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「お前今なんつった!?」
「え~? 私も混ぜて~って。ダメだった~?」
「ちょっ、コーヒーかかったぞ」
何だってんだ、願ったり叶ったり過ぎる。
噴き出したコーヒーが、対面に座っていた大垣の顔面にクリティカルヒットしたが、まあ気にしないでおこう。
そうだ、考えてみたら、女友達は全然いないわけじゃなかった。ただ今どこで何をしているのかを知らないだけだ。
「びっくりだね、ちょうど今、村主みたいな奇特な女子を捜してたとこだったんだよ」
「え~、そうだったの~」
「顔面にコーヒー食らった俺を無視すんなよ」
面と向かって奇特だなんてよく言えるな、小野寺。あと、顔拭けよ大垣。
大垣がなんか言ってたが、俺には聞こえなかった。
「大助かりだよ、村主。ほんと助かる」
「私はただ~、面白そうだな~と思って~」
前から村主は、ノリだけはいい奴だった。何にでも首を突っ込んでいくというか、好奇心が旺盛なのかね。
「それに~、前にも似たような事してたし~」
「前にも?」
すると村主は、俺の疑問には答えず、さらに嬉しい事を言い出した。
「あっ、そ~だ! 他にも女の子誘ってみてもいい~?」
「マジか!?」
「うん、こーゆーの好きそうな子が~、いるんだよ~」
「そりゃ助かるね。是非とも呼んで来てよ」
「おーい、みんな俺を無視すんなー」
村主の申し出は、本当にありがたかった。
なぜなら、出演者の男二人女一人ってのは、最低人数だからだ。実は、モブキャラとしてあと数名ずつぐらい必要だった。
俺たちの人脈じゃ、どう頑張ってもそんなに集められそうになかったからな。
こういうときには、村主みたいに友達の多い仲間が心強い。俺たちと違ってこいつは、誰とでも友達みたいなもんだからな。
「うおー、何から何まで、ほんとサンキュー! 村主サマサマだよ! 愛してる!」
「え~、私は愛してないよ~」
抱きつかんばかりの勢いで立ち上がった俺の顔面を、持っていたトレイでグイグイと押しのける村主。若干傷つくぜ。
あとな、大垣。なんでコーヒーまみれなんだ?
「ウエイトレスさーん、おしぼり持ってきてー」
ああ、俺のせいか、大垣。すまん。
とまあそんな感じで、この日は解散した。
それから一週間ほど過ぎた日。
俺たちはもう一度集まった。この日、村主が新たな参加者である女子を連れてくる事になっていた。
村主が言うには、俺たち三人もよく知っている人物だという。一体どんなやつを連れてくるのか。
待ち合わせ場所であるレンタルビデオ屋の喫茶コーナーには、男衆三人が先に着いており、村主と、連れてくる女の子とやらを待っている状態だ。
正直、こんな小野寺の思い付きみたいな企画に乗ってくれるなんて、信じられない。
しかも映画の原作は、俺が書いたんだ。書いてる俺が言うから間違いない。これは駄作になる。自分でも、どんなものが完成するのか、想像もつかない。
そして一番信じられなかったのは、村主が連れてきた女の子の格好だった。
「お~い、おまたせ~!」
男三人でバカ話をしているところに、元気いっぱいに手を振りながら現れた村主は、振っている反対側の手で誰かの手を引いていた。
「おい、小野寺。世の中には、本当にあんな格好をする女が実在するんだな」
「うーん、俺もあんまり見たことはないけどね。少なくとも近所じゃ初めてだよ」
「アキバや原宿だったらそんなに目立たないけどさ、まさかこんな所でお目にかかれるなんて」
三人が三人とも、驚きを隠せない。
だって、ね。こんな住宅街のど真ん中にあるレンタルビデオ屋に、ゴスロリ女が現れたら、普通引くだろ。
真っ黒なドレスには白いフリルがヒラヒラしてるし、胸元のリボンとスカートは真っ赤だし、白黒ストライプのオーバーニーソックス履いてるし、靴はエナメルみたいにすっげーテカテカしてるし、頭には黒いヘッドドレス乗せてるし、おまけに右目に眼帯、左目に赤いカラーコンタクト装備してるし。
隣に立ってる村主が、淡い色のパーカーに水色チェックのスカートっていう、いかにも普通な格好してるもんだから、余計に目立つ。
え、俺たちの格好? 至って普通な、お金をかけない地味なファッションですよ。俺なんか、諭吉一枚で上から下まで全部揃うような、低予算ファッションだ。文句あるか?
「ごめんね~、捕まえるのに手間取っちゃって~」
「捕まえるって……」
まさかとは思うが、無理やり連れてきたのか? 昨日はもっと前向きに参加してくれそうなこと言ってなかったっけ? ってか、俺たちの知り合いに、こんなやついたっけ?
次々に浮かび上がる疑問符をよそに、村主はゴスロリ女の手をグイグイ引いてくる。
「え~っと、みんなもよく知ってる人だから、紹介する必要はないよね~」
是非とも紹介して欲しいんですけど。せめて名前を言ってくれ。本気で分からん。
男三人が「こいつ誰?」みたいな顔をしていると、ゴスロリ女は顔をしかめ、小さく舌打ちをする。
いや、そんなイラッとされても、分かんないんだからしかたないでしょ。
「だから来たくなかったのよ……。まあいいわ、私の名前は刹那。漆黒の堕天使刹那よ。思い出せたかしら、キモヲタ三人衆」
俺の知り合いに、刹那なんてやつも、堕天使もいなかったと思うけど。
なに、この人。香ばしすぎる。そして見ず知らずの人にキモヲタ呼ばわりされる覚えもない。
なんてドン引きしてたら、村主がその、自称漆黒の堕天使刹那とやらの頭を後ろからひっぱたいた。
「まったく~、なに考えてるの~? みんな困ってるでしょ~」
「なにって、私は自身の真名を名乗っただけよ」
「真名って、あなたの名前は篠原紫ちゃんでしょ~」
「それは人間としての仮の名前。私の真の名は……」
この寸劇、いつまで見てればいいの?
ってか、篠原紫って、あの篠原紫か!?
俺の記憶が正しければ、なんかいつも負のオーラを放ちながら教室の隅っこのほうにいて、たまに喋ってると思ったらアニメの男キャラの名前を「様」付けで叫んでた、あの篠原紫か!?
ああ、そうか。こんなになっちまったのか。
ごめん、前言撤回。
やっぱり時間は、人を狂わす。何も変わってなかった小野寺や村主が異常だった。
あと、篠原。口に出しては言わないけどさ、この歳で「漆黒の堕天使刹那」は痛すぎる。厨二病が許されるのは、やっぱり高校生くらいまでだよ。
それにしても、よくもまあ同級生だけ集まったもんだ。これじゃ、プチ同窓会だよ。