覚醒
繭の中で目が覚めたとき、犬神は自分が死んだと錯覚した。あまりに気分が良かったからだ。だが、そう言った気分と裏腹に体は自由に身動きを取れなかった。そこでようやくまだ自分が生きていることを知り自らが蜘蛛の糸に巻きつけられていることに気づいたのだった。
同時に何とかして脱出しようとするが、蜘蛛の糸はびっしりと体にまとわりついて動けなかった。
ヤバイと思ったとき、今度は周りから風の声を聞いた。
何故聞こえた声が風の声だと思ったのかはわからなかった。
ただ、その声が聞こえた瞬間、手を自在に動かすように自分周りの風を動かせた。
頬を撫でるようなそよ風よ吹けと思えばその通り吹いてくれた。これがレイルの言っていた能力だと認識し風を操れるという確信を持つ。
そして、繭の中で小さく念じ繭を切り裂いた。
切り裂かれた繭の外に今にもこちらに飛びかかってきそうな蜘蛛女がいることに多少犬神が驚くものの構わずに右腕を突き出して首を掴む。
犬神はきつくナクアの首を絞めつけ辺りを見回した。
周りを見ると机や窓ガラスなどが飛び散り何処かで見たことのあるバイクが横倒しになって、これまた何処かで見たことのある奴が蜘蛛の巣に囚われていたものの、綾芽を含めた生徒たちに危害がなさそうで安心した。
一方ナクアは、首を絞められ言葉を発することのできる状態ではなかった。犬神の力は強くどんどん指が首にくい込んでくる。
ナクアは左手の爪で、犬神の腕を切る。犬神は切られても、対して驚きもせず、なおも首を絞めようとする。
首を締め付けられ視界が徐々に黒ずんできたナクアは何度も何度も犬神の腕を鋭利な爪で引っ掻く、溺れたモノが必死に辺りのものを掴もうとするかのように。
そして再生を繰り返す犬神の腕にたまたま必死の一撃がたまたま深く刺さる。
必死の悪あがきに犬神も多少腕の力が緩んでしまい、その隙にナクアは首を掴まれたまま足で犬神の顔を蹴り飛ばし、その反動で犬神の手から脱出する。華麗な一回転を決め、すぐさま距離をとる。
一旦離れるとナクアは首筋に手をやり痕が残るほど絞めつけた場所を触っていた。
「そろそろ、ファイナルアンサーの時間だぜ。答えはまとまったか?」
犬神は攻撃の最大のチャンスを逃し、自分にダメージを与えれても一向に慌てなかった。腕はすぐさま回復していき先程ナクアがつけた致命傷だと思われた腹の傷もすでに癒えている。
先程までのナクアの圧倒的優勢という雰囲気は全く無かった。
どちらかと言えば、手負いのナクアの方が不利に見える。ナクアは荒く息をついていた。
「それよりも聞きたいんだけど、君はさっき私が殺そうとした子と同一人物?」
ナクアの言葉は喉を絞められていたせいで、しゃがれている。
「あー? なに言ってんだよ。あんたが俺をぶっ刺したんだろ。それより、早く俺の問題答えろよ」
犬神は、あきれながら答え、自分の出した問題の答えを催促する。
「うーん。やっぱり吸血鬼としか思えないな。体をぐちゃぐちゃにされても平気なの吸血鬼ぐらいじゃない。」
ナクアは話している間、犬神を観察する。先程までの死の恐怖に怯えている雰囲気は無く、余裕たっぷりにこちらを見ていた。
「残念。なんだよ。期待はずれだな。さっき聞かれた時に違うって言っただろ。人の言うことは信用してほしいな。ちなみに俺は人狼だ。蜘蛛女」
大分がっかりした様子で犬神は答える。だが、ナクアの方は目を見開いて驚いている。
「狼男がなんでこの国に……。とっくに全滅したものだと思ってたわ」
ナクアは絶句しながらまじまじと見つめる。たしかに、人狼ならばあの再生力も納得できる。彼らは吸血鬼と並ぶほどの不死性を持った生き物である。だが、人狼が現代に、しかも日本にいるとはにわかに信じられなかった。
