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月と地球

 犬神が追っていた狂人がその場に現れた際に最も素早く反応したのはレイルだった。

「『時よ、――』」

 すぐさま口を開き絶対命令を行使しようとする。

 けれども、それは失敗に終った。

 言葉の続きがレイルの口から紡がれなかった。

 見るとレイルは口を開き、その狂人を睨みつけていた。

「危なかった。実に危なかった。キミの能力は本当に最強だ、この地球上の全てに命令出来るのだから。だけれども、この地球上の生物では無い私には効果が薄い。そう思っていたら、まさか、時間を止めてこようとするとはね。キミの能力にも無茶をした時の反動はあるだろうに、一瞬の躊躇いもなくやってくるとは恐れいった」

 男は相も変わらず薄ら寒くなるような気持ちの悪い笑みを浮かべこちらに向かって話しかけてきた。

 犬神は男が喋っている最中に攻撃してやろうと思っていたが体は動かなかった。

 八神もレイルも恐らく体が動かない。皆同じ状態だった。

「けれどもだ。相性が悪かった。私の能力は『強奪』、他人の能力を奪うもの。その中で手に入れた能力で、目で見るだけで相手を縛り付ける、というものがある。この能力は実に素晴らしい。キミの能力は命令を口で発し言い切らなければならない。だが、私は目を見るだけでいい。どちらが速いかと言われれば一目瞭然だ。ヒャァヒャヒャ」

 閉鎖された空間で男は笑う。

「ああ、本当に今日を、今日という日を待ち望んだ。フフフ、初めて私の愛しの姫君と出会ってから、この地球という存在の素晴らしさを理解した日から、ただの一度も思い描かなかった日は無い。今日、私がアナタの代わりに神に生まれ変われる。なあ、レイル=カーミラ」

「何の話だよ!」

 犬神は思い切って声を出す。声は出せないと思っていたがどうやら犬神には声までは縛られていなかった。

「ああ、すっかり気分が高まったのと、愛しのかぐや姫に意識を向けすぎてお前達の声を縛るのを忘れていた。でもまぁ、せっかくこの素晴らしき世界の分岐点に居合わせたのだから、面白い話でも聞かせて上げよう。

 


 地球と月は元々一つの星だった。けれども、ある日、地球と月は分離してしまった。

 最初は別段何のことは無かったのだが、地球上に自然が生まれて命を育んでいく姿を月は羨ましがった。

 月は言った『命のモトをくれ』と。

 命のモトとは星が持つ生命力そのもので、月は自らの星に命を作り出すため地球の力を欲しがったんだ。

 その姿を哀れに思った地球は自らの生命力を一つの生物として創造し月へと送った。

 この極東の地だとかぐや姫というのが一番わかり易いだろ。

 だが、そんなことをしても月に命は宿らなかった。

 だが、そんなことを認めたくない月は何度も何度も地球に命のモトをねだった。

 その全てが無駄になっても一向に、ただただねだった。

 そして、地球は一つの判断を下した。

 もう月には命のモトを送らないと。

 その言葉を月に伝える役目を負ったのが、目の前にいる姫君、レイル=カーミラだ。彼女は地球そのものが生み出した生物で化物というよりは地球そのものであり、人間達の言う神に等しき存在なのだよ。

 だが彼女は月へと来なかった。

 待てども、待てども、来ない使者と生命のモトに遂に月は自ら使者を送ることにした。月は自らの矮小な命のモトを必死に練り上げ私という存在を創り上げ、この地球へと送った。

 私も最初は真面目に地球への使者を探していた。

 けれども、この地球を巡るたびに、私は思った。あのような命の宿らぬ月など捨ててこの地球を乗っ取ればとね。

 そして、十年ほど前にヨーロッパでアナタに出会った時決心したよ。

 私はアナタに成りたかった。アナタのような強大な力を手に入れたくなった。

 アナタの存在を『強奪』したくなった。

 十年前の私は愚かだった。ただただ、自らの器の大きさも考えず、レイル=カーミラの存在ごと奪おうとしたのだから。

 当然失敗し、手痛い反撃を受け私は逃げて作戦を練った。

 大事なのは、私程度の器では、レイル=カーミラの能力の一部しか強奪できないということ。

 ゆえに、底上げが必要だった。

 能力の底上げとして注目したのは、術式だ。アレを利用すれば私の能力の底上げは出来ることは私が行った実験で証明された。

 だがしかし、流石にレイル=カーミラほどの力を強奪するとなるとそれなりに格式高いモノで術式を構築しなければならない。

 苦労したよ。だが、つい最近見事に実験は成功したがな」

「まさか!」

「そう、キミだよ犬神くん。ハンター達が聖人の遺物などで術式を書いたりするのに対して、私は格式高い化物達の血で書く。そのために必要だったものの一つに人狼の血を使うはずだったんだが、現存している人狼がいなくてね。狼と様々な化物達から見事復刻版を創り上げたというワケさ。ヒャヒャヒャヒャ」

