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 休みだからって昼近くになってからやっと目覚めた俺は、何をするでもなく、ほとんど無意識の内にパソコンを立ち上げていた。自分でも笑っちまうくらいの充実した廃人生活を送っていると思う。それでも一応は就職して、同年代よりも一足先に社会人になってはいるので、まだマシな部類だろう。

 高卒で早々と就職しちまった俺と、大学行ってこの不況下に就活してる他の連中と、どっちが賢いのかは知らないけどな。

 とにかく、今日は休日だ。人が昼まで寝てようが、起きて早々ネットサーフィンしてようが、人様にとやかく言われる筋合いはないね。

 そんな事をしている内に、どうにも急に、新しい刺激が欲しくなってきたんだ。

 刺激って言ったって、そんな大した事じゃない。脳に養分が足りないような気がしてきたのだ。

 分かりやすく言えば、気分転換がしたい、って事なんだけど。

 物書きをやってる人なら分かってくれると思うけど、たまに無性に新しいものが欲しくなるんだよ。自分には持っていない、アイデアとか、そういった類の。

 そういうのは、俺は部屋に閉じこもって考え込んでても絶対に浮かんでこない。だから、外部からの刺激を受けるために、俺はたまに散歩に出かけたりするんだ。ジジくさい気がしなくもないがな。

 目的もなくただ歩いてると、意外と結構、いろんな事が思いつくものさ。

 問題なのは、家に帰っていざパソコンの前に座ると、それを綺麗さっぱり忘れてるって事なんだけど。切実に、脳に外部メモリーの端子が欲しい。

 目的のない散歩といっても、実は決まって行く場所がある。近所に最近できた、日本人なら誰でも知ってる、チェーン店のレンタルビデオ屋だ。

 家から徒歩で十五分ほどの場所にある国道沿いの大型店舗で、この店にはレンタルビデオ、CDの他に書籍も扱っていて、さらには喫茶コーナーも併設してある。この店に通うのが、俺の日課になっていた。

 散歩に丁度いい距離だし、何よりもここには、俺が求めている刺激が大量に置いてある。

 ……別に、暖簾の奥に行くわけじゃないぞ。たまには入るけどな。

 ここでいう刺激ってのは、別にそんな大層なもんじゃない。店内に所狭しと並んでいる、創作物の山だ。これを眺めるのが、俺の捜索の起爆剤になってるんだよ。

 盗作しようって訳じゃない。なぜなら俺は、その内容はほとんど見ないからだ。見ているのは、その「タイトル」。棚に並んでいる本やDVDの、そのタイトルを流し見しながら、目を引くタイトルを探し出す。そして、そのタイトルから、その内容を想像するんだ。まあ想像といっても、「あ、こんな設定の話なのかな」って程度だけど。

 きっと俺が想像した内容と、実際の内容はかけ離れた物になってるんだろうけど、それで大成功。そうすれば、俺が考えた物語は、同じタイトルを持つ別の物語、になるんだ。

 でも、それじゃあ話の中身がすっからかんだ。だから、同じ作業を何度も繰り返す。そうしている内に、頭の中には無数の「話の設定」が出来上がってるわけなんだけど、その中から、面白そうな設定と、一つの話にまとめられそうな設定をリストアップするんだ。

 そうしている内に、「本のタイトル」だったものが、「話の設定」になり、それをまとめて「一つの物語」になるって寸法だ。

 そして家に帰ってから、そのまとまった話のプロットを書き始める。プロットってのは平たく言うと、話のあらすじってやつだ。

 書きあがったプロットは、一旦「ガラクタ箱」と題したフォルダに保存しておく。これが、俺の創作活動の在庫になるわけよ。後でその「ガラクタ箱」を読み直して、似通った話とか、一本にまとめられそうな話があれば、それを統合して、本書きに入る。