「狼男だと!」
囚われている八神も閉じていた目を開き、教室にいる化物達の戦いに意識を集中させる。つい最近、自分が戦った白狼について考える。あれはもしかすると化け犬ではなく、人狼の姿ではないのかと。しかし、上下反転した状態では、机やイスが邪魔をして彼らの姿は良く見えなかった。
「そんなに珍しいんだ。俺はつい最近なったからよく知らないんだが。まあいいや、それじゃクイズに答えられなかったやつには罰ゲームだ」
そういって、犬神の姿が一瞬消える。ナクアが慌てて犬神の姿を目で追うとした瞬間自らの背後で声をかけられる。
「場外まで吹っ飛びな」
そういって、犬神が殴りつける。その拳は、ナクアに直撃はしない、しかし、拳を止めると同時に突風が吹き、ナクアの体は簡単に吹き飛んだ。そして、自ら封鎖するためにまき散らした蜘蛛の糸に叩きつけられる。けれど、蜘蛛の糸はどうやら衝撃を上手く殺してナクアを受け止めた。しかも蜘蛛の糸はナクアに対してはくっつかないらしい。目に見えるダメージは無いようでゆっくりと立ち上がった。
「いいぜいいぜ、簡単に倒されるなよ。たっぷりお礼してやるから。ありがたく受けとれよ。おつりはいらないから」
再び風に念じる。次に創りあげたのは繭を切り裂くときに利用した風の刃だった。それをナクアの立つ位置目掛けてばら撒いた。あの頑丈な蜘蛛の糸を切り裂いた風の刃なら十分にダメージを与えられると思ってのことだった。
「なめないで! 力に目覚めたてのルーキーが! この程度で私がやられと思ってるのかしら」
糸を利用し手当たり次第に椅子や机を集め風の刃の盾とする。風の刃も切れ味は良さそうだが、一瞬で作り上げられた壁のような障害物を叩き斬るほどの威力は無いようで、壁の途中で止まっていた。さすがに、長い間生きている化け蜘蛛である。目の前の餌だと思っていた奴が能力に目覚め襲ってくるという急展開にもすぐさま対応している。
今度はこちらに向かって糸を吐いてくる。それを犬神は体を軽くひねってかわした。一度死にかけたことによって、十分恐怖に耐性がついたのか、全く恐れることなく、次々に目のまえの蜘蛛の退治方法を考えていく。けれど、今さっきの攻撃についてはもっと恐れた方がよかったのかも知れない。
ナクアは口元に笑みを浮かべ、先ほどハンターを倒した要領でもう一度能力を発動させる。
「『爆糸!』」
かわした糸が突然爆発する。爆発した瞬間自らの能力で、風の壁を作ってとっさに防御をしようとしたがさすがに距離が近すぎた。先ほど自らが蜘蛛を吹き飛ばしたように今度は自分が勢い良く吹き飛ぶ。壁に叩きつけらそうになるが、それは、風でクッションを作りなんとか勢いをころす。
「すげーな。ただ糸吐くだけの化物かと思ったら、そんなことまでできるのかよ」
「昔から言うでしょ『芸は身を助ける』って。ずっと女の一人旅だったからね、いろいろ準備をしておいたのよ」
ようやく、落ち着いてきたのか、敵の言葉に久しぶりに落ち着いて言葉を返す。
「そうね、良い事思いついたわ。今、この瞬間から私は絶対に負けなくなったわ」
一瞬顔を見難く歪ませたような笑みをこちらに向け言葉を続けた。
ナクアは生徒が捕らえられてる場所に、自らの糸を複数飛ばし始める。すぐさま、ナクアの仕掛けた行動の意味を理解して、犬神は糸を風で断ち切っていく。
爆発する糸が生徒に仕掛けられたならば、犬神としては詰みに等しい。
「無駄よ。私の能力の爆糸は、糸が切られていても問題なく使えるの。つまりあなたが必死で糸を切っても無駄」
「てめえ、みんなを人質とったつもりかよ」
怒りを顔に浮かべながら、ナクアを睨めつける。犬神としては最も最悪な方法を相手がとってきたことになる。生徒が人質にとられた時点で迂闊に手が出せない。
