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not guilty けれども罰を

 神父はあっさりと逃げていった青年を路地に追い詰めていた。神父は手に持ったバールのようなものと鉄パイプを叩いて音を出しながら青年に迫っていく。

「いい加減人間の姿でいるのをやめたらどうだ? 化物が人間の姿をしているのを見ると虫唾が走るんだ」

「頼む見逃してくれ。あんたらあれだろ! 陰陽師とかだろ。確かに俺は人間では無く『鬼』だが今まで人間の害になるようなことはせず、人間の社会にきちんと適応して生きてるんだ。今だって俺は就職して仕事をしているところなんだ。信じられないなら、ずっと監視をつけてもらってもいい、だから見逃してくれ」

 青年は必死になって命乞いをする。目は真剣で嘘をついているようには見えない。事実彼の言っていることは本当であった。

「だからなんだ? お前が人様に迷惑をかけないから見逃してくれ? 関係ないな! 私はな、そんなことどうでもいいんだよ。ただ単に化物を殺したいだけなんだから」

 そう言って、青年の目の前まで近付くと思いっきり鉄パイプを振り上げて青年の足目がけて振り下ろす。

 バキッ

 小気味よく木でも折ったかのような音が響く。当然折れたのは木では無く骨であり、響いた音もすぐさま本人の叫びでかき消される。

「ふぃぐぃぎゃっぁぁー――」

「うるさいぞ」

 神父はそう言い、痛みを精一杯伝えようとする青年の口をバールでぶん殴った。悲鳴は一瞬とまり、今度は青年の裂けた口から血と共に声にならないうめき声が聞こえた。

「おいおい、さっさと化物の姿になれよ。さすがに人間のまま殺したら後味悪いだろ」

 神父は笑いながら足が折れて跪いている青年を見下しながら言う。

 青年もキッっと相手を睨み付ける。それと同時に額から角のようなものがせり出してくる。

「そうだ! それでいい! じゃあ早速だが、死んでくれ」

 神父がそう言い、止めを刺そうと鉄パイプを振り上げて、ためらい無く相手に振り下ろした。

 だが、やられる一方だった青年も今回の攻撃はすばやく反応し受け止める。

「もう、しらねーぞ。一体どっちが化物だ! 人の話も何にも聞かずに殺そうとするなんて。お前なんか殺してやる!」

 青年が覚悟を決めると頭の角に続きドンドン体が変化していく。筋肉が膨張しその所為でスーツが破れてはじけ飛んでいた。

 そして、右手で鉄パイプを握ったまま三倍近く太くなった左手で、神父を容赦なく殴りにかかる。

 神父はすぐさま右手の鉄パイプを手放し、後ろに飛んで鬼の姿に変化した青年の攻撃をかわした。

「はっははっは、ようやく本性のお出ましか! じゃあ、ちょっとばかし、私も本気を出してやるよ」

 笑いながら神父が左手に持ったバールを手で遊びながら真正面に鬼を迎える形になった。

 鬼の方は変化してから、人間の姿でいたときの傷が急速に回復していた。砕けた足も回復したのか、もう相手は立ち上がっている。

 鬼は相手から奪った鉄パイプを振りかぶりながら神父に向かって一直線に向かっていく。

 この時鬼の方は多少の反撃は気にしていなかった。鬼自身に高い再生力がありその上身体能力で言えば自分の方が圧倒的に上である。多少の傷を負っても押し切れると考えていた。

 だが、この考えは甘すぎた。なんせ相手はヨーロッパでよく知られた、モンスターハンターである。鬼とは比べ物にならないほどの再生力を持ったヴァンパイア相手に一歩も引かなかった男である。反撃の隙など与えてはならなかった。

 受け止めるだけで手の骨が折れそうな青年の振りかぶった鉄パイプの一撃は、あっさりと神父がバールを使って受け流した。そのまま神父は彼の懐に入り込み右足で彼の左膝をくだくようにして踏みつけた。

 ぐしゃり、という肉と骨がつぶれるような音が鈍く流れた。確かに彼の体を支えていた二本の足の内一本が、地面へと叩きつけられて、通常では考えられない、明らかに異常な方向へ曲がっていた。

