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神様を狩る弱者

 ビルの屋上、満月の夜に出会った「レイル=カーミラ」と一緒に犬神白夜は街を移動する。

「とりあえず、幾つか質問したいのだけど」

 レイル=カーミラは大きな化け犬と化した犬神の背に乗りながら聞く。

「あなた、一体いつからモンスターに変化したの?」

「なったのは今日が初めてだけど、モンスターになる原因には一つ心当たりがある」

 言わずもがな、昨夜の狂人に襲われたことだ。きっとあの時に何か原因がある。だから、人間へ戻るためにするべきことはあの男を見つけることだ。

 昨日の出来事を包み隠さずレイルに伝えると、レイルは渋い顔をした。

「あんまり歩き回るのは良くないわね。せめて自分の身を守れるくらいの力の使い方を学ばないと、その男かハンターかどちらかに殺されるわよ」

「力の使い方って?」

 そう思い背に乗せたレイルを見ながら犬神が聞く。

「モンスターには、色々と力を得ることがあるのよ。電撃を操ったり火を操ったりね。あなたも恐らく何かしらの能力に目覚めるはずよ。その力を使いこなせるようになって初めて一人前で、ようやくハンターにも対抗できるレベルね」

「そのハンターってのは何なんだよ」

 普段の生活であまり聞きなれない単語に対して質問を投げる。

「うーん、簡単に言えばモンスターを殺すプロかな? 基本的には出会ったら全力で逃げることね。歯向かって簡単に勝てるほど甘い連中じゃないから。でも心配しなくてもいいわよ、この日本のハンターはヨーロッパなんかと比べたらレベルは低いし、大々的に人間に被害を加えなければそれほど執念深く追ってくることもないから」

「へー、それで? 御主人様は何者なんだよ」

 御主人様と呼ぶ気は無いのだが、言葉にしようとすると自然と変換されてしまう。これがレイル=カーミラの能力なのであろうか?

「うーん? まあ人間じゃないのは確かなのだけれど、自分の存在を上手く表現できる言葉が無いわね。……あー、そう言えば昔は『吸血鬼の姫君』とか呼ばれていたわ」

「じゃあ吸血鬼なのか?」

「いいえ、ただ吸血鬼の連中に崇められてたわね。事実よくしてくれたわ彼らは」

 どうやら、背中に乗っている奴は本当の化物らしい。初めて犬神が彼女を見た瞬間に生物としての格を思い知らされたように、他の化物達も恐らく歯向かう気持ちを無くしたのであろう。

「それで? 御主人様は元々日本にいたのか? それとも、何か目的でもあって日本に?」

「ああ、ただの観光よ」

 あっさりと背に乗った見た目は少女の化物が言う。

「観光!?」

「ええ。昔大陸にいた九尾の狐と勝負してあいつがこの日本まで逃げてきた時に初めて来たのだけどその時日本が気に入ってね。何十年に一回くらいはここに来ているの。ただ、昔はもっと妖怪達がいたのだけれども最近じゃめっきり少なくなったから寂しいはね」

 妖怪が珍しくなったからこそ、自分を助けてくれたのだろうか? それとも元々お節介なのだろうか? いや、お節介とは思えないな、世話焼きはボコボコになるまでの体罰で物事をわからせようとはしないと思う。

 先ほどのビルで背中に乗せた御主人様にボコボコにされるまで可愛がられた犬神はさっきのことを思い出し背中に寒気を走らせながら、夜の街をかけていった。


 場所を移動しろと命令したのはレイルだった。レイルは自身の能力も含め流石に暴れすぎたと反省しており、すぐさま移動することになった。曰くレイルのような強大な力の持ち主は多少なりとも力を使うだけで教団のハンターに嗅ぎつかれるらしい。いくら日本とはいえ、力を使ったのなら場所を変えるのは常識だった。


「ここらでいいわよ」

 目の前に地元の人間でもなければ忘れられているであろう、社があった。周りは樹齢を感じさせる大木で囲まれており、また場所も小高い丘のようなところである。白狼と少女が面と向かって会話を行ったとしても周りから目撃されることは無いであろう、腕と鼻の利くハンターが近くを通ったならわからないけれど。

「とりあえず、現状を確認しておきましょうか。シロは昨日狂人から化物へと変化させられた。シロとしては人間に戻りたいと考えているのね?」

「そうだよ。こんなわけも分からない世界に飛び込むより、元の世界で人間として生きたいよ。それに……今日のように突然我を忘れて吠えまくり駆け出すのは正直恐ろしい。まるで自分が自分じゃないみたいだ」

