ラン・カスター港にて
カスター川上流港。別名ラン・カスター港には二つのエリアがある。
漁船が並ぶ漁業市場街と蒸気船の発着場である桟橋街の二つだ。
前者は言葉通り漁師が取り仕切るエリアで、豊かなカスター川の恩恵を見ることが出来る。
後者は、そこそこ大きな蒸気船や、小型蒸気船が発着している。
大きなものはオルフェニーム行きで、二日に一回。
他の小さな蒸気船は、オルフェニーム以外の町とラン・カスターを繋ぐもので毎日どこかしらへの船が出港している。
今日は大きな黒い船が一艘、一番大きな桟橋に泊められている。
既に固定はされているみたいで、積み荷がどんどん降ろされ、山積みにされていっている。
その積み荷のそばで三、四人の人だかり。そのうちの一人は、見慣れた私のお父さん。
「お父さーん!」
ステラの上から叫ぶと、驚きもせずゆっくりと振り向く。
やっぱりお父さんだ。
集団から少し離れたところでステラを降りて手綱を引く。
硬い石畳の衝撃も慣れてしまったらどうってことはない。
石畳が敷き詰められているこの川港は山間の田舎町してはかなり整っている。
それは当たり前のことなのだ。
だって、主な輸出品は『石』。石切り場からここまではとてもじゃないけど人の手では運べない。
馬や牛が引く車でしか運ぶことは出来ないし、車輪の滑りを良くしようとすると整った道路が必要である。
その為石切り場から港までは勿論、市街地や工房街までしっかりと石畳が敷き詰められているのだ。
「やあレミィお帰り。学校はどうだったんだい?」
「ただいま!いつも通りよ。そっちこそ、どう?」
その場にいた船長と、積み荷の監視員の人にも挨拶をして私はお父さんに首尾を訪ねる。もちろん、交易のだ。
「こっちもいつも通りだよ、ただし、前回よりは少しだけ儲かったかな。」
持っていた紙を私に渡す。
今回の出荷の決算表だ。
主な出荷は石材・花崗岩と石灰石。
それ以外が磁器や工芸品等。
石灰岩は売り切れ、磁器、工芸品も概ね売り切れたみたい。
石灰石はモルタルを始めとして建物には欠かせない材料であり、常に一定量の需要が存在している。
建物を新たに建造する時は勿論、修復にも大量に使われる。
ある意味、永遠に需要があるのだ。
「石灰石の売上が上がっているわね。なんでかしら。」
ほら、石灰石だけじゃないぞ、とお父さんは石材の所を指さす。
石灰石ほどじゃないにしても、確かに石材も売れている。よく見れば特記項目に『在庫無し』とも。
「今年は各領地で人事異動が重なってな。新任ついでに屋敷を修復しようって方が多くてな。オルフェニーム経由で色んな所に出荷したんだよ。」
「へーそんなことが…だったらオルフェニームを経由せずに直接その町に届けるとか出来ないかな。そしたらもっとスムーズに沢山捌けるような気がするんだけど。オルフェニームの停泊代だって少ない額じゃないし、その分、商品の値段も安く抑えることが出来ると思うんだけど。」
私の問いにお父さんは満足そうに頷いた。
「勿論だ。話はもう付けてあってな、春先にこの街から一本新しい経路を作る計画を立てている。春先までに、だから急がなればいけないが既に準備は整いつつあるんだ。あとは人員だが…こっちも何とかなりそうだからな。」
オルフェニームの更にに下流の街にまで手を伸ばす計画に私の心は踊った。
「ねえお父さん。その経路が出来たら…ね。」
精一杯の猫なで声で強請る。オルフェニームには何度か行ったことあるけど、それより下流の街は、まさに未知の場所。
気にならないはずがない。
お父さんはやれやれ、とわざとらしく溜息を吐いた。
「断れば密航してきそうだからな。構わないよ。ただし、儂もよく知らない街だからな、安全だと確認出来てからだぞ。」
「わーい!お父さん大好き!」
私は周りの目も気にせずにお父さんに抱きついた。
お父さんは慌てふためくが、ふと何かを思い出したように動きを止める。
「ああそうだレミィ、お前が前回持ってきたアレな、アレもいい値段で売れたぞ。」
「えっ、本当!?」
「本当だ。というか、お前が今日来たのもそれを確認するためなんだろ?」
ずばりその通りです。
前回の出荷の時に私は『ある物』を出荷品目に加えてもらったのだ。
いわば、私の『初商品』。大商人のお父さんからすれば『小さな品物』なのだが私にとっては大きな意味を持っているものだ。
私は決算表で、その『ある物』の項目を見た。
……売れてる!しかも私が予想していたよりも高くだ!
「本当だ!ありがとうお父さん!」
「いいや、儂はなんにもしとらんよ。それよりもアレを作った職人を紹介してくれんか?是非、これからについて話し合いたいのだが。」
お父さんは見て分かるほどニコニコしている。
わかる、こういう時のお父さんは、新しい儲け話を考えている。
お父さんの気持ちもよく分かる。けど!
「あっ、えっと…アレ作った人だよね?」
「そうそう。あの瑪瑙のブレスレットだ。細工の種類はそれほど難易度は高くなさそうだが、瑪瑙の質の高さ!いや細工が悪いと言っているわけじゃないぞ?作ったのは若い職人なのだろうな、丁寧な仕事ぶりは見て分かる。さ、どこの人なんだい?」
私は慌てて頭を振った。
「えっと、あ、とりあえずその人に売れたって言ってくる!お父さんに紹介するかは、その人と話し合ってから決めるね!」
私は決算表をお父さんに押し付けて慌ててステラに飛び乗った。
後ろから「待て」だの「詳しく話を」だの聞こえてくるけど、無視して手綱を打った。