ふぁーすといんぷれっしょん
ハンターサイドのお話です
八神昌真は緊張した面持ちで空港の滑走路の脇でぽつんと立っていた。
本来一般人が入ってはいけない滑走路の近くまで侵入している青年にはある役目を押し付けられていた。ヨーロッパから派遣されてくる超A級の重要人物二人を無事に自分達の本部まで連れてくることだった。
「はぁー、やだな。何で僕がこんな役目なんだか」
ため息をつき、ぼやきながら腕時計を確認する。時刻は午後三時派遣されてくる人達の祖国ではティータイムだった。
「紅茶でおもてなししなくちゃいけないのかな? 僕はコーヒー党なんだけどな……」
ぼやいていると視界の端に小型のジェット機が入ってきた。教団が所持している航空機である。
航空機を見たとたん八神は姿勢を正し、昨日から何度もシミュレーションしていた歓迎方法を思い返す。
そうやって八神が復習を開始したすぐに、航空機は滑走路に降り立った。あたりに轟音が鳴り響きすさまじい風が吹き荒れるが、八神はピクリともしなかった。
やがて空港関係者が搭乗者を下ろすための移動式の階段を設置した。そして、機体から二人の人間が降りてきた。
先頭を歩いてきたのは、黒い神父服を着た背の高い中年のやせ気味の男だった。ただ気になるのは、神父にしては目が死んでいて、髪もボサボサ、階段を降りてくるときもだらしなくあくびをしていた。そして何よりいびつなのは、背中に神父服には絶対に似合わないバットケースを背負っている事と、アルファベットの筆記体のような文字がびっしりと書かれた大き目のバールのようなものを杖代わりにしている事だった。
続く二人目は至って真面目そうな表情をしており、黒い修道服に身を包んでいた。ただ頭巾は被っておらず、長い茶髪を後ろでまとめていた。見た目は少女と言っても差し支えない年齢で恐らく十代後半ぐらいであろう、けれども、落ち着いた雰囲気と端整な顔立ちで気品が溢れ、美しいお嬢様のようであった。彼女は体の正面に両手で大きな書物を抱えていた。多少年季の入った書物を彼女は非常に大事そうに抱えていた。
「ないすとうみいちゅう、ふぁざースミスあんどシスターテレサ」
八神は昨日から必死に勉強した英語を披露した。発音は最悪なことから察してもらえるとうれしいが、八神は英語がてんで駄目だった。
「日本人が英語できないってのは聞いていたが、ひどい発音だな」
八神の目の前にやってきた神父は微笑を浮かべながら日本語で八神に話し掛けた。当然英語で返されると思っていた八神は目を丸くする。
「えっ!? 日本語わかるんですか?」
「いや本当なら全くわからんが、教団お得意の裏技を使っている」
そう言って神父は右手の小指につけている指輪を見せた。小さな指輪の面積にこれでもかというほどの文字が並んでいた。
「なるほど、術式ですか」
八神は納得しそのまま神父の後ろに立っているシスターの指を見る。彼女にも指輪がついていることから、会話について困ることが無いとしり八神は安堵のため息をついた。
「おかげで駅前留学しなくてすみそうです」
「いや多少は練習しておいた方がいいとは思うがな君の発音だと自分の名前すら伝わらないぞ。ところで自己紹介といこうか、私はジョセフ・スミスだ。スミス神父とでも呼んでくれ、後ろに居るのは私の相棒の――」
「テレサです。私は呼び捨てでかまいません」
さっきまでずっと黙っていたシスターは前に一歩でて八神に向かって話し掛けた。
「いえいえ、僕がかまいます。シスターテレサと呼ばしてもらいます」
八神は手を振りながら呼び捨てなんてトンでもないというポーズをとって答える。今日始めて出会った二人は、教団の中では知らない人はいないほど有名だった。
教団と呼ばれる組織、それは他の宗教組織とは少し違った形で存在していた。
「化物達を殺しつくす」、化物の存在を認めてはいない教団が掲げる目標としては矛盾しているが、その目的のために数々の人材と資金を集め活動しているのが八神たちが所属している組織だった。
その中で日夜トレーニングに取り組み、日夜化物達を殺し続ける実行部隊を通称ハンターと呼んでいる。八神の目の前にいる二人はハンターとして第一線で戦い続ける英雄として語られていた。何よりもすごいのは、化物達の中で王に等しい存在としている吸血鬼を十数人相手にし無傷で戻ってきたという話である。神父は最後には逃げ惑う吸血鬼を追い掛け、一匹ずつ狩って行ったことから『猟犬』、シスターの方は神父のサポートしかしてなかったが、彼女が現れるということは同時に神父が登場することを指すので『災厄修道女』と呼ばれ教団の中に知らないものは誰もいなくなった。八神自身だいぶ噂は誇張されてはいると思っていた。ただ、吸血鬼を殺したことは事実だと聞いてはいるので、すごすぎる存在に萎縮して自分みたいな若造ハンターが彼らの相手をしていいのかという不安があった。
