望みと決意
レイスがいなくなり、重たい空気が満ちた空間で、か細い声が犬神の耳に届く。
「シロ、近くにいる?」
「レイル! 大丈夫か!」
声を発したレイルに慌てて犬神が声をかける。
レイルは薄く目を開いた。だが、焦点が犬神にはあっておらず虚空を眺めていた。
「ゴメンね、シロ。私、アナタに謝らないといけない」
消えてしまいそうな声で犬神へ話しかける。
「オイ! 無理するなよ。喋らなくてもいい」
相手を気遣った犬神のセリフをレイルは無視する。
「私はね、本当はアナタを元の人間に戻せたの。でも、それをしなかった。アイツをおびき出すために、アナタが利用出来ると思ってね。本当にゴメンなさい」
言葉を発する度にレイルの体が透けて見えた。
体が消えかけているのだ。
「もうイイよ。喋るな。俺はアンタの事恨んじゃいない。むしろ怖くて怖くて仕方なかったこの世界に手を差し伸べてくれたアンタに感謝してる」
そう言うと、レイルは僅かに微笑んだあと、悲しそうな表情でもう一度犬神に話しかける。
「シロ、私にこんな事頼む権利は無いと思うけど、お願いがあるのあの男を止めて。アイツはきっと人間の数を減らそうとするわ。数が多すぎるって理由で。それを止めて欲しい。私はこの世界は自由に回っていって欲しいと思ってる。関心を持っても干渉はしてはいけないのよ私のような存在は。だから止めて、アイツが何もかもを壊してしまう前に」
その言葉を聞き苦しそうに犬神が聞き返す。
「でも、どうやってアイツに勝てばいい? 言葉ひとつで命を奪える奴にどうやって!?」
「よく聞いて、私はまだアイツに全てを奪われているわけじゃない。アイツは私の力の全てを奪うことは出来なかった。だから『アイツの能力はアナタには効かない』こうやって私もアナタに能力をかければいい。これで、私が生きている間は、アナタも勝てる可能性がある。……シロ、急いで、もう私は長くは持たない。この夜が終わるぐらいまでに、決着をつけて」
「わかったよ。絶対に勝つ。だから、絶対に死なないでくれよ。アンタが死んだら、夜は怖いんだ」
犬神がそう言うと、レイルはかすかに微笑んだ。
犬神は吠えた。
雄叫びと共に犬神の体が白い毛でおおわれていき、体もどんどん大きくなっていく。
顔には立派な牙が、手には鋭利な爪が生える。
瞬く間に犬神は白狼へと変化した。
本来ならば、満月でもないのに変化はできないはずだったが、犬神は白狼へと変わった。
そして、そのまま教室を飛び出していく。
全ての決着をつけるために。
八神はずっと神父の傍で座り尽くしていた。
何を言っても、叫んでも目の前の男は何も言わず、反応を返さない。ただただ、自分が憧れるほど強かった人があっさりと死んでいった事実に呆然とするのみだった。
本当なら教団へ連絡を取るか、去っていったレイスを追わなければならないのだがそんなことを考えるコトもなく、ただ座り尽くしていた。
「八神くん。何があったのか説明してくれる?」
八神が顔上げた先には神父の後を追ってきたと思われるシスターがいた。
彼女の表情は驚きに満ちていたが、必死に現状の把握に努めようとしていた。
けれど、八神にそんな余裕なんて無かった。
「シスター、僕は屑だ。化物と対峙して我が身可愛さに何もしなかった。神父が戦い始めても、加勢もせずただ見てるだけだった。自分が戦いに参加してもただの足手まといだ、なんて自分に言い訳して何にもしなかった。神父なら何とかしてくれると思って、ただただ、端から見てることしか出来なかった、何にもしなかったんだ! ……その結果がこれだよ。仲間が、神父が殺されて自分だけがのうのうと生き残った。そして敵が去った時僕は何て思ったと思う? 生き残れてよかった、だ! 目の前で仲間が死んで仇が去っていくのを追いもせず、自分が助かったことを喜んでたんだ。……僕は、僕は!」
