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しかしながら、個人的には同級生だけが集まったのは、割と好都合だと思うね。一応同じコミュニティに所属してたわけだから、全員が全員、顔見知りだし。仮にこの場に、一人だけ「友達の友達」が混ざってたとしたら、それはそれでやりにくいと思う。
とりあえず、全員で話が合わないってこともないし、はぶられる事もないしね。
それにしても、カジュアルな集団の中に一人だけゴスロリがいると、どうも浮いて見えるね。篠原、他に服持ってないのか?
俺と同じ疑問は、他の誰もが抱いてたはずだ。その中で大垣だけが、また違う視線でゴスロリ装束を眺めている。
「さっきから気になってたんだけど、その衣装、もしかして『レイラ』?」
誰だよ、レイラって。
「あら、残念。はずれよ。確かに良く似ているけれど、これはただの私服よ」
他にマトモな私服はないのかというツッコミをぐっとこらえる。ここで言ったら、たぶん負けだ。
「なんだ、てっきりレイラコスかと思ったんだけど」
「流石のこの私も、普段からコスプレしたりはしないわ。まあ、多少意識はしているのだけれど」
この口ぶりだと、たまにはコスプレしてるって事かよ。で、やっぱりレイラって誰だよ。何の作品だかも分からん。困惑している俺をよそに、小野寺も納得したといわんばかりに膝を叩いた。
「ああ、確かに似てるね。どこかで見た格好だと思ったよ。眼帯とかカラコンがそうでしょ?」
だめだ、話についていけない。ってか、なんでこう、同級生の中でも、残念な方々が集まっちゃったんだ?
俺はまだいいとして、たった一人の一般ピープル、村主が可哀想過ぎる。
ちらりと村主に視線をやると、若干引きつった笑みで「あれ~私、なんか場違いかな~」みたいな困った顔してる。申し訳ない。
「とっ、とりあえず、雑談ばっかりしてても仕方ないし、本題に入りたいんだけど」
ちょっとばかりリーダーシップを発揮した発言に、全員が俺に注目する。……なんか恥ずかしいな。俺には向いてないね、こういうの。
とにかく今日は、この日に向けて俺が徹夜で完成させた原稿を読んでもらうという、死ぬほど恥ずかしい本題がある。
解るだろ? 自分で書いたものを、目の前で読まれる恥ずかしさ。しかも相手が知り合いとなれば格別だ。
「えーっと、篠原。参加してくれて助かるよ」
すると篠原は、怪訝そうな目で俺を見る。赤い瞳でそんな顔すんな。
「私はまだ、参加するなんて一言も言ってないけど」
そうなの?
「綾音がね、あんまりしつこいから来て見ただけ。ただの興味本位よ。何より、まだ本を読んでないし。参加するしないは、脚本次第ね」
この女、久しぶりに会ったってのに、なんでいきなり上から目線なんだ?
「……その口ぶりだと、こっちの業界にも詳しいみたいだな?」
「ええ。私も昔、小説を書いていた事があったから。それに、中学の時には映画研究部の部長も勤めていたのよ。知らなかった?」
「ほう、初耳だな。ってか、うちの中学にそんな部活あったのか? それすら知らなかったぞ」
俺たちの母校はそんなに大きな学校じゃなかったから、オーソドックスなどこにでもあるような部活が一通りあるくらいで、そんなマイナーな部類の文化部なんて無かったと思うが。
すると俺の疑問に、篠原の代わりに、村主が顔の前で手を振りながら答える。
「映画研究部っていっても~、部員は私と紫ちゃんの二人だけの~、学校非公式の部活だったんだ~」
なるほどね。篠原が「余計な事言いやがって」みたいな顔をしているところを見ると、どうやら真実らしい。学校非公式って、それ、もはや部活とはいえないだろ。
前に村主が「似たような事をやっていた」っていうのは、これの事だったのか。
「何にせよ、詳しいやつが増えてくれると助かるんだ。じゃあ、とりあえず読んでくれよ。全員分あるから」
そう言って俺は、鞄の中から人数分プリントアウトした原稿の紙束を取り出し、全員に配った。
公開処刑みたいに恥ずかしいはずなのに、なんとなく気分が高揚してきた。この高慢な厨二病全快ゴスロリ女を思い返してやりたくなった。
へっへっへ、驚くがいいぜ。この駄作っぷりに。
原稿を受け取ると、篠原はおもむろに眼帯を外した。さすがに片目だけじゃ読みにくいからか?
「ふふふ、私の魔眼の封印を解く時が来た様ね」
別にそんな封印解かんでいいわ!
そして閉じていた右目をゆっくりと開く。
「オッドアイ!? 3Dメガネかよ!」
篠原の右目には、青いカラーコンタクトがはめられていた。左目は赤だから、絶対あれ目がチカチカして異常に疲れるだろ。だから片方を眼帯で隠してたのか? そこまでするか、普通。
恥ずかしい恥ずかしい読書会の最中、俺はコーヒーをがぶがぶ飲みながら、それが終わるのを待っていた。
全員がどんな具合に読んでるのかが、すごく気になって仕方ない。
全然気にしていないふりをしながら、ちらりと一人ひとりの顔色を伺ってみる。
小野寺は、なんか独り言を言いながら、時に笑いを堪えながら。
大垣は、また難しそうな顔をしながら。
村主は、ニコニコしてふむふむ言いながら。
そして篠原は全くの無表情で、それぞれ俺の原稿を読んでいた。
うーん、落ち着かない。すごく落ち着かない。
これはあれだ。分娩室の外で自分の子供が生まれるのを、今か今かと待っている新お父さんの気持ちに近いと思う。俺、子供いないからよく知らないけど。