「空のクレヨン」
平日の真昼間から公園のブランコに座っているのはろくな大人じゃない。……まぁ、俺のことなんだが。まぁ、あれだ。要するに、世の中不況なのが全て悪いのだ。残暑がきついためか、俺のほかに公園にいるものは居らず、うろんな目で見られないのは幸いだった。
うだるような暑さの中、ひとり静かに、ブランコに座ってぼんやりとこれからのことを考えていると、不意に滑り台で遊ぶ幼女が目に入った。二歳か三歳か。ずいぶんと幼い。
周囲を見回したが、保護者らしき姿はない。幼女は何度も何度も、たった一人で登っては滑るのを繰り返しているが、ちっとも面白そうではない。なぜか滑るたびに首を傾げて、何か苛立つように地団太を踏んでいる。
「お嬢ちゃん、どうしたんだい?」
気になって、ブランコに座ったまま声をかけてみると、幼女はきょろきょろと辺りを見回して、それから俺に気がつくと、とてとてとこちらに向かって駆けてきた。
「にじがかけないの」幼女はそう言って、両手に握った七つのクレヨンを俺に見せた。
どうやら、滑り台に七つのクレヨンで滑りながら虹を描きたいらしいのだが、手が小さいので七ついっぺんに持つことが出来ず、両手にひとつづつ持って繰り返し滑っていたところ、最初に書いた線が消えてしまってどうしても七色の虹が完成しないらしい。
「おじちゃんが描いてもいいかい?」と尋ねると、幼女は少し考えてうなずいたので、数十年ぶりに滑り台に登った。さすがに大人にはちょっときつかったが、クレヨンを両手の指の間に挟んで、「やほー!」と後ろ手に虹を描きながら滑り降りた。
「どうだい、虹、描けただろう?」そう言って幼女の立っていた方を振り返ったがそこには誰もいなかった。ふと見上げると、雨が降った後でもないのに空に大きな虹がかかっていた。
黒いお話ばかり書いてたのでちょっとメルヘンな感じにしようと努力してみたお話。
初っ端からリストラされたおじちゃんが出てくる時点でメルヘンじゃないかも……。