表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/18

猫を噛めるネズミ


 必死

 今の犬神を表す言葉としてこれが一番相応しい。

 すぐに結界から飛び出た犬神はその場から離れようとした。

 レイル=カーミラの絶対命令という恩恵を受け、結界さえ抜ければ簡単に逃げ切れるはずだった。

 少なくとも、レイル=カーミラはそう考えていた。自分がこのハンターを引き付ければシロは助かると。

 けれども、教団の、神父の方が何枚も上手うわてだった。

「何だろうな、あの神父と会ってから、僕の祈りは全て無駄になる」

 愚痴をこぼしながら、結界を飛び抜けて来た犬神を八神は確認する。

 神父の考えが見事に的中したことに対して辟易としながら。




「結界も張らずに、僕が戦うんですか!?」

 それは神父とレイルが戦う少し前、犬神とレイルが初めて出会った廃ビルの屋上でのこと。

 レイルが能力を使い、その形跡を辿り神父とシスターそして、八神が廃ビルの屋上で集合していた。

「ああそうだ。キミも感じないか? レイル=カーミラという存在の痕跡に消えそうにはなっているが、確かに化物がもう一匹いた。もしかすると、行動を共にしているのかも知れん。もし、そいつがレイル=カーミラと別れて行動した場合キミが対処するんだ」

「レイル=カーミラと一緒に行動している存在というのは、やはり吸血鬼なのですか?」

 彼女が吸血鬼に崇められていたという話を聞いた今、行動を共にする化物と言えばそれが妥当だと八神は感じた。

 けれども、神父は頭を横に振った。

「いや、吸血鬼の気配とは少し違う気がする。アイツらの場合はもっと血のニオイがする。けれども、コイツは獣のニオイだ。大方日本にいるモンスターをペットにでもしてるんじゃないのか?」

 神父は経験と勘を交えながら推測していく。それはおおよそ正解であり、十分及第点だった。

「では、別れずに行動していた場合は僕も結界の中でそいつと戦うと考えていいんですね」

 一応の確認を八神は神父に向かって行う。自身もハンターの端くれ、戦いには参加するつもりだった。

「いや、キミは結界の外で待機しておいてくれ。相手がバラけて戦ってくれるのならまだしも、連携して戦ってくるつもりなら正直、一人で暴れる方がやりやすい」

「ですが!」

「それに保険をかけておきたい。ああ、確かに理想は結界の中で両方叩くことだ。しかし、相手は私の予想よりはるかに強大のようだ。もしかしたらシスターの結界も破られるかも知れない。その時、レイル=カーミラのオマケが逃げても私は面倒を見る気はない。だから、キミがやるんだよ八神くん」

「しかし、結界を張らずに戦闘行為を行うことは――」

「大丈夫だよ。もう夜も深い、これまでの探索でも誰も人に出会わない。それに昔はハンター達も結界など張らずに戦闘を行なっていた。そして何よりキミは優秀だ」

 有無を言わせぬ眼光で八神を見る。思わず目を逸した八神はシスターと目が合う。彼女はどうやら自分の結界が破られるかもしれないと神父に言われたことが癪に障わったのか頬をふくらませていた。

 相変わらずマイペースの彼女を見て、少しだけ羨ましいと感じながら八神は再び視線を神父に戻した。

「了解しました」

 言葉と共に心を決める。出来れば結界の外での戦闘行為という危険な行為はやりたくないが、化物を野放しにしていいという理由にはならない。せいぜい結界の中で全ての片が付くことを祈るのみである。

「では頼んだよ八神くん」

 簡単な作戦会議が終わると、八神達一行はレイル=カーミラの力の残り香を頼りに彼女を追い始めた。

 探索は初日だが、かなり幸先が良い。もしかすると、もう一度レイル=カーミラが力を使えば接触できるかも知れないと思いながら。



 



「『求めよ、さらば与えられん。たずねよ、さらば見出されん。門を叩け、さらば開かれん。すべて求むるものは得たずねぬる者は見出し、門をたたく者は開かるるなり』出てこい、『スカイウォーカー』」

 八神は逃げる化け犬を確認すると共に、術式が書きこまれた指輪を詠唱と共に地面に殴りつける。するとそこから、一台のバイクが召喚される。

 バイクの名はスカイウォーカー、教団の日本支部が完成させた乗り物である。ただし、クセが強すぎるのと、西洋のハンター達が戦いにバイクなどを利用することなどを好まなかったため、好き好んで乗っているのは八神だけだった。