「テメェ!」

「テメェ、などと呼ばないでくれよ。だがしかし、私にはまだ名前がないな。そうだ名前を決めよう、今決めよう。レイスと決めよう。そうしよう」

 レイスと名乗った男は笑いながら犬神の方へ近づいてくる。

 思わず後ろに足を引きたくなるが、肝心の体は全く動かなかった。

「アハヒャハヒャフヒャフヒャ、しかしまあ、実に上手く行った。本来なら完全な人狼になるまで一ヶ月はかかる予定だったのだがね。嬉しい誤算だ。あと、犬神くんにレイル=カーミラが接触してくるとは思わなかったな。まぁ、彼女自身は私を呼び出すための餌と考えていたのか、それとも優しい彼女の気まぐれかはわからんがね。

 あと、最後の予想外は今夜の事件の主役の蜘蛛だな。元々は血の摂取が主な理由で捕まえたんだが、わりと再生力が強かったから色々と人狼を作る実験に付き合ってもらったよ。最後は私が転送するための術式をこっそり体に仕込ませておいてボロボロの状態で放り出したんだがな。まさか、ハンターに襲われるほど無茶な暴れ方をすると思ってもみなかったよ。 まぁ、最後はいい撒き餌となってくれたよ。フヒャフヒャヒャヒャ」

 犬神の目の前まで迫ったレイスは服のポケットからナイフを取りだし刃を出した。

「ああ、ビビらなくてもいいよ。何も殺しはしない。血を少しだけもらうだけさ。人狼の再生能力じゃ死にはしないだろ?」

 そう言って何のためらいも無く。ナイフを首筋に当て犬神の動脈を引き裂いた。

「ガァあぁあぁ」

 噴き出す血に嬉々とした表情でレイスは右腕を差し出しタップリと血を右腕にまとわりつかせた。

 血は大量に流れ地面に血の水たまりができる。

「後は、術式をナイフで自分の右腕に刻めば終了。全ての準備は整った」

 レイスはゆっくりとレイルに近づいていく。

 レイルは動けず、ただただレイスを睨みつける。

「ああ、もうすぐ別れの時だというのにアナタの声を聞けないのは残念極まりない。私が創りだす世界にアナタがいて欲しいのに、私の世界を創るためにはアナタの存在を消さなくてはいけない。ああ、なんと悲しい事だろう。胸が苦しくななるよ。張り裂けそうだよ。涙が溢れそうだよ。だけど、最高に興奮するよ」

 ナイフで自らの右腕に術式を刻み、その式に犬神の血が染みこんでいく。全ての血が吸い込まれるとレイスの右腕が黒くなっていく。

「ああ、愛しのレイル=カーミラ、恐らく痛みはないさ。だから、安心して舞台から降りてくれ。アナタの跡目は私が引き継ぐから」

「やめろ!」

 犬神が叫んでもレイスは見向きもしない。

 レイスはレイルの胸に右腕を当てる。

「『欲深き右腕、あるがままに、力、命、存在、その全てを強奪する!』」

 レイスの力が発動した瞬間、レイルの体から黄金に輝く光が放たれレイスの右腕に吸い込まれていった。

 レイルの体から溢れる光は全てをつつむように明るく光り、逆にレイスの右腕は目を背けたくなるような禍々しい闇のようだった。

「ハハッはハッは、すごいぞ、力が、力が溢れてくる。すごいこれだ。これこそが私の追い求めたモノ。ずっと憧れた地球の力だ!」

 光は徐々に薄れ始め、レイスの右腕の吸収がラストスパートをかけた。

「あああああああ」

 レイルが叫ぶと同時に一瞬目を焼くような光が放たれた。

 視界が真っ白になり徐々に元の景色が戻り始めると、床にレイルが倒れ、その光景を物悲しそうにレイスが見下ろしていた。

「レイル!」

 犬神が叫びレイル=カーミラの元に駆け寄る。叫びはいつもの「御主人様」とはならなかった。

「流石だよ。まさか、アレほど術式の補助をつけて私自身が今まで奪ってきた能力全てを手放しても完全に奪えなかったとはね」

 レイルは虫の息だった。目も焦点がおらず、レイスのセリフにも何も反応しなかった。

「だが見る限り、アナタにはもう力も残っていない。もしかしたらそのまま死んでしまいそうなほど弱々しい。だから、ここではトドメを刺さない。生きているなら私の世界で生きるといい。キミ達もだ。キミ達もここでは殺さない。もし私を殺そうとするのならば容赦はしないが、大人しくしているのなら殺さないさ」

「テメェ、俺がそのまま引くと思ってんのかよ!」

「かかって来るならそれもいい。だが、キミには色々と感謝している。だから今回は私が逃げよう」

 そう言いきびすを返してこの繭の中から出て行こうとする。

 そのレイスの背後から八神が銃を構えて迷わずに発砲した。

 銃声は響きわたり、銃弾はレイスを貫通した。だが、構わずにレイスは歩き続けた。

 傷跡は恐るべきスピードで塞がれていった。

「日本人のハンター君。空気を読んだほうがいい。蚊帳の外のキミが私に喧嘩をふっかけようなんて、怒りも嘲笑も通り過ぎてただただシラケる。キミは新たな神の誕生に立ち会ったんだ。その素晴らしき事実を良く胸に刻みつけておいたほうがいい。では、まただ」

