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ムーンウォーク

「うまいぞ、マイシスター。やっぱりお前の料理はサイコーだ」

 夕飯時になり白夜は、帰宅した妹の料理を手伝って出来上がった料理を食べながら妹をべた褒めしていた。

「お兄ちゃん、鶏肉ばっか食べてないでちゃんと野菜も食べなきゃ駄目だよ」

「うーん、お兄ちゃんピーマン嫌いだけど、いとしのマイシスターのために食べてやるぞ」

 そう言って白夜は妹の作った鶏肉とピーマンと玉ねぎの炒め物に手を伸ばしピーマンを食べる。

「お兄ちゃん、玉ねぎもちゃんと食べてね」

 気が付くと白夜の皿は何故か玉ねぎを無意識によけていた。

「あれ、一緒に食べてたつもりだったんだけどな?」

 そう言って玉ねぎを口に運ぼうとするが、何故か体がストップする。

「どうしたのお兄ちゃん? 別に玉ねぎ苦手じゃなかったよね」

「そうだけど、なんだろう。体が食べるなって命令してるみたいで動かないや……どうなってるんだ!?」

 玉ねぎを箸につかんで口の前でストップしている白夜は手が震えており、額からはおびただしいほどの汗が流れていた。段々と顔色も青白くなってきている。

「お兄ちゃん大丈夫!? 別にそこまでして無理に食べる必要ないよ」

「ゴメン、マイシスター。俺の分も食べておいてくれ。俺はもうご馳走様だ」

 そう言って白夜は青白い顔のまま箸をおいて食べ終えていたご飯と味噌汁の茶碗を片付けにいった。

「お兄ちゃん具合悪いの? お兄ちゃんがお茶碗一杯でご馳走様するなんて異常だよ。年金の未納を指摘している議員が実は未納だった時ぐらい異常だよ」

「つまり、良くあることじゃねーか! 俺は夜はそんなにいっつもいっつも喰ってないよ、マイシスター」

 白夜自身、きっと昼食べ過ぎた所為だと納得しながら二階にある自分の部屋へと戻って行った。


 ベッドに横たわり天井を眺める。昼間にあれだけ寝たからであろうか、今の白夜は全く眠さを感じなかった。今夜は寝れそうもないなと思いながら、寝返りを打つ。

 ふと窓を見ると、夜だというのに非常に明るい光が差し込んでいた。

「そういや今日ぐらいが、満月だったっけ」

 そう言いながらながらベッドから立ち上がり、窓際へかけより窓を開け放つ。正面には真ん円に輝くお月様が空に腰を下ろしていた。

 ドクン!

 月を見た瞬間、白夜の中で何かが弾け激しい鼓動に襲われる。

「がっ!」

 鼓動と共に体中に痛みとも快感とも取れない奇妙な感覚が駆け巡る。声を出そうとしてもうまく出せない。まるで体が作り変えられるかのように、今までの人生で繋げた神経を一旦ズタズタに切り裂かれ、よりよく繋ぎなおされる感覚。

「がぁぎゃぁぁ!」

 叫び呻いた。頭からもう一人の自分がはい出てくるかのような痛みが駆け抜け、目から涙を流す。頭を必死に何か打ち付けたくなるけれど一行に収まらない痛みにただただ、無意識に暴れまわる。

 体の変化に耐え切れず白夜は叫び同時に窓から外へ飛び出した。

 どこかへ向かおうとしたわけでは無く、力の限り叫び、魂の赴くまま暴れそうな場所を目指し駆け出しただけだった。

 屋根から自分の家の塀へ飛び移る。そしてそのまま道路に降り立った白夜は叫びながら駆け回る。

 周りから見れば狂人の行動ではある。白夜自身どうして走りまわっているのかわかってはいない。けれど、頭ではなく体が、脳ではなく魂が、白夜に対して命令する。暴れ回れと。