「えーと、じゃあ最後に自分ですね。僕は八神昌真といいます。八神とお呼びください」
その言葉を聞いて神父が右手を差し出す。慌てて八神も右手を差し出し握手をした。
「よろしく、八神君」
空港を出るととりあえず同僚が待機している車に乗り込み、日本の教団の本拠地へと向かった。
日本に対する教団の力は非常に弱い。日本古来の陰陽師がいるからである。最近では陰陽師の力は弱ったが、日本にいる妖怪やモンスター達も暴れ回ることも少なくなり、教団が無理に出しゃばることも無く現在に至っている。
「八神、お前は今回何故俺達がヨーロッパから極東の地まで出張することになったか知っているか?」
「いいえ、僕は聞いてませんけど」
八神は昨日突然二人が来ることを聞かされてから不思議に思っていたことを、当の本人であるスミス神父から聞かれた。
「やっぱりな。実は俺達も詳しく知らないんだ」
「えっ!」
車内にいた同僚と共に驚く。
「そうなんだよな。当の本人がどういう任務かわかって無いんだ。いつだって教団は矢面に立つ人間に不親切だよな」
さして不満がありそうでもなく神父はそう言いのける。シスターは相変わらず古そうな本を握っていた。
「そこでだ、私達も教団にささやかなる反抗をしようじゃないか」
口の端が不気味につりあがる。逆らえない重圧が車内に満ちる。八神は生唾を飲み込む。
「教団の金を使っておいしい物でも食べに行こう」
車内に張り詰めた空気が一瞬で崩壊した。
「駄目ですよスミス神父。僕達の任務はお二人を迅速に本部へお連れすることなんです。寄り道を許可できるわけが無いです」
八神は若干怯えながらも反論する。本来なら口出しなどできる立場ではないのだが、自分の任務に支障で出ることを許可などできない。
「えー。せっかくの日本なのに、八神君は私達に飯も与えてくれないというのかね。私達の母国の飯はもう不味くて食えたもんじゃないんだよ」
「ですが……」
グー。
八神と神父の言い争いが始まりかけたその時かわいらしい音が車内に響く。無論お腹のなる音である。
「スミス神父、今教団に飯を用意してもらうのでそれまで我慢してください」
「いや、さっきのは俺の腹の音じゃないぞ」
八神は運転手を見る。運転手もこちらを見て首を横に振る。つまり残っているのは……。
「お腹が減りましたね」
マイペースにシスターが答える。どうやら彼女もお腹が減っていたらしい。
「テレサもこう言ってるんだ。有名店に連れて行けとは言わないからどこかで飯を食おう」
八神と同僚の運転手は顔を見合わせる。仕方が無い。
「了解しました。……あそこに車を止めてくれ」
そう言って道路の脇に車を止めてもらう。そこは東京で超有名ラーメン店のすぐそばだった。さすがに今の時間帯なら人も減り空いていた。
八神とシスターと神父が車を降りる。神父はわざわざ肩にバットケースをかけ直し、バールのようなものを杖代わりにする。実際端から見ればおかしな杖に見えないことも無い。そしてシスターも大きな本を持ったままである。
神父は目の前にある有名ラーメン店を感動して涙を流しながら見ている。
「八神君、キミは口ではああいいつつも私達にすばらしいものを食べさせるつもりだったんだね。ネットでみたよ、日本のラーメンという物は非常にうまそうだった。私も一度食べてみたかったんだ」
神父は狂喜乱舞しながらラーメン屋へ向かおうとしている。……彼は本当に神父なのだろうか? 現在の所食い意地の張った中年である。
「はぁっ? 何言ってるんですスミス神父? 僕達が行くのはこっちですよ」
八神はラーメン店の隣にある、ファーストフード店を指差す。Mのマークが目立った、全国どころか世界チェーンのファーストフード店である。
「何! 何を馬鹿なことをいってるんだ。わざわざ日本にまで来てこんなジャンクフードを私達に食べさせるつもりか!」
「落ち着いてくださいスミス神父。ファーストフードなら車の中で食べれるでしょ」
八神にしてみれば最大限の譲歩ではあった。しかし、遠路はるばる来た神父がジャンクフードで妥協できるはずも無かった。
神父は大人げ無く八神を思いっきりにらみつける。周りにいる人の目も気にせずに。
「スミス神父、ファーストフードでいいじゃありませんか。私は早く食べたいです」
シスターは相も変らずマイペースに発言すると一人店内へ入っていった。
「うぐぐぐ、今回だけは妥協してやる。覚えていろよ八神君。食い物の恨みは恐ろしいからな!」
不気味な捨て台詞と共にシスターの後を追ってファーストフード店に入っていった。
「ツイてないな。だから嫌だったんだけどなこんな役目」
八神は空を仰ぎ見ながら呟いた。
気落ちしたまま店内に入る。
「店内のハンバーガあるだけ持ってこい!」
神父が騒いでいた。いい年した神父が何をしてるんだか……。シスターもシスターで騒いでいるパートナーの隣で慌てずに自分の分の注文をしていた。