 八神はそれ以上戦おうとはしなかった。

 だが、犬神は違った。

 背中を向けて歩くレイスに襲いかかろうと風の爪を右腕に作り飛び掛かる。

「うおぉぉぉ!」

「『おすわり』」

 レイスの首を刎ねようと空中に飛び上がっていた俺の体はレイスの一言の命令でそのまま地面へ叩きつけられた。

「そうやって頭を垂れる姿は中々に愛嬌があるじゃないか、犬神くん。実のところ本当にキミには感謝しているんだ。だから、キミを殺したくないんだ。だからしばらくじっとしていてくれ」

「ちくしょう、待てよ」

 犬神の声に笑いながら教室をつつむ繭の前に立つ。

 そして一言、

「『消えろ』」

 そういった瞬間繭が弾け飛び、ボロボロの教室の全体像が見えた。

 そのまま、レイスは教室の出口から出て行こうとする。

「さらばだ諸君また会う日まで。はははははぁハッは」

 最後に憎たらしく別れの挨拶を言った。

 そのセリフの直後、出口のドアが突然開いた。

「おいおい、これはどうなってんだ?」

 顔を出したのは犬神も見知った顔で、犬神とレイルを追っている神父服を着た中年のハンターだった。

「……全く。ああ、バッド、バッド、バッド! キミ達ハンターは空気が読めないのにも程があるぞ!」

 レイスが突然キレる。

 だが、そんな彼を神父は完全に無視した。

「八神クンこれはどういうことだ。取り敢えず目の前の化物を殺せばいいのか?」

 神父の問いにレイスが割り込む。

「化物とは失礼だな。今の私は神に等しき存在だぞ」

「ああそうか、なら死ね化物!」

 神父はいつもの通り手にした鉄パイプとバールで襲いかかろうとする。

「ダメです神父!」

「『爆ぜろ』」

 八神の叫びをかき消すようにして、レイスが命令を行う。

 命令が発せられた瞬間、神父の右腕が吹き飛んだ。

 右腕は鉄パイプを握ったまま壁まで飛んでいき、そのまま窓ガラスを割った。

「グッ!!」

 一瞬苦痛で神父は顔を歪めるがそのまま止まらずに残った左手のバールで攻撃をしようとする。

「驚いた。右腕を吹き飛ばしても止まらずに攻撃しに来るとは。流石、外国のハンターは気が狂っている」

 レイスは軽く笑いながら簡単に神父の攻撃を躱した。

 神父は吹き飛んだ右腕から血がドバドバ出ている。ほっといてもすぐに死にそうである。

 だが神父は立ち止まらず、命が尽きることなど二の次といった風に目の前の化物を殺そうと突っ込む。

「死ねよ。化物!」

 その執念に一瞬気後れしたのか左手のバールがレイスの肩に食い込む。

 傷そのものはレイスの超回復があるが、神父の狙いは致命傷を与えることでは無かった。

 肩に食い込んだバールを強引に引っ張り近づいてきたレイスへ右足の蹴りをお見舞いする。

 ただの前蹴りだが、バールで抑えつけられているため、後ろへ下がることのできないレイスはまともに喰らってしまう。

 薄気味悪い笑みが張り付いた表情が一瞬苦痛の表情へ変わった。

 この場にレイスが登場して初めてのことだった。

 だが、すぐさまその表情は笑みへと変わる。そして、笑いながら口を開く。

「クフフフ、ヒャァァあ、あっハハッは。いいぞ。流石にそこまで徹底して私を殺しに来るというのなら、私もお前を殺してやろう。レイル=カーミラは優しいからお前達ハンターを殺さなかったかもしれないが私は違う。殺すことにためらいも躊躇ちゅうちょも無い。ああ、地獄で誇れよ、お前は私、レイスが神となって初めて殺した人間だとな! それでは、『死ね』」

 それはたった一言ボソリとつぶやかれた。片腕を失いながらも全く躊躇せず鬼気迫る迫力で武器を振るっていた中年は急に電池でも切れたかのように力なく膝をついた。

 神父は力なく目の前にいる男の顔を見る。レイスは引きつった笑いを浮かべた。

 その笑みを神父は睨みつけそのまま地面に倒れこみ動かなくなった。

「神父!」

 八神が叫び神父の元に駆け寄った。八神は青ざめた表情で神父に何度も何度も声をかけるが神父は何の反応も示さない。

 八神は恐る恐る神父の首筋に手をやった。

「嘘でしょ。ふざけるのも大概にしてくださいよ。神父、アンタを殺すのは僕なんでしょ? 何死んだふりなんてして遊んでるんですか? 何とか言えよこのクソ神父!」

 八神が叫び、そのまま冷たくなるだけの男の胸に顔を埋めた。

 その様子をレイスは見届けることなくその場から立ち去った。

 ここにいる人間誰も、彼を追いかけようとはしなかった。

最近、次何を書こうかなと考えています。



できたら、この作品の前に書いた作品の続きでも書こうかなと思っています。


でも、まあきちんとこの作品を終わらせないと……

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