「その言葉、そっくりそのまま貴様に返すッ!」



怜青れいせいが凄まじい剣幕で怒鳴る。あまりにもの剣幕に、宰相は気圧されて口をつぐんだ。



「貴様のくだらぬ野心のせいで、どれほどの人間が傷付き、苦しみ、死んでいったと思っている。貴様の成した事こそ、許される事だと思うな!」


「黙れ!聞いていれば、勝手なことを。私は宰相だ!」


「勝手はどちらだ!権力を振りかざすしか脳のない輩が、民を思いやることのできん貴様が宰相なぞ、荷が重すぎる」


「ええい、黙れ黙れ!━━━出でよ!」



怒り狂った宰相が腕輪に手をかざし、魔物を召喚した。その数は数百にもなり、人型のものもいれば獣型のものもいる。



「ここにいる者共、いや、この国の者共を全て喰らい尽くせ!」



召喚主の言葉と共に、魔物たちが一斉に躍り出た。


その場にいる見物者含む衛兵たちが悲鳴をあげ、我先にと脱兎の如く逃げ出そうとした。しかし



「な、なんだこれは!ギャッ……」


「と、透明な…膜みたいなのが!……きゃあっ」


「っ、結界か!」



怜青れいせいは、気づく。先に、この場にいるものをすべて一掃してから国中を屠るつもりのようだ。



「……させる、ものか」


「全くだな」


「っ!」



怜青れいせいは驚いて声のしたほうに振り返った。するとそこには、奏彰そうしょうと共に武器を携えた罪忌隊のものたちが佇んでいた。



「……なぜ」


「なぜって、そりゃあ」



背後に忍び寄る魔物を、奏彰そうしょうは刀を構え、一閃して倒した。



「これが、オレたちの仕事だからさ。なぁ、みんな!」


「「おおーっ!」」



唖然とする怜青れいせいに、奏彰そうしょうは、にっと笑いかけた。



「ありがとな、鬼人きじんさん」


「!」



奏彰そうしょうは、怜青れいせいだとわかっていながら、わざと呼ばなかった。


その気遣いに感謝しつつ、怜青れいせいは魔物の群れに突っ走っていった。



「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」



魔物に向かって、ひたすら術を繰り出していく。だが、魔物の数は多すぎた。


その場にいた術師と呼ばれるものたち総出で対処しているが、なかなか数が減らない。



「ちっ、どうすれば……」



唇を噛みしめ、必死に考えていた怜青れいせいの頭に、ひと柱の鬼神の顔が浮かび上がった。



(九鬼……)



そして、彼が放った最後の言葉が頭のなかで反芻される。



(九鬼は、決していまのお前を主として認めないだろう。だが、もしお前がどうしても力が必要なときは俺の名を呼ぶがいい……最も、俺の名を正しく当て、俺のところまで届けばの話だが)



そういった鬼神が、何を思ってあんなことを言ったのか怜青れいせいにはわからなかった。しかし



(いまは、あの鬼神の力がどうしても必要だ)



たとえ、盟友を口汚く貶したものたちだとしても。ひとつでも多く命を助けるため、そして宰相を正しく断罪させるために魔物は倒さねばならない。


……鬼神の言葉を聞いたあと、怜青れいせいは書物を解き、九鬼の名前を調べあげた。が、しかし姿の特徴は載っていなかったので己れの見立てが合っているのか正直わからない。



(だが、そんな悠長なことを言っている暇はない)



術師たちも、そろそろ限界だ。無論、奏彰そうしょうたちも。


……嫌っていたこの力が、盟友ともの助けになるかもしれないというのはわかっていた。けれど、あの鬼神が伝えたかったのはそういうことではないと怜青れいせいは気づいていた。




『己れ自身から目を反らすな。己れの力から逃げるな』




恐らく、あの鬼神はそう言いたかったのだろう。自分の過去や力から逃げていた怜青れいせいは、盟友を助けるために力を使おうとしなかった……やろうと思えばできたはずなのに。


そうすれば、もっと早くに助けることができたかもしれない。だが、過ぎてしまった過去は戻らないのだ。だから。



(後悔しないよう、いまできることをする)



後から嘆いても遅いのだ。この忌まわしい力も含めて自分なのだから。だから、もうニ度と後悔することにならないよう、いまできることを全力で取り組む。それが、いまの怜青れいせいにできることだった。



(力を……貸してくれ)



全身の気を高め、持ちうる力のすべてを注いだ。


魔物たちを強く見据え、その脳裏に荒々しい力を纏いながらも穏やかさを併せ持った、凛とした姿を思い浮かべる。宵闇のような紫色の髪に、月のような銀色の瞳をした夜を具現化させたような姿の鬼神の名を━━呼ぶ!



「この声を聞き届け、その身を現したまえ。九鬼がひとり、雷を司る鬼神。汝の名は……月鬼!」



その激しい光と力に満ちた雷光は、田畑に豊穣をもたらせ、悪人を裁く光の鉄槌と呼ばれる。それは、まさしくあの鬼に相応しきもの。名を間違えているとは欠片も思わない。



「……あれ、以外に…相応しい名など、あるわけが、ない……」



怜青れいせいが自信を持ち渾身の力を込めて呼んだ名は、空を突き抜け、界を越え、草原を越えて月鬼の耳に響いた。


力を全て使い果たした怜青れいせいの頭のなかに、不敵な笑みを浮かべる月鬼の顔が浮かんでは消えた。


なんだ、と思った瞬間、目を焼き尽くすかの如く凄まじい光が空を切り裂き、激しい音が幾つか落ちた。


怜青れいせいは、己れの目の前に立つ長身の影を認め、ほっと安堵する。



「……やはり、あって…いたか…」



そこには、神々しい雷の光を纏い、腕を組んで魔物や宰相を鋭く見据える鬼神……月鬼の姿があった。



「……怜青れいせい、俺の役目を」



初めて名を呼んだな、と思いつつ怜青れいせいは月鬼の背中を見つめ、こう頼んだ。



「魔物どもを殲滅し、民を……盟友を、護ってくれ」



自分は主ではない。ゆえに命令することは赦されない。だが、頼むくらいは赦されるだろう。


それを知ってか知らずか、月鬼は一言



「……承知」



と言った。そして神速で駆け巡り、魔物どもを殲滅していく。



「……私は主ではないというのに」



魔物どもの断末魔が響くなか、月鬼の態度がまるで主にするようなものだと苦笑しながら思った。

最近、月鬼の心の声を書かない方がいいと思い、既に書いていないダメな作者


個人的に、できたら次くらいまでは今日中にあげたいと思っていたりします

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