「さあ、化物狩りに行きましょうか!」

 闇夜にエンジン音を轟かせ先行している化け犬を猛スピードで追いかけ始めた。






 犬神はすぐさま後ろから追われていることに気づいた。なぜなら、それはすごく不自然な事態だったから。

 犬神はビルの屋上やマンションの屋上を次々と飛び移りながら逃げていた。車ですら置いていけそうなスピードを自分の体に付いている四つの足を存分に使ってだ。風を置き去りにし風景が次々と入れ替わっていく、ついてこれるものはいないと感じた。けれども、ありえない事が起きる。エンジン音が響いて徐々に自身に近づいて来ているのだ。

 一瞬だけ後ろを振り向いた時、犬神は驚愕した。バイクがビルの屋上と屋上を飛び跳ねながら自分を追いかけて来ていたから。

 自分の逃走ルートをなぞる様に、バイクは正確に追いかけてきた。しかも、エンジン音が近づいてくることから、どうやら向こうの方が速いらしい。

「なんなんだあれ!?」

 自身の見た、バイクがビルとビルとを飛び移りながら自身を追い詰めてくる状況に思わず犬神は叫ぶ。

 犬神は現在相当焦っていた、なんせ向こうのほうが速いのだ。ただ逃げるだけならやがて追いつかれてゲームオーバである。けれど、焦っても犬神のスピードは速くはならない。頭をひねり、何らかの方法を見つけなければそこにあるのは終わりだ。

 とりあえず、急な方向転換をし、ジグザクに走るようにし何とかバイクを撒こうとする。犬神は四本足、急激な方向転換には獣の方に分があると考えた。

 けれど、バイクは決して振り切れない。犬神自身でも何度も無茶だと感じる方向転換を限界ギリギリで成功させているのに、後ろから聞こえてくるエンジン音は遠ざからない。それどころか、距離がどんどん詰まっている。

 パーン!!

 必死に頭を働かせようとしていた犬神の脳内を、響いた銃声があっさりと真っ白にした。銃弾は犬神の脇を通りぬけ、マンションのコンクリートへ突き刺さった。

 バイクの男の放った弾丸はハズレたわけだが、かわりに犬神の焦りを恐怖へと変化させた。

 ゲームオーバ? 終わり? 曖昧な言葉で自分を欺こうとしたが、今の銃声でハッキリと自覚する。俺は今殺されようとしているんだと。逃げ切れなければ死ぬのだと。

 恐怖が頭を支配し、一瞬パニック状態に陥りかける。しかし、その瞬間もう一度、あの命令が脳に響く。

『逃げろ』

 レイルの命令が犬神のパニック状態を落ち着かせる。彼女の命令は命令された者をベストな結果へ導こうとしている。

 そうだ、慌ててる場合じゃない。できることをやるしか無い。

 吹っ切れたように、犬神の思考はクリアになっていく。そして、次のビルへ飛び移ろうとする。けれど、それはビルの屋上では無く、ビルの中腹に向かってである。

 犬神自身は一切減速せずに、今までのように屋上を目指して飛びつかず、ビルの中腹へ弾丸の様に突っ込んだ。

 四本の足と背中の筋肉を十分に利用し、自身の反動を吸収する。そして、重力に導かれる前に自身を追うハンタ―が自分と同じようにビルへ突っ込んでくることを確認し隣にある少し小さめなビルの屋上へ向かって自身の体のバネを十分に利用し飛んだ。

「ざまあみろ」

 飛び移りながら犬神が叫ぶ。流石にあのスピードのままビルに突っ込めば衝撃でバイクが持たないだろうし、犬神のように獣の規格外のバネがなければ加速の無い状態のバイクで自身のいるビルまで飛び移っては来れないだろうと考え、勝ち誇る。

 しかし、それもまた裏切られる。

 バイクは空中で姿勢を変え、ビルに対して着地する。そしてそのまま、ビルの壁をまるで地面の様に走った。無論重力に引かれて落ちる気配など微塵も無かった。

 そのまま十分に加速したバイクは自分がいるビルの屋上へ飛び、何事も無かったかのように着地した。

「残念だったね」

 屋上で犬神に向かって、バイクの男が大口径のリボルバーをこちらに向けバイクにまたがりながら話しかけてくる。

「このバイクの名前はスカイウォーカー。『重力無視』っていう術式が組まれていてね、多少無茶な運転しても何とかなるんだ。でなければ、ビル屋上をバイクで疾走するなんていう恐ろしい行為はしないよ」

 軽く自虐的に笑いながら、けれども全く隙は見せずに目の前のハンターは話しかけてくる。

「じゃあそろそろ、幕引きだね。最後に名乗っておくよ、僕は八神昌真。僕とのドライブに付き合ってくれてありがとうね、化け犬」

 そう言って、引き金に力を込めるのが見える。

 犬神は覚悟を決める。無論死ぬ覚悟でも無いし、先の見えきった逃走をする覚悟を決めたわけでもない。犬神が決めたのは生き残るための覚悟。追い回されたネズミが目の前の猫を噛む決心をしたのだ。

 窮鼠猫を噛む。けれども、猫を噛めるネズミは多くはない。レイルの命令が生存確率が一番高そうな選択肢を選ばせたのか? それとも、獣の本能か? 