「ぐぉぉぁー」

 そのまま大きくなった体を支えきれず倒れる鬼。だが彼自身はすぐに怪我が回復すると思い、次の神父の一撃に備えて頭の中から激痛を取り除き懸命に神父の動きを目で追った。

 神父は大して表情も変えずその場で立っていた。ほんの少し鬼の反撃を警戒していたようだが、鬼が反撃してこないと判断した瞬間当たり前のことのように倒れた鬼の右膝も神父は右足で踏みつけた。

 先ほど潰した左足と同じような鈍く嫌に耳に残る音を残し鬼の右足も潰された。同時に鬼の叫びが響いた。

「とりあえず、これで良しだ」

 神父は鬼の両足を潰すと、懐からタバコを取り出して一本咥え火をつけた。

「さあ、これでお前の命はこのタバコとおんなじだけになったわけだが、何か言い残すことは?」

 神父はいたって真面目な顔で動けなくなった鬼に向かって問う。

「なにがだよ。俺はまだ死んでいないぞ。それにこの程度の怪我すぐに回復して――」

「術式って奴を知っているか?」

 鬼の言葉をさえぎって神父が聞く。

「なんだそれ? 陰陽師が使う術のことか?」

「非常によく似ているが少し違う。術は才能のある人間にしか使えないし、構築もできない。だが、術式は術をあらかじめ物などに書き込み定着させることによりほとんどの術を術者なしで使えるようにしたものだ。結界なんかは、状況ごとに術を多少変化しないといけないから、使う人間は術を使えることが必須なんだがね」

 神父はタバコを吹かしながら、話を続ける。

「私は普段から持ち歩いている術式が三つある。内二つは私の武器であるバールと鉄パイプだ。ただこれには大した術式は書き込まれてはいない。『強化』という初歩的な術式で鉄パイプとバールを壊れにくくするだけのものさ」

 鬼は話を聞きながら、自らの回復を待っていた。けれどもいっこうに足は回復していかず、潰されたままであり、激痛がわが身を襲っていた。

「……ただし、ただしだ! 最後の一つはすごいぞ、術式『不治』。高度の術式のため、聖人が愛用したものを利用して書かなければならないほどだ。そして、それを書き込んであるのが、私の右足だ」

 神父はズボンをずり上げ、右足を露わにする。足にはびっちりと赤い文字が皮膚に書き込まれていた。

 それを見て、鬼は顔が青ざめていく。

「理解したかな、哀れな鬼よ。キミの足は二度と元には戻らない」

「――うぁぁ! 嘘だ! 嫌だ、嫌だ死にたくない、死にたくない。俺が何したっていうんだ。何にもしてない。俺はただ、人の世界で生きていきたかっただけなのに」

 神父が冷たく残酷な答えを突きつけると、鬼は暴れ出す。だが、かまわずに神父は続ける。

「残念だ。たとえばキミが人間で卑劣なテロリストだとして、無関係な大勢の命を奪ったとしても、私と私の信じる神はキミを許しただろう。たとえばキミが人間で最悪なぺドフィリアだとして、小学生を監禁、殺害したとしても私と私の信じる神は迷える子羊の行動として許しただろう。だけど、キミは化物だ。そんなことは神もお許しにならん」

 そう神父が告げたときタバコの灰が地に落ちた。神父がタバコを持っていた携帯灰皿に入れて火を消した。

「それではさようならだ、青年。来世に期待しろ。……いや私の宗教には輪廻転生の考えはなかったな、残念」

「……この化物め!」

 最後に鬼が怨念をこめて言う。

「化物? いーや違うね、人間さ」

 そして、神父は鬼の頭を右足で踏み潰した。頭を潰された鬼はそのまま体が青い火に包まれた。

「鬼火か……」

 神父は青年の体が青い炎によって灰になるのを見届けて、鉄パイプを拾いシスターの所へ帰ろうとした。そこには今日あったばかりの日本の教団の一員である、八神昌真が立っていた。



