表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

泣けない少女のお話。

作者: 播磨光海

 いつの時代か、とある場所に。

 一人の少女がおりました。


 少女は、泣くことが嫌いでした。

 だから、泣きませんでした。

 ずっとそうしているうちに、少女は泣けなくなってしまいました。

 泣きそうになっても、涙が勝手に止まってしまうのです。

 人々は、そんな彼女を「泣けない少女」と呼びました。


 少女には、友人がいませんでした。

 ですが、たった一人、親友がいました。

 その子は、同じ組の少年でした。

 その少年は、皆の人気者でした。

 少女は、少年と仲が良いせいで、他の女の子たちから嫉妬され、余計にいじめられていました。

 でも、少女は平然としていました。

 泣くことは、その子たちに負けるようで嫌だったからです。

 女の子たちは、少女が平然としていることに苛立ち、ますますいじめるようになりました。

 それでも、少女は態度を変えませんでした。

 少年は、そんな少女を表だって守ろうとしませんでした。

 強がりな少女が、守られることを拒んだからです。

 その代わり、少年は何も言わずにそっと見守っていました。


 ある日の放課後のことです。

 少女は、学校の近くにある小さな漁港の桟橋の上に立っていました。

 そこは、少女のお気に入りの場所でした。

 少女は、少し熱があって早退したのですが、家に帰る気がしなかったのです。

 少しぼうっとしているうちに、日が暮れてしまいました。

 そろそろ帰らないと、と少女が思ったとき、ふと後ろに人の気配を感じました。

 振り返ろうとしたときにはもう遅く、少女は海に落ちていました。


 目を開けると、満天の星空が広がっていました。

 「目が覚めた?」

 少年の声が聞こえたので、少女は体を起こしました。

 そこは、小舟の中でした。

 両側には、暗い海が広がっています。

 「助けてくれたのね?」

 少女が問うと、少年はこくりと頷きました。

 「ありがとう。・・・ねえ、海に飛び込んだのに、あなたの服も私の服も、濡れてないわね」

 「ずいぶん時間が経ったからね。すっかり乾いちゃったんだよ」

 少女は空を見上げました。

 でも、星ばかりで月は全く見えません。

 「・・・ねえ、ここはとても良い場所ね。私、ずっとここにいたい」

 少女がそう言うと、少年は驚いた表情をしました。

 「それはだめだよ。戻らないと、皆が心配するよ」

 「でも、戻ったら、私はまたいじめられるわ」

 少年は黙って、かいを漕ぎ続けています。

 しばらくして、少年は口を開きました。

 「君は何があっても、戻らなきゃいけない。ここでもし君が戻らないと、君は負けることになるよ。君は、彼女たちと戦い続けなきゃいけないんだ」

 「どうしても?」

 「どうしても、だよ」

 しばらくの間、沈黙が続きました。

 少年がかいを漕ぐ音だけが聞こえてきます。

 少女は、ぼんやりと夜空を眺めていました。

 スッ、スッと流れ星が落ちていきました。

 「あ、流れ星」

 少女が言うと、少年もかいを漕ぐ手を止めて、顔をあげました。

 「良かった。今日は、数が少ないね」

 「どうして?」

 「流れ星は亡くなった人の魂で、天国に行く途中だっていわれているんだ」

 「そうなんだ。知らなかった」

 流れ星は、ピカッと光って落ちていきます。

 ふいに、小舟が大きく揺れました。

 「きゃっ」

 「危ない!・・・どうやら、客船に近づきすぎたようだよ」

 二人の乗った小舟の近くに、いつの間にか大きな客船がやって来ていました。

 よく見ると、デッキにたくさんの人々が立っています。

 「ねえ、あの人たちは何をしているの?」

 「僕たちと同じように、旅をしているんだ。小さな、小さな旅をね」

 人々の中には、腰の曲がった老人や、お母さんの腕に抱かれてすやすや眠っている赤ちゃんもいます。

 「みんな、どこへ行くのかな?パーティーでもしているのかな」

 少女が無邪気に言いました。

 少年は、ちょっとの間黙っていましたが、 

 「分からない。でも、あの船の中はとても暖かそうだよ」

 と言いました。

 そうしている間に、客船は二人が進むのと反対の方向に行ってしまいました。

 少女はまた、空を眺め始めました。

 「あっ」

 しばらくして、再び少女が声をあげました。

 「ちょっと見て。さっき、あそこにピカッと光って、星が一つ増えたの。あ、また一つ」

 「あれはね」

 少年はそこで一度口を閉じ、また開きました。

 「光を見ることなく死んでしまった赤ちゃんたちの魂だっていわれてるんだよ」

 「そう」

 少女の顔が少し曇りました。

 二人を乗せた小舟は、静かに暗い海を進んでいきます。

 やがて、水平線の彼方に、小さな明かりがぽつぽつと見えてきました。

