飾る言葉を打ち消して
ジャンルを一応ファンタジーにしました。
合っているかどうか、作者自身ビミョーです。
「人間」
「……だ」
「……?」
訝る月鬼に、青年はもう一度言った。
「………私の名は、珀怜青だ。人間ではない」
月鬼に散々言われ続けたというのに、青年━━怜青はそのふてぶてしい態度を変えることはなかった。
(……気位の高い男だ)
そして不遜とも言えるその清々しいまでの態度に、月鬼はなぜか不快感を感じず、逆に彼らしいと思ってしまった。たった僅かの間ではあったが、月鬼が怜青の性格を把握するのには十分だったということだ。
「……なかなか肝の据わっている。普通ならば激昂して俺に当たるか、散々罵倒するものだろう。文官だというのに、大した度胸だ」
「……なぜ、私が文官だと?」
「……よほど使い込んでいると思わしき衣装は皺がより、手の皮が少し厚い。指先にインクもついているとなると、書類と向き合う仕事。つまり、文官をおいて他にない。術が使えるのはそういう家系か、若しくは必要に応じて身に付けたといったところか」
「……」
沈黙は即ち肯定と同義だ。次々に当てられ、怜青は言葉も出ないのだろう。そんな怜青のことはお構いなしに、月鬼は勝手に話を続けた。
「人間、本題に入ろう。お前の目的はなんだ。我ら九鬼を人界に降ろして、なんとする」
「……人間ではない、怜青だ」
そう訂正すると、怜青は深く息をはいて、眉を顰めながら話し始めた。
「……人界には罪忌隊という名で呼ばれている隊がある。忌まわしき罪を犯した隊という意味で、大罪を犯した罪人や、過去に先祖が犯した罪を受け継いだ罪人の一族のものが所属している。なかには冤罪のものいるがな……そして私の盟友がそこの隊長に任ぜられたのだ」
「罪人か」
「違う。そこの隊長に任ぜられただけで、罪人ではない」
「そうか。……ついでに聞くが、お前は何処の出だ」
「……私は名家の出だった。私にとっては意地ばかり張ったくだらぬ家だったがな……術師の家系であったから私も多少は術が使える、お前の言った通りだ」
「……なぜ、文官になろうと?」
「親の言うままに術師として生きることが嫌だったからだ。術師は好きではなかったからな。そして、私は私で両親や親族の操り人形ではないと……それで両親とは縁を切り、珀家に養子として入った。そして学業を修め、いまに至る…だ」
「……」
「話を戻すが、私は罪忌隊に配属された盟友の部下たちと縁を持った。他の隊のくだらない嫌みなど、どうでもよかったしな」
「……」
「だが、ついこの間、都に魔物が現れた」
都の被害は大きく皇宮もあわやの大惨事となった。ひとまず落ち着きを取り戻した頃に、ある貴族の男が言った。
魔物が現れる前、咎人どもが何かをしていた。これは奴らの仕業、逆恨みに違いない━━と
盟友は部下たちの無罪を何度も主張したが聞き入れてもらえず、部下たちには死刑が下された。隊を纏められなかったという責で隊長である盟友にも。
「私は耳を疑った。なんの証拠もないというのに、死刑が言い渡されるなどと。だが、周りはそう思わなかったらしい」
その判決を聞いて、仄暗い笑みを浮かべていた。ざまぁねぇなと嘲笑うものたちもいた。怜青は、それが理解できなかった。
そして━━━━━━
「……自棄になって、盟友とその部下たちを助けるために私が犯人となって盟友たちに自分を討たせて刑を免れさせようと」
「……どうするつもりだった」
「もう、わかっているのだろう。術師の家系である私は九鬼という鬼神の存在を知っていた。鬼の姿をしているという彼の神ならば、都に現れるだけで騒ぎになる。なんの証拠もなしに罪忌隊の奴らが犯人扱いされたのだ。だから私が近くにあることで、すべての元凶が私にあるのだと皆が勝手に思い込んでくれると思ったのだ」
「そうか」
「だが、お前の言った通り諦めてもいた。無謀だということも、ただの悪足掻きだということもわかっていたからな。けれど、盟友たちの命を見捨てることが出来ず、此処まで来てしまった……もう、終わりだがな」
「……?」
「時間がない……刑が執行されるのは、今日だ」
「……」
「だからせめて、最後に盟友たちに一目会いに行く。勝手なことは承知だが、私は……」
帰る、という言葉は月鬼の「覚悟はあるか」という言葉に掻き消された。
「……は…」
「覚悟はあるのかと問うている」
「何を……」
「盟友たちの死を受け入れる覚悟」
「っ……そんなもの、あるわけが…「ならば」」
月鬼が静かに、けれど鋭く怜青の言葉を遮る。
「なぜ、諦めようとする」
「っ、……」
「お前にとって、その人間は諦めようとして諦めきれるものなのか」
「違う!」
「諦めきれるものならば、始めから━━━━」
「違うと言っている!」
━━━━━ザシュッ
怜青が刀印を月鬼に向かって切る。それは無数の刃と為し、うちひとつが月鬼の腕を掠めた。
「……お前が盟友たちを思う気持ちは確かに本物であると、認めよう。だが、自己犠牲はそうではない」
「……っ」
「お前の自己犠牲は、ただの言い訳だ。現に、何もしていないゆえに何も成しえていない」
「……」
「お前には力がある。己が命を犠牲にする必要もないし、ひとを傷つける必要もない。だが、その力では盟友とやらを護ることはできないのか」
「……私は…」
怜青はなにかを言いかけたが、最後まで言わずに元の世界へ帰ると言い放った。
……先程とは全く違う、強い意思を秘めた瞳で。
月鬼は無言で界を繋げ、怜青は界を渡り、人界へと戻っていった。
すまぬ、と怜青の口が動く。腕の掠り傷のことを言っているのだとわかり、あの不遜な男がよく謝ったものだと苦笑した。
そして月鬼は、声を出さずに怜青に何かを告げた。怜青が驚いた顔をして聞き返そうとしたが、既に界は閉ざされたあとであった。
……もしかしたら、今日中に次話投稿するかもしれません