 走るうちに、もっと疾くしなやかに走る方法を体が探し始める。白夜は二本足で走るのを止め四本足で地を駆け始める。

 次に体を包む服が鬱陶しく感じ始める。それと同時に体が大きく膨らみ始めるのを感じる。体中が毛で覆われ始め本当に人間とは違う生物になっていく。白夜が体の変化を感じてからほんの数秒後、服ははじけとび体が大きく膨張しサッカーゴールほどの体格になる。

「ワォーーン!」

 白夜は全身を真っ白な毛で覆われた巨大な化け犬と化し、空に輝く月に向かって大きく吠えていた。

 白夜はそのまま馬鹿でかい体に似合わない猛スピードでひと気の無い街を全速力で駆ける。新しく得た力を確かめるように。遠くに見えた風景が一瞬で目の前に迫る感覚を味わう。スピードはそこいらの車などでは相手にはなりそうも無かった。

 次に白夜は見え始めた廃墟のビルに向かって飛びつく。軽くビルの五階部分まで飛び上がり足をかけると、そのまま一気にビルを駆け上る。一歩一歩がワープでもしているかと思うほどのスピードが乗りすぐさま廃ビルの屋上までたどり着く。

「ワォーーーーーーーーーーーン!」

 もう一度、燦然と輝く満月に向かい大声で吠える。ビルの屋上で吠える姿は、今まで高校生として毎日を送っていた「犬神白夜」では無く、新たに化物として夜の世界に踏み込んだ「人狼」としてのそれだった。




「うるさいわよ、そこの馬鹿犬。人の縄張りにどかどかと踏み入れて大音量で吠えてるんじゃないわよ」

 自らの力に酔い我を失っていた白夜は罵声を浴びせられ、ようやくこの廃ビルに先客がいることに気が付いた。

 白い狼と化した白夜は声のした方向を振り向く。そこには、金髪を三つ編みにして後ろにながしたかわいらしい少女がいた。少女は現実離れ、いうなれば漫画の世界からやってきたかのように整った顔立ちをしており、つぶらな瞳がとてもかわいいかった。

 そんな少女を見た白夜は無意識に一歩引いていた。少女がこんな廃ビルにいることに驚いて一歩引いたのでは無く、化物の姿をしている今の自分の姿を見ながらも平然と声をかけてきたことに驚いたのでもなかった。

 単純に言えば、生き物としての格を一瞬で思い知らされたのである。彼女は何故自分が今まで気付かなかったのか不思議なほど、自らが虫けらと思えるほどのオーラを纏っていた。きっと、人間のままなら、彼女を人間と捉えてそのまま接していたであろう。アリが獅子を恐れぬように。けれど、今の白夜は化物の世界に踏み込んでいる。目の前にいるどう見ても少女としか思えない存在が自分より遥か高みであることを本能的に悟っていた。

 (戦ったら殺される)

 すぐさま、その場から自らの保身のために逃げようとする。だが、一歩を踏み出そうとした瞬間後ろから死神にささやかれる。

「……まさかそこの馬鹿犬、このまま逃がしてもらえると思ってる? 甘いわよ、さっきあんたがいきなり吠えるから取って置きの一個だったショートケーキを落としちゃったのよ。万回殺してあげたいところだけど、まあ、千回程度で許してあげるからこっちに来なさい」

 その言葉は年相応の甘い声ではあった。けれど決して冗談には聞こえず、白夜はそこから一歩も動けなかった。

「どうしたの馬鹿犬、吠えるのやめたらとたんにびびっちゃってるの? 可愛がってあげるからこっちいらっしゃいよ。まあ、来ないなら私から行くけどね」

 そう言って目の前の少女はこちらに無防備に向かってくる。 

 (やられる前にやってやる)

 追い詰められている白夜はある判断を下す。無防備で向かってくる少女に一撃を与えてそのまま一目散に逃げるという作戦である。白夜にも目の前に無防備に向かってくる少女に一撃を浴びせることぐらいはできると思い始めていた。

 それは新しく得た力の所為か、それとも冷静になればなるほど目の前のかわいらしい少女が自分がビビルほどの脅威ではないという人間的思考が復活したためかはわからない。けれど、意思は固く固まり始めていた。