 八神は自らも銃を抜き、神父の援護を行うことで周りへの被害を最小限にしようと考え神父の元へ向かったが、目の前で見たのは、強靭な肉体を持った鬼が立ち上がることもできずにただただ神父に見下されている光景だった。化物を意にも介さずあっさりと倒す力、命乞いをする鬼に向かって一切の慈悲なく殺害する冷酷さ。教団の本部から差し向けられたハンターは平和ボケしていた自分達とは格が違うことを思い知らされた。

「もう終ったよ八神クン。さあ早くシスターの所へ帰ろうか。私もお腹がすいて仕方が無いんだ」

 八神に笑いながら気軽に声をかけてくる神父。先ほどまで化物と真剣に対峙していたときの表情が嘘のようだった。けれども声をかけられた八神の方は煮え切らない表情のままで神父に話しかける。

「いくつか、質問があります」

「うん? なんだい」

「先ほど退治した鬼がひと気の少ないこんな路地ではなく、結界の外に影響があるかも知れない、ひと気の多い場所で暴れていたらどうするつもりだったんですか?」

 神父はその問いにタメ息をつきながら答えた。

「愚問だよ、八神クン。どこであろうと私は化物は殺すのみだ。それにテレサは信用できる結界士さ。彼女が今まで結界のことで失敗したのを見たことが無い」

「そういうことじゃない! 一般人を巻き込む可能性があったのにどうして戦ったんだ!」

 敬語も忘れ八神が叫んだ。神父はその叫びを聞きながら遠い目をして答える。

「私はね、八神クン。化物の存在が許容できないんだよ。神話の話でさえ怖気が走り、小説ならば登場シーンを全て破り捨てたくなるほどにね。だってそうだろう、この世界は人間のものだ。断じて化物達が我が物顔で歩いていい世界じゃない」

 神父の言動に若干押され気味に八神が更に聞く。

「そのためには一般人の犠牲も仕方がないと……?」

「ああ、そうだとも八神クン。私は化物が人間を殺すことは許容できないが、人間が人間を殺すことは許容できるんだ。つまり、私が人間を殺すことには耐えられる。ゆえに戦闘での犠牲は全て私が殺したこととして受け止めているよ」

 悲しそうに神父が喋る。

 彼は壊れている。八神はそう感じ、これ以上の議論をやめた。それと同時に右手の銃を強く握ってある決意を固める。万が一この国で化物と人間を天秤に乗せた神父を止めるのは自分であると。

「わかりました。スミス神父。とりあえず車に戻りましょう」

 そうして二人はシスターのところへと戻ってくる。シスターは二人を確認すると、神父にバッドケースを渡した。

「早く鉄パイプをしまってください。もう疲れたので結界を開放したいのです」

 シスターはマイペースに述べる。そして、神父が鉄パイプをしまった途端、シスターが開いていた本を閉じた。それと同時に街の音が再び聞こえてくる。

 周りを見渡すと別に混乱も起こっておらず、結界を張る前に叫んでいた人もいなかった。

 別に結界を張っていても時間の流れまで遮断しているわけではないので、きっと結界を張る前の騒ぎは無かったこととして処理されたのであろう。そして、結界を張るのと同じぐらい難しいとされている結界を解く行為も辺りに何の混乱もないことから完璧に行われていた。

 日本で何人もの術者が精一杯手を尽くしてやっとのことで張られるべき結界を突然しかもわずか一分足らずで完璧に張っていたことに八神は驚いた。

(これが本場のハンターか……。僕の知っている連中とは比べ物にならない。教団はこんな連中を日本に送ってきて何をするつもりなんだ?)

 どう考えても現代になり活動もおとなしくなっている日本の妖怪たちに向けられる敵としては役不足である。

「みなさんどこ行ってたんですか? 探しましたよ」

 車に残っていた同僚が車のすぐそばに立っていた八神たちを見つけて声をかける。

 八神は神父たちが道路に落したハンバーガーを拾ってそのまま車に乗り込んだ。何かあったのか? と同僚に聞かれても全て無視して。

 車は走り出した。目指す場所は教団の日本支部。それと同時に今回A級ハンターが送られてきた真意をなんとしてでも知ろうと八神は心に誓った。


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