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「さてと。で、何を撮ろうか?」

 店を出て、小野寺の開口一番がこれだ。

 映画を作らないかと誘い、お前の小説を映画にしたいと唆し、渋々承諾させたやつの言い草が、『何を撮ろうか?』ってどういう事だ。

「……決まってないのかよ」

「うん」

 この野郎。

「せっかくだから、書き下ろしてもらおうかと思って」

「簡単に言ってくれるじゃねえか。大体、そんな映画にできるほどの脚本、すぐに書けるわけないだろ」

 すると小野寺は、いやいやと手を振る。

「いいんだよ、そんな長編書かなくても。短編で十分。上映時間にして、五分とか十分とかのでいいんだよ」

「あのな。短編のほうが難しいんだけど」

「日常のワンシーンとか、そんな感じでいいんじゃないかな。そもそも、自分達で作るんだから、そんなに手の込んだものは作れないよ」

 まあ確かに、そうだろうな。

 映画なんて作ったことはないから、よく分からないけど。

「そもそも、出演者とかはどうすんだよ」

「ん? 俺達」

 しれっと言いやがった。

「じゃあ、男二人しか出てこない話を書けばいいんだな?」

「アテがあるなら、もっと増やしてもいいんじゃない?」

 そうかい。

「で、俺は何を書けばいいんだ?」

 そうだなー、と考えていた小野寺だったが、ふと何か思いついたらしい。


「南の」「影法師」

「うはは、何だよ、『南の影法師』って」

「これは酷いね。南に影なんてできないじゃん」

 俺達が何をしているかと言えば、簡単に言えばタイトル決めだ。

 一方が、先に適当な単語を思い浮かべる。そしてもう一方に、動詞だの、形容詞だのを要求する。

 そして、今みたいにいっせーのせで発表する。

 『○○の○○』みたいなタイトルを、とりあえず二人で作ろうって訳だ。

 脳みそを二つ使って並列演算するから、とんでもないタイトルが次々に生まれてくる。まさにカオスだ。

 参考までに今まで生まれてきた(生まれないほうがよかった)タイトルを羅列してみると……

 『黄昏の3分52秒』

 『真夜中の夕日』

 『喫茶店は眠らない』

 『終わりのない誕生』

 『気付けば路地裏』

 『真っ直ぐ前方後円墳』

 『走れ! 神様』

 『この空の下に交差点』

 ……ってなところだ。こうやって量産したタイトルの中から、一番書きやすそうで、面白そうな小説を書こうって話になったわけだ。

 ……あれ、書くのは俺なんだよな? 『真っ直ぐ前方後円墳』からどんな話を書けばいいんだよ。

 ちなみにこの熱い議論は、真夜中の公園にて行われている。ところどころ脱線したりもしたが、夕方六時過ぎくらいにレンタルビデオ店を出てから、かれこれ六時間強続いている。

 なんというか、バカなんだよ。お互いにさ。

 さて、レンタルビデオ店の裏手にある公園で、真夜中に男二人が缶コーヒー片手にバカ笑いしているこの姿は、周りにはどういう風に映っているんだろうね。考えたくもない。

 でもね、意外と面白いんだよ、これが。

「よし、じゃあ名詞くれ」

「……いいよ」

「美しき」「クリームシチュー」

「あっはっは! なんだ、料理モノか?」

「美味しんぼとか、そんなんじゃない?」

「じゃあ次、……名詞ちょうだい」

「……どうぞ」

「草食系」「天使」

「うわー、なんだこれ!」

「どうしろってんだよ、あはは」

 こんな感じで、作ったタイトルは一応メモしてある。

 一体この中で、どれくらいが使い物になるのか。世にも奇妙な物語にでも出てきそうだぜ。


 そんなこんなで、この日は別れた。タイトルの候補がある程度挙がったので、この中から書けそうな物を来週までに書いて来い、ってのが小野寺の要求だった。

 うーん、よくよく考えたらこれ、ひどい話じゃない?

 ま、楽しんでるから文句は言えないけどね。


 仕事をしながら執筆を始め、一週間はあっという間に過ぎた。

 書き始めたタイトルは、『アパートから始めよう』だ。内容は、バカだと思われたくないから言わない。正直、ひどい。だって、このタイトルからマトモな話なんて思いつかなかったんだもん。他はほとんど役立たずだったし。

 で、ノーパソとUSBメモリを持って、小野寺の家にやって来た。まだ半分くらいしか出来てなかったが、もう仕方ない。やると言った以上、中途半端では終わらせたくないからね。

 玄関のチャイムを鳴らすと、寝巻き姿に壮大な寝癖を装備した小野寺が出迎えてくれた。

「……大学三年の秋って、そんなにのんびりしてて良いのか?」

 時計の針は既に正午を指していたのだが、小野寺の姿はどう見ても寝起きだった。

「うん、おはよう」

 目を手の甲で擦りながら、俺を自室へと招き入れる小野寺。こいつの部屋に上がるのは一年ぶりくらいなのだが。

「うっわ、ひどいなこれ。ってか悪化してない?」

「大丈夫、足の踏み場ならあるよ」

「足の踏み場しかねーよ」

 そこは一年前と変わらず、ゴミ屋敷だった。

 床一面に衣類やらパンフレットやら雑誌やらが敷き詰められているのはまだ許す。でもな、倒れたCDラックくらい直せよ。あと、なんでゴミ袋が三つも置いてあるんだ?

「まあ、適当に座ってよ」

「どこに座れと?」

 悪いが、この空間で座る場所なんてどこにもないね。だって、床が見えないんだもん。

 ベッドの上にまで物が積んであるし。こいつ、どうやって寝てるんだ?

 ってか、臭え!?

「とりあえず、空気の入れ替えをしようか、小野寺。酸欠で死んでしまう」

「その発言には若干傷つくけど、全面的に賛成だね」

 言ってはみたが、窓に近づくのも困難だった。足場がなさ過ぎる。アクロバティックな動きをしながら、足の踏み場を捜しつつ、窓に辿り着く。平面でロッククライミングやってるような気分だぜ。

 二箇所ある窓を全開にすると、部屋の中で滞留していた空気が、ようやく動き始める。光に照らされた埃が、ダイヤモンドダストみたいに舞っていたが、絶対にこれは綺麗じゃない。ただのダストだ。

「で、できたの?」

「ああ、途中までだけど。大まかのプロットは完成したよ」

 そう言いながら、鞄の中からUSBメモリを取り出し、小野寺に渡す。

「駄作の香りがプンプンするけどな。ま、読んでみろよ」

 すると小野寺は、不敵な笑みを浮かべながら、似たようなUSBメモリを俺に向かって放った。

「気持ち悪いな、なんだよ」

「実はさ、俺も久しぶりに書いてみたんだよね。俺が読んでる間、これ読んでて。実は、これ完成させるのに昨夜も徹夜だったんだ」

「お、おう」

 変なやつだ。映画の原作は俺に書かせておいて、自分でまた別のものを書いてくるなんて。

 まあ小野寺が読んでる間、俺が暇になるのは目に見えていたから、とりあえず小野寺のUSBメモリを自前のノートPCに突っ込んだ。


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