「グルルルっ! ワオーン」

 喉を鳴らし一度大きく吠えると、目前まで近付いていた少女に飛び掛った。

「あらら、少しいじめすぎたかな。まさか飛び掛ってくるとはね。まあいいわ、躾の時間よ。『伏せ!』」

 一瞬声の調子が変りやけに迫力のある声が響いたと思うと、白夜はその声とほぼ同時に地面に叩きつけられた。無論自分の意思とは関係なくである。

「キャウン」

 情けない声が響き、地面に叩きつけられた白夜が前を見る。目の前には先ほどと変らず少女がこちらに歩いてくる。

 (何されたんだ!? 彼女は俺に触れてないし、俺も触ってはいない)

 目を白黒させながら白夜は少女を見つめた。彼女は年に似合わない慈愛に満ちた表情と、地面に這いつくばっている惨めな生き物を見下す視線を合わせながら白夜に向かって話しかける。

「おびえさせちゃったね。ほら怖くない、怖くない」

 彼女は手を出して、白夜の頭の上に持っていく。そして

「なんて言うと思った!? 馬鹿犬!」

 思いっきり広げた手のひらを握り閉め、頭を本気で殴ってきた。白夜は凡そ少女の力とは思えない力で殴られ、硬いコンクリートにもう一度叩きつけられる。

「キャン!?」

 予想外の一撃に驚き白夜は目の前の少女が自分を許す気がないことを悟る。そして、一撃殴った後もなおも彼女は白夜の頭を殴り続ける。もうすでに白夜の頭は廃墟のビルのコンクリートに沈み始めていた。

 (殺される!)

 死の恐怖が体を包み、同時に痛みも感じなくなり始める。そして、数十回殴られたあたりで、一旦毛をつかまれ床に埋まっていた頭を強引に上げさせられ、目の前にいる少女と目が合う。見るもまばゆい金色の目だった。

「どう、こんだけやったら少しは反省した? これに懲りたら人里になんか出ずに、さっさと山に帰りなさい。街になんか出たら、日本みたいな国でもハンターが出てくるわよ」

 さっきとは違い、諭すような口調で化け犬の白夜に話しかける。

「ぎゅんわんじゃい」

 狼の状態となり人の言葉を喋れない白夜は、それでも懸命に謝罪の言葉を吐こうとした。もしこれ以上攻撃されればそれこそ本当に死んでしまう。

「へっ!?」

 けれど、白夜の賢明な謝罪を聞いた少女が見せた感情は驚きだった。目の前の化物が人のような言葉を喋ったことに少女は信じられないという風な表情を白夜に向かって見せる。そして、頭をひねりながらもう一度考え込む。やがて、少女は納得したかのようにこちらに向かって話しかける。

「馬鹿犬、これからの質問に正直に答えなさい。まずは喋れるようにしてあげる。『人語を喋れ』」

「わかりました」

 さっきまで、全くもって人語を喋れなかった化け犬(正しくは人狼なのだが)はそれまでが嘘のように人語を喋った。

「あっ、俺喋れてる」

「当然よ。私が命令したのだから。それよりも、早速質問よ」

 少女はさっきまでの怒りとおふざけを纏った雰囲気と打って変わって、いたって真面目に話しかける。

「ワン」

「返事はハイよ」

「ワンワン」

「ハイは一回って、ハイですらない! ……まあいいわ、あなたはいったい何者? 山犬の類の化け犬じゃないの?」

 少女はあきれながらも、白夜に向かって話しかける。

「いや、俺は人間だった。でも今日突然月を見たら知らない間に走り回って気付いたらここに……」

 白夜自身言って思い出す。自分は人間だった、今日までは確実に。狼の姿になっていた今の今まで全く問題視していなかったが、自分が化物の姿でこの場にいること事態おかしいのだ。

