いつもと同じ午前中
今日の授業は算術と歴史。算術は文字通り、数の計算をひたすらこなす。
商家の娘たるもの、数とは仲良くなければ…と小さい頃から心がけていたお陰で算術は得意科目だ。
次は歴史。
この国の歴史のお復習である。
王様がどうやって王様になったとか、どんな領地があるとか。
私たちが住むラン・カスターがどのようにできたか、等。
雪解けが始まって、春が来れば私たちはこの学校を卒業する。
人によっては都会の学校にいく子もいる。裕福な家ならば、全寮制にも。
でも生徒達の半分は家業を継ぐ人ばかり。
農家、職人、樵、あるいはカスター川の漁師。
かくいう私も、家を継ぐ『つもりである』。
ただそれを告げると、拒否はされないけれど複雑な顔をするのだ。
「…はあ、お父さんは、私に家を継がせたくないのかしら。」
ため息と共に本音が出てしまう。
ああしまったと口を押さえて先生の方をみるけど、よかった気付かれていない。
でも隣の席のポグロムには聞こえてしまったようだ。
私の方を心配そうに見つめる。
頭の上の丸いフカフカの耳も感情に従ってかピクピクと動いている。
『ちょっと考え事していただけから大丈夫』
小さい声で耳打ちすると、なんだ、と安心する。
ポグロムはビース人種の熊人とヒュム人種のハーフで、柔らかな肌、肉球と鋭い爪のついた五本の指の手足、頭の上の丸い耳、つぶらな瞳の男の子だ。
家は代々カスター川周辺の森林で働く樵さん。
体はクラスの誰よりも大きくて力持ちなんだけど、性格は物静かというよりは、少し気が小さい。
まあでも、いじめられたりはしていないかな。
「…お父さんと、仲が悪いの?」
「そんなこと無いわよ。ただ、最近ちょっとうるさいの。」
「レミィ・ラーネッド!ポグロム・グローサ!今は授業中ですよ!私語は慎みなさい!」
あ、しまった。ちょっと声が大きすぎた。
「「すみません!」」
私とポグロムの声が見事にハモって、クラス中から小さな笑い声が。
ポグロムを見ると、恥ずかしそうに俯いていた。
恥、かかせちゃったな。
今度お詫びにバールで飲み物を奢ろうかしら。
一頻りポグロムへのお詫びの品を頭の中で検討して、私はテキストに目を戻した。
「では、本日の講義はこれまで。みなさん、気を付けて帰りなさいね。」
「「「はーい!」」」
半日だけの授業、ということだけでも皆の気持ちを明るくする。
午後から何をしようか、カフェに行こうか、いやパンを買ってピクニックだとか、みんな楽しそうに教室で相談している。
私も誘われたのだけど、今日はもう朝から決めている。
「ごめんなさい、今日は船着き場と石切場に行くって決めていたの。」
ああやっぱり、とクラスメイト達はさして気にもせず断りを承諾してくれた。
「ああでも、その前にオーガスタさんのパン屋にいくわ。そこまで一緒にいかない?」
クラスメイト達はその申し出を快く受けてくれた。
そうと決まれば善は急げだ。
私は校舎裏の厩舎に急いだ。
厩舎は十頭を繋げる事ができるのだけど、今日は予想通り一杯だ。
小柄なポニー種など、一つの厩に二頭三頭。ステラとオールドクロス兄妹も二つの厩の仕切りを外して三頭で使っている。
「レミィさん、ステラが待ってたよ。」
「あらテッセアちゃん。早かったのね。ステラ、おまちどおさま。」
私が鼻先を撫でると、ステラは嬉しそうに顔を擦り合わせてきた。
「兄さん、ご一緒じゃなかったんですか?」
「あれ?先に出たと思っていたんだけど、…まあその内来るでしょうし、先に行こう。」
「はい!」
鞍をテッセアちゃんと協力してそれぞれステラとビービアンに取り付ける。
うん、ばっちり。
「よいしょ、っと。」
ステラに跨がって、テッセアちゃんもビービアンに乗ったのを確認して、私は手綱を振った。
クマ耳少年登場。といえば聞こえはいいですが、実際の姿は人面熊をイメージして下さい。案外違和感はないですよ。