死んだように呆然となっていた八神はシスターが現れた瞬間、感情が堰を切ったように溢れ出した。
目に涙を浮かべながら感情を吐き出していく。
「大丈夫。それが普通なのだから。まずはアナタ自身の無事を喜びましょう」
八神にかけられた言葉は優しい言葉だった。
シスターは八神を落ち着かせるように、優しく語りかけていく。
「とりあえず、現状の確認と教団への連絡を取りましょう。やれることをやらなければ、新しい被害が出てしまいます。八神クン、アナタがハンターになった理由をもう一度思い出して」
「僕がハンターになった理由……」
八神は孤児だった。人喰いの化物に家族を喰われ遅れてやってきたハンター達に間一髪で助けられた。
自分のような人間を増やしたくなかったから、ハンターになることを決意したのだった。
けれど、今の自分は何の役にも立っていない。子供の頃家族と一緒に化物と襲われた時と同じだった。ただ怯えて逃げ惑うのみ。
何のために力を得ようとしたのか、無論自分と同じような経験をすることがないよう、人を守るためだ。
なのに、今さっき守ろうとしたのは自分自身だ。
八神はようやく立ち上がり、目元をゴシゴシと服の袖で拭いた。
そして簡単に現在の状況について説明する。
レイスと名乗った男がレイル=カーミラの力を奪い取ったこと。レイスに神父が殺されたこと。レイスが恐らく近い内に人間を殺し始めるであろうことを。
「シスター、とりあえず教団に連絡を入れておいてください。あと、そこで死にかけてるレイル=カーミラに治癒術をかけてください。恐らく彼女が死んだらゲームオーバーです」
「八神クンはどうするの?」
銃に銃弾をリロードし、銀刀を鞘へ収める。
「ちょっと、化け犬だけじゃ荷が重そうなんでね」
「やめて。教団からの応援を待って行ったほうがいい。アナタ一人が言った所でどうにもならない。あの神父がなすすべなくやられたのよ」
「それでも、行かなくちゃいけないんですよ。今夜しかチャンスがないんです。応援なんて呼んだ所で日本のハンターじゃたかが知れてる」
八神は部屋に転がっているバイクを拾いに行く。
八神の背中に向かってシスターが喋る。
「無駄死にしちゃう人を私がみすみす行かせると思う?」
その言葉を聞きながらバイクを起こす。
「ねえシスター、勝たせてくださいよ。僕を負け犬のままにしないでください。もう、尻尾まくって逃げるのはもう嫌なんです」
何もせず、奪われるのは八神にはもう耐えられなかった。
「危なくなってから神に祈っても奇跡なんて起きないよ」
「大丈夫ですよ、はなから信じてませんから。この世に悪魔や化物はいても神様はいないんです。ただ震えて待っていても助けてくれるのは人であって神じゃない。だから、僕が全てを助けに行ってみますよ」
「じゃあ神の御加護は必要ないの?」
「聖母の祈りは大歓迎ですよ」
先程まで泣いていた男は吹っ切れたように軽口を飛ばす。
恐らく八神自身、ただでは済まないとある意味割り切っているのだろう。
言ってみればこれは八神の意地だった。無力な自分から奪われていくことへの抵抗だった。
勝ち目は恐らくゼロである。相手が死ねと言えば死んでしまう状況で戦いなど成立するわけがない。
それでも行かなければならなかった。
「勝たしてくれよ。神父さま」
神父が胸にしていた十字架を八神は自分の首にかけ、バイクのエンジンを点火させた。
「八神クン! 死なないでね」
シスターも八神が無事ではすまないであろうことを予想していた。
なんせ相手は企画外すぎる。
それでも八神は笑いながら、
「了解!」
出来るはずもない約束を交わした。
そうして八神も決戦へと赴いた。
大学三年って忙しくて大変ですね。
中々自分の時間を取れませんでした。
小説の方は駆け足ですがもうすぐ決着といきましょうか