「俺はどうして、なんでここに。どうしてこんな姿に」

 白夜は自分の現状を確認すると急に恐ろしくなる。今の自分は化物で、戻れる保障なんてないのだ。

「『落ち着きなさい』まずは現状がわからないとどうにもならないわ」

 彼女がまた一瞬声の調子を変えて白夜に命令する。その言葉で白夜はパニックになり始めていた頭が落ち着いていくのを感じた。

「あなたはこれまで、こんな風に化け犬になったことなんてなかったのね?」

「ワン」

「だから、ハイだって……まあいいわ。次の質問、あなたは満月を見て化物の姿になったのね」

「ワン」

「まさか、人狼なのかしら? この日本じゃ縁がないモンスターの上にとっくに絶滅していたと考えていたけど」

 少女はその幼い顔に似合わず渋い顔つきで悩み始める。

 白夜自身彼女の会話に飛び出した「人狼」という言葉に反応する。狼男として、西洋のモンスターストーリなんかではよく登場するモンスターの一つである。

「なあ、俺は、元に戻れるのか?」

「その問いは、簡単に答えられない。第一、人狼なら人狼に噛まれでもしないかぎり突然人狼になるなんて考えにくいし、第二に人狼は普通半人半狼が普通でしょ? でも今のあなたは完全に狼の状態になっている。私も本物の人狼を見ているわけじゃないからはっきりとは言えないけど、人狼じゃない可能性だって十分にある」

 白夜はどんどん落ち込み始める。もしかしたら今までの生活にはもう戻れないのかもしれない。

「とりあえず月が沈むまでわからないってのが本音よ。まあそれほど落ち込むこともないわよ。たとえ化物でも私は殺したりしないし」

 さっき自分を千回殺すと言って本当に殴りまくった奴が言っても説得力がないと思った白夜だった。

「さっきだって、たまに人里に下りてくる馬鹿な山犬に人里が恐ろしいって事を教えてあげるために、やっただけよ!」

 俺がジト目で少女の方を見ていると、少女は怒って弁明してきた。

「じゃあ俺って完全にとばっちりじゃん」

「そうね。一応あやまってあげるから。ドウモスイマセンデシタ」

 完全に片言で誠意のせの字も無い謝罪を聞きながら、不安そうな顔で白夜がもう一度少女に尋ねる。

「俺はどうしたらいいの?」

「そうね、まずは安全な場所に移動して、今日をやり過ごすことを考えなさい。そのまま人間に戻れたらとりあえずはOK。戻れないなら、山に永遠に暮らすことになる」

 いたって真剣に彼女が答える。

「安全な場所ってここは安全じゃないの?」

「残念ながら馬鹿が騒ぎすぎたし、私も能力を発動しちゃったしね。いくら日本みたいな国でもここに長居しないほうがいいでしょ」

 彼女はそう答えると自らの履物をきちんと履き直した。そして、白夜に向かって手を差し出してくる。

「まあ、とりあえずはそんなに心配しなくて大丈夫よ。たとえハンターが来ても守ってあげるし。じゃあ、とりあえず自己紹介。私の名前はレイル=カーミラ。あなたは?」

「俺は犬神白夜」

 そういって差し出された手に白夜はチョコンと自らの獣と化した手を重ねた。端からみたらただのお手だった。

「わかったわ。じゃあ、シロって呼ぶわね」

「ワン。じゃ無くて……やだ!」

 白夜は大声でレイルの提案を拒否する。

「そうね、片方が一方的に呼ぶのも駄目よね。よし、シロ私のことは『御主人様』と呼びなさい」

「ワン。御主人様」

 白夜は全く意識せずに目の前の少女を御主人様と呼んでいた。

「って、何で俺は御主人様なんて呼んでるんだ!? そんな気は全く無かったのに」

「ゴメンなさい、シロ。無意識に私の能力が発動していたみたい。まあ能力を解く気はないから早くなれることね」

 誤る気など微塵も無い笑いをこちらに向けると、全く悪びれることも無く平然と言い放った。

「それでは夜の世界にようこそ!」




 この夜に白夜はレイル=カーミラと出会う。それは深い闇を歩くための光となったのか、深い闇の深淵にいざなわれる罠だったのかはこの時は誰も知らない……


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