 どうやら、少女がいた古い漁港に戻ってきたようです。

 「見えるかい、あの光が」

 少年は少女に問いました。

 「見えるわ、でも」

 少女はそこで言葉を切り、かいを漕ぐ少年の手を掴みました。

 急に動きを止めたので、小舟がゆらゆらと揺れています。

 「私は、ここにいたい」

 「どうして・・・?」

 少年が悲しそうな顔で少女を見ました。

 「私があの光の所に行くと、もうあなたとは二度と会えないんでしょう・・・?」

 少年は唇を噛みました。

 「その手を放すんだ、さあ」

 「いやだ!」

 少女が叫んで、少年の手を掴む手にもっと力を込めました。

 「私・・・あなたを、失くしたくない」

 「僕も、同じ気持ちなんだよ。でもね」

 少年は、自分の手を掴む少女の手に、そっと片手を添えました。

 「君が生きてくれたら、僕はそれでいい。僕はもう、あの光の中には戻れない。だからその分、君が生きて。何があっても、僕を忘れないで。そしたら僕は、思い出としてだけど、君の中で生きられる」

 「・・・っ」

 少女の手の力がふっと緩みました。

 少年は少女の手をやんわりと自分の手からほどくと、またかいを漕ぎ出しました。

 小舟はぐんぐん漁港に近付いていきます。

 やがて、小舟は少女が立っていた桟橋に着きました。

 桟橋の向こうには、白い光が輝いています。

 「さあ、降りて」

 少女は、少年の言うまま桟橋に上がりました。

 「そのまま、光の方へ行くんだ」

 「分かった。でも、その前に、言っておきたいことがあるの」

 「何かな?」

 少年が首を傾げました。

 「私は、戦うよ。だから、私を見守ってて」

 「分かった」

 「それと、あなたのことは忘れないわ。約束する」

 「ありがとう。それじゃあ、僕からも、言っておくよ」

 「何を?」

 今度は、少女が首を傾げる番でした。

 「疲れたら、逃げ出したくなったら、いつでも僕のことを思い出して。僕は君の中で、生きてるから」

 「うん・・・」

 少女は精いっぱい、笑いました。

 「それじゃ、また逢おうよ」

 その声とともに、少年の姿は消えました。

 少女は、小さな声で呟きました。

 大切な秘密を、大切な人だけにそっと教えるように。

 「ありがとう」

 その声に応えるかのように、流れ星が一つ、落ちてゆきました。

 少女は暗い海に背を向け、桟橋の上を歩き出しました。

 やがて、少女の姿が明るく眩しい白い光に、包まれました。


 少女が目を開けると、そこは白い病室でした。

 「良かった・・・。目を覚ましたわ」

 少女のお母さんが、少女を覗き込んでいます。

 目が少し赤くなっています。

 医師らしい男の人も、そばに立っていました。

 少女は一度深呼吸すると、ゆっくりと起き上がり、その男性に問いました。

 「私を助けてくれた男の子は、どうなりましたか?」

 男の人は、悲しげな目をしました。

 「君が目を覚ますちょっと前に、亡くなってしまいました」

 「そうですか・・・」

 よく耳を澄ませてみれば、かすかにすすり泣きが聞こえてきます。

 それが、少女を現実に直面させました。

 「夢じゃ、なかったのね・・・」

 ぽとり、と音がして、シーツにシミがつきました。

 「でも、約束は覚えてるよ・・・」

 ぽと、ぽとと音を立てて、何かがシーツにシミをつけていきます。

 それは、少女の目から流れ出す熱い体液。

 それは、少女が流せなかったはずの涙。

 「ありがとう・・・」

 熱い涙が、どんどん少女の頬を伝っていきます。

 「私に、」

 少女は呟きます。

 一つ一つの音に、気持ちを込めて。

 


 


 「泣くことを思い出させてくれて、ありがとう・・・」





 やがて、病室には誰かのすすり泣く声だけが、響き始めました。

 その音以外、何にも聞こえてきませんでした。


 数年後。

 少女はもう少女ではなく、女性になりました。

 長い髪を風になびかせ、颯爽と歩いています。

 瞳には、強い輝きが宿っています。

 女性が向かう先には、一つの小さな古ぼけた漁港がありました。



                                          《Fin》  



こんにちは、播磨光海です。

お読みいただき、ありがとうございます。

実は、この小説の元は去年からありました。

紙に書いて放置してたのを一昨日発見したので、少々変えて投稿しました。

もちろん、この話は実話ではありませんよ。

それでは、またの機会に。


2012/7/11 播磨光海


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 楽しく読ませてもらいました。 悲しくて温かい素敵な物語ですね♪
[一言] 泣けた。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