三人の石切職人
石畳の道を軽快な音を立ててぐんぐん走る。
港から少し離れた所にある大きな橋を渡る。
木を打ついい音。すれ違う人たちの挨拶には、どれも短くしか返せなかったけどとりあえず今は石切工房へ。
石切工房は橋を渡って少し北、山裾の岩場に建てられている。
この街で最も古い工房とも言われていて、石造りの建物の周囲には大小様々、形状も様々な石が転がっている。
転がっている石の殆どは、工房の職人さん達が練習した跡で商品ではない。でもたまに、遊び故の芸術性というものだろうか、いい値段で売れるものもあるから私にとって石切工房は、宝島のような場所である。
石畳の道はこの工房まで続いている。
港からさして時間も掛かることなく私は工房に辿り着いた。
「こんにちはー!」
馬から降りてまずは住居の方に。
扉を叩いてうかがうけど、予想通り反応なし。
そのままステラを連れて、住居の裏の工房の方まで足を運んだ。
カーン、カーンと澄んだ音が聞こえてくる。
やってるやってる。
工房、とは言っても岩を切り出す崖に隣接してテントを張り出しているだけの簡易な仕事場だ。
なにせ石を扱っているから粉が舞ったりするし、どうせ品物は外に運び出すのだワザワザ壁の中で作業することもなかろう、というのが代々の姿勢らしい。
テントの下には三人の立ち姿の人影。
大きいのと、小さいのと、その中間くらい。
三人とも私に気付いたらしくこっちを向いた。
「おじーちゃーん!」
私は大手を振ってテントに近付いた。
「レミィー!」
小さい影がテントから出て私を迎えてくれる。
白髪で薄く青い肌、深いシワを刻む皮膚には、わずかに鱗がみえる。
アルノフお祖父ちゃん。私の母方の祖父で、ドラコ人種の血を引く大職人だ。
お祖父ちゃんの顔を見て、港から抑えていた気持ちが爆発した。
「おじいちゃん聞いて!私のアレ、この前作ったブレスレット!オルフェニームで売れたの!それも、お祖父ちゃんが言った通りの値段よ!」
大きな声を出すのははしたないと言うけれど、こればっかりは大目に見て欲しい。
最も、そういった作法を注意するような人はこの場にはいないけれど。
「なに、本当か!…やはりワシの目に狂いはなかった!」
お祖父ちゃんは深いシワを更に深くして溢れんばかりの笑顔で喜んでくれた
。
そう、あの瑪瑙のブレスレットを作ったのは私だ。
カスター川の上流河原で拾った瑪瑙を、この石切工房の道具で研磨、加工して繋ぎ合わせて作った作品なのだ。
昔から透明水晶や紫水晶で同じように自分や友達用のアクセサリーは作っていたけど、今回のは商品になりそうな『モノ』に仕上がった。
元の瑪瑙が珍しかった事もあるけど、ちょっと試したくなったのだ。
それでお父さんに頼んで、前回の出荷の時に取引物に加えてもらい、結果(多少甘い細工とは言われたけど)成功した。
提示した値段は相場の半分ほど。
お祖父ちゃんは、それは安い相場の八割程で売れるだろう、と予想していて、見事その通りになった。
「細工の単純さはあるが、瑪瑙の質は高い。それに、単純といっても仕事は丁寧。妥当な値段だとワシは言っただろ?過大評価はいかんが、過小評価もだめだ。商人になるなら、その線引きが重要じゃぞ。」
「お祖父ちゃんもお父さんと一緒のことを言うのね、細工が甘い、でも仕事はいい、って。じゃあお父さんはいい商人なのかしら?」
私が茶化し気味に言うと、お祖父ちゃんは深く頷いた。
「そうとも。目利きのイイ商人でなければ、ミミィとの結婚なんざ夢のまた夢じゃからな!」
お祖父ちゃんの笑い声が石切り場にこだました。