「まあ、ハッキリいって私としてもこんな卑怯な方法は不本意なのだけど。一番簡単にあなたを喰らう方法はこれでしょう。それとも、何人か死ぬのを覚悟で飛び込む?どうせあなたが、何かしなければみんな死んじゃうんだから、飛び込んで何人か死んでもいいんじゃない」
そう言ってこちら側に近づこうとする。犬神にしてみれば万事休すである。手に入れた、風の能力も一瞬で敵の首を飛ばすような力は無い。一瞬で糸を切って、風で外に吹き飛ばして爆発させるか、いやそれも無理だ。教室全体がナクアの糸で繭のようにくるまれている。
犬神はあたりを必死に見渡す、何か手がないかと。その中で、一人明らかに学校の制服ではなく、神父のような服を着ている人間を見つける。その男には見覚えがあった。満月の夜散々犬神を追い掛け回して一緒に都市伝説になったハンターだった。名前は確か八神だったなと思いながら一つの賭けに出る。
もしかして、あいつなら何とかするかも知れない、そんな希望的観測で犬神はひそかに能力を使い、八神が囚われている蜘蛛の糸を静かに切り落としていった。
「なあ、まだお名前聞いてなかったよね。教えてくれない」
とりあえずナクアの気をそらすために話かける。ちらりと八神の方を見ると、うまく糸は切れており八神は自由になっていた。
「跡烙那久亜、ナクアって呼んでね」
ナクアは落ち着きを取り戻し愛想を振りまいているが、どうやら油断はしていない。こちらを十分に警戒していた。だが、そのおかげか八神には気づいてはいないみたいだった。
「あと、こんなに話をしたの初めてなんだけど1つ気づいたことがあるの」
笑いながらナクアが話かけてくる。その姿は犬神には不気味だったが、できるだけ話を長引かせるために話を続ける。
「なんだよ」
「こんな状況で話かけて来る時って、何かを企んでるときよね」
そう言ってナクアは後ろを振り返る、そこには、解放されたばかりの八神が音もなく近づいていた。右手に銀刀を持ち一息に今まさに振り下ろそうとする。だが、ナクアは左手で出していた糸を全て切り、八神の一撃を受け止める。爪と刀がぶつかり乾いた金属音が響く。
犬神は、奇襲が失敗したことで、絶望を覚えたが爆糸が発動されなかったことを確認するとすぐさま八神の助太刀に入る。
ナクアは元々爆糸を使う気はなかった。爆糸を使えば大量の食糧が傷んでしまうし、何より能力の使用は確実に自分の体力を削って行く。大規模に糸を張ったのは単なるハッタリだった。
そんなことは知らない犬神は一気に片を付けようと自身の両手に風の爪を作り出し、挟み撃ちになるようにナクアの背後から殴りかかる。
「ホント、モテモテすぎてお姉さん困っちゃうわね」
八神の剣を捌き、オマケに剣に糸を巻きつかせ八神から強引に剣を奪い取ると八神の腹へ一発蹴りを打ち込みナクアが犬神と向き合う。
蹴り飛ばされた八神は派手に周囲の椅子に体をぶつけながら飛んでいった。
振り向かれたことにより奇襲は失敗するが構わず右腕を繰り出す。
風の爪とナクアの爪がぶつかり合った。
どうやら切れ味は犬神の方が上でナクアの爪に切れ込みを作るが強度が足りないのかナクアの爪を切り落とす前に消えてしまう。
その光景を見てナクアが不敵に笑った。
「残念。諦めなさい」
「チィ! ならもういっちょ」
もう片方の左手の風の爪をナクアの腹目掛けて殴ろうとするが今度はナクアがバックステップで避け八神から奪い取った銀の刀で襲いかかる。
「確か狼男は銀が大の苦手のはずよね。ちょうど体よく銀の剣が手に入ってラッキーだわ」
振るわれた銀の剣を犬神は避けるしか無かった。
散々レイルには銀には気をつけろと言われているのだ。穴が開いても蘇生する体とは言え無理をするつもりは毛頭なかった。
