いつもと違う午後の始まり
オーガスタおばさんのパン屋まで手綱を引いて歩く。
テッセアちゃんは、後から来たアルマと一緒に一足先に屋敷に戻っていった。
二頭の馬に跨がり駆ける兄妹…なんだか羨ましい。
私は一人っ子だから、妹か、弟が欲しかったな。
あ、でもテッセアちゃんとは物心つく前からのお付き合いだし、もう妹みたいなものかな。
そうして二人を見送った私は、クラスメイト達とのおしゃべりを楽しんだ。
専ら、この春以降のことばかり。
小麦農家のメリーは
「私、オルフェニームの従姉の家に行くことになったの。」
「へーオルフェニームに。上級学校とか、女子学校にでも通うの?」
「ううん。従姉がね、あるお屋敷に奉公していて、丁度人数が足りないからって。行儀見習いにもなれるし、オルフェニームに住むチャンスだから。」
と言い、陶器職人の娘のアニーは
「あたしは女子学校よ。もちろんオルフェニームのね。伯母がそこの卒業生で伝があるの。立派になって、素敵な淑女になって、素敵な男性と恋に落ちるの。」
と言う。
女の子達は夢よ希望よとうっとりとした表情で語る。
素敵な夢、でも彼女達ならきっと叶うだろう。
「あら、でも素敵な男性がそう簡単に手にはいるかしら?」
「そこはあたしの努力次第よ。田舎娘が都会で女として成功しようと思ったら、教養と作法を徹底的に身に付けるしかないし、頑張るわ。…レミィはどうするの?」
「私?私は、お父さんの仕事を継ごうかなって思っているの。それで、この町をもっと発展させて、素敵な町にするの。」
「前からそう言っていたものね。でもさ、ラーネッド商会って、オルフェニームにもあるんでしょ?そっちに行こうとかは思わないの?」
「そうねぇ…修行、ってことなら考えているんだけど。でもやっぱりこの町に居たいかな。」
そう、ラーネッド商会の本部はカスター側下流の大都市、オルフェニームに構えているのだ。
そこのトップはお祖父ちゃんのエウリゴール。御歳七十かそれくらいだったはずだけど、未だに超元気。
一年に二・三回、お供も連れずに夫婦でラン・カスターにフラッと現れては、オルフェニーム本部を混乱の渦に陥れるちょっっっと困った人だ。
一言くらい、周りに『行ってくる』言えばいいものを『儂ら二人が消えたくらいで動かない組織など、いつか潰れる』とばかり言う。
うちのお父さんも『もし途中で誘拐でもされたら…』とお祖父ちゃんが来る度に顔を青くするけど、それすらお祖父ちゃんは『儂一人殺されたくらいでラーネッド商会が潰れるわけがない。』なんてことを言う。
とにかく元気な人。
「もし、オルフェニームに来ることがあったら、絶対声をかけてね。」
「そうよ!レミィがびっくりするくらい、素敵な淑女になっているんだから!」
「もちろんよ!そうだわ、手紙交換しましょうよ。それならお互いの励みになるし、近況も分かるし…。」
「それは良いアイディアだわ!美しい字は淑女のたしなみ、って言われているし。」
なんて、お喋りをしている間に工房街を抜けてオーガスタさんのパン屋の前に着いた。
ステラの手綱を馬止めに結んで店に入った。
着いてきそうな表情を見せるけど、ダーメ。
「いらっしゃ!待ってたわよレミィ。あら、メリーにアニーも一緒なのね。」
「こんにちはおばさん。」
「こんにちは、今日のおすすめは、なんです?」
メリーとアニーは早々と甘いパンが陳列されている棚に向かう。
香ばしい香りに混じって、甘い匂いも鼻に届く。
この香りはリンゴかしら?
「今日はリンゴのデニッシュと、ほうれん草のキッシュだよ。あとはクルミのパンだね。」
「それ、二つずつくださいな。船着き場にも差し入れで持っていくの。」
私はベストのポケットから銭袋を取り出す。
値札の値段から料金を計算して、過不足なくキャッシャーに置いた。
「ありがとよ、レミィお嬢ちゃん。そうだ、これおまけに。ちょっと形が崩れたのですまないけどね。あとはステラ用に…」
おばさんは商品を入れた紙袋に、拳ほどの少しいびつな白いパンと大麦のパンを入れてくれた。
白い方は表面がキラキラとしていたから、きっと砂糖がまぶされた甘いもの。
「ありがとうオーガスタさん。じゃあ、メリー、アニー、また明日学校でね。」
「ええ、また明日。」
「また明日!」
紙袋を抱えて、最後にもう一度オーガスタさんに会釈して私は店の外に出た。
ステラは早速私の抱えているものを物色しようとしたけど、軽く手で払い除けて紙袋を運搬用のサイドポストに入れた
「ステラ~良い子にしてくれたら、美味しいのあげるからね。」
そう言って首を撫でてやるとヒヒンと応える。
私の言葉を完全に理解しているし、本当に賢い子!
「さ、もうすぐ船が着くから急ぎましょ。」
馬止めから手綱をほどいて私はステラに跨がった。