 八神に向かい合い引き金を引こうとする刹那を犬神は必死に見極める。

 パーン!!

 一度聞いた破裂音が再び響く。だが、その銃声が響く僅かに前に犬神は八神に向かって飛び掛かる。タイミングはベスト。見事に八神が放った弾丸はハズレそのままターンを入れ替え犬神の攻撃となる。

 犬神は全身のバネを利用し弾丸を躱すほどのスピードを作り上げ、八神へ向かって突撃する。おおよそカウンターとしてはこれ以上ない出来だった。加えて相手はバイクに跨った状態で簡単には躱せないはずだった。

「甘いよ」

 だけれども、そんな甘い考えが通じる相手でもない。彼は向かってくる犬神に対し、逃げもせず、バイクも降りず、右手で白く輝く剣を抜き放つ。

 剣は銀。化物達が最も嫌う聖なる金属である。それをただ、猛スピードで向かってくる自らの何倍もの体格を持つ相手に突きさそうとする。

 真っ直ぐに何の捻りもなく犬神の目の前に出された銀刀。それは突っ込んでくる犬神にとっては恐怖である。

 ……ただし、八神に向かって突っ込む事が目的ならば。

「ああ、だけどお前もな!」 

 軽口を叩き、犬神は八神への突進していくルートを僅かに逸らす。

「また逃げるのかよ! 懲りないなワンちゃん」

 追いかけっこはこちらの方が上手だと軽く笑みを浮かべる八神。それは油断などでは無く単純な事実からそう判断しただけだったはずなのだけれど……。

「だから、甘いんだよ!」

 すれ違う僅かな瞬間に、犬神は大きく息を吸い込んだ。そして、単純に腹の底から叫ぶ。

「ワォォォォオォォォオォーーーーーーン」

 叫んだ瞬間周囲のビルのガラスが砕け散り、八神や犬神がいるビル全体が揺れ始めた。

 音というのはつまるところ、振動であり衝撃と言い換えてもいい。ガラスが割れビルが揺れる程の爆音。犬神が行ったのはただの吠えるのみ、けれどもその咆哮はもはや巨大なハンマーで殴るのと同じ威力だった。

「ぎゃぁ、――」

 そんな威力を間近に受けた八神はバイクごと吹っ飛び、壁に叩きつけられた。そして悲鳴を上げる。けれど、自身の叫びは途中で途切れた。いや、周りからみれば彼は相変わらず叫んでいるのだが、彼の声を彼に届ける両の耳をやられた。この時やられたというのは単純に音が聞こえなくなっただけでは無い。耳の奥にある三半規管まで確実に損傷を受けていた。

 こうなれば、一方的に不利なのは八神の方だった。無音の世界に放り込まれ、オマケにまともに立てもしない。今襲われたらただの餌になるしかない。バイクで逃げようにも、あのバイクを扱うためには絶妙のバランス感覚が絶対に必要だった。

 そんな状態になった八神を犬神は一瞥するとそのまま、屋上から飛び去り逃げようとした。本来なら、弱った相手にはトドメを刺すのが常識である。

 だが、彼は未だ甘い人間気分である。相手を殺すだけの覚悟など持っていなかった。それに、犬神自身決着はついたと感じている。だから、ある程度安心して、その場からさった。




「ちくしょう。まだ、僕は負けてないぞ」

 八神は必死に状態を起こし、犬神が逃げた方向を睨みつける。今夜は満月、月明かりのおかげで白く輝く獣を彼は見失ってはいなかった。

 左手で拳銃を握り、ゆっくりと標的に向かって狙いを定める。

 目は霞む。力は入らない。けれど、ここで引き下がるのは彼の意地が許さなかった。せめて一矢報いてやるという気持ちで重たい拳銃のトリガーを引き絞る。

バーン!

 そして、今夜三度目の銃声が鳴る。大口径の拳銃に相応しい爆音を響かせる。放たれた弾は彼の執念なのか、正確に狙った通り化け犬へ向かって飛んでいった。

「当たれ!」

 自分自身には聞こえないが叫ばずにはいられなかった。それと同時に視界が黒く染まっていく、どうやら自身の限界らしい。そして、程なくして八神は意識を手放す。自分と相対した化け犬に自分の弾が当たり、ビルから落下する瞬間を目に焼き付けながら……。


何とか続き書けました。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