幸い相手に剣技の心得はなさそうで、力任せに振り回すだけ。その軌道はヒドく単調で避けるのは簡単だった。
「あらつれないわね、女の子からのアタックは男子なら受け止めなさいよ」
「誰が女の子だ、女郎蜘蛛が!」
犬神は一旦距離を取ろうとする。
近距離戦を仕掛けるより、風の刃で遠距離戦を展開したほうがまだ危険は少ない、と考えての事だった。
「切り刻まれろ!」
離れるとすぐさま集中し自身の周りの風を鋭い刃に変形させ、ナクアのいる場所へ放つ。
「面倒ね! 『爆糸』」
ナクアは風の刃へ向かい糸を飛ばし同時に爆発させる。
切れ味はいいが衝撃には弱い犬神の刃は爆発で壊れる。また爆発によって辺りに煙が舞った。
その煙のせいでナクアの姿を見失い、風で煙を吹き飛ばそうとしたとき、煙の中から銀の剣が犬神目掛けて飛んできた。
「うぉっ!?」
その剣は犬神の真っ白になった髪の毛を数本散らして飛んでいく。
「チャンスだ」
犬神はすぐさま風で埃煙を吹き飛ばし、標的であるナクアを見つける。
右腕に風の爪を宿しナクアへ向かって決着をつけようと飛び込もうとした。
「ふふ、かかったわね」
接近する犬神をナクアも確認した瞬間、彼女は腕を後ろへ引いた。
彼女の両の腕からはキラキラと細い糸が伸びており、その先端は先程の銀剣の柄と剣の先に繋がっている。一度投げ放たれた銀の剣はナクアの糸に導かれ犬神の胴体を真っ二つにしようと舞い戻ってくる。
「終わりよ!」
バーン、バーン。
ナクアが勝利を確信して叫んだ瞬間今度は銃声が響く。
銃声ともにナクアは剣を引っ張るのを止めた。そして自らの体を見る。腹と肩から小さな赤い噴水が吹き出していた。
「ああ、アレ? 何で私? 血がこんなに……」
「何、僕の剣を勝手に使ってるんですか。殺しますよ」
ナクアは後ろを振り向くそこには八神が銃を構えて立っていた。
八神は銃を構え続けて全ての銃弾をナクアに叩き込んでいく。
「ちょっ! やめ、ぃ、ァアァアァ、グェガハッァ」
「僕に気を取られてていいんですか? 後ろに来てますよ?」
そう八神がつぶやきナクアが再び振り向くと犬神が目の前にいた。
「死ね。化け蜘蛛!」
叫びながら風の爪で彼女の体を袈裟斬りに切りつける。
ナクアは銃痕の痛みと自らの状況に信じられないといった表情犬神に向けて、犬神の風の刃をその見に受けた。
銃痕とでは比べ物にならないほどの血が噴き出す。
その噴き出す血を愛おしそうに蜘蛛は見つめながら静かにその場に倒れ込んだ。
「一応念のためです」
八神は倒れこんだナクアの頭に向かって銃を三発撃ち込んだ。
そしてそのまま銃口を犬神に向けた。
「さっきは助けてくれてありがとう、おまけに化物退治にも協力してもらいましたし今回は見逃してあげると言いたい所なんですけどね。君は満月の夜出会ったワンちゃんだよね」
「な、何のことだか?」
「嘘も下手だね。まあ残念だけど、あのレイル=カーミラの関係者なら見逃せないんだ。だから、大人しくしててくれるとありがたい」
と言われても暴れれるわけが無かった。犬神は銀の弾丸が装填された銃を向けられており、オマケに下手に躱すと教室の生徒が危ない状況である、万事休すだった。
「一つ約束してくれないかな。ここにいる生徒たちは無事に返してあげるって」
「当然。約束されるまでもないですよ」
そう言うと八神はほんの少しやさしい笑みを浮かべた。
その笑顔を信用し、ハッと一息をつく。どうやら、綾芽たちのことは心配しなくてもいいらしい。
さぁ、これからどうしようかと犬神が頭を切り替えようとした瞬間、自習室を包んでいた繭に切れ込みが入った。