 それこそが、人間と化物との違い。どれほど理性を得た化物でも、基本的に彼らを動かすのは本能だ。獣の化物故にその傾向がより強いのだろう。

 それを同時に恐れる。なまじ力が強大になったがため、それが暴走するのを恐れる。

 自分がこれまで築いた日常を呆気無く、砂の城のように壊されるのが怖いのだ。

「ふーん。まだ気分は人間ってわけか。あと、一言言っておくと一度化物の領域に足を踏み入れて人間の世界には戻ってこれた例は非常に少ないわ。人間という存在から化物へと至った例はかなり多いけれども、逆の例は殆ど無い。人間のお伽話でも大概そうでしょ。化物の結末なんて最後は人に殺されて終了よ」

 犬神が人間へと戻ろうという目標を掲げてそれにいきなり水をさした。

 彼女的にはこの世界は甘くないという教訓を教えたつもりであったが、相手は元はただの学生である。夢と希望を背負う若人である。それに向かって努力する前から絶望的観測を教えるのはいかがなものだろうか。

「それでも、俺は人に戻りたいんだ。毎朝、妹に起こされて、幼馴染と学校へ行き、授業を適当に聞き流して、家に帰る。くだらない繰り返しだと思うかもしれない。無駄な毎日だと思うかもしれないけど。俺はそこに愛着を持ってるんだよ! 理由のわからない狂人に意味も分からず狂わされたままでたまるか」

 感情が吠える。彼は確かに人としての大事な部分を奪われた。それと引き換えに力を得たが、彼が望んだわけでは断じて無い。不条理に狂わされた人生に憤る。

「ならやることは決まりね。シロ、あなたはとりあえず力を使いこなすようになりなさい。乗りかかった船、しばらくは協力してあげる。それから、力が使えるようになったら、次はその狂人探しね。可能性的に言って、化物へ至らしめた人物が戻れる可能性を一番知っている。まあ、あなたが足掻きたいのならこれがやるべきコトでしょうね」

 そうだ。そうである。あの日の自分はまるで動けず、おもちゃの様にあいつの手のひらで踊った。今思えばそれが相手の能力というものなのかも知れない。なれば自分も武装しなくてはいけない。忌まわしくもあの狂人が戦う力をくれたのなら十二分に使いこなして、きっちりと借りを返さなければならない。

「分かった。それで一体どうすればいいんだ? いきなり能力なんて言われてもわからない」

「まあ、それはいきなりできるようになるものでも無いし、かと言って時間をかけるようなものでも無い。何らかの兆候をつかめば早いんだけど、まあいい。まだ。それよりも先に聞きたい事がある」

 辺りに小さな風が吹く。木の葉がこすれる音がハッキリと聞こえるほど辺りは静寂に満ちていた。

「シロ、あなた明日からの生活どうする? あなたは人狼だと思うけれど、朝がくれば果たして人の姿に戻っているのかしら? もし戻れていたとして、暴走が無く毎日を暮らせるのかしら?」

 ドクン!

 心臓の鼓動が速く、強くなった。そうだ、今人語を喋ってるから忘れていたけれど、今の俺は化け犬状態だ。朝日が登れば元の人の姿に戻れる保証なんてないし、戻っても人の世界に紛れることができるのか? 今日みたいに暴走したときに、誰かを傷つけずにすむのか?

 悩みは恐怖となって胸を締め付ける。ああそうだ、俺は何もかもを失っているんだと、今気づく。

 そんな犬神の顔を見て、レイルはうっすらと笑いながら答える。

「ふふふ、あんまり真剣に悩まないの。なるようにしか世界は回らないのだから。でもまあ、人型に戻すかどうかは無理だけど、暴走に関する部分は私がどうにかすることもできるわ」