 それが俺の書き方なんだけど、今日はその第一段階の、燃料の補給に来たわけだ。

 本棚を眺めて、適当な本を手に取り、表紙を眺め、また元の棚に戻す。そんな事を小一時間くらい繰り返す。それだけでも、十分な刺激になるってもんよ。

 店側にすれば、買いもしないのにしょっちゅう来る迷惑な客、って認識だろうがな。

 そんな店の都合なんて知ったこっちゃねーってな具合に、俺はいつも通りのタイトルハントを始める。

「なに、『鋼の慟哭』? なんとなく厨二くさいな。ロボットモノ? ……『桜の季節』ね。恋愛モノかな? もしくは学園モノ」

 もちろん独りで来ているので、話し相手なんかいるわけが無いのだが、どうにも熱中していると、気付かないうちに独り言を言っているらしい。気をつけねば。

「『ツキノヒカリ』ね。カタカナにすりゃいいってもんじゃないだろ。『でくれく!』って流行に乗った感じなんだろうけど、何の事やら……」

 そんな感じで、手にとっては、また本棚に戻していく。やっている事は、ウインドウショッピングとなんら変わりはない。

「『地球最期の日』ね。ありがちなタイトルだけど。セカイ系か」

「それ短編集だよ。結構オススメ」

「うおっ」

 背後から突然話しかけられ、心臓が止まるかと思った。

「よっ、久しぶり。元気にしてたか、河野」

 いきなり名前を呼ばれ、内心かなりビビリながら振り返ると、よく見知った、けれど懐かしい顔があった。

 ……あ、河野ってのは俺のことね。まだ名乗ってなかったな。河野宏之ってのが俺の名前さ。

「なんだ小野寺か。脅かすんじゃねーよ」

「なんだとはまたご挨拶だね。一年ぶりくらいじゃないの、会うのさ」

「そうだっけ? なんかしょっちゅう電話したりメールしてるから、あんま久しぶりって気がしないんだけど」

 口ではそう言いながら、内心、旧友との再会に安堵していた。

 変わってねーな、こいつ。

 背後から声をかけて、俺の心臓を縮み上がらせたこいつは、俺の中学からの友人、小野寺裕一だ。

 中学一年のときに地元に転校してきた奴で、クラスが一緒だったり、部活が一緒だったりして、いつの間にか仲良くなっていた。なんというか、こいつとは波長が合うんだよな。

 ちなみに、俺のオタク趣味の元凶でもある。俺がアニメ見るようになったり、ラノベ読むようになったのは、十中八九こいつのせいだ。

「しかしまあ、ほんとに会うのは久しぶりだね。しかもこんな所で」

 こんな所ってのは、レンタルビデオ屋のラノベコーナーだ。

「お前もしょっちゅう来るのか、ここ?」

「うん、歩いて十分くらいだしね。ちょうど探し物があって」

 思い返してみれば、この店は、俺と小野寺の家の、ちょうど中間くらいにあるのだ。今まで遭遇しなかったのが不思議と言うか。

「探しものってのは?」

「えっと、……あった。これだよ」

 言いながら、小野寺は新刊が平積みされている中から一冊の文庫本を取り上げた。

「……また厨二臭がプンプンするタイトルだな」

「趣味丸出しで書いたって言ってたからね」

 それはいわゆるラノベ、ライトノベルって奴だ。全体的に暗い色調の表紙で、タイトルに『黒魔術』とか入ってる上に、裏表紙は魔方陣ときたもんだ。

 しかし、「言ってた」って、誰が?

「ああ、これね。高校のときの友達が書いたんだよ」

 なんとまあ。

 小野寺とは違う高校に進学したので、こいつの高校の友人関係なんて、俺は全く知らない。けれど、類は友を呼ぶってやつなのか、まあ似たような奴と友達だったんだな。

「へー、じゃあ、そいつ作家デビューしたの?」

「らしいよ。信じられないから、こうやって確かめに来たんだけど。ちゃんと売ってるところを見ると、どうやら本当だったらしいね」

 へー。どうやら作家ってのは都市伝説じゃなかったらしい。しかもこんな身近(友達の友達を身近といえるかどうかは知らんが)で、小説家が生まれようとは。

 なんとなく、負けていられないような気がしてきた。


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