「やれやれ、ようやく僕の仲間がこの繭を壊したみたいだ。こうやって粗方事が片付いてから登場しようとするから、神父に日本のハンターは役立たずなんて呼ばれ――」
愚痴をこぼしていた八神の表情が凍った。
八神の視線の先を犬神も追う。そこには金髪の少女が佇んでいた。
「レイル=カーミラ……」
「シロ、迎えに来てあげたわよ。今回はどうやらグッドタイミングだったようね」
レイルは繭の中へ跳ねるように歩きながら、犬神の所へ歩いて行く。
「外にいた僕達の仲間はどうした!? というより、神父とシスターは?」
別行動をしていたハンター達を気遣い声を荒げながら質問をする。
「あの神父とシスターはどっちも無事よ。私が全力で逃げただけだから。あと、外にいたハンター達もちょっとだけ夢を見てもらっているだけよ。だから、今回はもう諦めなさい。どうやら一連の人喰い人外の方は片付いているみたいだし、お仲間は全員私が片付けてるから責任なんて取らされないだろうし、私もそこの飼い犬を返してもらえれば何もしないわ」
八神はそれを聞くと悔しそうな表情を浮かべた後に銃を下ろした。
「後片付けもしなくちゃならないし、全滅はしてられないか……。わかった。今回は引きますよ」
「ありがとう。それじゃあシロ、急いで逃げるわよ。あの神父本当にしつこいから、あの神父ならもう追い付いて来てもおかしくないんだから」
「ちょっと待ってくれ御主人様。もう俺この学校にも家にも帰れないんだろ」
残念そうに犬神が言う。今回ばかりはもう無理であろう。犬神の顔を八神がハッキリと見ており、事件そのものが通っている学校で起こったとなればもう学校に通うことなど不可能だった。
「……そうね。恐らくもう日常には帰ってこれないかもね」
「だったら、少しだけ、ほんの少しだけ時間をくれ。お別れを言いたい」
そう言うと返事も聞かず犬神は綾芽の所へ走っていった。
綾芽は変わらずに意識を失っていた。
「おいおい、最後ぐらい起きてて聞いててほしかったけどまあいいか。色々とありがとうな、今までいつだってお前に助けられてたよ俺は。それと妹のことよろしく頼む。アイツああ見えて俺のこと大好きだからさ、きっと俺がいなくなったら泣くだろうから慰めてやってくれよ。まあ俺がお願いしなくてもお前はやってそうだけどな。あと、最後にさ、ずっと好きだった。言いたいことはそれだけだよ。気持よく寝やがって。俺は緊張して告白したってのによ」
「シロ、そろそろ……」
「わかってる! ……わかってるよ」
犬神の目には涙が浮かぶ。今まで自分は昼の世界と夜の世界の中間に立っていた。それが完全に夜の世界へ踏み込むことになった。
最後まで自分を昼の世界へつなぎ止めていてくれた、幼馴染へ別れを告げた。
「じゃあ、頼むよハンターさん。コイツらを全員無事に返してくれよ」
「わかってる」
犬神はレイルの近くへ戻っていく。レイルはそれを確認し自らが作った裂け目へ歩こうと一歩を踏み出した。
「実に悲しいね。だが、少年はそうやって別れを経験することで成長をしていくのかな? アびゃヒャヒャヒャヒャ、でも別にどうでもいいか、キミが夜の世界へ踏み込む決意をしても、別れの経験を積んでもそんなものは何の意味もない。フハファファァァ、そうだよ、そうだよ。何の意味もない。何故なら今日、今、この瞬間から、日常なんてなくなるから、私がこの世界を創りかえるのだから」
芝居かかった口調に狂気を孕んだ笑い声、一発で誰だかわかる。犬神はすぐさま声のする方向へ目をやる。そこには先程八神が撃ち殺したナクアの死体があった。そのナクアの死体の肉がブクブクと膨れ上がり、人を象っていく。
出来上がったのは犬神を夜の世界へ突き落とした狂人だった。
「そうだろ、愛しい、愛しい、私のかぐや姫」
終盤突入だと思います。
頑張ります。