「どうやって」

「ふふふ、アナタは私のことを何て呼ばなきゃいけないのかしら?」

「あん? それは『御主人様』」

 頭の中に浮かんだのはレイルという文字、けれども、決してそれは発音できない。口が自然とある文字に上書きされる。

 それこそが、彼女の能力である。

「私の能力は『絶対命令』私の言葉は何よりも優先される命令となるの。だから、シロ『暴走するな』」

 その瞬間犬神は体の中の未知なる自分の力に対しての恐怖がほんの少し安らいだ気がした。

 まるで誰かに抱きしめられたかのように。

「こう唱えればとりあえず、なりたての化物がよく起こす力の暴走はとりあえず心配無いわ」

 自信満々で目の前の犬神の主人が言う。偉そうな態度なのに表情は褒めて褒めてとねだる幼子と変わらないように見えた。

 そんな和んだ瞬間だったからだろうか。そいつは一瞬で訪れた。



「捉えた!」

 静かな闇夜の中に自身達以外の声が交じる。犬神より早くレイルが身構えるが気づいた瞬間からすでに後手だった。

「『それ隠れたるものの顕れなく、秘めたるものの知らぬはなく、明らかにならぬはなし』、日常を生きるものと我らを互いに『拒絶せよ』」

 詠唱と共に世界が歪む。レイルがハンター達の仕業だと気づきすぐさま次の手を考え始めた時彼らは目の前に現れた。

「お前がレイル=カーミラか。なるほどな、化物の中の化物である吸血鬼どもがお前を崇めて奉った理由がなんとなく分かるよ。確かにお前は桁違いだ」

 現れたのはおおよそ聖職者に相応しくなさそうな狂った目をした神父と額に汗を浮かべながら真面目な表情で大きな本を広げながら詠唱を紡ぐシスターだった。

 展開されていく結界の速さ、目の前に現れた不気味な存在感を持った異国人。

 レイルの頭の中で素早く現状の理解をする。相手は日本のハンターでは無く、一流のハンターだと。

「シロ、いいからよく聞きなさい。悪いけどアナタを守って家まで送ってあげられそうにはないわ。だから、必死になって逃げなさい。油断も躊躇いも一切してはダメ、その瞬間アナタの世界は終わるわよ」

「ちょっとまてよ。せめて逃げるなら――」

「自分の心配だけしてなさい!」

 レイルは愛犬の反論を許さない。無論そんな余裕も時間もない。

 この日本のハンターなど三流、二流だと決めつけていた。けれど、わざわざ本場の一流が出てきたなら話が違う。恐らく自分一人なら何とかなる。けれど、今日生まれたてのルーキーという重荷を背負って戦える相手では断じて無かった。

「じゃあね。運が良ければまた会いましょう」

 彼女は最後に笑った。どう考えても、笑える状況などでは無く。今目の前に広がる景色には不釣り合いだったが、その全てを塗りつぶすほど綺麗な笑みだった。

 そして、小さくつぶやいた。

「『逃げろ』」

 その命令は絶対だった。耳に届き脳が理解する前に、彼女が言葉を発した瞬間に犬神白夜は逃げ出した。

 けれども、そこにはもう結界が張られているはずである。普通に考えれば逃げれるわけが無かった。

 しかし、今回ばかりは勝手が違った。はなから、シスターと神父が相手にしているのは、吸血鬼達の神にしてその噂に全く違わぬ化物の頂点である。彼女を閉じ込める檻からネズミが逃げ出そうとも結界をはり続けるシスターは全く気にも止めなかった。その上、今の犬神はレイルにより「逃げろ」と命じられた身である。夜の支配者たる彼女の命令を受けた彼は自身の存在の小ささと大いなる存在の命令の効果により意識することなく、展開された檻から逃げ出すことに成功した。

「おい! 犬が逃げたぞ」

 神父は目の前で起こったことをありのまま隣のパートナーに伝える。が……

「うるさい! 黙っててこんなの初めて何だから。何なのあれ……結界で捉えようとしても存在が大きすぎて、上手く張れない。目測をする度に力が強大になって術を継ぎ足さないといけない。こんなのありえない!」

 普段の彼女を知るものなら、恐らく驚くであろう。基本的にマイペースな彼女が我をなくして慌てていた。神父も彼女のそのような姿を見るのは初めてだった。

「まあいいさ。結界そのものは目の前のアイツが逃げなければどうでもいい。結界の外のことは、八神クンに任せてる。こっちは化物……いや、邪神狩りと行こうか」

 神父は右手にバールのような杖を左手に鉄パイプを持ってレイルの前に立つ。

「アナタ、教団本部のハンターかしら」

 レイルは敵を前にしても全く動ぜず、問いを投げかける。

 神父も強大な力を持った敵を前に慌てず返答する。

「そうだよ。レイル=カーミラ、曰く私は知らなかったがこの世界じゃ有名だそうじゃないか。あのクソッタレな吸血鬼達の神なんだってな。だが、それは些か不愉快だな私は真面目な聖職者ではないが、それでも、貴様のような化物が神を気取るのは気持ちが悪い」

 教えに背くとか、信仰心から認めない、などというものでは無く、神父の心に浮かんだのは単なる嫌悪感。

「神というのは、弱者がすがりつく唯一にして無二の存在。つまり、牙を持たず、爪を持たない、生まれ持っての弱者である人間だけに許された救いだ。それを、生まれついての強者である獣の様な貴様等が真似をするなど不愉快だ!」

 手にした武器を握りしめ、軋んだ音がかすかに聞こえる。

「あっそう。私は信仰なんてどうでもいいし、私が祀られてるのだって吸血鬼達が勝手にやったことだし、どっちかって言うと日本の八百万の神の考え方の方が私は好きだけど。まあそれはどうでもいいわね。では、始めましょうか人間じゃくしゃさん、すがりつくべきかみさまがここにいるのだから」

 その一言で神父が我が身も顧みず飛びかかった。



 満月の夜、そうして戦いが始まった。

がんばります。



次の話は一週間後ぐらいを目指します。

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