「もうやだ、この任務」
開始から一時間も経たずに泣き言を言い始めた八神の任務であった。
店内から出るとき神父は片手で持てるだけのハンバーガーを抱え、八神は顔が埋まるほどのハンバーガーとシスターの注文した料理を抱え、シスターは変らず本を抱えていた。
異色の三人組に周りの注目を嫌でも集めていた。
「もう、わがままはやめてくださいねスミス神父」
「わかったよ」
先ほど暴れ回って多少気が晴れたのか、素直に頷いてくれた。
「だが、帰国するまでに絶対うまい物を食わ――」
不意に喋っていた神父の声が止まる。そして、手にしていたハンバーガーを道に落とす。中身が数個道路に転がる。
「何やってんですか神父!? 食べ物をそま――」
「テレサ、一分以内に結界を張れ、それ以上は待たない」
八神の声を無視し、先ほどまでのふざけた声色とは打って変わって迫力で地面が震えそうな声でシスターに指示をだす。シスターはというと神父が声をかける前から本を広げていた。
「『それ隠れたるものの顕れなく、秘めたるものの知らぬはなく、明らかにならぬはなし』、日常を生きるものと我らを互いに『拒絶せよ』」
シスターの詠唱と共に本が輝きあたりの風景が固まり始める。
「ちょっと、何やってるんですか! 術式なんて発動して、こんな街中でやりあうつもりですか!? 下手したら一般人が――」
まだ敵すら確認できていない八神は慌てて二人に声をかけるが、八神の言葉はすでに神父には届いてはいなかった。神父はバッドケースをおろし中からバールのようなものと同じように文字がびっしりと書き込まれた鉄パイプを取り出していた。
「キャー!」
その姿を見てあたりの人が声をあげ始める。人の往来のなかでバットケースからいきなり鉄パイプを取り出したら悲鳴を上げられて当然である。だがじきに悲鳴も収まった。結界が完全に当たりを包み、一般人と彼らを隔離したのだ。
結界の中では、何の音も影響もこちらには与えないけれど風景や人物は存在はしている。けれども、結界の内側での破壊行動(たとえば結界の中にいる人間を殺すなどの行動)は結界の外側には反映されない。つまり暴れ回っても現実世界には影響はないとされている。だが、結界は必ずしも万能ではない。結界が考案されてから多くの検証が行われた結果、術式の構築や術者が未熟な場合、結界の内部破壊が外側に影響されることがわかった。これが物などで済めばいいが、人が巻きぞいで死んでしまえば冗談ではすまない。そのうえ、普通は三人ほどで張る結界を今回はたった一人の術者が張っており、さらに現在真昼間の街中である。大量の人間の中で戦闘を行おうとしているのだ。
八神が慌てていると同じように慌てている奴がいた。
「お前らはなんなんだ!?」
それは二十代後半の青年だった。会社勤めの最中なのか、スーツに身を包んでいた。
「あいつでいいんでしょ」
「ビンゴだ」
シスターはこの結界の中で教団一行以外で唯一言葉を発している人間を指差し神父に声をかけ、神父は目を血走らせながら両手にそれぞれバールと鉄パイプを握って戦闘態勢になっていた。
結界の内部に取り込まれたものは同じように結界の内部にいる者のみに影響を与えることができる。このように狙っているターゲットを結界内部に取り込み結界内で始末するのがハンターの現在のやり方である。けれど、今回のこれは無理がある。というより危険すぎる。
「ちょっと、待ってください。こんな強引な方法を取ったら結界の外に影響がある可能性がある。第一、一人でしかも一分足らずで作り上げた結界にそんなに精度があるとは思えない!」
八神がヒステリックに叫びながら神父を止めようとする。けれど、先ほどまでの駄目神父の姿はそこには無く、ハンターとなった男がそこにいた。
「だからなんだ? 私には百人の犠牲より一匹の化物の命を奪うことのほうが意義があるんだ。それに一分も待ってやったんだ、一般人に影響が出たらシスターの責任だろ」
そう言って、この結界に誘われた男を殺しに神父は走りだした。迫り来る神父の姿を見て青年は怯えながらその場から逃げ出していった。
「シスターも止めてください。もし被害がでたらただでは済みませんよ!」
けれど、シスターはいつもどうり落ち着いていた。
「無駄よ、八神クン。あの人が化物を見つけたら、殺すまでいかなる犠牲を払おうともやめはしないわ。まあ今回は大丈夫よ。私が結界を張ってるし、相手も弱そうだし」
「ぅぅ――」
言いたいことはいろいろあったが八神はこれ以上は無駄だと感じ、ターゲットを追い歩いていった神父を八神は追いかけはじめた。
(何が『猟犬』だ! こんな街中で殺り始めるなんて、どう考えても『狂犬』だろうが)
愚痴を頭に浮かべながら必死に神父の後を目指して走った。
いきなり、もう一人の主人公を出してスイマセン
ですが、優しく見守ってくれると有りがたいです。